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20冊目 知らぬというのは当人ばかり


「お前ばっかずるくね?」


 そんなこと言われても知るかとしか言いようがない。というか、男が拗ねても気持ち悪いだけだぞアントン。

 酒場に行く途中、人もまばらになり始めたころよく酒場にいるギルドの若手冒険者と遭遇した。街灯が灯り始めた頃合いには珍しい光景だ。こいつも例に漏れず毎日の様に酒場に顔を出している男である。焼くか煮るくらいしか料理の出来ない独身男の悲しき性だな。

 そんな奴が、いつもならもう酒場にいるだろう時間に外にいるとは何かあったんだろうか。


 何やらでかい紙袋を持っているし、何なら酒場の方から来た。用事でもあるのか、はたまたそんな気分じゃないのか。珍しいこともあったもんだ。

 最近は日の入りも随分と早くなってきた。時期に街灯の下まで来ないと相手の顔も見えなくなってしまうだろう。街灯はそこまで強い光を放っているわけではないが、摩耗した石畳が街灯の仄赤い光を照り返した。


「ジルに続いてエリカまでよ。何? 世の女の子はお前みたいなのがいいの? 俺の方がイケてね?」

「顔はお前の方がいいからそれで納得しとけ」


 出会い頭によくわからないいちゃもんを付けられた。女性の好みかどうかはわからないがアントンの顔は端正な顔立ちなだろう。俺と違ってそれなりにモテる方だと思うのだが、何故俺に当たる。

 調子がいいだけで悪い奴ではないし、それなりにモテると思うんだが……。まぁ、こういう軽薄さも女性陣から敬遠される理由の一つかもしれないな。後、ジル曰く女癖が悪いらしい。


「今日は酒場いかねぇの」

「後で行く。今から飲み代稼いでくんの」


 いつも羽振りはいい方だが、こうして地道に飲み代を捻出していたのだろうか。

 腕は立つし酒場に来る若い連中の間じゃ出世頭みたいな扱いをされてるし、他の同年代よりは稼いでる方だ。こういう地道な努力を酒を飲む以外の方向にもっていけばもっとモテると思う。

 持っている紙袋の中身を換金してくるつもりなのか、アントンはでかい紙袋を下げている。町の外で何かいい素材でも手に入ったんだろう。なんにせよこんな時間までご苦労なことだな。


「いいもん見せてやるよ」


 紙袋を見ているのがばれたのか、アントンがにやりと笑って袋の口を開けてみせた。

 一瞬だけぎょっとして、それから問題ないことを確認する。いや、誰だって驚くと思う。知り合いが紙袋の中に精巧な作りの人形を入れていたら。


「人形、だよな」

「ただの人形じゃないんだぜ」


 よく見れば作り物だとわかるが、一瞬本当に少女なのかと見間違えるほど作り込まれている。元の世界でいうところのフランス人形なんて呼ばれる類の人形だな。青いガラス玉の瞳がじっと虚空を見ている。

 街灯の明かりしかないせいで余計に生きている人間の様に見える。もっと光源のしっかりしている室内や昼間なら見間違えるもないだろうが、それでも随分と手の込んだ人形だとしか言いようがない。

 アントンが袋に人を詰め込むような犯罪行為をするような奴ではないと知っているから驚くだけで済んでいるが、相手が知らない奴ならうっかりしかるべき場所へ通報していてもおかしくないぞ。若い男が日の落ちた時分に人形を袋に詰めて運搬しているというのも十分怪しいが。

 突然動き出したりしないかとまじまじ人形を見ていたらアントンが得意げに口を開いた。


「こいつな、何度捨てても戻ってくるんだよ」

「は?」


 意味がわからない。いや、言っていることは理解できる。しかしなんでそうなる。

 なんでもないように言っているが、この世界の人形は皆そうなのか? そんなわけないだろう。向こうの世界でも夏の特番とかで見たタイプの人形だぞ。

 夏はもうとっくに終わってるんだよ。今もう冬の準備し始めてるんだ。風物詩はかえってくれ。


「だからよく質に入れて飲み代を稼いでんの」

「お前それ呪われてね?」


 飲み代稼いでるじゃねぇよ、何やってんだお前。

 何処で入手したのかはわからないが、本当にそういうものらしい。普通大事にした結果帰ってるようになるんじゃないのか。何で質屋に入れてんだよ、もうちょっとその人形を大事にしてやれよ。

 白い陶器の肌に街灯のほんのり赤みを含んだ光が当たりより血色を帯びたように見える。正直どちらが魅入られているのか、わかったものじゃなかった。ただあえて言うのなら、その時のアントンはとてもいい顔をしていたとだけ言っておこう。


 質屋に向かうアントンを見送って酒場に足を運ぶ。なんと言うか、いや。これ以上あの人形については言及するまい。

 木製の扉を開けて酒場を見回せばいつもの席にジルがいた。飲んで忘れるべきか、それとも吐き出して楽になるべきか。普段は頼まない度数の高い酒を一つ出してもらい一息に飲み干す。

 結局。なんとなく座りが悪いというかもやもやして、さっきあったことをジルに話せば彼女も人形に知っていたらしく嫌そうな顔をこちらに向けた。


「な? アイツの女癖やばいだろ?」


 あれ女癖にカウントしていいのか?


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