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18冊目 得たもの捨てたもの成ったもの


「エリカちゃんの世界ってさ、どんな本があるの」


 ジルがそんなことを言った。

 作家として色々と気になるんだろう。俺は本を読まない側の人間だから何とも言えないが、お嬢さんなら何かしら琴線に引っかかった作品があるかもしれない。ジルに問われたお嬢さんが、うーんと考え込む仕草をする。

 そうしてたっぷり時間をかけて、エリカちゃんは困ったように口を開いた。


「どんな、と言われても私もそんなに多くは読んでこなかったので……」

「なんでもいいのよ。印象に残ってる本とか、慣れ親しんだ童話とか」

「適当でいいぞ。だる絡みしてるだけだから」

「セージうっさい」


 普段なら足が飛んでくるところだが、残念。今は俺とジルの間にはエリカちゃんがいる。いくらお前の長い脚でも届かんよ。

 こちらを一睨みしてグラスに口を付けたジルを見て、お嬢さんがこっそりと俺に肩を寄せた。


「本当に話していないんですね」

「まぁね」


 俺もアイツそれなりに長い付き合いだがお互いを詳しく知らない。自主的に話すのならいくらでも聞くが、それだけだ。

 酒場から帰った後どんな生活をしているのかも知っているが、どんなことを考えて、何を感じて過ごしているかなんて知らないし知る必要もないと思っている。お互いにそれくらいの関係が気楽だろうし、実際それで困ってない。

 その辺りについてはジル同じだろう。アイツも俺がどこに住んでいてどんな仕事をしているかは知っているが、それ以前を聞いてこない。似たもの同士なのだろう。

 それだけ聞いて難しい顔をしながらエリカちゃんが姿勢を正した。どうやら納得はしていないご様子。


「えっと、童話でしたっけ」

「そうそう。童話はいいよ、教訓はもちろん出どころのわからないオカルト話まで派生するからね」


 童話、とは違うがかごめかごめの徳川埋蔵金みたいなものか。都市伝説やら陰謀論やら、皆よく思い付くな。時々実感させられるが本当にどこに行っても考えることは同じなんだな。

 ジルとエリカちゃんが童話について話し合っているのを聞き流し、マスターに本日二杯目のウイスキーを頼む。その横でお嬢さんが炭酸水と一緒に出してもらったフルーツを一つ口に入れた。


「私もそんなに詳しいわけじゃないんですけど、私の世界にはやたら童話というか児童文学が発展した国があるんですよ」


 へぇ、そんな国があったのか。自分の世界のことだが知らなかった。どうやら俺は元の世界でもジルが生業とする界隈についてとことん疎いらしい。まぁ教科書くらいしかまともに読んでこなかったし、そうなるべくしてなったともいうが。

 一先ず本に関する知識が全くないので今回は聞き役に徹しよう。

 わざわざ俺が口出さずとも女性陣は適度に盛り上がって適当な時間になると酒場から解散出来るある意味ちゃんとした大人だ。


「ほう。児童文学とな」

「私がいた国と同じ海の向こうにある島国なんですけどね」


 ジルがエリカちゃんに話の続きを促すと、エリカちゃんは話を続ける。

 島国ってことはイギリスか? まあ確かに映画にもなった大ヒット小説も元は児童文学だった気がする。原作を読んだ覚えはないが、映画は何個か見たはずだ。よくある少年少女が成長しながら巨悪と戦うようなストーリーだ。

 主人公が学校に入学して卒業するまでの何年かの話だったが、結局最後までは見ていない。シリーズものの映画は次が出るまでに時間がかかるからそういうのがあるよな。


 正直映画のヒロインが可愛かったことくらいしか覚えていないが、そこまで思い出せただけ十分だろう。グラスを揺すって中の氷を泳がせれば溶けだした水分がモヤになって躍る。

 こうして元の世界を思い出すのは懐かしい気分になる。でも結局、それ以上の感情は出てこなかった。


「その国の文学の発展にもちゃんと理由がありまして」


 エリカちゃんが一度そこで話を区切る。こういう話が出来るあたりお嬢さんも物知りさんなんだよなぁ。ジルもいい話し相手が出来て良かったじゃないか。内心微笑ましく思いながら少し冷えたウイスキーに口を付ける。

 正直な話俺はこういった本やそれに付随する文化というものにそこまで心は惹かれないが、隣で話される分には酒の肴として悪くはない。それが笑い話であるのならなお良し。要は気が滅入るような話でないならお好きにどうぞ。

 懐かしいものを思い出して少し寂しくはあるが、それもいい肴だ。いつかお嬢さんが笑って向こうに帰れるなら、この侘しさもいい思い出になるだろうさ。


「国王が高頻度で外交に行っていたから貴族文化が栄えなかったんだとか」

「食や芸術、建築文化捨てて文学に力を入れたのか。それ対価釣り合ってなくない?」


 隣で女性陣が笑う。ジルは面白そうに喉を鳴らして笑い、お嬢さんはくすくすと肩を揺らした。随分と盛り上がっているようで。

 何がどう二人のツボに入っているのかはよくわからないが、二人が楽しんでいるのなら、今のところ問題はないな。今の俺にとって重要なのは何事もなく一日が終わること。それから、うまい酒が飲めればそれでいい。

 なんて。投げやりに考えてグラス握れば、中の氷が溶けてカラりと音を立てた。


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