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16冊目 ヘビと水とあの夏の日


「何か面白い話ない?」


 また始まった。これはもうジルの悪癖だな。

 酒場の皆はそれを拒否してはいないし俺も普段なら何も思わないのだが、今回はこの酒場に最年少の少女がいるのでぜひ手加減してやってほしい。

 こちらに背を向けているがエリカちゃんがきょとんとしているのがわかる。というか、エリカちゃんからすれば違う世界に飛ばされてきた以上に奇妙な話ってそうそうないと思うのだが。


 一人若い世代が酒場に来るようになっても、酒場の様子は相変わらずで。エリカちゃんの方も割とすぐにこの空気に適応していた。

 俺とジルがセットにされているのは知っていたが、最近ではお嬢さんも合わせてセットだと思われている節がある。入口近くのテーブルにいつも陣取ってる親父とか、エリカちゃんが来る度に俺たちがいるかいないかを伝えてるみたいだしな。


「面白いかどうかはわからないんですけど」


 そう前置きして何かを思い出すようにお嬢さんは話し始めた。このお嬢さん意外と度胸あるな。ジルが座り直して聞く体制に移ったのを見届けて俺はグラスに手を伸ばす。

 今日のウイスキーは薔薇の絵の描かれたものだ。パッケージの由来についても以前ジルが話していたがどんなものだったか忘れた。


「この世界のヘビって電磁波みたいなの使えるんですかね」

「電磁波? ってのはわからないけど魔物の類じゃなくて?」

「普通のです。ちっちゃいのだったし」


 電磁波。と言われて思わず呆気にとられてしまった。こちらの世界には電気エネルギーという概念がないのでジルが困惑するのはわかる。俺も久しぶりに電磁波なんて言葉を聞いた。

 しかしまぁ、ヘビか。それなりに自然もある街だし道端を這っているのも見かけるたりもするだろう。確かにヘビ型の魔物であればいささか問題だが、魔物と対峙することの多い彼女なら見間違いもないはず。

 そのヘビを見つけたのは少し前、ある夏の日のことだと言う。今年の夏は暑く、後を引いた。


「ヘビが突然目の前に現れて見つめて来たんですよ。で、私もヘビだなって見返してたんですけど、水が欲しいのかって思って持ってた水をあげたんですよね」


 思い出すように、言葉を選ぶようにお嬢さんは言う。ヘビの恩返し的な話だろうか。

 ジルも俺と同じことを思ったようで不思議そうな顔をしている。


「確かに暑かったし喉が渇くのもわかるんですけど、なんで突然そうしようと思ったのかわからなくて」


 お嬢さんは自分で炭酸水の入ったグラスを持ち上げながら言う。なんで突然ヘビに水を与えようと思ったのか、それがわからないと。

 その日はひどく暑い日だった。ヘビが水を欲しがっていても何らおかしくはない。けれどなぜわざわざその時だけ水をあげなければいけないと思ったのかがわからない、と。普段ならきっと野生のヘビを見つけても気にも留めないだろうのにとお嬢さんは言う。

 だから先ほどの電磁波発言に繋がったらしく、そのヘビが何か仕掛けてきたのではいかと思ったらしい。


「因みにヘビは水を夢中で飲んでいたし、飲み終わった何事もないように茂みに消えていきました」


 それは本当にただ喉が渇いていただけなんじゃないか。

 エリカちゃんは思考をいじられ操られたような感覚だったと言うが、無表情なヘビに「喉乾いてる」と察し無意識に近い感覚で何故水を与えたとかではと思うのだが。優しさで動いたとかじゃなく操られた感じだと。

 妙な体験だったというお嬢さんにジルはしばらく考えた後口を開いた。


「ものによるけど、魔物の中には人と意思疎通を図ろうとするのもいるらしいね」

「でも、普通のヘビっぽかったですよ?」

「ヘビは長生きだからね。何かしらになりかけていた可能性はあるかもしれないよ」


 何かとは。動物によく似た魔物もいるが、実は魔物の生態について詳しくはわかっていない。もしジルの言う通りなら、動物から何らかの原因で魔物になったのか。よくわからないが。

 お嬢さんは一応ギルドの冒険者だし魔物に対しての心得は俺たちよりもずっとあるはずだ。遭遇したのが魔物に近い何かであったならもう少し何か反応が違ったのではないか

そうでないから、彼女も不思議だと思ってる。

 まぁ、解せぬってやつだな。


「何かしら、って何です?」

「さぁ? そこまでは私も。世の中には不思議がいっぱいってことだね」


 エリカが俺の方を見た。俺たちの状況もその不思議の中に取り込まれた結果だ。いや本当に、なんでそんなものに巻き込まれたかな。俺もエリカちゃんも。

 ジルもエリカちゃんも不思議体験の考察はそこまでで終わったのか、ジルがグラスの氷を人差し指でかき混ぜる。それに倣うように自分の持つグラスに目を向けそれからゆっくり視線を上げればへらりと笑うジルと視線が合った。


「でもま、案外ヘビの命乞いってやつだったのかもよ?」

「水を与えてもらえれば助けてくれって?」


 ジルが冗談めかして言ったが、案外その通りだったりするのかもな。何、勝手な想像だ。

 そのヘビが本当はなんだったのかは不明のまま。ジルの仕事の助けになったかはわからないが、まぁ酒の肴にはなっただろう。

 そのまま談笑を始めた女性陣を横目に、今一度グラスを手に取り流し込むように酒を飲んだ。


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