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15冊目 用法容量正しい手順で


 十日ほど顔を見せなかったジルは、何事もなかったように特にそういう決まりがあるわけでもないが指定席に座って五日のラム酒の残りを飲んでいた。

 慣れた調子で声をかけて隣に座れば、グラスに口を付けながらジルがこちらに手を振った。相変わらず自由な女だな。

 どうやら久しぶりに筆が乗ったらしく一冊書き上げてきたと語る彼女は上機嫌で。いい酒が飲めているようで何よりだ。


 とはいえ。書けた、いい出来だ。などとは言うものの自分が書いた話の内容やジャンルすらも語らない色々辺り徹底しているというか。

 知られたくないのなら聞くつもりもないし、何より俺は本を読まないから彼女の本を手に取りようもない。ペンネームで活動している可能性もあるしな。


「それで? 私がいない間何か面白ことでもあった?」

「あー。あのお嬢さんと話すようになったくらいだな」


 ジルのいない間はエリカちゃんが相手をしてくれていた。当人はジルに色々と話を聞きたかったらしいが、無収穫で帰らせるのも忍びなく、ここで飯を奢ったりジルのことを話したりしていたわけだが。

 こういうとお嬢さんに何してるんだと言われるかもしれないが、やっぱり若い子はいいな。食べっぷりが見ていて気持ちいい。この前仕事終わりでお腹空いてると言う彼女に女将さんの料理を奢ったら、それはもう美味しそうに食べるんだから。

 親戚のおっさんたちや先輩方が若い連中に色々食わそうとする理由がわかったわ。そんなことを考えていったらひょっこりと噂のお嬢さんが。


「今日はいらっしゃった。またお話聞かせてください」

「おや、どうも」

「ん。エリカちゃんこの椅子使いな」

「ありがとうございます」


 あんまり女性陣に囲まれていると後ろのテーブルのやつらの視線が気になってくるので以前と同じように自分の反対側にあった椅子を引っ張ってきて、ジルの隣に座らせてやる。

 別に若い子の隣に座りたいわけではないが、ジルが座っている席がカウンターの一番端なので、この方法が一番丸く収まるのだ。そんな俺の思惑を知ってか知らずかお嬢さんは今日もにこにことマスターに炭酸水を頼んでいる。

 今日も元の世界に帰るための手がかりを探すためにやってきたのだろう。文字通り、元の世界に帰るために、彼女は何でもやってる。今はその一環で古い魔法について学んでいるらしいが、どうやら行き詰っているらしい。

 生憎俺たちは魔法が使えない組なのでそちらで力になれるとは思わないのだが、話だけでもと言うのでもしかしたら相談にかこつけて進展しない愚痴を言いたいだけなのかもしれない。


「というわけで、手っ取り早く頭の良くなる手段が欲しいです」

「あるよ」

「あるのか」


 ふむ、と。声をあげたジルに思わず聞き返す。そんな都合のいいものがあるのなら俺もご相伴に預かりたいのだが。頭脳労働が得意になったところで有効活用が出来るとは思わないが、あればそれなりに便利かもしれない。

 自分のウイスキーを煽りつつジルの方を見る。二人はあの日少し話しただけだが、事情が自称ゆえに気にかけてはいるみたいだ。ジルの持つ善性、というのもあるんだろうが別の世界とやらに興味があるだけかもしれない。

 マスターがカウンターの向こうからエリカちゃんに炭酸水とフルーツを差し出した。多分フルーツはサービスだ。なんだよ、マスターも若い子に甘いんじゃないか。


「ヒロポンって成分を上手く使いこなせば最高の学習薬になるね」

「本当ですか!」


 ジルのそんなあんまりにも怪しい言葉にエリカちゃんは飛びつくように反応する。お前なぁ。それって、あれだろ。エリカちゃんがあまりにもいい反応をするものだから、何とも言えない気分になる。

 純粋なお嬢さんがうっかり道を外す前にネタバラシしろと視線を向ければ、ジルがへらりと笑って口を開いた。


「まぁ違法薬物なんだけどね」

「それダメなやつじゃないですか」


 ほら見ろ、エリカちゃんも引いてるぞ。

 国によって規定基準などは違うだろうが、こっちにもそういうお薬はあるらしい。他所は知らないが俺の周りではそんなに耳にしないし、使用している奴も見当たらない。

 ただ、どこの世界でも皆考えることは同じなんだなぁと感慨深い気持ちになった。お嬢さんもこんなことで世界の共通の感覚を実感したくないだろうがな。


 セージがため息をつけばジルが小さく笑った。この様子だときちんとした手段なさそうだな。そんな怪しげな物に頼るべきではない。

 真面目なお嬢さんだし、手を出すとは思えないがそういうからかい方は良くないぞ。俺にはない反応が面白いのかもしれないが。


「あとは、疲労や痛覚を無視するためにモルヒネとか?」

「ねぇ、なんでそういうのばっかり勧めるんです?」

「あんまからかってやるなよ」

「はは、冗談だよ。勉強についてはコツコツやるしかないだろうね」


 すねた様子のエリカちゃん宥めるように笑いジルがグラスを呷る。

 知識なんてものは積み重ねだし、真面目に積み重ねていけばある程度は身に付くものだ。それにこのお嬢さんは俺やジルとは違って才能がある側の人間だから、きっと何とかなってしまうんだろう。

 そんなことを考えながら、自分のグラスにもう一度口をつける。アルコールが喉を通っていくのを感じながら、グラスをそっとカウンターに置いた。


「私は魔法は使えないけど、古書とか手に入りずらい本が見たいなら声をかけてよ。そういう方向でなら手伝える」


 その言葉にエリカちゃんはパッと表情を明るくさせて、大きく頭を下げた。ジルは作家であり貴族でもあるし、どこかしらから本を取り寄せられる伝手があるんだろう。これは確かに他の奴には出来ない手伝い方だな。

 それからしばらく、女性陣が他愛ない話を続ける。特に元の世界に戻るための方法に役に立つわけではないが、お嬢さんは楽しそうに相槌を打ちながら話を聞いていた。

 さっきの話題はどうかと思うが、ジルなりに根を詰め過ぎるなということだろう。



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