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11冊目 酒は人類の友


 ジルは酒が好きだ。毎日の様にこの酒場に来ているし、家でもそれなりに飲んでいるらしい。とはいえ、迷惑をかけるような飲み方をしているわけではなく、楽しく飲んで酔いつぶれもせず帰宅している。

 そんな彼女にも女性らしく多少は結婚願望があるらしい。やっぱりどこの世界も女性はウエディングドレスに憧れるものなのだろうか。

 自分に結婚願望はないので俺からは何も言えないが、どこも変わらないものなんだな。


 まぁ結婚云々も相手がいないことには始まらないのだが、残念なことにジルにはその相手はいないらしい。

 それはジルの理想が高い……という訳ではなく、お酒好きが原因で引かれる場合も多い。なんとも悲しい現実である。


「酒の量減らせば?」

「目が合った瞬間ビビッと来たんだよ。私にはこの人しか居ないって」


 冗談交じりに溢すジルは自嘲気味にエールの中で弾ける泡を見ている。多分そういうところも相手が出来ない一因だろ。楽しく一緒に飲むのならこれ以上ない相手だとは思うが、世の男が求める伴侶の条件とは少しずれるのかもしれない。

 家柄的にそういうわけにはいかないとはいえ、これだけ飲むならお堅い職業の男は避けていくんだろう。要は多分狙う層が悪いんだよ。酒場にいるような連中ならジルの飲みっぷりにも寛容だろうに。

 そんなことを考えながら、俺自身はマスターに勧められたブランデーをちびちびと飲む。


「アントンが酒飲まなきゃ狙うのにって言ってた」

「あいつの女癖の悪さは評判よ?」


 そんなにか。俺から見ればいい奴なんだがな。冒険者でそれなりに腕も立つし聞く限りでは今の稼ぎ頭らしいが、女性のネットワーク内ではそんな風になっているのか……。いや、まぁ確かに、軽薄な性格はしてるか。

 冒険者連中は酒に関して寛容なやつが多いが、その分遊び人も多い。反対に身持ちの固い男は酒好きの女を敬遠しがちだ。

 アントンが遊び人なのかと言われれば俺の視点では何とも言えないが、そういうものに対しては女性の方が敏感なのだろう。

 ジルは頬杖をついてため息を吐いている。酒で気分が落ち込んでいるのが一目で分かるような雰囲気だ。とはいえ、今ここで何か言ってもジルの酒を飲む手は止まらないだろう。とりあえず俺もグラスに口をつけて沈黙を守った。


「別にそんなに大それたこと望んじゃいないのよ? いるだけでいいし」


 つまり置物みたいな相手が欲しいと、それもどうかと思うが。理想が高いのか低いのかわからんな。

 亭主元気で留守がいい、なんて言葉を元の世界でも聞いたが、その亜種だろうか。色々と関係が破綻している。そういうのを聞いていると、元々ない結婚願望とかいうものがもっとすり減りそうだ。


「まだ若いんだし、急いで決めなくてもいいんじゃね?」

「知らんのか? 貴族の娘の適齢期は十六から十八よ」


 それは若くね? まだ学生の年齢だろう。未だにこっちの常識に戸惑う時がある。

 ジル自身は上に兄が二人いて、さらに長兄がすでに結婚しているのでお目こぼしされているだけだという。そういうものなのか?

 ジルは……いくつだったか。まぁ今聞いた貴族の娘の適齢期からは外れてしまっているな。それでも二十代前半といったところだが。同世代の貴族の娘はもう家庭に入っているから、少し焦りなどもあるのかもしれない。そう考えると、ちゃんと女性らしい考え方もあるのだなぁと思う。

 酒のせいで気が大きくなっているのだとは思うが。ジルはマスターにおかわりを頼みながらまた溜息を吐き出すと、頬杖をついた手でテーブルをトントンと叩く。何ともまぁ、わかりやすく納得いっていないようで。


 まぁ、もし彼女が結婚したとして彼女が作家としての人生と酒を手放せるかが問題だな。酒場でしか会わないせいもあってか、家庭に入ったジルというのは今一想像ができないがぜひそれでもいいと言ってくれる男を見つけてくれ。

 グラスの氷を鳴らして口を潤す。ふとこちらを見つめるジルと目が合った。


「君、ファミリーネーム何だっけ?」


 お前さては結構酔ってるな? あと軽率にそんなもん欲しがるな。ほら、マスターが鼻で笑いながら水持ってきてくれたぞ。飲め。

 ジルの話は毎回面白く聞いているが、酔っぱらいの戯言を本気にする趣味はないぞ。元々結婚願望なんてない上に、俺に義理とはいえ貴族の倅が務まるわけがないだろう。

 彼女は自分の活動に口を挟まれず、かつ楽しく飲みたいだけで、それが叶うなら相手は誰でもいいんだろう。手ごろなのが隣で飲んでいただけで。彼女が水を一気に飲み干すのを見届けで、俺も自分のグラスを空にする。


「今日の授業はここまで」

「ありがとうございましたー」


 なんて、茶化しながらいくつかの硬貨をカウンターに乗せる。明日に酔いを残さないのがいい飲み方だろう? それを見たジルも同じように飲み代を支払って席を立つ。こうなるのはわかっていたが、結局今日も彼女を送っていくことになるのだろう。

 別にそれが嫌だとか、そういうわけではないが。若い娘さんなんだからもうちょっと自分を大事にしなさいよ。


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