表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/47

10冊目 ペンと剣、酒場にて


 ジルは言うなれば一般人だ。作家なんて特殊な職業についてはいるが、荒事とは関係のないところで暮らしてきた。

 実際貴族の娘としてそれなりに大事にされてきたらしい彼女は、元の世界で誰かを傷つけるのはいけないと教えられて育った俺とはどことなく似た考え方をしている。もちろん全てがそうだとは言わないが。

 その違う考え方の一つとして、彼女は剣を持つ人間を理解出来ないというものがある。


「最近読んだ本に主人公が決闘をするシーンが出てきたのよ」


 そういうとジルはゆっくりと息を吐き出して酒と氷の入ったグラスをくるりと回した。それを横目に自分もグラスを口に運び、喉を潤して話を続ける。

 趣味で読んだのか、何かの取材の一環かもしれない。彼女がどういうジャンルの話を書いているのか聞いたことがないし、聞いたところで本を読まない質なので何とも言えないが。


 それはそれとして、この間決闘の作法について話した。

 妙に決まりや配慮のあるやり方に酒が入っていたこともあって彼女はケタケタと笑っていたが、改めて文字で読んで何か気になるところでもあったのかもしれない。

 そう思って続きを促すと、彼女はこくりと一つ頷いて先を促す。


「主人公と主人公の友達がお互いの武人としての誇りをかけて真剣勝負をする展開なの」

「うん」

「どっちかが死ぬかもしれないのによくやるなって思った」

「まぁよくある展開だよな」


 こういうところが一般人の感性だなと。実際よくある展開ではあるが、今一武人の誇りと言われてもピンと来ない。一応ずっと剣道を習っていたが身に付いたのは体力と礼儀作法程度のもで。誇りなんてあっても腹は膨れない。ならあるだけ邪魔だな。

 実際に剣を携える仕事をしている俺ですらそんな考えなんだし、剣を持たないジルはもっとわからないんだろう。


「憎しみ合っている訳でもない二人が自分の意志で相手を殺すまで戦う精神構造が理解出来ない」


 自分が女だからかと呻いている彼女を傍目にふむと考える。誇りだなんてないにもかかわらず、俺はそういうよくある展開を素直に受け入れている。

 幼い頃見ていた子供向けのアニメなんかでそんな展開はあったし、深く考えずに見ていたがそうか、そういう考え方もあるのか。

 盛り上がっているのは当人だけで主人公たちの周りにいる登場人物たちは彼女と同じ気持ちを抱いているのかもな。

 彼女は俺の方を見ると軽く微笑んでグラスの氷をまたからりと鳴らした。


「単なる腕試しならスポーツで決めればいい。プライドのためだけにお互いの死をかけて戦い負ければ死を進んで受け入れるのはちょっと非道徳的じゃない?」


 非道徳とまで言うほど異様に感じるのか。ある意味俺が生まれた国に知らず知らず根付いていたサムライスピリッツ全否定みたいな回答だ。別に俺がそれを持っているとは思えないが、全否定はさすがにちょっと何とも言えない気持ちになる。

 どうやらフィクションとしても受け入れがたいと感じているようだ。

 まぁ先日も身近に行方不明者が出たような何かと物騒なこの世界だ。そこで平和に暮らしているからこそ、そういう不必要な命のやり取りに嫌悪を覚えるのかもしれない。


「よくあるってことは、大衆に好かれる展開だってのは理解してるんだけどね」


 そう締めくくった彼女は苦笑いをしていた。同時に、それが書けないから自分はいつまでも売れない作家なのだとも。確かにそれはジルにとっては重要なのかもしれないな。

 世に出しているのだし売れたいと思うのも通常の思考回路だろう。以前に彼女は自分の書きたいものしか書いていないと言っていた。それに関して、改めて何か思うところがあったのかもしれないな。

 とはいえ、その剣の誇りといったものが彼女の創作の助けになるかはわからないが、一応俺の意見を言わせてもらおうか。


「まぁあれだ。そういうことをする連中の精神構造は芸術家と同じだと思えば多少は理解できるんじゃないか?」


 奴らは自分の人生と誇りをかけてる芸術家なんだろう。

 芸術家は良い芸術を産むためなら心身をこれでもかと削る人種だ。ならばそれと同じ武術家も、友人同士で武芸を磨くためにお互いの命をかけるのではないか。偏見だが。

 そういう解釈の仕方をすれば、作家であるジルにも少なからず思い当たるところがあるんじゃないだろうか。心身を削って一つの作品を書き上げる、みたいな。これも偏見でしかないが。


 ここで酒を一口。酷く口の中が乾く。羞恥のせいか、それとも度数の高い酒だったのか妙に体温が高い気がする。


 ついそんなことを言ってしまったが、吐き出して妙に冷静になって気恥ずかしくなる。酒の席だと思って忘れてくれ。

 グラスの氷をくるりと回すと手持ちぶさたさにそのままグラスの縁をなぞる。つるりとしたグラスは冷たい。いつも気を付けているつもりなのだが、どうやら今日はいつもより良いが回るのが早い気がする。


「なるほど?」


 納得、とまではいかないが、俺の言ったことを噛み砕いて受け入れてみるつもりはありそうだ。

 しかしまぁ元の世界同様この世界でも普通に受け入れられている展開なのに、ジルは思わぬところで引っかかるんだな。作家だし満遍なく色んな要素を取り入れているのと思っていたが、案外そうでもないらしい。まぁ、これも偏見だな。うん。

 そんな自己完結して熱の籠った肺から息を押し出すと、半分程入っていた酒を一気に飲み干した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ