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LUCA ~史上最強の生物~  作者: 山田 テング
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魔術現象捜査課へようこそ(1)

 魔法なんてないと思っていた。

 科学が発展した現代社会において、人は空を飛ぶのみならず地球を飛び出し星々を調査して回っている。陸上で人が到達していない場所はほぼ存在せず、原理的に不可能なのはそのほんのごくわずかで、その気になれば調査できる場所を残すばかりとなっている。日常的に起こる現象はそのメカニズムがことごとく解明された。雨風や雷などの気象現象、地震、重力などの引力や物体の相互作用、化学反応の大まかなメカニズムや目には見えない電子の動きまで。技術的にも発展したことで、今や手のひらサイズの光る板で何テラバイトものデータを選択的に閲覧し、保存することができる。

 それだけ発展した科学が大昔に導き題した結論。


 魔法は存在しない。


 一般常識まで浸透したその認識は、魔法をフィクションとしその一切を否定していた。

 かくいうこの俺、新野海もその常識の中で十八年間を過ごしてきた。常識とは十八歳までに身に付けた偏見であるとアインシュタインは言ったそうだが、今や科学に裏付けされたその「偏見」は「真実」と何ら遜色はないのだ。


 そう思っていた。

 昨日までは。


「ここが国立秘密魔術研究所、NSMIの本部です。」

 そういって案内されたのは全面マジックミラーで覆われた十階建ての都内でよく見るようなビルだった。早朝ということもあり、穏やかな日差しを反射している。正面の看板には「微生物研究学会四号館」と記載されている。聞くところによるとホームページや関連情報のみならず、研究成果や論文まで発表している徹底ぶりらしい。

 聞かされた前情報では公安警察、通称「公安」の管轄らしい。しかし特別な資格はいらず、アドバイザーという名目で数多くの研究者とある条件をクリアした「一般人」で構成されている。俺はその「一般人」に分類されるわけだ。

 自動ドアを抜けビルの中に入ると、手狭なエントランスがある。ソファと頑丈そうな金属製のドアのみのなんとも質素なものだ。ドアの横には電子マネーをタッチするような機械が備え付けてあり、配布されたIDカードがなければ入ることはできない。

 案内してくれているスーツ姿の女性に倣って、つい三十分前にもらったカードをタッチして中へ入る。

「配属先は五階の『魔術現象捜査課』になります。そちらのエレベーターをお使いください。」

「え、あの…」

 一緒に来てくれないんですかと言おうとしたが、すでに女性は顎の位置で切りそろえた髪を揺らしながら、コツコツと歩いて行ってしまった。きっと忙しい人なのだろう。案内してくれているときもすごく不機嫌な顔をしていて怖かった。六月だから祝日もないしかわいそうだなぁ、なんてどうでもいいことを考えていると、五階に到着してしまった。

 エレベーターを降りると正面にドアが見えた。横にはカードリーダーがまたついている。

 恐る恐るタッチしてドアを引く。

 中は思ったよりもかなり広かった。

 手前には六つの大きめの机が三つ一組で横向きに向かい合うように配置されていて、一つを除いてノートパソコンや紙の資料、付箋やメモ書きなどで占領されていた。奥にはホワイトボードと円卓があり、プロジェクターも認められる。左には広めの通路が伸びていて、パーテーションでいくつかの部屋が作られているようだ。また奥のホワイトボードの左側にも部屋のようなものが見える。

「確か奥の左の部屋だったっけ。」

 送迎の車の中で不機嫌な女性から言われたことを反芻しながら、初めてきたオフィスを進んでいく。紙とインク、ビルのカーペットだろうか、独特のにおいを感じながら心臓をバクバクといわせて、一歩一歩踏みしめる。机の横を通るときにちらっと机上の資料を見ると、顕微鏡の画像だろうか、青の蛍光色をした円形の何かがちりばめられた画像が資料の右上の方にあった。何かの論文のような気がする。乱雑なデスクとは裏腹に、円卓は何も乗っていないきれいな状態だ。デスクが灰色であるのに対し、こちらの円卓は白で汚れ一つない。

 新しい場所に来ると些細な場所まで確認してしまうのは生物としての本能だろうか。

 目的の部屋はドアが開いており、その目線の高さのところには「課長室」と書いてあった。ドアが空いているので、壁を三回ノックして失礼します、と入口に立つ。

 中には女性がいた。

 パンツスタイルのスーツで、トーンが暗めの茶髪を一つにまとめて耳の高さで結んでいる。そして腰に手を当てて、窓の外を眺めていた。その姿はまるでモデルのようで、ヒールを履いていないにもかかわらず、足の長さは日本人離れして見える。身長は170センチを超えているだろう。俺と同じくらいか、なんなら俺より大きいかもしれない。

 女性は振り返ると、はっきりとした二重でやや釣り目をした端正な顔をこちらに向け、はっきりとした低い声で話始める。

「君が今日からのニイノ君だね。」

「いえ、シンノです。」

「そうか、失礼」

 このやり取りは俺の十八年間の人生の中で、定番の流れとなっていた。小中高と新しい担任に計六回を間違った読み方で呼ばれた。他クラスの同級生も含めればその数は数倍になる。なぜみんな素直に読まないのだろう。

「ようこそ魔術現象捜査課へ。うちに適性があるということは、君は社会不適合者ということだな。」

「いきなり失礼ですね。あとその話し方は素ですか。」

「素だともいえるし、そうでないともいえる。」

「はあ。」

 いきなり社不適の烙印を押されたうえに、何の参考にもならない答えが返ってきた。確かに問題がある職場だろうし、そこで働いているのは同じ穴のムジナたちだろう。俺含め。

「君の仕事はこの世の中で起こる魔術現象の捜査と、その被害の予防だ。何か質問はあるかい。」

「魔術現象とは何でしょうか。」

「やはりそこか。チッ、めんどくさいな」

「あの、せめて聞こえないように言ってください。」

 盛大に舌打ちして愚痴を吐き捨てた彼女に、不満の意を表する。しかし俺になどお構いなしで、研修くらいしろだの、素人を現場によこすなだの、この腐れ童貞がだのぶつぶつ言っている。おおよそ無関係な思わぬ流れ弾を食らいすでに瀕死の俺に向き直ると、ついてきなさいと言ってつかつかと外に出ていく。美人に言われるとなかなかクるものがあるなどと思いながら、ついていくことにする。

 向かったのは先ほど見えた通路だった。ちょうどデスクの横に部分に設けられている。部屋は通路の左右に三つずつくらいだろうか。左側の手前から二つ目の部屋に入っていく。中はかなり暗いようだ。

 空いたドアから中の空気が流れ出し、カビと埃のにおいが鼻をつく。おまけに湿気もひどいようだ。長くはいたくないと思いながらも足を踏み入れ、ドアを閉める。

ブルーライトで何かを照らしているのだろうか、青白い光が目に入った。


 その光源を認め、その異様さに息をのむ。


 そこにあったのは巨大な水槽だった。両手を広げても余りあるところから推測するに、二メートルくらいはあろうか。その上には大きな音を立てながら稼働している、あちこちにパイプの伸びた古い機械が乗っている。そして水槽の中にはたっぷりの水とトカゲの尾のようなものが入っていた。しかし確実にその辺のトカゲのものではないことがわかる。

 その大きさは水槽の端から端までぎっしりとあり、俺の腕よりもはるかに太い。

しかし真に異様なのはその大きさではなく見た目だ。

鱗は無く透き通っていて、青白い光の筋が血管のように走っている。およそこの世の物とは思えない。

そして最も俺を驚かせたのはブルーライトを当てているのではないことだ。

間違いなくこの尾が光を放っている。

 呆然と水槽の前に立ち尽くす俺を見て、「課長」は満足げな様子でにやりと笑うと、もう一度こう言った。


「ようこそ魔術現象捜査課へ。」


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