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File9.憶測の真

──前回のあらすじ──


 実家に戻り、華奈子カナコとの関係を拗らせた明大アキヒロは、近所の公園にて弟と瓜二つの『ノブヨリ』なる人物を探す女(菅野カンノ娼狐ショウコ)と出会う。

 そんな2人の元へ現れた誠良セイラは、真神類マコトへと変貌を遂げた菅野カンノを前に、エンバハルへと変身するのだった。

『俺の名前は誠良セイラ真神類マコト…いや、怪物と戦ってる男さ』


 目前に映るヒーローは、俺にこう名乗った青年だった。

 あの時は妄想かと思っていたが、怪物になった女と対峙するその姿を見て、否応なしに現実を教えられる。


「悪いが話し合いは後だ。…まずは、そのふざけたコスプレを脱がさせてもらうよ」


 ヒーロー─否、青年セイラはそう宣言すると、地面を踏んで怪物との距離を殺す。

 続けて飛んできた彼の右手は、拳をギリギリと握りしめると、羽毛で覆われた怪物の身体を後方へ弾き飛ばした。


「ア゛ぁァ…ッ──あァ…ッ!乙女の身体ヲ痛めつケるナンて、ナンて非道ナ男…」


 先程までの口調とは打って変わって、荒々しくそう吐き捨てる怪物となった女。

 拳を払った青年セイラは呆れたように息を吐くと、だらりとその両腕を広げてみせる。


「乙女?笑わせるなよ、力に溺れた真神類の分際で。非道で結構、俺は人外(・・)に優しくできるほどできた人間(・・)じゃないんでね。…わかったらさっさと変身を解け。そしたら手は出さないでやるよ」


 俺は静かに距離を取って、巻き込まれないようベンチの裏から覗き見る。


 …言葉にこそしてないが、青年コイツは戦いなんて望んでいないのではないか?


 怪物をいなす彼を遠目に、ふとそんな考えが頭を過る。

 今俺の目に映る青年ヒーローは、蜥蜴野郎の時と戦い方が違って見える。それもこう、まるで怪物相手に手加減をしているような感じで。


「どうシて…ッ!どうしテドうシてどドウしてっ!私ハ力を手に入レタのよッ!なノにドウしテッ!邪魔者1人消し去レナイのッ!」


 散々青年(ヒーロー)に転がされ、声を荒げて叫ぶ怪物。何度飛び掛かっても、全て赤子のようにいなされる。素人目に見るだけでもわかる…明らかに経験値が違う。


 撹乱した彼女は、不意に自らの羽毛の中へ手を突っ込むと、何やら注射器のような、()()()()()()()()()を取り出した。



ーーー



「ウふフ…あァヌセイリン様…私ニこれヲ授けテ下サリありガとうゴザイマす…!」


 突然笑い出した真神類を前に、反射的に身構えるエンバハル。

 立ち上がった怪物は、自身(誠良)すら初めて見る注射器デモルフィネのようなものを天にかざすと、そのまま自身の胸部へと突き刺してみせる。


「お前ッ!何をして──」


『ア゛ァ…ア゛ア゛ア゛ア゛アァァァァァ──ッ!』


 誠良の言葉を遮る絶叫と共に、不意に怪物の纏っていた羽毛が爆発するように舞い上がる。


「…まさか、第2ステージへ進化したのか?」


 羽毛の中から現れた、妖艶な人型へと姿を変えたした水生鳥(ガンススと呼)の怪物(ばれた真神類)

 反射的に声をこぼしたエンバハルを目に、怪物は自身の姿を一瞥する。


「アハ…アハはハッ!これガ新シい私…!」


 狂ったように声を上げ、視線を戻す怪物。

 対峙したエンバハルは、身構えたまま視線を返すと、静かに一歩を踏み込む。


「よせ!今すぐ変身を解くんだ!そのままじゃ──」

「うルサいッ!」


 怪物の怒声と共に、無数の羽根がエンバハルに着弾し爆発する。

 声を上げた彼女は、腰から生えた翼を大きく広げると、鳥のように宙へと舞い上がった。


「私トノブヨリさんノ恋路ヲ邪魔シナいデよ!」

「恋路?別に俺は──」

「惚けルナァァぁァァァっ!」


 絶叫を上げながら、エンバハルへ向かって急降下する怪物。

 彼女の一撃を食らったエンバハルは、その勢いのままブランコの柵へと突撃すると、その鉄柵をぐにゃりと歪める。


「ッ…クソッ」


 マスク越しに顔を歪め、軋む身体で立ち上がる。

 再び宙へ舞った怪物は、そんなエンバハルを目に狂ったように頭を掻きむしる。


「貴方ヲ倒せバ…っ!貴方サエ倒せレば…ッ!」

「待て!俺には関係無いッ!」

「嘘ヲ付くナァァァぁッ!」


 エンバハルの声を無視して、再び急降下する怪物。彼女に遅れて周囲へ羽根が舞い上がる。


「関係無い──ってんだろッ!」


 叫び声を上げたエンバハルは、その脚を掴むようにして突撃してきた怪物を地面に向かって撃ち落とす。

 着弾した羽根が爆発する中、彼は怪物の片翼を毟り取ると、よろめきながら後退する。


「はぁ…はぁ…ッ…これで、お前はもう飛べないな」

「ア゛ア゛ッ──!私ノ…私のハネをヨクもッ!許セない許セナい許せなイ──────ッ!」


 エンバハルの台詞に激昂し、声を荒げて地面叩く怪物。満身創痍で立ち上がった彼女は、懐から例の注射器デモルフィネのようなものを取り出す。


「コレさエ…ヌセイリン様カラ貰ったコレを使エば…今度コそ…ッ!」

「馬鹿かお前ッ!?よせ!これ以上は確実に──ッ」


 止めに入ろうと叫ぶと同時に、不意に脚の力が抜けたエンバハル。

 思わず膝を付いた彼は、いつの間にか羽根が纏わりついた自身の脚を一瞥する。


「クソッ!」


 そう吐き捨てた彼を他所に、怪物が口元を歪めて例の注射器を突き刺そうとした瞬間、不意に死角から()が飛び出すと、その勢いのまま怪物を押し倒した。



ーーー



 カチャリと地面に転がる、嫌な気配を漂わせる鉄片(・・)の音。

 俺は押し倒した怪物から離れるようにして距離を取ると、迷わずソレを拾い上げる。


 …俺はなんでこんなことをしてるんだろうか?

 反射的に動いた身体を震わせて、手に持った鉄片を握りしめる。


「ッ!?返せッ!返セぇェェェっ!」


 手元から離れた事に気づいたのか、俺を見るなり発狂しだす怪物。

 飛び掛かる彼女をかわして、反射的にさらに距離を取る。


 俺はよく知っている。欲で迷走する、狂人のこの目を。


 青年ヒーローは確かに手加減をしていた。言外に、この女が自ら人へ戻れと示しながら。


 俺の前に立つ彼女は、そんな青年の声も届かない。


「貴方モ私とノブヨリさんノ──」

「違う!」

「ッ!?」


 思い返せばそう、誤解を与えた俺も悪い。ならせめて、その誤解だけでも解ければ──


「何が違ウって───」

「ノブヨリは…俺の弟はもう死んだ!この世にお前の探すノブヨリなる男はいないッ!」


 彼女はずっと、ノブヨリ─いや、あの写真に写っていた俺の弟を探していた。…(アイツ)が生きていると、言外に決めつけながら。


 俺は、今のこの女を見て、あの写真に見覚えがある(・・・・・・)と思ってしまったんだ。…憶測だったものを、真へと確信させるものが。

 

 なら、彼女を動かしていたその前提が崩れたらどうなる?


「嘘…嘘ヨ…ソウやっテ、私を騙ソうトして──」

「嘘じゃないッ!これが、現実なんだ…ッ」


 唇を噛み締めて、声を振り絞る。


 …俺だって信じたくなかった。弟が─家族が死んだ現実を。

 だからコイツも、向き合わなきゃいけない。そうしなきゃ前に進めないと、理屈でもなくただ、そう感じる。


 自己暗示のように「嘘…」と呟きながら、先程までの威勢も無く膝から崩れる怪物。


「ノブヨリさんがいナイんジゃ、私ハ…私はナんの為ニこウヤッて…ダッて、ヌセイリン様が…でも、あれ…?」


 疑念に頭を抱え、ポツポツと言葉をこぼす怪物。


 俺は彼女のことは知らない。いや、もしかしたら忘れているだけで知っていたかもしれないか。

 いずれにせよ、彼女がどんな思いで怪物になったのか、俺は知る余地すらない。…でも、これだけはわかる。彼女は盲信するヌセなんとかとやらに唆され、利用されていた。そんな疑念のような確信に、俺は拳を握りしめる。


 へたり込んだ怪物は、縋るような目でこちらへ視線を戻す。

 大丈夫、彼女の瞳はもう、現実を見えている。


「私は…私はどうすれば…」


 荒れた周囲を見渡しながら、我に返って震える怪物。

 俺はそのまま腰を下ろして、彼女に目線を合わせる。


 蜥蜴野郎のときは、肉片となって爆散していた。

 だが、青年ヒーローの言葉から察するに、彼女はまだ人間に戻れるはずだ。

 俺はそう結論づけて、彼女へ手を伸ばす。


「大丈夫。現実を受け止められるお前なら今からでもやり直せる」

「っ…でも…」

「それに俺は、まだお前に聞きたいこともあるしな。罪だと思うなら、それは償えばいい。だから…そんな力、さっさと捨てちまえ」


 自分でも呆れるくらい、我ながら無責任すぎる言葉。

 …でも、彼女には何故か、これを言わなきゃいけないと、根拠もなくそう感じてしまったのだ。


「私…は…」


 緊張が解けたのか、掠れる程小さな怪物の声。

 憑き物が落ちたような、優しい表情を浮かべた彼女はそっと腕を伸ばす。


 手と手が触れようとしたその瞬間、伸ばした俺の手は、彼女の手によってはたき落とされた。



ーーー



「ッ!?お前、何し──」


「ヴ…ァ…ア゛ア゛ア゛ァァァ───ッ!?」


 ()の言葉を遮って、突然発狂しだす真神類。


 羽根による拘束を解いた誠良エンバハルは、見覚えのある事態に思わず舌打ちをする。


 急激な進化によって齎される、肉体の自己崩壊。


 あの男によって、真神類は元に戻る流れだったというのに。

 発狂する怪物を見て、誠良エンバハルは軋む身体を叩き起こす。


「クソッ!」


 駆け出したエンバハルは、左腕に巻いた機械を押し込んで、暴れる真神類へと拳を握りしめる。


「間に合えェェェェェェェェェ───ッ!!」


 『charge』という音と共に、紅くひかる全身のライン。

 男をその場から押しのけて、勢いよく繰り出されたその拳が怪物の腹へ叩き付けられた瞬間、2人の姿は爆発に飲み込まれた。



☆ー★ー☆ー★



 ラジオの流れる店内で、ドタドタと音を立てて店奥から現れる女性。

 彼女は、カルトン上にお代が置かれているのを確認すると、手に持った花束をカウンター越しに立つ男へと渡す。


「お待たせしました。これ…」

「うん、いつもありがとう」


 いつものように花束を受け取り、女性に微笑むハットの男。

 梅雨だというのにコートを羽織った彼は、何処か足早に踵を返そうとする。


「あ、あの!」

「…ん?」

「ま、また…来てくれますよね…?」


 女性の声に、不意に動きを止めた男。

 振り返った彼を前に、女性は一瞬恥じた表情で視線を泳がせると、震える声をなんとか吐き出す。


「…あぁ、来月また」


 一拍あけて。優しい口調でそう返す彼は、右手に持った花束を一瞥すると、そのまま店をあとにした。

『インヒビションブレス』

「The border with non-humans」

・誠良がエンバハルへと変身するために使用する5㎝×10㎝程の腕に装着する機械。

・デモルフィネを安全に運用するため、とある企業が警察と共に開発された。

・デモルフィネを差し込むことにより、そこに内装された細胞を分析・最適化することにより、使用者の全身へ強化服を展開させる。また、必要に応じて変身解除を実行する。

・変身中における最低限の通信や、常時使える時計としての機能も付いている。

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