File3.蜥蜴の怪物
──前回のあらすじ──
病院で目覚めてから早2週間。順調にリハビリを続けていた明大。
一方その頃、怪物と交戦していた警察部隊は、蜥蜴の怪物によって一蹴されていた。
「すみません、杏さん…俺、ちょっと飲み物買ってきます」
一度深く息を吸い込んで、言い聞かせるようにそう呟く。
…よし、もう大丈夫そうだな…
落ち着いた自分の胸を撫でながら、もう一度息を吐く。
さっきまでのざわめきは、外から聞こえるサイレンの音と共に消え去っていた。
「あ、杏さんも何か飲みたいものありません?あればついでに買ってきますよ」
できるだけ声音を落ち着かせて、静かに彼女へと語りかける。
俺自身理由はわかってないが、心配させたみたいだしな…
「飲みたいものねぇ…お酒、は──」
「それは却下です。そもそもおいてませんし、病室で何飲もうとしてるんですか…」
彼女の言葉に呆れて、思わず息を吐く。
いきなりお酒って…何を考えてるんだこの人は…
まぁ、この2週間で知った彼女の性格上、十中八九明るくしようとしてくれてるんだと思うけど。…だとしたら少し申し訳ないな。
「アハハっ!悪い悪い…じゃあ紅茶をお願いしようかな」
「…紅茶ですね?」
「うん」
「わかりました。…んじゃ、ちょっと行ってきます」
そう話を切り上げて、スリッパへと足を入れる。
とりあえず、サイダーかなんか買っとこうかな…
ーーー
「これは…」
青いバイクから飛び降り、ポツリと呟く銀髪の青年、誠良。
彼の視界に映る、道路に散乱した無数の服と警察車両。
ボロボロの服は脱ぎ散らかされたように放置され、車の方はまるで何かに押し潰されたかのように原型を留めていない。
一つ一つ覗き込むようにして、生存者がいないことを確認した誠良は、胸元に入っていたスマホを取り出すと、そっとそれを耳に当てる。
「姉ちゃん、こっちは既に遅かったみたいだ…」
『遅かった…?どういうことなの?…警察が足止めしてくれてるはずだから、そんなはずは──』
「いや、たしかに警察と争った形跡はある。…ただ、車もぐちゃぐちゃだし、銃弾の跡くらいしか──」
そこまで口にして、不意に口を塞ぐ誠良。
その意図を察したのか、電話口から苛立つような声が漏れる。
『第3ステージの出現、ね…』
「あぁ…そうじゃなきゃ、警察部隊がやられた説明がつかねえ。…姉ちゃん、真神類の居場所は!?」
『今はロストしてる…けど──』
電話越しの声が聞こえ終わるよりも早く、手慣れた動作で通話を切る誠良。
スマホをしまった彼は、流れるようにヘルメットを被ると、勢いよくバイクへ飛び乗った。
ーーー
ピッ…ガコン──
自販機へと手を突っ込み、出てきたペットボトルを取り出す。
炭酸飲料とはいえ、別々のを用意しておけば、杏さんも後で好きな方を選んでくれるだろ。
俺が2本のペットボトルを抱えて立ち上がろうとすると、不意に入口から慌ただしい声が響く。
「すみません!そこをどいてどいて!」
「大丈夫ですか!?聞こえますか!?」
忙しく運ばれる担架を横目に、俺は静かに息を吐く。
…病院だから仕方ないとはいえ、こうも毎日のように運ばれてくる人達を見ると、どうしょうもなく心が締め付けられる。
ヒーローがいるとはいえ、怪物による事件被害者が増え続けているのを否応なしに肌で実感している…
…さて、俺も戻りますかね。
一通り人がはけるのを待って、俺はエントランス横にある階段へと向かう。
──なんだ、この嫌な気配は?
「おい、ここに伏黒センセはいるか?」
不意に俺の耳を襲う、虫の羽音のような不快なそんな声。
反射的に振り返ると、ダウンジャケットに見を包んだ男が、受付嬢につっかかっている。
「あの、伏黒先生は今出頭中で…」
「あぁ?なに意味分かんねぇこと抜かしてんだ!いるんだろ!さっさとここに呼べよ!」
「ですから、今は出頭中だと──」
「うるせぇクソアマ!」
男は怒鳴り散らすと、受付嬢の顔を殴りかかろうとした。
「やめろ」
自分でもびっくりするような、ドス黒く低い声。
何かを考えるよりも早く、俺は自らの手をのばすと、振りかぶった男の腕を掴んでいた。
「チッ…!お前、邪魔しやが──ッ」
「フッ──」
襲いかかろうとする男を前に、反射的に身体を捩って投げ飛ばす。
鈍い音がしたが、頭は打ってないはずだし大丈夫だろ。
…やばい、つい衝動的に手を出してしまった。
足元に転がるペットボトルを見ながら、俺は内心頭を抱える。
流石に正当防衛、だよな…?
俺は直ちに男から手を離すと、慌てて周りに目を向けた。
「あの、お騒がせしてすみません…」
一拍置いて、どっと騒ぎ出すエントランス。
「いやぁ、兄ちゃんよくやった!」
「ちょっとスカッとしたよ!」
安堵のような笑い声が、待合席の方から投げかけられる。
…幸か不幸かわからんが、どうやら怒られてはいないらしい。
「ごめんなさい、ありがとうございました」
震える声でそう言って、カウンター越しに頭を下げる受付嬢。
何処か気恥ずかしくなって視線を逸らそうとしたその瞬間、倒れていた男は、不意にゆらりと立ち上がると、血走った瞳でこちらを睨みつけてきた。
「お前…ッ!よくもこの俺の邪魔を…ッ!」
「いや、あれはアンタが手を出そうとしたから止めただけだ。特に他意は──」
「う゛る゛さ゛い゛!」
俺の言葉を遮るように、不快な声を張り上げる男。
獣のように歯茎を剥き出しにした彼は、突然注射器ような鉄片を取り出すと、自らの腿にぶっ刺した。
「もういい…この病院ごと、あの男も!お前らも!全員ぶっ殺してやるッ!」
──何が、起きたんだ?
エントランスに響くほどの、汚く不快な男の声。
生々しい音を上げながら、目の前の男はその姿を蜥蜴のような怪物へと変貌させていった。
ーーー
「へぇ…遂に私達以外に第3ステージが…」
とあるビルの屋上に設けられた休憩スペースにて、タブレットを覗き込む一組の男女。
呟くように上げた女の声を他所に、男はそっとベンチに腰掛けると、持っていたタバコに火をつける。
「なんだ、楽しみなのか?…ゲアジェント」
「えぇ、もちろんね…」
何処か笑うような男の言葉に、女─ゲアジェントは楽しそうにそう返す。
そんな彼女の反応を目に、男はそっと口から煙を吐き出すと、持っていたタバコを灰皿へと押し付ける。
「新しい幹部候補の誕生、か…ま、確かに俺も多少は楽しみではあるな。多少は」
「多少って…素直じゃないわね、ホルスザク」
「…黙れ」
からかうような彼女の台詞に、男─ホルスザクはグリグリとタバコを潰しながらそう吐き捨てると、静かに口角を吊り上げた。
【糸羽町市】
・明大達の住む、海に面したとある都市。
・巨大な三角州のような地形であり、川にかかる橋を渡る以外に都市に出入りする手段はない。
【糸羽町病院】
・明大が入院している糸羽町市北部にある大きな病院。