File21.2匹の狼
──前回のあらすじ──
白いエンバハルによりが華奈子の誘拐事件が幕を下ろしてから1週間後、死亡した鈴村の部屋を訪れた出雲は、とある紙切れを入手する。
秘密裏に出雲達の計画が動く中、変身した反動からようやく日常生活へ戻れるようになった明大は、就職活動へと向かったのだった。
糸羽町市内にある、警察が管轄する施設の一角。
物々しいその施設では、過去1年に渡る真神類関連の事件で回収された注射器の解析や研究が日夜行われている。
コツコツと、複数の足音を伴いながら訪れた出雲は、カードスキャンと顔認証によるセキュリティを慣れた手つきで行うと、分厚い扉の向こうへとその一歩を踏み入れる。
「…集合時間ぴったり5分前、相変わらずだね、出雲ちゃん」
眉を歪める出雲を前にして、タブレットを見ながらそう吐き捨てるダボッとした白衣を身に着けた眼鏡の女。
頭頂部でボサボサの髪をまとめただけの彼女は、近づこうとする出雲をタブレットを持たぬ右手で制止すると、そのまま部屋の隅へと指で指し示す。
「…まさか、本当に完成させたのか、庄司」
「まぁまぁ、開けてみてよ、出雲ちゃん」
庄司と呼ばれた女の示した先にある、中型のトランクケース。
そんな彼女に促されるように、出雲はその足を部屋の隅へ動かすと、カチャリとトランクケースロックを外し開ける。
「──対真神類用携帯型特殊武装、その名も『サプレスバックル』。出雲ちゃん達が持ち帰ったデータのおかげで『オピレイド』を理論上安全に運用できる算段が付いたからね。試作型だから数は用意できないけど、これで真神類に対抗できるはずだよ」
タブレットに映し出された設計データを見せながら、伸びをして淡々と語る庄司。
ひと通り話を聞き終えた出雲は、シリコンに埋まった一眼レフカメラ程の大きさを持つそれに手を伸ばすと、引き締めていた口元を僅かに綻ばせた。
ーーー
「全滅、かぁ…」
無意識に漏れた自分の声が、暗くなりかけた空に霧散する。
就職相談として訪れたのはいいが、現状の俺の経歴だと手放しで採用してくれるといったようなことは無いらしい。…まぁ、1年寝たきりの上に、働いていた間の記憶自体が消えてるし、キャリアといって経験が無いのと同等だしな。
また就活になるのは億劫だが、今後の方針としてひとまず教えてもらった日雇いバイトをすることに決めた。
「…よし」
切り替えるように呟いて、引き締めるように両手で頬を叩く。
ドッ───と、頬に手が触れた瞬間、予想していたのとは違う音か鼓膜に響く。
背筋がゾワリとしたこの感覚…
嫌な既視感を覚えて、嫌な気配のする方へと視線を向き直す。
「おいおい嘘だろ…」
俺が訪れた建物の方角から見える黒煙と、肌に触る幾度目かの怪物の気配。
無茶をするなと華奈子さんに釘を刺されていたが、誠良が回復していない以上、被害が拡大する可能性のほうが高い。
「…ひとまず、出雲─警察に連絡だな」
黒煙の上がる方へと脚を走らせながら、スマホを取り出し緊急連絡先へと指を動かした。
ーーー
商業ビル内の一角にて、ゆらゆらと揺れる炎の中、死屍累々のごとく倒れる人々の姿。
その中心に立った亀のような甲羅を身に着けた寸胴な怪物は、突如として乱入してきた2つの人影を前にして、怯えるように後退していた。
「一体何ナノよアナた達はッ!こノアタシをコこまでコケにシテッ!」
癇癪を起こしたように叫び、汚い声を周囲に響かせる怪物。
吹き飛ばされる瓦礫を慣れた動作で躱した人影達は、互いに顔を見合わせると、どちらともなく溜息を吐く。
「全く、真神類ってのはどいつもこいつも救えないな」
「…どうする?ヒロ」
「もちろん俺がここで始末する」
「あぁモウっ!ゴチャゴチャとウルさイわ──ヒッ」
夕陽に照らし出され、狼を思わせる装甲姿を現にする2つの人影。
ヒロと呼ばれた男は、腰に装填された銃のようなものを構えると、怯えたような亀の真神類へとその銃口を向ける。
「──失せろ」
カチリ、と。引き金を引く音と共に放たれた黒い弾丸。真っすぐに伸びたソレは、咄嗟に頭手足を引っ込めた真神類の甲羅を掠めると、軌道を背後のビルへと変えて着弾、爆発した。
「うわっ!ちょっとヒロ!」
「──チッ」
爆砕した瓦礫と埃にまみれ、ヒロと呼ばれた男に抗議の声を上げる女。
ゆっくりと晴れていく視界の中、標的を見失った彼は、銃を構えたまま周囲を見渡すと、忌々しげに舌打ちをして返す。
「…逃げられたか」
「んもー!それじゃああたしは巻き込まれ損じゃん!」
「それはすまなかったな、みっ──カフラマン」
「うわー…誠意が感じられねー」
「謝ったから問題は無いだろ」
「言葉だけじゃ謝ったうちに入らないっての」
「は?それを言うならお前だって口先だけで反省のハの字も無いだろうが」
「あたしは良いんですー!」
「いいわけ無ぇだろ、だいたいな、こういうのは──」
「何よ、急に黙って──あっ」
男の言葉を前にして、どつきながら声を漏らすカフラマンと呼ばれた女。
瓦礫に埋もれた中央で、痴話喧嘩のような会話を繰り広げていた2人は、銃口を向けながらいつの間にか周囲を包囲している警察の特殊部隊を前にして、静かにその両腕を上に上げた。
ーーー
「真神類か?…いや、でも──」
出雲達警察に連絡を入れてから一足早く、黒煙の上がっている地点にたどり着き、瓦礫の山へと視線を向け直す。
砂埃の中から現れたのは、狼を思わせる2つの人影。
先の気配とは別物だが、根拠も無く相容れない存在のように感じて、汗ばむ両手に力が込もる。
奴等はなんだ?得体の知れない嫌悪?恐怖?…いや、この内から感じる感覚は、まるで闘争本n──
「──べ君─なべ君──田辺君」
不意に背後から肩を叩かれ、咄嗟に身を捩って握った拳を突き出そうと足を踏み込む。
拳が当たる寸前、見知った顔が視界に入って、ギリギリのところで腕を止める。
「っ!──出雲さん」
一瞬だけ、風圧に煽られたその顔を前にして、血の気が引いていく感覚が全身を襲う。
周りをよく見渡すと、既に武装した人間達が件の2人を取り囲んでいる。気付かなかった…
「すみません…」
「ハハッ…悪い悪い、俺も不用意に肩を掴まなきゃよかったな」
何処か頬を引き攣らせながら、ひとまずは謝罪を聞き入れてくれた出雲。
どうやら到着してから何度も声をかけてくれていたらしく、彼の顔には安堵の表情が伺える。
…気付かなかった俺も俺だが、いらぬ心配をかけさせてしまったようだ。
ようやく状況を飲み込みはじめ、周囲のサイレン音が耳入ってくる。
冷えた頭となり、ふと視線を瓦礫の山へと視線を戻すと、狼を思わせる2人は降参するように両手をあげていた。
名前:庄司(??)
性別:女
備考:警察の対真神類用に作られた研究機関の職員であり、出雲の元同僚。
警察として対抗できる装備を作るべく研究を続けていたが、出雲達が鈴村の家宅より持ち帰ったデータによりようやく試作型の完成にこぎつけた。
真神類やデモルフィネ、オピレイドについては知っているが、エンバハルの正体が誠良であることは知らされていない。




