File20.それぞれの始末
──前回のあらすじ──
連戦の疲労に蝕まれ、蝙蝠の真神類を相手に変身解除まで追い込まれた誠良。
そんな最中、明大達を追い、廃工場へとやってきた智代子達が遭遇したのは、華奈子を救出し真神類を倒した白いエンバハルだった。
男に頼まれた花束の件から早半月、珍しく有給を取り、街を練り歩いていたアヤ。
昼の糸羽町横丁を越え、山沿いの公道へ出た彼女は、『糸羽町自然公園』と書かれた看板を潜り開けた空間へとその足を踏み入れる。
「───すごい…」
ポツリと彼女の口から漏れた感嘆の声。
その瞳に反射する、一面に咲き乱れる紫陽花は、チラホラと園内に集まる人々と共に幻想的な雰囲気を醸し出している。
「──、そうだ写真写真」
しばらく園内を歩き回り、思い出したようにスマホを取り出すアヤ。
時間を忘れたように座り込み、眼の前の景色をデータに落とした彼女は、不意にそのうちの一つへとその手を伸ばす。
「うーん…キレイだけど、やっぱり紫陽花は贈れない、よね」
言い聞かせるように呟いて、引いていた紫陽花からその手を離す。
慣性に従い周囲の花々が揺れる刹那、不意に何かが崩れる音が響くと、周囲が次第に騒がしくなる。
「なに…?何が起きて──」
園内を逆流する人の流れを前にして、思わず困惑の声を上げるアヤ。
その言葉を言い終える間もなく、彼女の視界に飛び込んできたのは、花々を踏み荒らす怪物の姿だった。
★ー☆ー★ー☆
とあるホテルの一室に響く、荒く上がった息の音。
闇に塗れた空間の中で、ほぼ全裸体の鈴村は、自らの胸部を押さえながら、部屋の壁へと寄りかかる。
「──珍しいですね、貴方が仕事を完遂できないなんて」
「──っ」
不意に響いた女の声に、一瞬息を詰まらせた鈴村。
丁度落ちた雷に照らされ、その姿を現した真神類姿のビャステコを横目に、彼はズルズルと寄りかかりながらへたり込むと、大雨の打ち付ける外へとその視線を外す。
「あぁ…少し、想定外のことが起きて、な」
「…へぇ」
雨音にかき消されそうな酷く掠れた声。
タメ口となったその言葉に、ビャステコは静かに青筋を浮かせると、ぐったりとした彼の前へとその足を近づける。
「わかってる、どうせ始末されるんだろ?──だからもう、取り繕う必要は無いってな」
「………」
弁解でも無く、ただ諦めたような鈴村の言葉。
彼の横に立ったビャステコは、変わらず外を見つめるその姿を前にその鋭利な爪を首元へと這わせる。
「………それで?」
「──情報を持ち帰った」
彼の言葉にピクリとこめかみを震わせ、微かに血の垂れるその手を止める。
「情報、ね…どんな?」
「…一つは、殺し損ねた目標に関すること。もう一つは、新しい障害、白いエンバハルについて」
へぇ、と。そんな声を漏らして、興味深そうに手を離すビャステコ。
だらしなく両手を広げた鈴村は、握っていた注射器をその場に転がすと、ビャステコすら見えぬ角度で、その口角を静かに吊り上げた。
ーーー
鈴村との再会から始まった、華奈子さんとの関係が進展した一件から早1週間。
互いに気持ちを伝え合い、晴れて恋人となったものの…あの日以降、俺は今までの無理をした反動か、今日この瞬間まで文字通り寝たきりでいた。
「おはよう、明大さん。…もう、大丈夫なの?」
布団から這い出すや否や、リビングから心配そうにコチラを覗く華奈子さん。
そんな彼女を安心させるよう、俺はその両足で立ち上がって散らかった衣服を羽織る。
「大丈夫だよ、華奈子さん。もう普通に動ける」
この身体の不調の原因は、おそらくΝエンバハルに変身した反動だろう。普段使わない力を無理矢理限界まで引き出したことに起因してると、俺は考えてる。
それに、体調面に関しては若干、未だに筋肉痛のような感覚はあるが、こうして日常生活に支障がでない程度には回復したし、あそこで殺された場合と比較してしまえばこの程度で済んでよかったとは思う。…まぁ、怖い思いをさせた上、動けなくなった俺の世話をしてくれた華奈子さんにはだいぶ負担をかけてしまったが。
実際問題として、あの一件内で過剰使用したせいか、普段から戦いに身を投じていた誠良ですら、俺と同程度以上に寝たきりとなっているらしい。ま、事件が起きる度に変身していたのなら、ある意味当然の結果だとは思うんだが。…むしろ、アレを使ったからこそわかる部分として、よく今までその反動を我慢できていたな、とは思う。
そんな思考を動かしながら、ひと通りの着替えを終え、朝食の並んだテーブルの席につく。
「それじゃあ、食べましょ明大さん」
「──あぁ」
いただきます、と声を重ねて、湯気の立ち込める料理へと箸を持った手を伸ばす。
おいしそうに料理を頬張る彼女の姿を前に、俺は思考を切り替えた。
ーーー
「──身元は鈴村大智26歳。死因は首の切り傷による多量出血、ね…」
とあるホテルの一室で、部下に渡された資料を目に呆れたような声を漏らす出雲。
状況証拠より自殺の可能性有り、と書かれたソレから目を逸らし、発見時ままの室内を見渡した彼は、死体のあったテープで囲んだエリアを前にその腰を下ろす。
「…果たして本当に自殺か、偽装自殺か」
いずれにせよ、「組織」が始末したには証拠が残りすぎている、と。赤い液体の染み込んだ床を見つめながら、ひとり考え込む出雲。
彼の考えが煮詰まらぬ中、同様に部屋を捜索していた部下の1人が、不意に「あっ」と声を上げると、何やら紙切れのようなものを片手に出雲の元へと駆け寄った。
「出雲先輩、これ…」
「んぁ…?何を見つけた?」
部下の声に反応して、抱えていた頭を上げる出雲。
差し出された紙切れを受け取った彼は、手袋越しに持ったソレを舐め回すかのように視線を這わすと、周囲の光景へと視線を戻した。
「おいコレ、何処にあった?」
冷徹に放たれた出雲のその声。
一瞬身体を震わせた部下の男は、改めて背筋を伸ばし直すと駆けてきた方向へと指を指し示す。
「あのテレビ台の裏、であります!」
「テレビ台の裏、か…確かに、わざわざそこまで見る者はいない、か」
「あの、出雲先輩…?」
よし、と。部下の声など忘れ、憑き物が取れたような表情を浮かべる出雲。
立ち上がった彼は、お手柄だ、と部下の肩に一瞬てを置くと、示されたテレビ台の方へとその足を動かした。
ーーー
体調が完全に回復してから数日。
時刻は11時を回り、いよいよ飲食店が混み始めてきた頃。
営業を再開した洋服店に彼女を送り届けた俺は、新しいスマホに表示されたマップを元に、とある建物の前へとやってきていた。
「…よし」
窓に反射し映った自分の姿を前にして、気合を入れるよう声を漏らす。
ジャケットよし、ネクタイよし、髪型も…よし。焦って着替えたとはいえ、身だしなみとしてはこれで問題無いハズだ。
久々に着たスーツ姿の自分にそう言い聞かせ、建物の自動ドア前に足を動かし立ち止まる。
スイーッ、と。駆動音と共に開いていくガラスの板。「いらっしゃいませ」という声が店内から響く中、俺が足を踏み入れようとした瞬間、不意に人影が勢いよく飛び出してきた。
「うぉっ、危な…」
「───チッ」
ゾワリ、と。いつか経験したような全身の毛が逆立つあの嫌な感覚。
ぶつかりそうになった人影──否、小肥りの女をすんでのところで躱して、思わずそちらへ視線を向ける。
舌打ち、だろうか。コチラを睨みつけた女は、その手を大きく突き出すと、俺か避けた影響かそのまま一瞬バランスを崩してから、足早にこの場を立ち去っていく。
「なんなんだ…?」
純粋な疑問が、俺の口から漏れ出る。
もちろん俺と面識があるわけでもないし、突き飛ばされそうになる筋合いなんてもちろんない。
…まぁ、一連の行動は八つ当たりのようにも見えたしな。偶々居合わせたから巻き込まれたと考えるほうが妥当だろう。もちろん、躱せたからいいものの、人によっては怪我どころじゃ無かった可能性も十分有り得るが。
悪寒を催す女の背中を見送って、俺は自らの頭を振って無理矢理思考を切り替える。
…なにはともあれ、とにかく今はこっちに集中だ。
俺は改めて建物内へ入ると、「就職相談」と書かれた窓口の方へと自らの足を動かした。
【糸羽町自然公園】
・糸羽町市の北地区にある、山沿いに広がる公園。
・春夏秋冬を通して様々な花が咲き乱れる為、ある界隈では糸羽町市内外問わず密かに人気を集めている。




