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File16.級友の再会

──前回のあらすじ──


 華奈子カナコとの同居からしばらく経ち、自身の在り方の疑問と共に高校時代の級友・鈴村と再会した明大アキヒロ

 一方その頃、オピレイドの反動により限界間近の誠良セイラを目に、智代子チヨコと出雲は無力な自分を呪うのだった。

「好きな女の家に居候、ねぇ…まさか、あの田辺からそんな言葉が聞けるとは」

「…うっせぇ」


 ニヤニヤと口元を歪めながら、目先の自販機で買ったものをこちらへと投げる鈴村。

 咄嗟にキャッチしたそれは、俺が苦手なブラックコーヒー缶。…わざわざコレを選んでるあたり、相変わらず高校時代からコイツは何も変わってないらしい。


 俺はプルタブを開けて、そのまま一気に胃袋へと流し込む。


「…クソ苦いな」

「はっ…そりゃそうだろうよ」


 口の中に残るなんとも言えない苦み。

 もったいないと視線を向ける鈴村を他所に、俺は空になった缶を握りつぶす。


「はぁ…もういいだろ、俺のことは」

「はぁ?なんでだよ。普通、ここからが面白いところだろ?記憶障害で目覚めたら好みの女が介抱してくれてた上に今は同棲状態だぁ?物語だったらこっから盛り上がる展開だろうが!」

「んなわけねぇだろボケ」


 現実そんなうまいわけがない、と続けようとして、一月前のことが頭を過る。

 …成り行きとはいえ、街で話題の英雄ヒーローと知り合っているのだ。確かに、物語のような展開とも言えなくはない。


「…まぁそうだな、強いて言えば怪物に2度襲われたってところか?」

「襲われた?」

「あぁ…駆け付けたヒーローさんのおかげでほらこの通り、奇跡的に五体満足で生きてるよ」


 一瞬だけ、ピクリと眉を動かす鈴村を横目に、両腕を広げて話を続ける。

 関係値こそあまり高くなかったが、そりゃ襲われたって言えば誰だって同じ反応をするか。…結果的になんとかなってるとはいえ、杏さんのように四肢を欠損していても不思議な話ではない。

 何にせよ、俺自身久々に級友と会ったことにテンションが上がっていたのは間違いないし、件の誠良(ヒーローさん)は一般に正体を隠してるみたいだからな。できればここでボロを出す前に話題を移しておきたい。


「それで、お前の方はどうなんだよ鈴村。ヒモみたいな生活してる俺が言うのもなんだが、こんな真っ昼間からここにいるのはなぁ…夜職──は無理そうだし、自営業かなんかか?最近では出勤しなくても仕事できるみたいだし、そういうので融通の利く職か?」


 ひとまずの疑問を投げかけて、前のめりに座る鈴村を見る。


 …俺は最近知ったんだが、どうやら知らん3年の間に働き方自体も大きく変わったらしい。まぁ、秘密裏に就職先を探してなかったら気付くことも無かったんだろうが。


 俺のそんな思考を他所に、鈴村は一瞬引き攣ったような表情を浮かべると、明後日の方向へと俺からの視線を外す。


「あー…一応、雇われの仕事ってやつかな。守秘義務があるから詳しくは言えんが、まぁちゃんと働いてるな」

「ほーん…職を探してる身としてはすごく気になるが…ま、守秘義務なら仕方ないか」


 当たり障りのないその言葉に、ひとまず頷き共感しておく。


 …俺だけ語った気がしてならないが、まぁいいか。忘れようとしていたが、未だに嫌な感覚も消えないし、きっと風邪でもひいたんだろう。


 早く流れる雲を眺めて、俺はそっと息を吐き捨てた。



ーーー



 重たい瞼をゆっくりと上げ、ぼやけた周囲を見渡す誠良。

 かけられた毛布を振り落として、気怠い身体を叩き起こそうとしたその瞬間、誠良の上体は、温かい手によってその動きを阻害される。


「おはよう、誠良」

「姉ちゃん…」

「はいダメ、もう少し休んでなさい」


 覗き込む智代子の瞳に、諦めたように呟く誠良。

 上体から力が抜けるのを感じた智代子は、無意識に小さく頷くと、彼の寝るソファにゆっくりと腰掛ける。


「誠良」

「…」

「人のために動けるのは、確かに美徳だけどね。…それで誠良が壊れたら、それこそ元も子もないでしょ」

「…そう、だね」


 ただゆっくりと、悟るように呟くその声。

 彼女は、若干表情を和らげた彼を一瞥すると、手に持った資料へとそっと視線を戻す。


「誠良」

「ん?」

「とりあえず、今はそのまま聞いてほしいんだけどね?…どうやらこの半年ちょっとの事件、全部繋がってるかもしれないの」

「全部繋がってる…?一体、どういう──」 


 誠良が言葉を言い終えるより早く、顔上に乗せられた数枚の資料。

 仰向けのまま、落ちないように持ち上げた彼は、天井のライトを視界から外すとその資料へと視線を落とす。


「姉ちゃん、これって…」

「えぇ、失踪した人──正確には、真神類に始末されたと思われる人の一覧ね。どう?見てて気付くことが無い?」


 智代子にそう言われ、誠良は資料をまじまじと見つめる。


 件の事件前後から急激に増えていた、失踪した人々のプロフィール資料。

 一通り目を通した彼は、脳内に引っ掛かった「何か」にピクリと眉を歪めると、智代子の方へと視線を戻す。


底根ソコツネ商社…?」

「えぇ、正解」


 誠良の声にそう返して、机上の資料へと手を伸ばす智代子。

 再びソファーに腰掛けた彼女は、改めて見返す誠良の頭上に取ってきた資料を乗せ渡す。


「それは半年ちょっと前からの底根商社に関する内容が書かれたものね。…もしかと思って確認したけど、この半年間、どういうわけかリスト入りする人達の中で底根商社関係に勤めていた割合が高くなっているの」

「割合が高く…?巻き込まれたわけでは無く?」

「えぇ…一般の被害者に紛れているけど、リスト入りした元社員や取引先の人達に関してだけ、直近で真神類と交戦した記録もないからね」


 淡々と、しかし何処か暗い表情を浮かべて語る智代子。

 そんな姉の言葉を片隅に、誠良は渡された資料を1枚捲ると、そこに書かれた内容を前に思わず上体を飛び起こす。


「姉ちゃん!この田辺ってまさか…」

「うん、あの人で間違い無いよ。…倒産したとはいえ、田辺明大(・・・・)は元々底根商社の取引先に勤めていたみたいだからね。…今回、この仮説を立てたのだって一月前にあった事件(アレ)が無きゃ説得力もなかったから」

「──っ…じゃあ──」

「彼は、まだ襲われる可能性が十分にあるってこと。…そもそも、私達が把握してる限り、なんの因果関係もなく直接真神類に襲われたのは彼だけだしね。あの真神類─内藤という男の行方もわからない今、警戒しておくに越したことはないでしょ」


 誠良の手から資料を取ってそっとソファーから離れる智代子。

 カツカツとデスクに戻る姉の姿を横目に、誠良は小さくため息を吐くと、再びソファーに体重を預けた。



ーーー



 鈴村と再会してからはや数日。

 体調も良くなった俺は、いつものように仕事に向かう華奈子さんを見送って、預けられたスマホの画面を明るくする。


「…流石にこのままじゃ良くない、よな」


 画面に写るSNSを目にして、そんな言葉が口から漏れる。


 …きっと、今の状態を上げたりしたら大炎上するのだろう。

 彼女でもない女に養われるだけの、稼ぎも他の行く宛もない記憶障害持ちの男。…うん、大バッシング確定だな。自分のことじゃなきゃ「そんな都合の良い話無いだろ」と俺も文句を言ってたかもしれん。


 華奈子さんはああ言っていたが、流石にこのままというのは確実に良くない。

 鈴村のように時間に融通の利く職があればいいんだが、現実そこまで美味い話が転がっているわけではない。


「はぁ…」


 思わずそんなため息を吐いて、スマホの電源をそっと落とす。

 俺が寝転がろうとしたその瞬間、不意にピンポンとインターホンの音が部屋中に鳴り響く。


「宅急便か?」


 華奈子さんが何か頼んだのだろうか、そんなことを考えて、ドアスコープに目を近づける。


 華奈子さんと革ジャンを着た男…?いや、さっきと服装が違うし、妹の智代子さんだろう。…だとすると、横にいる男はその彼氏かなんかだろうか?


 俺は恐る恐る鍵を開けて、チェーンを付けたままドアノブをねじる。


「あ、おはようございます田辺さん」

「はぁ、おはようございます…?」


 顔を視界に入るなり、万遍の笑みで挨拶をしてくる智代子さん。

 反射的に言葉を返した俺は、奥で微笑む男を一瞥すると、泣きぼくろのある彼女へとそっと視線を戻す。


「えっと…悪いんだけど、華奈子さんなら今──」

「仕事でしょ?でもちょうどよかった、今日はちょっと、田辺さんに話したいことがあって来たから」

「俺に話?」

「うん」


 屈託のない笑みをうかべて、こちらの反応を伺うような智代子さん。

 俺に話、か…智代子さんのことだから、俺達の進捗についても聞いてきたりするのだろうか?…だとしたら、この男はとても気がかりだが…


「はぁ…ちょっと待っててください」


 一旦ドアを閉め直して、しんとした室内をそっと見渡す。

 華奈子さんの身内である智代子さんはともかく、知らない男を勝手に上げるのは良くないだろう。俺と話をするだけなら、別の場所でも問題は無いはずだからな。


 窓を閉めたのを確認して、スマホと合鍵を持って運動靴に足を通す。


「お待たせしました。とりあえず、場所を変えましょう」


 扉から一歩出て、すぐさま鍵をかけながらそう言い放つ。

 チラリと2人を一瞥すると、彼女らはそれでも構わないといった様子で軽く頷き返してきた。



ーーー



「私は出雲、糸羽町市の真神類─いや、怪物関連の事件を担当している者だ。…単刀直入に言うが、先日のモールでの一件について、改めて話を聞かせてもらいたい」


 近所の個室のあるカフェ内にて、向かいの席に座るなり、そう言い放った革ジャンの男。

 出雲、と名乗った彼は、懐から警察手帳を取り出すと、中から名刺を取ってこちらに差し出してきた。


「警察…?」


 思わずそう呟いて、智代子さんへと視線を向ける。


 なるほど、頷く彼女の反応を見るに、本物だということらしい。…仮に詐欺だったとしたら、その時は本物の警察に連絡すればいいだろう。

 ひとまず自分にそう言い聞かせて、俺は男へと視線を戻す。


「それで、俺に聞きたいことってなんなんです?あの日のことなら、事情聴取で話した通りなんですけど…」

「あぁ…それについては、こちらも把握しているよ。…ただ、今回話してもらいたいのはそれではなくてね」


 ゴソゴソと懐に手を入れ、革ジャンの中から1枚の写真を取り出す男。

 彼の差し出されたソレは、押収品らしくチャック付き袋に入れられた、黒く無骨な注射器が写っている。


「これは…」

「見覚えがあるだろう?…なんてたってこれは、佐倉君─いや、誠良君から直接教えて貰ったものだからね。申し訳ないが念の為、こちらでも君が何者なのか調べさせてもらったよ」


 真剣な顔でそう語り、こちらの視線に合わせてくる男。


 …なるほど、誠良からということは確かに裏が取れた情報だろう。智代子さんの様子から、ヒーローの正体を知る信頼できる人物であろうことも察せられる。

 俺の情報にかんしては…ま、どうせ智代子さん達が調査していたのは知っているしな。後ろめたい事もないし知られて困ることはないだろう。


「…それで、俺に聞きたいことって一体何なんです?そこまで調べてたら、わざわざ聞きに来る必要は無いと思うんですが」


 そう、引っ掛かったのはそこの部分。

 実際問題、すでに知っていることは事情聴取の時に全て話しているし、特に答える事柄もないはずなのだ。

 もし、直近3年の話をしろと言われた時は…まぁ、その場合は俺の知る余地も無いし、素直にわからないと言えばいいだろう。

 そんなことを考えて、落とした視線を男に戻す。

 視界に映った男は、一瞬呆れたような表情をすると、トントンと写真を指さして、再び俺へと視線を向ける。


「いいか、これの危険性は知っているはずだ。…結果的に犠牲者が出なかったとはいえ、あの日、どうして君がコレを持っていたのか。詳しく聞かせて貰おうじゃないか」

「俺が、持っていた…あっ」


 男にそう言われて、我ながら情けない声を上げる。


 確かに事情聴取の時に関係ないと思い端折った─いや、正確には忘れていただけなのだが、コイツ(・・・)の入手経路は話した覚えがない。

 思わず頭を抱えた俺は、自らの行いを呪うように頭を掻き毟ると、公園で交戦していたあの女の一件の詳細を思い出しながら語る羽目になった。



ーーー



 コツコツというヒールが地面を叩く音。

 とあるホテルの廊下にて、アタッシュケースを持った音の主は、不意に扉の前に着くとその音を止める。


「こんばんは、鈴村さん。次のお仕事ですよ」


 コンコンというノック音と共に、廊下に響く女性の声。

 ガチャリと扉を開ける音と共に、チェーン越しに鈴村が廊下へ顔を覗かせる。


「…あと一月は休暇、という契約だったはずでは?」


 静かな廊下に響き渡る、酷く掠れた彼の声。

 部屋前に立った女は、そんな鈴村を想定していたようにアタッシュケースを持ち上げると、ロックを外してその中身を見せる。


「なので報酬はこの通り、これは前金です。加えて成功報酬はいつもの倍お支払いしますよ」

「…わざわざここまで奮発する理由(ワケ)は?」

「えぇ…少し、状況が変わりましてね。どういうわけか『エンバハル』がオピレイドを手に入れたみたいなので、これ以上厄介事が起きる前に事を不安因子を排除しておこうかと」

「…あぁ、そうかい」


 不服そうに呟いて、ケースを受け取る鈴村。

 そんな彼の姿を目に、女は静かに口角を上げると、その表情を悟られぬよう扉から一歩離れて振り返る。


「では、始末は任せますよ鈴村さん。ターゲットについては、そこに入れてあります」


 扉が閉まるのを皮切りに、小さくなっていくヒールが地面を叩く音。

 女が去ったのを確認した鈴村は、設置された椅子にそっと腰掛けると、机上に置いたケースを開けてその中へと手を伸ばす。


「──っ…あぁ、やっぱそういうことか」


 取り出した紙へと目を通し、誰にも聞こえぬ声で呟く鈴村。

 乱雑に解き放たれたその紙には、先日会った級友(『田辺明大』という男)の名が、写真と共に添えられていた。

名前:■■■■(??)

性別:女

備考:■■■■■に勤めている、ビャステコと呼ばれる真神類幹部の一人。

 真神類の姿は猫のような特徴を持ち、幹部の中で最も隠密行動に長けている。

 現状、エンバハルとの交戦で黒星を付けさせた唯一の存在。

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