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File14.獣弓の怪物

──前回のあらすじ──


 華奈子カナコ智代子チヨコとの話を経て、思考を止めて華奈子の世話になることを決めた明大アキヒロ

 一方その頃、直感を頼りに真神類マコトの後を追っていた誠良セイラは、駆け込んだ路地裏でカードのようなものを見つけていた。

 平日の昼過ぎだというのに、賑やかに響く子ども達の笑い声。

 過ぎゆく人達はまるで怪物云々など気にしていない様子で、各々の時間を過ごしている。


 それなりの金を鞄に詰めた俺は、華奈子さんと共に糸羽町市唯一のショッピングモールへとやってきていた。

 何故わざわざバスに乗ってここまで来たかといえば、単に昼食を摂れる場所が近所にはこれくらいしかなかったというだけなのだが。別にコンビニ飯で済ませることもできたが、華奈子さんがいる手前、少し見栄を張りたかったのは内緒だ。


「明大さん、どの店にしましょうか?」


 案内板を指さしながら、こちらを伺うように視線を向けてくる華奈子さん。

 俺は彼女に続けて覗き込むと、見覚えの無い名前がいくつか視界に入る。


「カフェにパスタ、和食にラーメン寿司蕎麦中華…一体ここは何を目指してるんだ?」


 無意識に呟いて、慌てて華奈子さんに視線を戻す。

 大丈夫、彼女はニコニコと笑っているが、幻滅とかいうことは無さそうだ。


「いいんですよ、明大さん。ここ2年でずいぶん店舗入れ替えがありましたからね。私も久々に来たら同じ反応をすると思います」


 何処か寂しげにそう言って、彼女は案内板へ視線を戻す。


「…だと、いいんですけどね」


 彼女の瞳が妙に焼き付いて、慌てて視線を明後日に向ける。


「っ…」


 吐きそうになる衝動を抑えて、思わず右手で口を覆う。


 そう、ほんの一瞬だけ。華奈子さんのあの目は見覚えがあったのだ。

 鞄から出した水を含んで、登ってきた液体を胃に戻す。


「明大さん…?」

「ッ…いや、なんでもないです別に気にしないでください。そ、それより華奈子さん、どこにするか決まりました?」


 咄嗟に口走った言葉を前に、先程とは違った心配するような瞳で、顔を覗き込んでくる華奈子さん。

 ある意味いつも通りの彼女を目に、無意識的に息が漏れる。


「──そうですね。私が選んでもいいんですけど、どうせなら明大さんが選んでください。私は別に牛丼とかラーメンとかでも大丈夫ですよ」


 何処か察してくれたのだろう、無理矢理笑ってそう言う華奈子さん。


 …一体、俺は何をやってるんだろうか。

 そんな考えが脳裏を過ぎり、俺は頭を掻きむしる。


 自分でもわからないことは多い…が、せっかく彼女が乗ってくれたんだ。記憶云々は後で考えればいい。とにかく今は、この時間を楽しもう。


 そう思考を切り替えて、不意に看板が目に入る。


「定食屋、か」


 他の店と比べると、比較的古そうな木製の看板。

 もちろんこんな店は知らない、が…


「あそこでいいかな?」


 何故か懐かしい気がして、そんな言葉を口走った。



ーーー



 明大達が昼食を食べていたのと同時刻。

 大通り沿いにバイクを走らせていた誠良は、道中のコンビニにそれを停めると、確認するようにスマホを開く。


「おつかれ、誠良」


 ピトッと頬の冷たい感触と共に、鼓膜を震わせる労いの声。

 顔を上げた誠良は、当てられた缶をその手で掴むと、スマホをしまって振り返る。


「姉ちゃん、早かったな」


 視界に映った智代子(泣き黒子のある女)を他所に、誠良はプルタブに手をかける。


「まぁね…ここ、あの男の家から割と近いから」

「あの男…?」

「華奈子ちゃんの彼氏さん、わかるでしょ?」

「あぁ、姉さんの…」


 智代子のそんな言葉に、短くそう返す誠良。「どおりであの場(・・・)にいたわけだ」と、そんな思考と共に缶の中身を流し込んだ彼は、苦い口をその手で拭うとその視線を智代子へ戻す。


「…姉ちゃんのことだ、どうせまた何か姉さんに吹き込んだんだろ?いい加減そういうのはな──」

「な…!まるで私がいつも悪いことをそそのかすみたいな言い方!?失礼ね!私が華奈子ちゃんに変な事言うわけないでしょ!」

「…じゃあ具体的になんて言ったんだよ」

「そりゃもちろん、華奈子ちゃんちに同棲の提案を──」

案の定(やっぱり)変な事吹き込んでんじゃねぇか!」


 馬鹿か姉ちゃんは、と一通り言い終えて、誠良は缶の残りを口に掻き込む。

 そんな彼の姿を目に、智代子は納得いかないと息を吐くと、持っていたビニル袋から菓子パンを取り出した。


「それで、何か手掛かりでも見つかったの?華奈子ちゃんと彼との話を聞くためにわざわざここまで来たわけじゃないでしょ?」

「…当たり前だろ」


 不意に途切れ消えた、笑い合っていた2人表情。

 渡されたパンを口に咥えた誠良は、バイクにかかった上着に手を伸ばすと、カードの入ったチャック付きポリ袋を取り出した。



ーーー



 華奈子さんとの食事を終えて、俺達は特に理由も無くモール内をふらつく。


「明大さん」

「ん…?」


 不意に名前を呼ばれて、釣られるように立ち止まる。


「明大さんは、本当に良かったんですか…?」

「ぇ?」


 小さな彼女の呟きに、反射的にそう返す。

 周囲の人波が流れる中、踵を返した彼女はうつむきがちな顔を上げる。


「その、私達の話に合わせてど、同棲とか…記憶喪失なのをいいことに刷り込んでるような気がして…」


 弱々しくもそう言って、再び顔を下に向ける華奈子さん。

 一瞬だけ見えた彼女の表情に、思わず頭を掻きむしる。


 …なぜ、華奈子さんがそんな顔をするんだろうか。

 後ろめたさ、不安、恐怖etc…

 微かに震える彼女を前に、思わず両手を肩に伸ばす。


「華奈子さん、俺は───」


 それ以上を言おうとして、全身の毛が逆立つ感覚が走る。


「──っ」


 咄嗟に華奈子さんを押し倒すように抱き抱えたその瞬間、何かが上空を横切る音がして、モールの柱が爆発した。


「チッ…外したか」


 背後から聞こえたその声に、ゆっくりと視線を後ろにずらす。


 30前後の男だろうか。視界に入った男は、忌々しそうに俺を睨みつけている。


「明大さん、何が起きて…」

「っ…華奈子さん、今すぐ逃げるんだ」

「逃げる…?でも明大s──」


「はやく逃げるんだ!─大丈夫、俺もあとからすぐ追いつくから。だからはやく!」


 周囲に響く悲鳴と慌てふためく人の波。

 思わず怒鳴るように声を上げ、立たせた華奈子さんに鞄を押し付け背中を押す。


 十中八九あの男は怪物だろう。言動や状況から察するに、あの爆発もコイツが起こしたに違いない。


 不安そうに駆け出した華奈子さんを見送って、俺は男と再び対峙する。


「──それでアンタ、一体なんの真似だ?危うく大怪我じゃすまなかったんだが?」

「大怪我じゃすまない、か…避けておいてよく言うよ」


 俺の問いかけを前に、男は不敵な笑みを浮かべてそう告げる。


 …何故だろうか。2度も怪物に遭遇したせいなのか、全身が警告を鳴らしているにも関わらず、妙に落ち着いた自分がいる。


 今の発言といい、わざわざ華奈子さんを逃がす猶予を与えたことといい、男の真意がイマイチ読めない。…だが、それはきっと──


「俺が狙い、か」

「──ご明察。…ま、それがわかったところで君の運命は変わらないんだけど」

「──ッ!?」


 パチパチと男が拍手をしたその次の瞬間、突然飛んでくるような気配のした、透明の何か。

 本能的に身を捩った直後、ソレが着弾したのか、後方にあった街灯が音を出して崩れ倒れる。


「ふむ…まぐれ、ではなさそうだな。どうやって避けた?」

「っ…避けた、ね。…俺としては、避けたつもりは無いんだが」


 こめかみから垂れる水滴が、頬を伝って地面に落ちる。


 とにかくひとつ、わかったことはこの男が俺を殺すつもりで立っているということ。

 言外にそれを感じて、俺は警戒するように腰を落とす。


「そうかそうか…なら、仕方ないな」


 言い聞かせるように呟いて、大きく息を吐く男。

 その刹那、俺の全身に得体の知れない悪寒が走るのと同時に、男は注射器のような鉄片(・・・・・・・・・)を自らの首に突き刺した。



ーーー



 腕時計型デバイス(インヒビションブレス)に入った通信を聞き、蒼いバイクに跨がる誠良と智代子。

 ハンドルを握る智代子は、逃げ惑う人々とすれ違うようにしてショッピングモールへとバイトを走らせる。


「姉ちゃん」

「わかってるわよ」


 短く言葉を交わして、バイクのままモール内へと侵入する2人。

 その視界に白い影が映り込んだその瞬間、誠良は慣れた手つきで注射器(デモルフィネ)をセットすると、走るバイクから飛び降りる。


「『エンバハル』──ッ!」


 『Loading』と鳴る電子音と共に、ドロドロと黒い何かに包まれながら、白い影に飛びかかる誠良。

 全身から噴き出すスチームと共に、エンバハルへと変身した彼は、下敷きにしたアンゲロスの首をへし折ると、黄色い複眼で周囲を見渡す。


「はぁ…?なんでまたアイツがいるんだよ」


 強化された視力で捉えた、数ブロック先に立つ明大の姿(姉の彼氏)

 なぜか生身のまま、真神類と対峙しているその光景を目に、エンバハルはメット越しに頭を掻くと、踏み込む足に力を入れた。



ーーー



 目の前に振り下ろされる、男の変貌した怪物の腕。

 すんでのところでソレを躱して、転がるように距離を取る。


「くソッ…サッきカラちょこマかちョこまかト…っ!」


 齧歯類にも似た怪物が、苛立つように吐き捨てる。


 …大丈夫、この調子ならまだなんとかなる。

 あがる息を整えて、迫る怪物をなんとかいなす。


「っ…はっ…ぁ…」


 俺は、何をしてるんだろうか。

 妙に脳が冷静になって、そんなことを考える。

 何故かはわからんが、目の前の怪物は、蜥蜴野郎と退治した時ほどの脅威には見えない。…とはいえ、周囲の状況を見るに、見えない刃も含め、一撃でも当たれば大怪我以上なことに変わりはないんだが。


 怪物の意識を引いてからかれこれ10分ほど。流石に華奈子さんももう安全な場所にいるだろう。後はアイツ(・・・)が来るまで、なんとか持ち堪えて──


「──ッ!?」


 いきなり飛び出た白い人型(・・・・)に、思わず地面を蹴って後退する。


「フッ…手古摺らセヤがっテ」


 怪物が呟いたのと同時に、背後から何かが絡みついてくる。


「クソっ…一体いつからいやがったッ!」


 俺の身体に纏わりつく、2体の白い人型。完全に忘れていたが、蜥蜴野郎が出していたから別におかしな話でもない。

 個々ならなんとか対処できそうだが、流石にこの状況じゃ…


「そうダな、ココマで俺をコケにしタんダ。コノ際全て吐かセた後デ、痛ぶりなガらあの世ニ送っテ──」


 ジリジリと近寄りながら、不敵に口を歪める怪物。

 彼が何やらいい終えそうになったその瞬間、突然視界に黒い影が映り込むと、怪物は瓦礫の中へと弾き飛ばされた。


「──ったく、無茶しやがって…」


 俺に付いた白い人影を剥がしながら、悪態をつく男の声。


「遅かったな、ヒーローさんよ」


 ようやく到着したヒーローは、少しだけ屈み込むと、その手を差し出してきた。



ーーー



「懲りずにまた真神類の件に首を突っ込みやがって…アンタ、えっと…」

「アキヒロだ。田辺明大」

「アキヒロ、アンタって奴は本当に──っ」


 立ち上がった明大を横に、頭を抱えるエンバハル。

 周囲を見渡した彼は、小さくため息を吐くと明大の方へと向き直る。


「それで、何があった?まさかわざわざ首を突っ込んだりは──」

「いや、今回に関してはそれはないな。あの男の狙いは俺のようだし、お前が来るまで時間稼ぎをしてただけだ」


 息を整えながらそう言うその言葉に、エンバハルは再び頭に手を当てる。

 真神類相手に生身で時間を稼ぐ。誠良エンバハルとて初めて聞く言葉なのだ。当の本人が平然と言っているのも尚手に終えない。


 驚き半分、呆れ半分といった様子で、マスクのしたから視線を送るエンバハル。

 何処か和やかな時間も束の間、不意に瓦礫が音を立てて爆ぜると、獣弓の真神類─キノドンがその姿を表す。


「貴様貴様貴様貴様貴様ぁァァァぁァぁァッ!この俺を散々コケにシやがッて!絶対ニ許サんっ!」


 張り裂けそうな大声でそう叫んで、黒く無骨な注射器デモルフィネを自身の首筋に突き刺すキノドン。

 一瞬だけ爆ぜるように、体毛と思しきものが周囲に舞い飛び散る。


「おお…コレが俺の進化した姿…ッ!」


 爆心地で声を上げる、熊のように大きく、より禍々しい人型へと変貌したキノドン。

 視界に捉えたその姿を前に、エンバハルは小さく舌打ちをする。


「第3ステージ、か…もう手遅れかもしれないな」


 狂ったように笑うキノドンを見据えて、エンバハルは明大を庇うように前に出ると、静かに拳を握りしめた。



ーーー



 突如として目の前で始まった、怪物とヒーローの戦闘。

 勝負はやや劣勢で、若干ヒーローが押され気味にも見える。


「──っ!」


 襲ってきた白い人型を蹴りとばして、戦闘に巻き込まれないよう距離を取る。


 第3ステージ(・・・・・・)に、進化(・・)と言った怪物の言葉。セイラはたしか、女が怪物になったときも似たようなことを言っていたはずだ。それに、彼女の場合は第2ステージとも言っていた。もし、それが病気で言うようなステージと同様な現象なのだとしたら…?


「…後味が悪いな」


 蜥蜴野郎の末路を思い出して、無意識に声が漏れる。

 俺を狙っていたとはいえ、ああも爆散されてはたまらない。


「クソっ…たれがッ!」


 苛立ちを乗せるようにして、次々と襲い来る人型を殴り飛ばす。

 …非常に鬱陶しいが、どうやら怪物が倒されるまで人型共(コイツら)は俺を狙って来るらしい。ただ、数は増えていないのを見るに、何かしらの制限はあるんだろう。

 ひとまず人型を振り切って、柱の裏へとその身を隠す。


「わかったところで、一体何になるってんだよ…」


 息を整えるように胸に手を当て、不意に違和感が手に触れる。


「これは…」


 上着に入れたまま忘れていた、黒く無骨な注射器エビペンのようなもの。

 ふと先ほどの光景を思い出して、俺は思わず地面を蹴る。


 あの怪物も彼女も、どちらもコレで『進化』をしていたはずだ。

 もし、俺の予想が正しければ。同じく注射器のようなものを使っていたヒーローにもそれが適応されるとするならば──


 急いでモールの階段を駆け上がり、ヒーロー達の見えるテラスに身体を取り出す。


「セイラっ!」


 無意識にそう叫んで、俺は怪物と交戦するヒーローに向かって無骨な注射器をぶん投げた。



ーーー



 名前を呼ばれた気がして、後退と共に思わず飛んできたモノをキャッチしたエンバハル。

 チラリと声のした方へ視線を向けると、しばらく離れたテラスからこちらを見る明大を目が合った。


「どこから投げてんだよ…」


 ボソリと呟いて、手元へと視線を落とす。


「──っと、危ない危ない」


 見えない拳のようなものが飛んできて、咄嗟に転がり回避するエンバハル。


 ──手元に収まった、黒い注射器デモルフィネ

 一か八か、と。息を吐いたエンバハルは、腕時計型デバイス(インヒビションブレス)に嵌った注射器デモルフィネを取り出して、無骨なソレを静かに添わせる。


「っ!?何故、貴様がオピレイド(・・・・・)を──」


 よほど状況が見えていなかったのか、構えたソレを目に思わず声を上げるキノドン。

 一瞬止まったその隙を幸いに、誠良エンバハルはマスク越しに口を歪めると、黒く無骨な注射器─オピレイド(・・・・・)を機械の中へと挿入する。


 『Evolve…』


 電子音に続いて流れ出した、ノイズがかった心音ような不気味な待機音。


「そうか、コイツは『オピレイド』って言うのか。これまた物騒な響きだこって」


 誠良エンバハルは独り言のようにそう言って、変身の要領でソレを倒す。


「『オーバースペック』──ッ!」


 叫ぶようにそう言った瞬間、誠良エンバハルの身体は一瞬激しい光に包まれると、その形を変えていく。


 より竜のようなエッジのかかったモノクロのボディに、全身を走る紅いライン。

 光と共に現れた英雄ヒーローは、静かに拳を握りしめると、黄色い複眼を淡く輝かせる。


「攻守交代だ。第3ステージ同士、同じ土俵で殺り合おうじゃないか」



ーーー



 視線の先に立っている、特撮で言う強化形態のような姿へと変化した英雄(ヒーロー)


「…うまくいったみたいだな」


 予想通りの結果となり、思わずそんな言葉が漏れる。


 ここから小さく見える彼は、先程までの劣勢さを感じさせぬ勢いで怪物に肉薄すると、反撃の間を与えず嬲り倒している。


「さて、こっちはこっちでどうしたものか…」


 言い聞かせるように呟いて、彼等から視線を逸らす。

 懲りずに追いかけてきたのだろう、振り返った通路の先から、大量に迫る人型共。


 ──正直、ものすごく分が悪い。

 なんせコイツらはいくら殴っても、蹴り付けても、一時的な戦闘不能にしかならないからな。

 生身の俺じゃせいぜい時間を稼ぐのが精一杯だ。怪物が倒されれば消えるとするならば、それでもいいかもしれない。


「…ま、現実的じゃないよな」


 テラスの下を見て、そんな考えは露と消える。

 25…いや、30体くらいだろうか。既に包囲されてる以上、俺に逃げ場はないらしい。


 そんな思考が頭の中を駆け巡って、向かってくる人型の反応に遅れる。

 俺は反射的に腕を出し、頭を守るように攻撃に備え──


「──は?」


 ドサッと倒れる音がして、閉じた視線を前に戻す。


 足元に転がった人型は、静かにその場で崩れ去る。──1本のナイフのようなものを残して。


 何が起きたのか?…いや、そんなことを考えてる余裕は無い。

 咄嗟にソレを拾い上げて、迫る人型の首を切り裂く。


「なるほど、これならいけるのか」


 崩れ落ちる人型を蹴って、次の人型を切り倒す。


 …人間ってのは単純なもので、余裕が出ると思考の回転が早くなるらしい。

 人型は人間の急所と位置が同じだとか、今の俺は銃刀法違反なのかとか、このナイフで人型を倒すのは殺人になるのかとか、このナイフは何なのかとか。そんなことが次々と、俺の頭を駆け巡る。


 まぁでも、とにかく今は──


「こっちも形勢逆転ってとこかな」


 集団喧嘩の要領で、次々と人型を薙ぎ倒していく。

 後先考えず襲ってくる人型共(コイツら)の動きはある意味とても読み易いのだ。得物があるとはいえ、数刻前ほどの絶望感は無い。


 テラスに続く階段を降りて、下層にいる人型も出会い頭に切り倒す。


 粗方片付いただろうか。周囲の気配を確認して、無意識的に息を吐く。


「──にしても、このナイフは一体…」


 俺が視線を落とした瞬間、人型のように突然ボロボロと崩れ去るナイフ。

 まるで役目を終えたと言わんばかりのタイミングに、思わず言葉を失ってしまう。


「は…はは…」


 ま、まぁとにかく、結果的に俺は助かったのだ。

 乾いた笑いと共に、そう自分に言い聞かせる。



 ──ズドン、と。


 そんな思考も束の間、不意に響いた騒音に思わず視線をそちらに向ける。

 自分のことばかりで半ば忘れていた、怪物と戦っているヒーローの存在。

 視界に映った彼は、空中に放り投げられた怪物に向かって丁度地面を蹴ったところだった。



ーーー



 明大が白い人型(アンゲロス)と交戦し始めたのと丁度同じ頃。

 新たな姿へ進化した黒き英雄(エンバハル)は、キノドンと対峙し互いに視線をぶつけ合う。


「攻守交代、だと?笑わせるわ!」


 しばらくの沈黙を破り、咆哮と共に先に距離を詰めたキノドン。

 大きく振りかぶったその腕は、立ち尽くすエンバハルへと振り落とされ──


「甘いッ!」

「──ッ……ァ…」


 その身体に触れる寸前、そんな誠良エンバハルの声と共に、キノドンの巨体は勢い良く弾き飛ばされる。


「イキってるところ悪いが、今は時間が惜しいんでね」


 突き出した掌を戻しながら、そんな声と共に誠良エンバハルは息を吐いて地面を蹴る。


 転がる巨大を持ち上げるキノドンと、瞬時に肉薄したエンバハル。先の一撃をもって、完全に形成が逆転したのはもはや明らかである。


「クソッ!…舐めるなァァァァッ!」


 そんな状況でも尚、地面を叩いて飛び上がるキノドン。

 先程までより素早く、透明な拳を混ぜた彼の連撃は、最低限の動きでもってエンバハルに躱される。


「ッ…なんで、さっきまでは──」

「押し切れた、か。確かにそうかもしれない、なッ!」

「──ッ!?」


 ただ一方的なまでのエンバハルの蹂躙劇。

 おおよそヒーローとしては似つかわしくないであろう、地面に身体がつく間も無く、次々と繰り出される膝や拳による無慈悲な連撃。

 空中で転がされたキノドンは、不意に攻撃を止めたエンバハルを前に、受け身をとる間も無く地面へと叩きつけられる。


「さて、これが俺とお前の場数の差だ。さっさと変身を解いて負けを認め──」

「──ッ…ま、まて!待ってくれ!降参だ!俺は──」


 キノドンが言い終える寸前、勢いよく蹴り上げられたエンバハルの足。

 ドスン、という生き物が出してはいけないような音と共に上空に打ち上げられたキノドンは、周囲(モール内)の建物よりも高い場所へ到達すると、重力に従って降下を始める。


「悪い、降参する態度には見えなかったんでな。…言い訳は後でたっぷり聞かせてくれ」


 上空を見上げながらそう言って、オピレイドを押し込むエンバハル。『charge』という音と共に、全身のライン紅くひかると、その地面を蹴り上げる。



 夕刻の上空に走る、一筋の紅い線。

 光の翼を生やしたエンバハルは、その勢いを加速させると、すれ違い様にその拳を振り抜く。


「ク…ソ、がァァァァァァァァァッ!」


 上空に響いた、一瞬のキノドンの断末魔。


 汚い花火を背に、翼を広げたエンバハルは、天使のように優雅に地上へ舞い降りた。



ーーー



 一瞬聞こえた断末魔と、上空で起こった大きな爆発。

 変身を解いたセイラの元に、俺は思わず足を動かす。


「はっ…はぁ…っ…無事、みたいでなによりだ」


 肩を貸した瞬間、俺の顔を見るなりそう言うセイラ。

 息絶え絶えに、顔中に汗を浮かべるその姿は、明らかに俺よりも無事ではない。


「…その言葉、そっくりそのまま返させてもらうよ」

「っ…はは…そう、みたいだな…」


 皮肉めいた言葉でもって、彼の背中を軽く叩く。

 彼は俺をマジマジと見るなり、一瞬驚いたような表情をしたが、すぐさま安堵したように息を吐いた。



 閑話休題(さて、それはともかく)

 引っかかってたことを思い出し、彼の息が整うのを待つ。


「…なぁセイラ、あの男は元の人間に戻れたのか?」


 先ほどから気になっていた、怪物の安否。

 彼は一瞬目を見開くと、口角を上げて口を開く。


「アキヒロ、アンタってやっぱ変な奴だな」


 そんな言葉と共に、肩にかかった重みが消える。


 …まぁ、個人的には殺されかけたし死んでてくれても構わないんだが、殺さずに済む選択肢があったとするならば、やはり死なれては困るのだ。…矛盾しているようだが、そう思ってしまうから仕方が無い。心が2つあるようなものなのだ、なら俺は寝覚めの良い朝を迎えたい。


 チラリと視線をセイラに移し、腕に嵌ったままの無骨な注射器を見る。


 直感的に投げ付けたが、いかにも怪しい物体(アイテム)だ。俺が渡した体とはいえ、疑いも無く使用するセイラ(コイツ)も大概おかしい。


「…それで、元に戻れたか…だったか?」

「あぁ…あの女の時みたいに、な」


 俺のその言葉に、考え込むように顎に手を当てるセイラ。

 …アレを使った後、一瞬しか見なかったとはいえ、俺の目には明らかにパワーアップしていたように見えていたのだ。少なくとも、あのまま劣勢で終わっていたよりは渡して正解だっただろう。だが─


「─多分、元の姿には戻ってるはずだ」

「多分…?はず…?」

「あぁ、感触的には成功した。…状況的に確信を持っては言えないけど、な」


 そう言って背後に広がる被害跡を一瞥するセイラ。

 たしかに、この場に男の姿は見えないし、証明する術はないだろう。…まぁ、仮に成功していたとして、彼が回収できなかった地点であの高度から生身で自由落下したとするなら、それはそれで生き残る未来が見えないが。


「結局、寝覚めの悪い朝は確定かぁ…」


 俺がそう言って頭を掻いた瞬間、セイラの腕に嵌めた機械が、何やらアラームのような音を鳴らした。



ーーー



「明大さんっ!」


 警察の案内に従ってモール外に出た瞬間、こちらを見るなり飛びついてきた華奈子さん。俺は思わず抱き止めると、続けて歩いてきた智代子さんに目配せをする。

 …どうやら、彼女もまた打ち合わせ通り(・・・・・・・)()()()()()()()()みたいだ。


「良かった、明大さん…もし、また怪我したらって思ったら私…」

「ははっ…ありがとう、華奈子さん」


 無意識に背中に手を回し、抱きしめながら彼女の頭を撫でる。

 …背後からセイラの視線を感じるが、まぁわかっていたことだろう。


 若干俺の手が震えているのは、華奈子さんの感触に緊張しているからだと思いたい。



☆ー★ー☆ー★



『──次のニュースです。

 先日のショッピングモールにて行われた怪物によるテロ事件ですが、警察によりますと、一連の騒動を起こした男は3日経った現在も逃走中とのこと。

 近隣にお住まいの方は──』


 クーラーの効いた部屋に流れる、物騒なラジオの音声。

 まかないとして出されたチャーハンを口に含んだアヤは、熱に浮かれたようにその天井を見つめる。


「アヤちゃーん!彼が来たよ!今出れるかい?」

「ん゙っ…けほ…っ、はーい!今行きます!」


 部屋の外から聞こえた、店長の元気な声。

 コップの水で口の中を流し込んだ彼女は、湿ったままのバンダナを額に巻くと、慌ただしくバックヤードを飛び出す。


「いらっしゃいませっ!」


 レジ前に躍り出て、目当ての人物を確認するなりそう言うアヤ。

 視界の先に映ったコートの男は、そんな彼女へ視線を向けると、右手ハットを外してみせる。


「やぁ、こんにちは」

「はい!こんにちは!」


 まるでアヤに釣られたように、にこやかに笑い返して挨拶をする男。

 歳不相応に疲れた彼の表情を目に、アヤは上げていた口角を下げると、ハットを被り直したその顔を思わず覗き込む。


「…?何か顔に付いているのかい?」

「あっ…いえ、そうじゃないんですけど…あ、今日もいつもので大丈夫ですよね!?」

「ん?あぁ、頼むよ」


 優しい視線を送る男に、気恥ずかしくなって目をそらすアヤ。照れた顔を誤魔化すように、振り返った彼女は予め用意していた状態の良い花をまとめて、いつもの花束を包装する。


 今までとは違った、しばらくの沈黙。


 確実に距離が縮まったと浮かれるアヤを他所に、男は暫し店内を覗くと、思い付いたように口を開けた。


「──そうだ。今日はひとつ、君に相談したいことがあったんだ」

「ぇ──?」


 なんとなく嫌な予感を察して、アヤの表情が固まる。

 視界の端に映った彼は、そんなアヤの視線に気付いたのか今まで見た中で1番優しい笑みを浮かべたのだった。

『エンバハル・オーバースペック』

「Evolving Dragon Warrior」

・明大から受け取った「オピレイド」によって進化した、誠良ことエンバハルの新たな姿。

・黒を基調としたよりエッジのかかったモノクロの装甲は、通常形態の倍以上の出力を出せるようになり、チャージ状態では第3ステージの真神類を元へ戻すことが可能となった。

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