File11.進化の兆し
──前回のあらすじ──
真神類を人間に戻すことに成功た誠良に突然殴られた明大。
しばらくの口論の末、2人は互いの関係について誤解していたことを知ったのだった。
「ねぇ誠良、どうしたの?その顔」
明大が誠良と別れてしばらく経ち、警察・救急と共に公園へやってきた智代子。
彼女は弟の顔を見るなりそう言うと、その頬に手を伸ばしながら眉をひそめる。
「大丈夫だよ姉ちゃん。ちょっとヘマしただけ」
「…そう?…なら、いいんだけど」
明らかに腫れた左頬のまま、無理矢理笑顔を作る誠良。
通常、真神類との戦闘で腫れるような外傷があることはほとんどない。
また厄介事に首を突っ込んだと確信した智代子は、呆れたように息を吐くと、懐からハンドタオルを取り出してみせる。
「とりあえずこれ、あそこで濡らして良いからその頬に当てておきな。…色々聞きたいことはあるけどさ、今はアンタの怪我で華奈子ちゃんを心配させるわけにはいかないし」
「…わかってる」
誠良は短くそう言って、ひったくるように智代子の手からそれを奪う。
「…さて、どうしてくれましょうか」
頬を冷やす彼を横目に、呟くようにそう言う智代子。
彼女は、気絶した娼狐が搬送される姿を一瞥すると、再び大きく息を吐いた。
ーーー
「…アンタが帰って来るとは、一体どういう風の吹き回しだ?──ヌセイリン」
とあるビルの屋上にて、煙を吐きながら笑みを浮かべる、ホルスザクと呼ばれた男。
彼が虚構に向かって叫んだ瞬間、不意に手に持ったタバコの火が消えると、一人の影が背後に出現する。
「人聞き…いえ、神聞きが悪いですね、ホルスザク。ただの定期報告ですよ」
「チッ…」
綺羅びやかな服装を身に纏い、扇子で口元を覆いながら淡々と話すヌセイリンと呼ばれた妖艶な雰囲気の女。
舌打ちをしたホルスザクは、口に咥えようとしたタバコが濡れているのに気付くと、苛立ったように投げ捨てる。
「…それで、用はなんだ。生憎今はあのお方は愚かビャステコもゲアジェントもいねぇ…ちゃんと伝えるからさっさと告げて俺の前から失せろ」
口から痰を吐き捨てて、ぶっきらぼうに言い放つホルスザク。
そんな彼を他所に、ヌセイリンは胸元から黒く無骨な注射器を取り出すと、流れるような仕草で近くに設置されたテーブルに置いてみせる。
「実証試験の結果は上々。使用した被検体は例外無く次のステージに進化できることが証明されました」
「…なんだと?」
淡々と紡がれる言葉に、ホルスザクは驚いた表情で顔を上げる。
口元に当てた扇子を閉じたヌセイリンは、無表情のまま道を開けるように一歩下がる。
「…続けます。経過観察の結果、5体の被検体中、2体が自己崩壊を起こして絶命、2体はそれぞれ第2ステージ、第3ステージへと進化し、状態は安定。…そして、もう1体は投与後、エンバハルにより撃破されました。これで以上になります」
「──またエンバハルとやらか…わかった。あのお方に伝えておく」
「お願いしますね」
ホルスザクの言葉を聞くなり、氷が溶けるようにその場から姿を消すヌセイリン。
テーブル上の注射器を一瞥したホルスザクは、懐に入れていたタバコの箱が濡れていることに気づくと、眉を歪めてビルの外へと投げ捨てた。
ーーー
ベッドの上に寝転んで、懐かしい天井をただ見つめる。
─あれからどれくらい時間が経っただろうか?
窓から差し込んだ西日は、部屋を橙に染め上げる。
「…そろそろ起きるか」
無意識にそう呟いて、そのまま上半身を起こす。
カチャ…と、ついた右手に何かに触れて、金属のような音が響く。
──これは、あの時の鉄片か?
黒く無骨な造形をした注射器のような謎の物体。
どうやら俺は、無意識に奪ったコレを上着のポケットに入れていたらしい。
彼女と青年の会話を思い出し、俺は思わず首を捻る。青年も蜥蜴野郎も彼女も、コレとよく似た鉄片でヒーローないし怪物へと変わっていた。それに、本能的に飛び出したとはいえ、コレを彼女が使ったら取り返しが付かなくなる予感もした。…が、今の鉄片はあの時感じた嫌な気配は放っておらず、一見何も害がなさそうにも見える。
「…どうなってんだ?」
自問するように呟いて、テーブルの上にそれを置く。
俺はこの手の専門家でもないし、怪物に関係するなら碌でもない代物なのはたしかだ。今度、青年に会ったらその時に渡しておくとしよう。うん。…怪物関係の事件にもう関わりたくもないしな。
「──よし」
沈みかけた夕日を背に、気を取り直して頬を叩く。
──ふと目に写ったのは、電気もガスも水道も止まっている、誰も居ない我が家。
思い返せば今日は、怪物に青年に優大のことに…目まぐるしい1日だった。
名残惜しかったが、アルバムなどの思い入れのあるもの以外は昼に整理した。
我が家を売って引越す決意も決めた。
…俺は、受け入れられているのだろうか?
呟きそうになった言葉を、慌ててそっと飲み込んでみる。
──悲しんでいたって、3人が帰って来るわけじゃない。親父達も、そんな俺の姿を望んでるはずもないしな。
俺はそこまで考えて、星の見える窓へとそっと視線をもどす。
「───飯…食いに行くか」
ーーー
コツコツというヒールが地面を叩く音。
とあるホテルの廊下にて、不気味なほど静かな空間に響くその音は、不意に扉の前でその音を止める。
「こんばんは、鈴村さん。──お仕事の時間ですよ」
コンコンというノック音と共に、廊下に響く女性の声。
──カチャリ、と解錠され、ゆっくりと扉が開く。
「…報酬は」
酷く掠れた男の声。
短く語られたその言葉を耳に、暗い室内を覗く女は静かに口角を釣り上げると、肩に下げてた鞄から黒く無骨な注射器を取り出した。
名前:■■■■(??)
性別:男
備考:■■■■■に勤めている、ホルスザクと呼ばれる真神類幹部の一人。
ヘビースモーカーであり、同じく幹部であるヌセイリンを疎ましく思っている。
誠良(=エンバハル)との面識はない。