File10.2人の誤解
──前回のあらすじ──
ノブヨリが弟だと確信し、真神類と交戦する誠良=エンバハルに割って入った明大。
戦意を失った真神類も虚しく、不意に全身の異変に襲われた彼女はエンバハル共々爆発に巻き込まれたのだった。
商店街に響き渡る、賑やか子供たちの声。
じめじめとした空気も抜けぬまま、高く上った太陽が店前の花を照らし出す。
「ありがとうございました!いらっしゃいませ!」
止め処なく押し寄せる客の波に、貼り付けた笑顔でそう返す女性。
時刻は既に12を回る頃。額の汗が化粧を落とす中、彼女はなんとかさばききった。
「あ、店長おはようございます」
人がはけたのと同時に、店の裏手から顔を出した初老の女。
店長と呼ばれた彼女は、少し静かになった店内を一瞥すると、微笑みながら口を開ける。
「はい、おはようさん。ありがとね、アヤちゃん。お客さん多かったでしょ」
「いえ!これくらい、どうってことは…」
「はいはい、そういうことにしてあげる。でも、ちゃんと休んでおきなさいな。熱中症になられても困るからね」
軽快な口調でそう言って、労うように冷えたペットボトルを渡す。
「…ありがとうございます」
アヤちゃんと呼ばれた彼女は、腰曲げてそれを受け取ると、入ったお茶を口に含む。
「ふふっ…アタシは上司として当然のことをしただけよ。彼が来たら呼んであげるから、今は裏で涼んでおいで」
言葉巧みに促され、会釈して店の奥へと消える女性。
女は、そんな彼女を見送ると、レジ脇に設置されたラジオの電源をそっと入れた。
★ー☆ー★ー☆
伝わる熱風が止み、閉じていた目をそっと開く。
─この爆発に青年と怪物が巻き込まれた。
暗い視界の中、先程の光景が頭の中で反芻する。
青年は最後、「間に合え」と叫んでいたはずだ。
…なら、あの女は人間に戻れたんだろうか?
俺は頭を覆った腕を解くと、怪物達のいた場所へと視線を戻す。
「…よかった」
どこか無意識に、そんな声が口から漏れる。
視線の先に映った青年は、元の姿へ戻った彼女をそっと地面に寝かせる。
…女は見た感じ、呼吸もしっかりしているし、ただ気絶しているだけだろう。
蜥蜴野郎と違って爆散しなかった彼女を横目に、俺はそっと胸を撫で下ろす。
「おいアンタ」
不意に青年がそう言って、自身の変身を解く。
彼の言葉の先を探して振り返るも、俺の後ろには誰もいない。
「おい!無視すんな!」
「無視って…お前もしかして俺に言ってる?」
「そうだよ!アンタ以外いねぇだろうが!」
怒鳴るように叫んで、ズカズカと近づく青年。
…いや、確かに反応しなかったが、別に無視したわけでもないんだが?
そんな俺の思考もつゆ知らず、彼は俺の前で立ち止まると、なにやら腕を振りかぶる。
「いい加減にしろッ!」
彼の叫びと共に、俺は地面に倒れ込む。
左頬走る痛み。口内に感じる鉄の味。
…どうやら、殴られたみたいだ。
「…いきなりなんのつもりだ?」
血を吐き捨てて、視線を青年に戻す。
「─ッ!わからないのか!?」
ズカズカと足を踏み、青年は俺の胸ぐらを締め上げてくる。
──あぁ、久しぶりの感覚だ。
自分でも驚くほど、頭の中は冷静で。
近づく彼の顔を前に、俺は身体の余計な力を抜く。
「わからない」
そう言葉にして、彼から視線をはずす。
彼女が彼氏である自分を放りだして見舞いに来ていたことに対する嫉妬か、それとも浮気相手として認識されているのか…いずれにせよ、コイツの怒りの先はわからない。が、こういうときは素直に殴られておくのが得策だ。
高校時代を思い出して、勝手にそう結論づける。
俺の予想に反して、握りしめた拳を何故か引っ込める青年。
彼は震える両手で俺を引くと、食いしばっていた口を開ける。
「なんで…なんでまた真神類相手に突っかかってきたッ!?俺は前に無茶をするなと言ったはずだッ!」
予想に反して、何処か焦ったような彼の台詞。
素直に驚いて、思わず視線を彼に戻す。
「あぁ…確かに、この前は無茶をするなとは言われた」
「じゃあ──」
「が、『状況によっては約束できない』と、俺はそう言ったはずだ。…アレが一番いいと思うからやった、ただそれだけの話だろ」
投げやりに吐き捨てて、彼の言葉の続きを待つ。
別に死に急いでいるわけでは無いが、正直、俺は無駄に生きているくらいなら犠牲になっても構わないと、何処かそう思ってるのは事実。
恋人も家族も職も思い出も、どうせ今の俺には失うものはない。
一瞬言葉に詰まった彼は、何を思ったのか赤くなった顔のまま、迫るように更に顔を近づける。
「ふざけんなッ!勝手に命を投げ出すような真似するんじゃねえッ!アンタに何かあったら姉さんがどれだけ心配すると思ったんだッ!」
一息にそう叫んで、彼はゼェゼェと息を吐く。
「俺に何かあったらお前の姉が心配する?なんでお前の姉が俺なんかを心配する必要がある?」
「な──」
「そもそも俺を心配するような人間はもういない。ヒーローだからといって自分のエゴを押し付けるのも大概にしろッ!」
掴まれた腕を引き剥がして、彼を突き放す。
思わず叫んでしまったが…クソっ…全く意味がわかんねぇ…
ーーー
尻餅を付いた誠良は、目の前に立つ男の言葉に耳を疑っていた。
華奈子の彼氏(暫定)だと言いうにも関わらず、失うものも心配されることもないと言い張るその言い草。何故、忠告したにも関わらず、死地へと飛び込むような真似をするのか、と。
何度もそう思考して、見下ろす彼へと視線を戻す。
「…それと、誤解の無いよう言っておくが、俺は別に華奈子さんとデキてたわけじゃない」
「は?」
「そもそもこの1年ほど病室で眠っていたらしいんでね、彼女は責任感か何かで見舞いに来てくれただけだ。やましいことは何もして無ぇ」
唐突な男の告白に、素っ頓狂な声を出したまま固まる誠良。
しばらくの沈黙。
先程までのピリピリした空気が一転する中、誠良は思考を加速させる。
「えっと…あー…」
「んだよ、まだなんかあんのか?」
「いや、その…」
身構えながら声を漏らす男を他所に、頭の中で急速に埋められていくピースの数々。
その全てが繋がって、誠良は思わず頭を抱える。
「華奈子って俺の姉さんのことなんだけど…」
ーーー
「───は?」
思わず口から漏れた、素っ頓狂な自分の声。
状況を整理しよう、うん。
えっと、まず青年は華奈子さんの彼氏ではなく弟…?
じゃあさっきまで言ってた姉さんが心配するから命を投げ出す云々ってのは華奈子さんを無駄に心配させるなってことか…?
「お前が、華奈子さんの弟?」
「あぁ、俺の名前は佐倉誠良。正真正銘、佐倉華奈子の弟だ。姉さんの彼氏じゃない」
「はぁ…まじかよ…」
砂埃を払って立ち上がり、改まって自己紹介をする彼。
よく見たら顔立ちや銀髪も似ているし、姉弟と言われて納得する部分も多い。
だとしたら結局、誤解してたのは俺ってことかよ…
クソっ…思い返したら超恥ずかしいんだが。
向こうも誤解が解けたのか、どちらともなく息を吐く。
──ヴーヴーヴー
沈黙を破るようにして、突然公園に響くバイブ音。
胸ポケットからスマホを取り出した青年は、画面を見るなり眉間にシワを寄せると、流れるように耳へと当てる。
『ちょっと誠良!?今何処にいるの!?』
スピーカーモードでもないに関わらず、離れたここでも聞き取れるスマホ越しの高い声。
キーンと響くその声は、何やら焦った様子でそう叫ぶと、そのまま言葉を続けている。
『さっき糸羽町2丁目公園あたりで真神類の目撃情報があったんだけど、アンタ一体何処にいたわけ!?何回連絡かけてもでてこないとか何やってんのよ!』
「いや、姉ちゃんこれは…」
『言い訳は後で聞く!アンタ近くに行ってるんでしょ!?警察には連絡してあるから、道草食ってないでさっさと現場に向かいなさいよ!』
一方的にそう言って、ブツリと切れた電話の声。
ちなみに、糸羽町2丁目公園ってのは俺達が今いるこの公園だ。
目撃情報ってのも本当に先程までここにいた怪物のことだろう。
俺は地面に寝かせられた女を一瞥すると、難しい顔の青年へと視線を戻す。
…まぁ、ここから先は本当に俺の出る幕では無いだろう。
互いに誤解も解けたし今回の騒動は解決した…が、いきなり殴られたことだけは納得できねぇ。
帰る前に一発殴ると決めた俺は、笑顔を貼り付けて青年の肩にそっと左手を置くと、右腕をおもいっきり振りかぶった。
名前:深見アヤ(26)
性別:女
備考:糸羽町商店街にある花屋で働く女性。
2年前に働いていた会社を辞め、花屋へ転職。
毎月28日に訪れる白髪の男性が気になっている。
名前:尾倉(??)
性別:女
備考:アヤの働く花屋を経営している。