ひとり聖域隠れんぼ
「怖い話ない?」
開口一番に私は言った。
「唐突だな。せっかく久しぶりに会ったというのに、もう少し礼儀ってのを考えろよ」
「うんわかった、ごめん。久しぶり」
「その正直なところは変わらないな」と私の知人は苦笑交じりに行った。
夏休み、私は母と共に母方の祖母の家に里帰りした。
のんびり過ごしていたとき、私の知人がやってきたのだ。
知人とは数年に一回は合う仲だが、私が小さい時からなのでむこうはしっかり覚えている。
「にしても珍しいな、お前が怖い話聞きに来るなんて。作家でも目指しているのか?」
「大体そんな感じ」
作家と言っても、小説投稿サイトに書きたい話を書いてアップするという、いわば完全な趣味なのだが、サイトに面白そうなイベント企画を見つけたので、それに参加しようと思った。
だが今年のテーマは私一人ではとても難しい。
そこで、大学で民間伝承を研究している知人の力を借りようと思ったのだ。
「できればかくれんぼに関する話がいいんだけど」
「かくれんぼかー、そうだなー」
知人は腕組みをして考え込んだ。
少しの間だったが、知人は「あ」と声を上げた。
「何かあった?」
「あると言えばあるが…ずいぶん昔にうちの婆ちゃんから聞いた話だし、婆ちゃんもその親戚の伯父さんから聞いたって言ってたしな…それに、かくれんぼと言えばそうなるが…かくれんぼと言えるのか…」
「別にそれっぽいのならいいよ。別に信憑性求めているわけじゃないし」
「…分かった。でもさっき言った通り随分前に聞いたから所々おかしな部分もあるかもしれないぞ?」
そう言って、知人は話し始めた。
とある村の近くにある雑木林の奥に、木が生えてない開けたスペースがあった。
そこはいわゆる「聖域」だった。
中はほぼ何もないが、奥には祠があり、周りはしめ縄みたいなのがぐるぐると巻かれていて侵入者を拒んでいた。
もちろん、近くの村には関係者以外は一切立ち入ってはいけないという掟があった。
何故かと聞いたが、詳しいことはわからなかった。
いろいろと説があり、祟り神が祭られているからだとか、大昔に飢饉で亡くなった人たちを鎮めるためだとか様々だが、どれも根拠には至ってなかった。
そんな訳の分からない場所にある日、数人の村の子供たちが遊びに来た。
「聖域には絶対に入るな」と大人たちからきつく言われていたが、入るなと言われると余計入りたくなってしまう子供の好奇心が勝ち、興味本位で入ってしまったのだ。
子供たちはそこで鬼ごっこやかくれんぼをしたり、木に登ったりして遊んだ。
一部の子供たちは山の神様が化けて出てくるのではないかと恐れていたが、その晩には何も起きなかった。
何もなかったということで子供たちはますます調子に乗り、大人たちに内緒でほかの子供を誘ってはそこで遊んだ。
しかし、祠しかない場所で遊ぶとなるとやはり飽きてしまい、次第に聖域に行く回数も減っていった。
そんなある日のことだった。
村一番のわんぱく小僧、太一が「面白い遊びを思い付いた」と言い出した。
なんでも、「怖そうなのを混ぜて遊べば楽しくなるんじゃねえか」とのこと。
遊び方はこうだ。
まず、人形を一体用意し、中の綿を全部抜いて、代わりに米と自分の体の一部(髪や爪)を入れる。
次に赤い糸で縫い合わせ、できた人形を祠の前に置く。
そして「お前が鬼」と言ってどこかへ隠れるのだ。
この間にいろんな心霊現象が起きるのだという。
終わらせる方法は祠の前まで戻り、人形に向かって「お前の負け。俺の勝ち」と言い唾をかける。
これを一番最初にやった奴が勝ちというルールだ。
ちなみに、やった子は全員が終わるまで祠の前で待つことにした。
どこか「ひとりかくれんぼ」を彷彿とさせるような内容だ。
「ほとんどただでさえ危ねえ場所で遊んでっづうに、んなおっかねえことしたら間違いなく祟られるべ」という子もいれば、「んなまわりくどい遊びつまらんだけじゃろ」という子もいた。
それでも太一は、
「ふん、臆病者めが。んなやりたくねえのなら、おれ一人でもやる」
と言ってきかなかった。
決行日の朝。
朝早く来ていて準備をしていた太一の前に、数人の子供がやってきた。
「来たか。来ると思ったべさ」
「ああ言われたら来るしかなかろう」
太一の前に集まった面々は、よく太一とともにいる助次郎とおとよ、そして彼らとよく遊んでいる友人たちだった。
太一はそろった面々を見渡して言った。
「こんだけそろえば十分だな。よし、早速始めるべ」
彼はあらかじめ用意していたであろう人形(見た感じはどこにでもありそうなおかっぱ人形だった。だが所々黄ばんでいたらしい)を取り出し、1人1人に見せていた。
「何してんだ」と助次郎が聞くと、
「こうやって顔を覚えさせてんだ。そうしねえと見つけてくれねえかんな」
と答えた。
人形を見せ終わると、太一は人形に向かって
「お前が鬼お前が鬼お前が鬼」
と詠唱した。そしてそれを祠に置くと、
「よし、かくれんぼの始まりだ!散れ!」
と叫んだ。
子供たちはそれを合図に蜘蛛の子を散らすようにバラバラになり、太一も奥の茂みへと隠れた。
暫くたち、太一はこっそりと茂みから顔を出した。今のところ幽霊らしき現象は起こっていない。
(そろそろいいべか…)
茂みから出た太一は、祠がある場所へと向かった。
何度も遊びに行ってるからなのか、みちにまようことなくほこらへとたどり着けた。
だが、”それ”はその道中でおきた。
ふと、視界の端に黒い物体が見えた。なんだろうと気になり、その方角を向いた。
大人ぐらいの大きさで、何かに吊り下げられているようで、プラプラと横に小さく揺れている。
遠くからでも分かった。あれは男の首吊りだ。
これにはさすがの太一も腰が抜けた。
少しの間固まっていたが、ある違和感に気付いた。
おかしい。昨日までこんなのはなかった筈だ。かといって、今朝来た時に他の人の気配を感じなかった。てことは…
太一が答えを出す瞬間、あることに気付いた。
揺れ幅が、さっきより少し大きくなっている。
(あれ、こんなに大きく揺れてたっけか…)
そう考えている間にも揺れはだんだんと大きくなっていく。
やがて縄がちぎれんじゃないかというくらい大きく揺れたとき、
ブチッ
と縄が切れて男が落ちた。
さっきまで金縛りのように動けなかった体も、それを機に少しずつ動かせるようになった。
ふらふらと立ち上がった、その瞬間…
…ガサガサガサガサガサッ!!
何かが茂みをかき分けてこっちへ来る音がする!
「うわああああああああああああ!!!」
太一はかくれんぼ中だというのにもかかわらず、大声で聖域の方へと走った。
やがて音も聞こえなくなり、無事聖域にたどり着くことができた。
しめ縄をくぐり、聖域の中に入る。
その時、ふと何かを感じた。
まるで外界との接触を一切経ってしまったような、異世界に迷う込んだような、奇妙な感覚…
だが彼は一切気にも留めず、人形のもとへと向かった。
祠の前に着いたが、他に誰か来たような気配はなかった。
念のため祠の裏なども確認したが、誰もいない。
おれが一番乗りだ!
そう思った太一は人形を手に取り、得意げに「お前の負け、おれの勝ち」と言い唾をかけた。
そのあと脅かしてやろうと祠の上で待っていたのだが、いくら待っても誰も来ない。
道に迷っているのかと思ったが、すれ違いになるのは嫌だったので、そこから動くことはできなかった。
だがその数分後、ようやく仲間の一人が聖域に入った。
太一は待ってましたとばかりに祠から飛び出した。
「わっ!」
だが相手はちょっと肩を上げただけで、それほど怖がらなかった。
「んなことしだって別に怖くねーべよ」
「なんでい、つまんねえの」
「おめえが最初か?」
「おう、一番でい」
太一は胸を張って答えた。
それを皮切りに、一人また一人と仲間が入ってきた。
みんな終わりの儀式をやった後、それぞれにかくれんぼの感想を言い合った。
「最初はんなこわくねーと思ったけどよ、あっちの木陰に隠れてだら、前を白い影が横切ったべさ。
ありゃあほんとに怖かった」
「俺は白い玉が飛んでるのを見たべ」
「そんなんまだかわいいもんでい。おらなんか、誰もいないのにずーっと囁き声が聞こえてたさ」
みんな楽しそうに話していたが、ふと仲間の一人があることに気付いた。
「あれ、助次郎とおとよは?」
その場にいた全員があたりを見渡したが、二人の姿がなかった。
太一もそれに気付き、二人の名を呼んだが、返事はなかった。
「おめえら一緒じゃながったのか?」
「いんや、俺はずっと一人だったさ」
他も一緒だった。そのうち来るだろうともう少し待ってみたが、それでも二人は来なかった。
「なあ、さすがにおかしくね?いくらなんでも遅すぎる」
「迷ってるだけじゃねえべか?」
「でもあいつらはよくここに遊びに来てたべ」
ぴたりと会話がやんだ。
皆考えていることは一緒だった。
「…おれが行く」
さっきまでずっと黙っていた太一が声を上げた。
「本気か?巻き込まれるかもしれねえんだぞ」
「こんな状況になっちまったのはおれのせいだ。ここで逃げたら男の名が廃る」
そう言い、太一はしめ縄の前に立った。
「おめえらはそこにいろ。帰ってこねえ奴が増えたら困るかんな」
太一はしめ縄を潜り抜け、二人を探し出した。
潜り抜ける直前、「行ってらっしゃい」という声が聞こえた。
多分、仲間が声を掛けてくれたのだろう。
その中に含み笑いのようなものを混じっていたが、彼には聞こえなかった。
太一は森の奥へと進み、二人の名を呼ぶ。
「助次郎ー!おとよー!」
叫びながら奥へ奥へと入ってゆく。だんだんと辺りは暗くなり、動物なのか人なのかわからない鳴き声も聞こえてくる。
それでも太一は構わず進んでいった。
辺りが墨汁のように真っ暗になっても二人の名を上げ続けた。
とうとう彼は後ろを振り向くことすらなかった。
日がそろそろ沈むというころ、助次郎とおとよはあの森の入り口近くで見つかった。
大人数の子供の秘密など大人にばれないわけでもなく、一人の子供がうっかり漏らしたことによりすぐばれてしまった。
もちろん子供たちは大人にこっぴどく叱られ、すぐに助次郎、おとよ、そして太一三人の捜索が始まった。
あんなところで怪しい遊びをするなどさすがの子供たちも怖くなってしまい、結局その日行ったのは、助次郎、おとよ、そして太一だけだった。
助次郎は長い雑草の中に隠れるようにしてうずくまっていた。彼は右ひざをすりむいていて、まるで誰にも聞こえぬように小さく泣きじゃくっていた。
おとよは小さな洞穴で見つかり、縮こまってガタガタ震えていた。何に対して怯えていたのか、大人が声を掛けると「ヒャッ」と声を上げたという。
何があったのか聞いてみると、二人とも聖域を出た直後、森は別世界のように変わっており、、さらに人とは思えないような化け物が徘徊していたという。
そんな中、2人は化け物たちに怯えながらじっと息を潜めて隠れていた。
残るは太一だけとなったが、どこを探しても太一は見つからなかった。
もしやと思い聖域の中も探したが、太一はそこにもいなかった。
いくら探しても見つからず、とうとう太一は行方不明になった。
太一の母は気がふれたのか、日夜森の周辺をうろつくようになった。
そして彼の後を追うようにどこかへと消えてしまった。
あの事件以来、子供は森に入ることすらも禁止になった。
森には何人か見張りが付き、誰であろうと通さなかった。
子供たちは別の遊びを見つけたのか、森に入ることはほとんどなくなった。
だが、後に助次郎とおとよが他の子供たちにこう語っていたという。
「儀式を始める際にあいつが人形を俺らの顔ん前に見せたときがあったんだがよ。俺らには何も起きなかったんだ。でもな、何もないところであいつが人形見せてるときに、人形の口から白い靄みてぇなのが出てたんよ。それがだんだんと人の形を成してって、完璧な人型になってた。あいつはそれらと平気で話しておった」
知人は話し終えると、ふうっと息をついた。
「どうだ。こんな感じでいいか?」
「うん、ありがと」
話が終わってみると、確かに所々不審な点があった。
何故聖域という場所は立ち入り禁止なのか。
太一はその遊びをどこで知ったのか。
何故あの時太一しかいない場所での出来事が伝わっているのか…
他にも所々矛盾点もあった。まあ随分前に聞いた話だから当たり前なのか…
「真剣に聞いてもらって悪いんだけど…実はこの話、ちゃんとオチがあるんだ」
「オチ?」
「うちの婆ちゃんがな、『まあこんなの子供を森へ近づかせないための作り話なんじゃけどな』って言ってたんだよ」
何でも、知人の祖母がもともといた村には昔大きな森があったという。今はもう切り拓かれて森などないが、当時はよく森でケガする者がいたらしい。それで子供が森に近づかないように、怖い話を広めたのだと知人の祖母の伯父が言ってたという。
「まあ別に信憑性とか求めないとか言ってたから何とも思わなかったんだが…大丈夫か?」
「うん、大丈夫。怖い話聞かせてくれてありがとう」
と入ったものの、正直少しがっかりした。
こういう意味不明な話こそ、考察のし甲斐があって面白いのに。作り話じゃ意味がない。
それから数時間後、お盆ということもあってか、親戚の家を回ることになった。
そして少し遠いが、知人の祖母(言ってなかったが、知人の祖母は母方の祖母の姉だ。なんかややこしいな)が住んでいたところに行くことにもなった。
そこは母の実家よりも家が少なく、まさに「田舎」だった。
見渡す限り山ばっかで、あたりにも田んぼか畑ばっかりである。家はぽつぽつとあるだけだった。
知人の家へ行く途中、私はふと知人に尋ねた。
「ねえ、なんでここってこんなに人が少ないの?近くの森は開拓したんだよね?」
「うーん…森は切り拓いたらしいんだけど…そんなに建たなかったらしいぞ。なんでかはわかんないけど」
「へー」
ふと車から外を覗いた。家などごくごくたまに見かけるくらいで、田んぼと畑が広がるだけのつまらない風景だ。
普段ならなんとも思わない場所だが、あの話を聞いた後ではたとえ作り話でも繋がりを感じてしまう。
作り話と言っても、完全に一から作り上げた話だったり、元は実話だったのをいろいろと置き換えて作った話もある。
本当はただ予算が足りなくなったとかそういう経済的な理由で家を建てなかったのかもしれない。
でも…もし、あの話の元が実話だったとしたら。
時代と人が変わっていくにつれて、不気味な事件から危険から遠ざけるための作り話になったとしたら。
…太一は今も彷徨っているのだろうか。この世かどうかもわからぬ場所で、すでにいない二人の名を叫びながら。…もしかしたらすでに干からびて死んでるかもしれないけど。