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20.相談



 「やっぱ“和馬”ってチビ、あいつの兄貴だって」


 放課後がチャイムが鳴ってすぐ1組の俺の席にやってきた八は、そう言ってなにやらニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 「なにニヤついてんだ気持ちわるい」


 いつの間にか俺の真横にいたチヒロが俺の胸中を代弁してくれた。

 いつもならすかさず「ひでぇっ!」と叫ぶ八だが、今日はなんだか機嫌が良さそうでチヒロの一言にもあまり動じていない。


 「だぁってさー、そのチビ、マキより強いんだろ? そのチビに俺が勝てば、俺がマキより強いことを証明できるかなって」


 「「やめとけ」」

 思わずチヒロと被った。


 「いや、こないだ俺が言ったことは冗談だから。俺に負けてばっかのお前だったら、ボッコボコにされるぞ。いや、一発で終わるかもしれん」


 チヒロも傍らでうんうんと頷いている。


 「やってみなくちゃわかんねーだろ!  でもなあ、校内探し回ってもチビの奴姿見せねぇし、和馬の奴・・・・・・あ小蟹のほうな、あいつに聞いても兄とはあまり仲がよくねぇみてぇだし・・・・・・」


 「どうしてでしょうね・・・・・・」


 「おわっ!いつの間にいたんだユウキ」


 知らない間にユウキが八の隣にいた。


 「ははは・・・・・・驚かせてごめんなさい。 でも、どうして仲が悪いんでしょうか?」


 「さぁな。触れられたくない話題なのか、すぐ逸らされたわ」

 

 そこで俺は、小蟹の兄がなぜ子蟹を避けていたか思い出してみた。

 さて、理由はなんだっけかな~


 

 すると、廊下側の窓から低くて甘ったるい声がした。


 「おー、いたいた」


 そちらを見ると、艶やかな紺色の髪をいじりながら長い足でこちらへと近づいてくる長身の甘顔イケメンがいた。

 彼は八の元までくると何かを持っている手を差し出してくる。


 「ほら、これこないだ言ってた限定版のCD、貸すよ」


 「おおーー!!マジで!? サンキュー!今日早速聴くわ。

あ、こいつが小蟹って奴」


 八は彼の肩に腕を回して俺らに紹介をする。


 「おいおい、そっちの名前で呼ぶなよなぁ」



 あー・・・・・・見覚えあるわ。この顔。記憶が彼方遠くへ行っていたけど思い出したわ。一瞬で目を引く整った顔。だが横長で大きな目は目尻が下がっていて近寄りがたさを緩和している。

うん。一目見てモブとは違うこの輝き。でも名前が・・・・・・蟹って・・・・・・。


 こちらに顔を向けた小蟹は一瞬目を見開いた後、普段より更に目を垂れさせ甘い笑顔を作った。


 「8組の和馬・・・小蟹(小声)だ。そうかぁ、君たちが噂の黒原くんと真柴くんと白島くんかぁ。よろしくね」

 

 俺に握手を求めてくる。代わりにチヒロが手を取ったが、両者ともなぜか笑顔のまま固まっていた。握手長いな・・・・・・



 でもなぁ、本当にこんなに早くも大物キャラクターと会うとはな・・・・・・

これから先、どのようにストーリーが進んでいくのか全くわからない。まあ、どうにかなるのだろうと思いたいが・・・・・・





 あれから彼とは度々行動を共にすることがあった。彼も交友関係が広いらしくいつも忙しそうなのだが、どこからか来て昼飯を一緒に食べたり放課後話に参加してきたりしている。陽気で爽やかな性格だし話も面白い。だがやはり、俺たちの間には薄い壁一枚が常に存在しているように思える。どこか、仮面を被っているような。チヒロたちはそれに気づいているのかどうかは知らないが、少なくとも俺はそう感じる。漫画の知識も影響しているのかもしれないが。




 

 歓迎会から1週間後の今日、最後の時限に委員会決めを行った。たしか漫画では俺とチヒロは風紀委員に入っていた様な気がしたから手を挙げたら、なんだか競争率が高くてじゃんけんで決めることになった。

 で、負けた。勝ったのはユウキとチヒロ。なんだか2人ともげっそりとして見えたけど、俺は2人が羨ましい。俺はその後も手を挙げ続けたんだが結局なんの委員会にも入ることが出来なかった。

何でだ・・・・・・!!漫画ではユウキが何の委員にもなっていなかったのに!




 ということで、委員会初日である今日、俺は二人を待っている訳でございます。

たしか今日は仕事の内容を教えて貰って委員長と副委員長を決めるだけだったような気がするけど、マンガでは風紀委員長になる3年生が話めっちゃ長い奴なんだよなぁ。だから、まだ結構待つ時間があると思う。どの教室も委員会や部活動で使われているから、いるところがない。だから今俺は校舎の外の中庭みたいな小さなスペースをウロウロとしている。こういう機会に家庭部の見学をさせて貰うのもいいかもしれないと思ったけど、覗く勇気が出ないし。

本当どうしよう・・・・・・。部活。


 「はぁーーーー」



 思わず大きな溜息が出てしまった。

 

 「どうしたんだ?そんなに大きな溜息ついて」


 いきなり真横から声を掛けられてビクッとし顔をそちらに向けると、声の主は小蟹だった。こいつは声まで甘ったるい。


 「なんか悩み事?俺でよければ聞くよ。そういえば、今日はあの2人いないんだ?」


 なんか自然と肩を抱かれて歩き始める。おいまだ数回しか会ってないなのに馴れ馴れし過ぎね?しかもこいつやたらと俺に近寄ってくるんだよなー。ユウキじゃなくて。ま、俺としてはユウキに変にちょっかい掛けられるよりいいんだけどさ。


 「チヒロとユウキは今日から委員会なんだ」


 「へぇー、チヒロくん委員会なんかに入るんだ~。なんか以外だね~」


 そんな会話をしつつ俺たちは、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下の縁に腰掛ける。距離近いな・・・・・・


 「で、なんか悩んでることでもあるの? あっ、ちょっと待ってて」


 そう言って小蟹はどこかへ走って行き、姿が見えなくなった。


 さて、どうしよう。正直すごく人に話を聞いて欲しい。でもあいつ口軽そうだしなぁ。

 悩んでいるのはもちろん部活動のことである。俺は家庭部に所属したい。でも漫画のマキは部活動に所属していない。一番の悩みどころはそこなのだ。今まで数限りないほどストーリーから外れる部分があったが、辛うじて“流れ”は変わっていない。

 それともう一つ憚られる理由が・・・・・・不良として見られる自分が大人しそうで、しかも偏見かもしれないが女子が選びそうな部活動に参加するってなると、人からどう見られるのかが気になるというかなんというか・・・・・・もごもご


こんなことで悩んでいるのだと思うと自分でも情けないが、やっぱり人の目は気になってしまう。

チヒロやユウキに相談したら普通に背中を押してくれる気がするけど、それだと思いっきしストーリーから外れることになるし、かといってやりたくないのかと言われれば参加したいわけで。

 人の目が気になるということはいくら2人でもちょっと相談しずらいしなぁ。『はぁ?』って反応されそう。


 八は絶対相談する相手として向いてない気がする。

ん?そう言えば、今日帰りの時間になっても八が来ない気がする。


 「八も委員会に入ったのかな?」


 「そうだよ。寝てたら図書委員にされてたなぁ」


 うわっ!独り言にいきなり答えられると驚くな。いつの間にか彼が戻ってきていたようだ。

 『はい』と言って渡してきたのは温かいココア。こいつ、わざわざこれを買いに行ってくれてたのか。さすが気が利く奴だな。男女問わず人気があるだろうことはよくわかった。


 「ココアでよかった?」

 「おう・・・ありがと。 そっかぁ、八も委員会入ったんだ」


 熱いくらいのココアを受け取って、また2人並んで腰かける。


 4月ももう半ばだがまだ寒い日は続く。今日は特に寒く、缶を両手で包み込むとそこからポカポカが身体に伝わってくる。

 蓋を開けて一口飲む。あったかい。ほぅっと温かい息をこぼす。


 俺たちはしばらくの間無言でココアを飲んでいた。




 「あの、さ。俺、部活のことで悩んでて―― 」


 落ち着いたら悩みが口を突いて出て、それから悩んでいる理由や自分が思っていることなどが次々と口から出た。もちろんストーリーから外れるからということは伏せておいて、そこら辺の理由をぼやかして話した。

 俺の話を、小蟹は黙って時々相づちを打ちながら静かに聞いてくれていた。


 「――って感じなんだよ。一体どうしたらいいかわかんなくて・・・・・・チヒロたちにも相談しできないし・・・・・・」


 しばしの沈黙の後、小蟹が話し出した。


 「入ってみればいいんじゃない?」


 「そんな簡単に。だからさっきできない理由をあれだけ――


 「結局やりたいの?やりたくないの? 俺にはなんか、無理矢理やらなくてもいい理由を作っているように聞こえたんだけど」


 「そんなことは・・・・・・」


 あるかも。ストーリーを変えてしまうのは俺のせいだ。だから、これ以上後悔するようなことを増やしたくなくて、自分がやりたいと思うことを正当な理由で抑えようとしているのかもしれない。


 「まー、人の目も気にしなくていいんじゃねって思うけど・・・・・・、気になるよなぁ。でもさ、人の目ばっか気にして自分のやりたいこと我慢するのもなんか癪じゃねぇ?

一端やってみればいいじゃん。一端やってみて、やっぱ何かに耐えられなくなったらそん時ゃ止めればいい。やるのも止めるのも自由なんだしさ」


 そうか。そうだよな。人の目を気にして得することもないしな。


 「やるかどうか迷った時はやる。やらない後悔よりやった後マズった時の方が自分に納得できるしな。これ、俺の座右の銘な。

 黒原たちに背中押して貰いなよ。あんたは顔にでるタイプだからな。あいつらのことだから、なにか悩んでんなってもやもやしてただろうよ」


 「・・・・・・そうだね。 小蟹の話聞いてて本当、そう思った」


 「そう?俺の持論だけど・・・・・・、少しでも気持ちが晴れたならよかった。

あ、てかその呼び方やめてよーコンプレックスなんだから」


 

 俺は、すごく晴れやかな気持ちになった。肩が軽くなったような気がする。


 「おーーーいぃマキぃ・・・・・・ってなんでお前がいるんだよぉ小蟹ぃ!!」


 「ちょ、マジでその呼び方やめろよ・・・・・・」


 校舎の入り口の方を見ると、走ってくる八とその後ろにチヒロとユウキが歩いてくるのが見えた。

俺は、あと少し残っていたココアを飲み干して立ち上がり、缶をゴミ箱に捨てて3人の元へ向かった。


 「小が あ、和馬、俺たちもう帰るけどお前も一緒に帰るか?」


 小蟹はうんざりという顔で俺を見上げ、フルフルと顔を横に振った。もう少しそこにいるらしい。


 「こ、いや和馬!本当ありがとう。おかげで気持ちが軽くなったわ。じゃあな!!」


 そういって待っててくれた3人と共に帰路につく。すぐさま2人で何を話していたのかを聞かれ、正直に部活のことで悩んでたことも含めて話した。小蟹の持論を聞いて、俺は家庭部に入るという決意をしたのだが、3人を見て、やはりどっちでもいいやと思った。それは、彼らがマンガ通り何の部活にも所属しないと言うのなら俺もそうする、ということだ。

 

 一つ気づいたことが、俺は俺の中で自分の第2の人生を選ぶかチヒロとユウキの幸せを選ぶかと考えていて、チヒロたちの幸せの確保を勝手に義務みたいに自分に課して自分と2人の幸せとを天秤に掛けていたのだけれど・・・・・・実は“2人の幸せ”というのも俺のエゴだったということ。

 つまり、どっちを選んでも俺のため。2人のための行為よりも自分の人生を優先することへの罪悪感を感じていたことが馬鹿らしい。


 えーいままよと話してみたら、『なんだよ、そんなことで悩んでたのかよ。部活なんて入ったり止めたりしてもいーんだからとにかくやればいいんだよ。最近浮かねぇ顔ばっかしてたから、腹の具合でも悪ぃのかと思って心配してたんだぞ』と八に言われ、2人がその言葉に首を縦に振って肯定していた。


 いや、自由は自由だけどさすがに入ったり止めたりはダメだと思うぞ・・・・・・


 そして驚くべき事に、八はとりあえずスポーツ、ユウキは美術部、チヒロは将棋部に入ろうと考えているらしい!


 驚いたのなんのって。だって漫画ではこの中の誰1人として部活動に入っていなかったのだから。



 拍子抜けした。勝手に俺が漫画通りに行動しなきゃって思ってて、勝手にみんな部活に入らないって思ってたから。

 でも、なんで決められなきゃいけないんだよって感じだよな。だって自由なんだもん。みんなそりゃ自分のやりたいことを選択するさ。

自分の中で勝手に皆の未来を縛り付けていた自分が愚かしい。


 そうだよね。みんな生きているもんな。思い返すと八が俺たちと同じ中学校へ入学したのも、紛れもなく八の選択だったんだ。その行動のきっかけは、もしかしたらこの世界のイレギュラーな存在である俺なのかもしれないけれど、実際行動したのは八自身。

勝手に俺がみんなを決めつけるのはちゃんちゃらおかしいことなのだ。


 あーーーー、すっっきりしたーー!!!


 俺の心の中の暗雲は、綺麗さっぱりどこかへ飛んでいったのであった。









 時は少し前、マキたちが学校から出た時の和馬小蟹は飲みかけのすでに冷え切ったココアを飲みきり、一息ついた。

 手で顔を覆い、はぁーーと溜息を一つ。そしてフッと自嘲気味な一笑みして言った。


 「あー・・・・・・、自分で言ったことが自分に刺さるとか。 もう諦めてたんだけど・・・・・・まぁ、やらない後悔よりやって後悔、だよなぁ」




 アドバイスをしているうちに、彼自身の問題に対する答えを見つけたのだとか。


 






 

 


 

 
















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