通販番組で大人気の超低反発マットレスを使った、幽霊がマットレスの上を歩いた時にどうなるかを見る簡単な実験
本日ご紹介するのはこちら!
今、世間で大人気の超低反発マットレス、『ウルトラエアー』です!
皆さまご存じのウルトラエアーですが、本日ご紹介するのはお店に並んでいる商品のワンランク上のものになります。ランクが上がると何が変わるかと言いますと、抗菌・防ダニ加工が付くんです! しかも、今なら通常二年の品質保証期間が、なんと三年になります!
もともと大人気のウルトラエアーシリーズ。実は、低反発マットレス市場で8年連続売上金額No.1なんです! しかも、購入された95%の方が「買ってよかった!」「大満足だ!」と言ってくださっています。これは驚きの満足度ですよね!
ウルトラエアーは『綿雲で体を柔らかく包み込む』をコンセプトに作られたシリーズです。以前この番組でご紹介した時には
「一度使ったらもう手放せない」
「もうこれ無しじゃ寝られない」
といったお声を本当にたくさんいただきました!
見て下さいこの沈み込み具合! この低反発なマットレスが体をよく包み込んでくれるので、快適な姿勢で寝ることができるんです。
ほら! 押し付けた手を放しても、すぐに戻らないで手の形が残っているでしょう!
本日はこの番組を見ている皆さま限定で……
「何これ?」
「ウルトラエアーのCM」
「それは見たらわかるって。なんで、今おれがこれを見せられたのかを聞いてるんだって」
今日は大学の友だちの俊也の家に飲みに来ている。時間は23時。そこそこ酒がまわり気持ちよくなっていたら、急に俊也にスマホを渡され、さっきの動画を見せられた。
「買ったんだ」
「何を?」
「ウルトラエアー」
「まじか」
「まじ」
「高かっただろ?」
「高かった」
「自慢?」
「ちがう」
「なんでまた急にそんな高い買い物をした?」
「実験しようと思って」
「何の?」
「幽霊に足があるのか」
「は?」
おれは一瞬、俊也が何を言っているのか意味がわからなかった。ちょっとした冗談かと思ったが、俊也の顔を見ると真顔だった。
怖い。何をしようとしているのかよくわからないが、こいつ本気だ。おれは言葉を失った。
「なあ、霊感あるか?」
「ない」
「おれもない」
「ないのかよ」
「実はさ、おれのこの部屋、事故物件なんだ」
「いや、何を今さら。お前去年の飲み会で言ってただろ」
「そうだっけ? じゃあお前、おれの家が事故物件ってわかっててよく今まで泊まりに来てたな」
「おれは目に見えないものは信じないから」
「なにそれ。まあいいや。こないださ、高校の後輩が家に泊まりに来たんだよ。それで、そいつ霊感があるって言うからいろいろ調べてもらったんだ」
「ほう、それで?」
「寝室が通り道になってるって言われた」
「何の?」
「幽霊の」
「まじか」
「まじ。どっかへ向かう道に重なってるんだと」
「どこに向かう道だよ」
「さあ、そこまではわからないってさ」
「で、何をしようとしてるんだ?」
「幽霊が通るところにウルトラエアーを置いたら足跡が付くのかなって」
「本気か?」
「本気」
「それ霊感のある後輩に言ったか?」
「言った」
「なんて言われた?」
「あんた頭おかしいって」
「おれも同感だ」
前からおれは俊也のことを少し変なやつだと思っていた。飲み会でも空気を読まないし、たまに何を言ってるのかわからない時がある。一緒にいて楽しいけれど、何かズレている。でも、まさかここまでとは思わなかった。
「後輩はそんなの興味がないって言って来てくれないからさ、おれの知る限りいつも冷静そうなお前に来てもらうことにした」
「おれを巻き込むなよ」
「ごめん」
「謝って済む話か」
「おれ、もともと安い物件を探しててさ、ここには事故物件ってわかって住んでるから幽霊が通るのはいいんだよ」
「いいのかよ!」
「でもさ、通り道って聞いたらどうしても実験してみたくなってさ」
「意味がわからん、お前一人でやれよ」
「えー、だってせっかくなら感動を誰かと分かち合いたくて」
「おれはそんな感動を味わいたくない」
「後輩曰く、幽霊が通るのは深夜0時から2時の間なんだって」
「おい人の話を聞けよ、おれは一緒に実験しないからな。悪いが帰る」
「1万やる」
「ん?」
「一緒に実験してくれたら1万やる」
「……仕方がない」
「よっしゃ!」
そんなこんなで、おれは俊也と一緒に寝室の幽霊が通るという場所に低反発マットレスを設置した。もちろんシーツはしていない。凹み具合がよく見えるようにするためだ。
俊也の後輩が言うには、幽霊の通り道は寝室の奥、窓の際の二畳ほどのスペースで、幽霊が部屋の右側から左側に通過するらしい。
俊也が住むマンションは上から見るとL字型になっている。俊也の部屋は角部屋で寝室部分だけ少し出っ張っている。後輩曰く、その先端が幽霊の通る道に重なってしまっているそうだ。
23時55分
俊也とおれはビールとスマホを片手に寝室に陣取った。部屋の電気は悩んだ結果つけたままにした。
深夜0時
何も変化はない。
「おい俊也、何も起こらないじゃねえか」
「おかしいな。あいつ嘘つくタイプじゃないんだけどな…………あっ」
俊也が突然指をさした。
すぐにその方向を見ると、マットレスが凹みだしていた。凹んだのは一か所や二か所ではない。まるでそこを誰かがゆっくり歩いているかのように、裸足の足跡が右から左へと出てきては消えていく。
いろんな身長の人がいるのだろう。足跡は30cmぐらいの大きなものから、15cmほどの小さいものもあった。
「実験成功だ。いやー高いマットレスを買ってよかった。でも、幽霊にも足があったんだなあ」
「…………だな」
おれも俊也も、ただただマットレスの上を通過する足跡を見ながらビールを飲んだ。おれたちは飽きもせず、通過が終わる深夜2時まで見続けた。そして行進が終わったのを確認してから、そのまま寝室で寝た。いや、俊也は寝ていたが、おれは一睡もできないまま朝を迎えた。
「おはよう」
「…………おはよう。お前あんなの見た後によく眠れたな」
「え、だっておれらに何も危害はなかっただろ?」
「……そういう話か?」
「え? ちがうの?」
「…………わからん。とりあえずおれ帰るわ」
「お、おお。気をつけて帰れよ。あ、そうそうこれ」
「ん?」
「1万円、実験に付き合ってくれてありがとうな」
「……うっす」
おれは俊也から1万円をもらって家に帰った。
おれは今まで、目に見えないものを信じていなかった。見えなければ存在しないと思っていた。だってそうだろう? 見えないのだから。見えないものなんているはずないじゃないか。
しかし、そんなおれの常識があっさり壊されてしまった。冷静? いやいや、顔や態度に出ないだけで内心はパニックだ。
俊也と同じくおれも一人暮らしだ。うちは事故物件じゃないけれど、あんなものを見た後だと一人でいるとなんだか怖い。いや、すごく怖い。くそう、1万円じゃ割に合わない。本当にやめときゃ良かった。
おれも低反発のマットレスを使っている。ウルトラエアーほどいいものではないが、上から押すとると手形がつく。
うちは本当に大丈夫だろうか?
なんだか無性に心配になってきた。おれには霊感がない。だから、もし何かが家の中にいてもわからない。
考え出すとどんどん気になっていき、もう確かめずにはいられなくなった。おれは家に帰るなりベッドの上の布団をのけ、シーツを剥がしてマットレスを見た。でも、当然ながらいくら見ていても足跡なんかできず、マットレスは真っ平らなままだった。
何をしているのだろうおれは。こんな事をしても意味なんてないのに。なんだか自分が情けなくなった。
おれは無性に喉が渇いたので、ベッドをそのままにして台所に行き、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
忘れていたんだ。おれは何かを考え込んでいると、いつも余計なことばかりしてしまうことを。
忘れていたんだ。おれはそんな時に限って何かと間が悪いというか、運が悪いことを。
水を飲みながらおれはベッドの前に戻った。そして、近くにあったローテーブルに水を置いてから、ベッドを元に戻すため、床に下ろしたシーツを手に取りベッドの上を見た。
ベッドの上を見た途端、おれは動けなくなった。
誰も立っていないのに、マットレスの上に足形があったのだ。
勘弁してくれよ。足形はまるでこっちに向かって直立しているかのようについていた。
おれはどうしたらいいんだろう? 気づかないふりをしてベッドをそっと戻せばいいんだろうか? うん、気づかなかったことにしよう。それがいい、そうするしかない。
おれはそっとシーツを掛けようとした。そう、気づいていないふりをしようとしたんだ。
でも駄目だった。おれは思わず叫んでしまった。そして家を飛び出した。
だって、いきなり足形が増えて三つになったんだ。しかもよく見ると30cmぐらいの裸足の右足の足形が横一列、等間隔に並んでいた。
なあ、誰か教えてくれ。おれの家にいるのは一体何なんだよ……