唐突な依頼主
レガシア王国を出発して、夕焼けが沈み始め辺りが暗くなり始めた頃カルーナ村の2つ手前のホーヴァス村にたどり着いた。
この村は王国都市から最も近いレガシア王国の村であるため。村とはいえ、王国都市程ではないが、建物もレンガ造りのものもありそれなりに発展しているところであった。
そして、ホーヴァス村で最も高そうな宿屋にバランは迷わずに入って行く。
「クレアさん!こんな時間だけど、二部屋空いてる?」
宿屋に入るなりバランは躊躇うことなく、声をかけていく。それを見たエリアスは思う。初めて自分が宿屋に入った時のことを。
初めての経験というのは何でも恥ずかしいような思い出がつきまとうものだが、自分が宿屋に入った時はしどろもどろしてしまい、部屋のタイプも分からなければ、食事付だの、システムが分からず、部屋に入るまででも時間がかかったものだった。
「二部屋くらい空いてるよ!おっ、彼女かい?バランも男だねー。一緒の部屋じゃなくていいのかい?」
クレアさんとよばれた、恰幅のいい鼻筋が高く目も大きい、おそらく若い頃は相当モテたのではないかという、中年の女性が暖かな笑顔で答える。
「クレアさん冗談がすぎるよ。誰がこんなの彼女にするよ?」
バランの言い分に少しムッとするエリアス。
「そんなことないじゃない、可愛いらしい子!」
エリアスはクレアさんの言葉にムッとしていた顔を少し和ませる。
「あの、エリアスといいます。今日から冒険者ギルドの初仕事で、バランさんに教えてもらっています!よろしくお願いします!」
エリアスは鼻息を少し荒げながら元気に声を張った。
「おぉ!元気な子は大好きよ。今日は特別にご飯もタダで振る舞っちゃうよー!」
クレアさんは腕捲りをしながら、力こぶしを作る素振りをする。それがなんとも微笑ましく、エリアスも自然と笑みがこぼれていた。
三階の部屋で少しくつろいでから食堂へと降りる。そこには新鮮な野菜のサラダや、脂ののった肉や、玉子をふんだんに使用したオムライスなど、豪勢な食事が並んでいた。
バランも席に着いてエールをあおっていた。
エリアスもさっそくバランの前の席に座ると食事に手をつける。どの料理も美味しく終始笑顔で食事を満喫していた。
宿屋はとても賑わっていて、宿泊客だけでなく、食事だけとっている、村の住人や、エリアスと同様村に訪れていた冒険者の笑い声も響いている。
そして、夜も更けようという頃15くらいの青年が入っきた。その青年はバランを見つけるなり、近寄ってテーブルの上にドンっと手を叩きつけるように金貨を置いた。
「あんた、S級冒険者のバランだろ!?依頼をしたい。」
そう言うと青年はバランを睨むように見つめた。
「金貨、1枚足りない。S級への直接指名の依頼は金貨最低5枚だ。」
そう言われ青年は唇を少し噛んで悔しそうにしたが、おもむろに話し出す。
「妹と姉さんがさらわれた。おそらく、{魔の手}のやつらの仕業だ、そして、金貨4枚が僕の財産全てだ、家にあるもの全て売ってもこの額しかない。」
そこで青年は涙をこぼし始め、嗚咽まじりで懇願する。
「な、なぁ、頼むよ…助けてくれよぅ、たった二人の家族なんだよぉ。頼むよ、頼むよ…」
バランは黙ったまま、そして、少し間をおいてから、ただ一言
「断る。」それだけ言った。
先程までの食堂の雰囲気はどこへいったのか、気づけば全員がそのやりとりを見守っていた。
そんな中、一部の冒険者が場の雰囲気に耐えられなくなったのか、口を開いた。
「{魔の手}っていうと、殺しから窃盗、たちの悪い盗賊団だろ?」
「そうだ、しかし、その実力はA級冒険者に匹敵すると言われる。簡単には手をつけられない。」
「この国の近くに来てるって噂は流れてたな。それに前からギルドにも敵対集団として、認知されてるしな。」
その場に居合わせた者たちが各々話し始める。
エリアスは立ち上がりバランに、強めの口調で詰め寄る。
「バランさん!何故引き受けないんです!?危険な集団なら早いとこ倒しちゃいましょうよ!」
「いや、嬢ちゃん。それがなかなかできないんだよ。」
年配の冒険者が後ろから制止した。
そして、説明をしてくれる。
「もし仮にここでバランが引き受けたとしよう。しかし、それで金貨4枚で引き受けた場合ルールが破綻する。つまり依頼の金銭が変わるとゆうことは今後それが許される、ましてや、そうやって情に流されて安請けが続くと、高ランク意外の冒険者の仕事が危うくなってくる。」
「ですけど!そんなの理由にしてたら、誰も救われません!バランさんもお金だけで、救える命を見過ごすんですか!?」
エリアスは怒りが湧いてきていた。
「いいや、理由はもうひとつ。こっちがバランが断った理由だろうが、、、相手の規模が分からない。今回は殲滅できても、他の仲間がいた場合、今度は村全体、そしてバランを派遣した王国ギルドまでも敵対視する可能性がある。それを考慮したんじゃないのか?なぁ、バラン違うか?」
年配の冒険者はバランに話の軸を戻してきた。
「まぁ、な。だけど、俺が一番気にくわないのはそいつが生きてることなんだよ。なんでお前は助けに行かない?誰かに頼って助けてもらう!?悪くはねぇよ。けどな、助けたいならお前も命をかけろよ。」
バランはいい放つ。
間違いではない、十を守るための一の犠牲もS級冒険者としての立ち位置も、そして、青年に対する理屈も間違いではない、間違いではないけれど、エリアスは耐えられなかった。
エリアスは勢いよく机を叩くと怒りながら言う。
「もういいです!私が行きます!!お金もいらない!これは完全に個人的な人助けです!!」
そう言うなり部屋に戻って、装備を整えたエリアスがすぐに戻ってきた。
そのままバランに一瞥もせず青年を伴い出発した。
残された皆は、あの嬢ちゃんFランクのプレートだよな?大丈夫か?など声もあがれば、情が移った者は影でバランの悪口を言ったりしているものもいたが、皆酔いが冷めてしまったのか、次第に解散していき、バランだけが残った。
「いいのかい?行かせちまって。」
クレアさんがエリアスが出ていった方を眺めながら問いかける。そして続けて言う。
「バランはひねくれてる!だから、非難されることもある。だけど、本当のバランを知ってやつもいる。実際救われた子も数えきれない。まっ、これ以上私が言うことはないけどね。」
バランは最後に残ったエールを一気に飲み干すと部屋へ戻って行った。
●◯●◯●
青年はエリアスが出発した後も手を組んで祈っていた。
先程宿屋の食堂から連れ出された青年はエリアスに大まかな情報だけ伝えた。むしろ分かることはどの方角に行ったか、何人くらいいたのか、そして、うっすらと見えた男の腕に、黒い手と髑髏を模したタトゥーから{魔の手}の仕業ではないかという情報だけだった。
青年は優しい姉の笑顔とあどけない妹の姿を思い浮かべる。青年は木こりとして、山に出ていて、夕方帰って来るときに森の中を移動する人影と馬を見た、そして聞こえた悲鳴。その悲鳴を止めるために殴られたであろう鈍い音も、一瞬何が起こっているのか分からなかったが、隠れて見ていたそれは自分の姉と妹だったこと。
何もできなかったこと。怖くて足が動かなかったこと。
全てが悔しかった。力の無い自分も。誰かに助けを求めるしかなかったことも。
そして、バランに最後に言われた言葉も、ほんにそのとおりなのだ。
「助けるために、命をかけられない俺は…」
青年はまた、涙をこぼす。その時、誰かが後ろから声をかけてきた。
「宿屋での話を聞いて来た、お前の家族を助けてやる。金貨4枚でかまわない。」
青年は低く、しかし鋭い声に肩を震わせながらも振り向く。
そこには、漆黒のローブを見にまとい、鼻と口元も黒い布で隠している、冒険者でもなければ、人助けとゆう感じはしない。不気味な殺気だけを放つその者はおそらく、暗殺者と呼ばれる類いの者とゆうことだけはなんとなく感じた。
青年は恐る恐る金貨4枚を渡す。
「これだけしかなくて…すいません…けど、なんでもします。妹と姉さんが助かるなら!こんな、こんな弱い僕の命だって、売ってもかまわない!だから、お、お願いします…あなた様が暗殺者だとしてもかまわない。どうか、どうか…」
青年は膝を折って泣き崩れる。
「俺は暗殺者じゃない、葬儀屋だ。」
その言葉に青年は顔を上げるが、そこには、もう誰もいなかった。音もなく、漆黒のローブを身にまとった男は消えていた。