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気付けば貴女の背中を見つめています

二部~

文法めちゃくちゃ

「今日、学校は?」


 海岸沿いにある小さな小さなペンション。小波の音が微かに聞こえるここは、美絵が祖母から受け継いだものだった。そんな大きな窓いっぱいに海が見える贅沢な場所に、二人はいる。

 まだ空高く登っている太陽に海は照らされきらきらと光を反射し澄んだ青をしている。海上を飛び回る海鳥たちが獲物を狙って旋回していた。

 冷たい空気が微かなに開かれた窓から滑り込み、肌を滑った。映は心地好い冷たさに頬を緩ませて答える。


「今日の私は風邪を引いているんです」

「あらそう」


 悪戯気にそう述べる映にふふ、と笑みを零しながら微笑みを交わす。 

 今日こうして二人で会うの何度目だろうか。あの日、連絡先を交換した二人はほぼ毎日と呼べる程に連絡を取り合っていた。出逢ってから一週間後には、再びあの海で再会した。そして、会うたびに共にあの海辺を歩く。

 ここのペンションでは互いに作品を創った。映はどんな時でもカメラを手放さずに美絵の全てを映す勢いでシャッターを押す。一方、美絵は何時も大きな大きな窓の前に映を立たせて筆を取りゆっくりと丁寧にキャンパスに色をのせていった。二人とも口数少なく、度々沈黙がその場を満たすがその沈黙も心地良いものであった。






 映は海が光を反射し煌めいているのが、眩しいのか少し目を細める。2人の中に言葉はない。海の漣、鳥の囀りや風に吹かれた木々の織り成す音色。そして、美絵の筆が音を紡ぎだす。どこか心地いいメロディーに微睡んでいる映は、横目で美絵を見た。例え絵を描いていてもご飯を食べていても美絵の背は何時でもしゃんと伸びている。


「きれい」


 いつ見ても美しいその背に映はぽそりと言葉が零れ落ちるが、作品に集中している美絵は気づいた様子はない。ほっと息を漏らすと今はモデルでいることに集中する。

 わざとらしいポーズはない、ただ窓の前に立っているだけ。時折、すぐ横に置かれている椅子に座り休憩を折り込みながらも創作作業は続く。迷いなく注がれる美絵の視線をめいいっぱい浴びて、映は確かに喜びを感じていた。そうし続けて、どれほどの時間が経ったのだろうか。映の耳に不協和音が混じり込む。ぼうっとしていた意識を戻すと、美絵が椅子から立ち上がっていた。


「...美絵さん」

「ごめんなさい、もう正午を過ぎてるわね。一度、昼食にしましょう」

「はい」


 ちらりと見た時計の短針は既に十五度を表していた。






 芳しい香りが部屋を包み込む頃には、カウンターテーブルに二枚のプレートが並んでいた。簡単な料理だがとてもおいしそうだ。映の料理を食べるのはこれが初めてではない。こうして会う時は、いつも彼女が作ってくれる。どんな料理も、彼女の優しさが染み込んでいるのを美絵は知っていた。美絵がふっと目を細め、映に笑い掛けると少し恥ずかしそうに目線をずらされた。


「いつもありがとう、映ちゃん」

「いえ、そんな大したものではないので」


 二人揃って席に着くと手を合わせて食べ始めるとそっと、映は美絵を横目で盗み見る。凛と伸びた背や器へそっと寄せられた右手は指先までも美しい。左手で持たれたフォークによって音もなくパスタが巻かれていく。大きすぎず小さすぎずに開かれた口にそれが運ばれていく姿は、とても気品が溢れ美しかった。きっと育ちが良いのだろう。

  映は思わずほぅと口から感嘆の声が漏れたことに気付き慌てて目線を自分の器に移したが、遅かったようだ。耳にくつくつと笑声が入り込んでくる。耳を真っ赤にしながら、映は余り手が付けられていないパスタを見て少しいたたまれなくなっていた。


「本当に、映ちゃんは可愛いわね」

「…やめてください」

「そんな真っ赤なお顔で言ってももっと可愛いだけよ」

「美絵さんって意外と意地悪」


 ちらりとむくれた顔で美絵を見る。真っ赤な顔をする映を見つめる美絵の瞳はとても優しく、もとより赤くなっていた頬をより赤くした。真っ赤な頬は熟した果実のようでとても愛おしい。映は美絵の優しい眼差しに甘さが含まれたのに気付き恍惚ともいえるような甘い暖かさが胸の内を覆う。

 美絵はそっとフォークを置き、その手を隣に並ぶ映の頬に添えた。びくりと震えたその様子が子猫のようで、また口からくつりと声が漏れた。その声に、映が顔を上げて美絵を睨むがまだ赤面のその顔では全く怖くはない。寧ろ、子猫が一生懸命威嚇しているようでとても可愛らしく、またまた笑い声が漏れていく。

 頬に置いた手を動かし、そっとその黒髪を撫でてやるとたちまち落ち着く映が愛おしい。こちらを睨んでいた目は緩やかに閉じられ、僅かな力でこちらに頭を押し付けている。美絵はふっと微笑みながら口を開く。


「そろそろ、言葉としてきちんと伝えたいことがあるの」

「はい」

「きっと、貴女は気付いているわね」

「はい」

「小鳥遊 映さん、貴女のことが好きです。私とお付き合いしてください」


 お互い目は離さなかった。少し緊張した面持ちの美絵に映は両の瞳からぽろぽろと溢れる涙には知らんぷりをして、目の前にある唇に優しく触れるような口づけを落とした。


「私も貴女のことが好きです。大好きです」






「夜の眺めもきれいでしょう」

「本当に、綺麗」

がきらきらしてるわね」

「だって、本当に綺麗なんですもん」


 大きな窓の傍で大きなブランケットに包まって二人は座っていた。あの告白の後、二人はお互いを求め合う熱い口づけを繰り返した。気付けば暗くなっていた外に額を突き合わせてくすりくすりと笑い合った。大好きという気持ちが溢れて止まないのが何だか面白かった。

 暫くすると、窓の前で待っていてと一度そばを離れた美絵がブランケットとマグカップを持ってきて窓の前に座る映の隣に腰掛けた。美絵はマグカップを二つとも映に渡すと腕にかけていたブランケットを広げ自身と映を覆い包んだ。

 二人頭を寄せ合い目の前の風景を眺める。明るい時とは違い真っ暗な水面からは何も見えない。暗闇が只管続く海は恐怖さえ感じさせる。しかし、曇天から除く微かに歪んだ丸い光源が柔らかく海面を照らす様は、儚く美しい。月光により照らされた周囲は淡くベールが掛かっているかのようだ。海面が風に撫でられゆらりゆらりと揺れるたび、控えめに輝く。


「本当はね、私告白するつもりなんてなかったの」

「…知っています」

「私は女で、映ちゃんも女。お互い傷付くことが必ずあるわ」


 映は、先程秋も終わるこの時期に暖房が入っていても窓際に薄着では風邪を引くわと大きなブランケットを広げて楽しそうに笑う美絵を思い出してくすりと笑った。普段は大人の余裕を感じさせるような淑女の彼女の持つ、無邪気な少女の様な一面が可愛らしい。隣に座りながら景色を眺める美絵を横目で眺めると、手に持っていた紅茶を一口飲んだ。口の中に広がる花の香りに自然と体から力が抜けた。おいしい。なんという茶葉だったかと映がじっとコップを覗いていると、隣からレディグレイよと声が掛かる。レディグレイ、覚えておこうと映が考えていると、その様子を見ていた美絵がふっと目を細めてそんな言葉を落としていく。

 互いに両想いだとは解っていた。その上で、会う時には一定のラインを超えないようにと。それが暗黙の了解だった。だけれども、今日、美絵がその一線を越えようとした。そして、映はそれを受け入れた。ただそれだけの事。

 同性同士の恋愛が周囲からどのように思われるか。昔に比べ多種多様性が認められるようになったけれども。それでも、きっと心のない言葉を浴びせる人はいるだろう。美絵も映も大人の庇護を必要とするほどに子供ではない。正しくどの様に思われるか理解していた。


「私は、それでも、きっと、貴女のことしか映せない」


「でも、それは、貴女もでしょう」


 どんなに傷ついてもその気持ちは変わらないと、力強く隣に座る美絵を見つめる。たった一度の出逢いで自分は変わってしまった。映ははっきりと自分の変化に気付き受け入れている。後悔はない、あるの温かく充満した心だけ。そしてそれは美絵も同じ。二人とも驚くほどにお互いが好き合っていることを理解している。美絵はそっと映に顔を近づける。尚もじっとこちらを見つめてくる映に、同意を示すようにその首へと口づけを落とした。






「今日、泊っていかない?明日は土曜日だから学校もないでしょう」


 少し不安げに此方を窺いながら尋ねる美絵にくすりと笑いが漏れた。普段は年上の余裕からか此方を揶揄ってばかりの美絵の子犬の様な表情に、少し悪戯心が芽生える。映はううん、と態と勿体ぶる様に唸りながらいかにも悩んでいますという表情を浮かべた。


「どうしようかな」

「ねぇ、映ちゃん。お願い」


 本当の子犬の様に瞳を閏わせる。流石に、少し可愛そうかと映は苦笑を浮かべながら美絵の頬を指の腹で撫でた。


「ごめんなさい。いつも美絵さんが私のことを揶揄うのでそのお返しです」

「じゃあ、泊ってくれるのね」

「ご迷惑でなければ、宜しくお願いします」

「迷惑なわけないでしょう。ありがとう。嬉しいわ」


 映はまるで少女の様に綻んだ笑みを浮かべた美絵に微笑み返した。それにしても、意外と甘えたがりな美絵にそういえば末っ子だったと思い出す。別居している妹弟がいる映は下の存在に弱い。何だかんだ言いながら美絵を甘やかす未来が見えて何だか少し可笑しな気持ちになる。再び、くすりと笑えば美絵が映を訝しげにみた。あぁ、幸せだなぁ。






「親御さんに連絡は…」

「今は出張で居ないので大丈夫です」

「そうだとしても、一度くらい連絡を入れたほうがいわ。何かがあった時に大変よ」

「…そうですね。LINEでもしておきます」

「その間に、寝室の準備をしてくるわね」


 そう言って寝室に向かった美絵を見送ると徐に立ち上がる。映はカウンターテーブルの傍に置かれた鞄の中から画面が真っ暗なスマートフォンを取り出した。じっとその画面を見つめたままサイドのボタンをボタンを押すと、直ぐに立ち上がったスマートフォンの放つ光が映の顔を照らす。

 先程までの満たされた心に隙間風が吹くような、そんな気がした。






 ベットサイドに置かれた電燈が部屋を橙色に染め上げる。互いに抱きしめ合い触れた肌の体温が心地良い。


「なんだか夢みたいです。明日目が覚めれば今日のことは無くなりそうで怖い」

「それなら、私は明日も明後日もこれからずっと貴女に想いを告げましょう」


 柔く髪を梳きながらそう言った美絵の腹部に顔を埋め映は瞳を閉じる。自身の頭を包むぬくもりを心地良く感じながら意識が遠のいていった。


 映は二台の携帯から鳴るアラームの音で目覚める。カーテンの隙間からは朝日が差し込み、空に浮かぶ埃がきらきら輝いていた。ぼんやり布団の温もりに微睡んでいた映は、隣から聞こえる忍び笑いに釣られ笑いながら視線を流す。


「今日みたいな日ぐらい、鳥の囀りで目を覚ましたかったわね」

「案外、現実はこんなものなんですね」


 悪戯っ子の様に笑う美絵に笑い返しながらも、映は呟くように告げた。


「あら、映ちゃんはこんな現実はお嫌い?」

「いいえ、こんな現実には貴女がいるでしょう」


 返事は無い。しかし、静かな笑みを浮かべ、そっと額に口付けを落とす。

「愛しているわ」


 美絵の瞳がどろりと溶ける。目は口程に物を言うとは言うけれど。にしては分かりやすいその瞳に映が赤面したまま固まっていると、美絵がさらりとその頭を撫で朝食の準備をしに行った。

 一人残された映は、目の当たりにした飴を煮詰めたかのような甘い視線と昨晩の会話を思い出し思わず枕に顔を埋める。


 あぁ。なんて 


「恥ずかしい人」

(愛おしい人)


 そう言いながらも口角は確かに上がっていた。



この小説は時間かかっても終わらせる

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