表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

出逢い

※頭から心中の描写があります。

 目に焼き付いた光景は今でも瞼の裏にある。髪を交じわせ、お互いの吐息がかかるほど近付いた身体はそのままー


 ー続いてのニュースです。○○○の沿岸沿いで2名の女性の遺体が見つかりました。



 聞き覚えのある海岸、テレビに映し出された二人の女性を僕は知っていた。何気ない朝の事だった。






 酷く印象深かった。髪と髪を交じわせ、お互いの吐息がかかるほど近付いた身体。

 心を許す友人にしては、距離が近いように感じた。何より彼女たちのお互いを見る瞳は熱い感情により揺らめいて、僕はそれを見て二人の関係を察した。そして、この後起こることにも気付いてしまった。女と女。どれ程の苦労があったのだろうか。嫌悪感なんてものは全く湧かず、ただ何処か神聖なものを見るかの様な、そんな気持ちでいた。


 僕は、彼女たちを、少し、知っていた。


 とある沿岸に沿うようにある、小高い岩山(いわやま)。近所と呼ぶには遠く、遠方と呼ぶには余りにも近いそんな所に、僕は週に一度ドライブにきている。この沿岸は知る人ぞ知る名所で滅多に人が来ない上に、周囲には自然しかなく景色を遮るものは何も無い。夕方は海面が朱色に輝く美しい光景を独り占め出来る絶好の場所だった。そこに度々彼女たちもやってきて、二人は談笑しながら波の形に沿って歩く。普段の彼女たちはあくまでも友達の距離で、あの日の二人を見るまでその関係に気付かなかった。


 あの日は丁度夕方で海は沈みゆく太陽を呑み込んでいた。あの二人を見つけたのは、車を停めて付近を歩いていた時。何気なく何時もより遠くの場所まで足を運んでいた僕は、ふと目先にある崖の影に人影を見た。揺らめく影につられ、少し扇いだ僕はそこで淡い光を纏う二人を見つけた。


 二人は顔を寄せ合いひとつふたつと口付けを落とした。惜しげに顔を離し、手を強く強く握った。見つめ合った瞳はお互い潤み、今でも流れ落ちそうな涙が目尻で留まった。彼女たちは笑っていた。心の底から幸せそうに、微笑み合っていた。バッドエンドやメリーバッドエンドなんて物語の結末は分けられるけれども、これは正真正銘のハッピーエンド。そう感じた。二人はもう一度、今度は先程より柔らかな口付けをした。そして、見つめ合い溶け合った瞳はそのまま二人の体が海へ投げ出される。



 高く上がる水飛沫の音が耳に響いた。










 恋はするものではなくて、落ちるものとはよく言うけれど、まさか自分が体験するとは思わなかった。というのもよく見たり聞いたりするけれど、実際そんなものだと気付いたのは少し特別だったあの日。




  (あきら)は周囲の騒音を遮断するかの如く大音量の音楽をイアホンに流す。サラリーマンにOL、学生と早朝であるにも関わらず忙しなく蠢く駅構内。視界を横切る通行人を眺めながら、自身も足を早めた。


  今日から期末試験だ。



「映、おはよう。勉強どう?」

「おはよう。私は、うん、まぁまぁかな。(みどり)は?」


  まだ殆ど人がいない朝の教室に入るなり映へ掛けられた声は心做しか疲れていた。実際に声を掛けた本人を見れば、徹夜でもしたのだろう。目の下に薄らと隈が出来ていた。友人の疲れきった様子に苦笑を浮かべながら、自分の席に鞄を置いて中から教科書と赤い下敷きを取りした。翠も映もお互いに視線を教科書から離さず、会話を続けた。


「全然駄目」

「翠は根っからの理数系だからね。」

「昨日分からなかった所があって、解こうとしたら気付けば朝。もう無理。しぬ。あきら、たすけて」


 本日の試験は現代文と英語、立ちはだかる苦手分野の前に翠は凄く頑張った。夜な夜な頑張ったが、どう頑張ろうとも全く理解が出来ない問題の前に結局は平伏せた。もう無理だと。

 そうして、気付けば窓から朝日が差込み、時計の針は学校の準備をしなければならない時間を指していた。


 ホラー映画のゾンビがまさに画面から出てくるかの様に這い寄り腰に抱きついてきた友人に若干の恐怖を感じつつ、落ち着かせるように頭を撫でてやる。ちらりと、こちらを見つめる翠の目の血走り方が本格的に怖い。毎度毎度、同じやり取りをしているが、友人のこの切羽詰まった表情には中々慣れることが出来ない。映は頬に浮かべた笑顔が引き攣るのを感じながらも何とか次の言葉を口にした。


「どこが分からなかったの?教えてあげるから、見せて」

「神様!」


 こういう素直な所はとても好きだと、映は途端に顔を輝かせる翠を見てそう思った。翠の分かりやすく快活な性格はコロコロと代わる表情は見ていて飽きないし、こういった単純な反応は好ましく感じる。

 ただ、祖母の家で飼っている犬を連想させることは秘密だ。






「自信は?」

「ない!」


 終わった!と試験終了するなり満面の笑みを浮かべて映の席までやってきた翠は、きっぱりとは自信が無いと述べた。その様子に、映は本日何度目かの苦笑を浮かべる。

 頭が悪い訳では無い。しかし、生粋の理数系の彼女はどうも文系教科はからっきしなようで。何時も見せられる平均より少し下の点数が書かれた試験用紙を思い浮かべた。


「私、真衣(まい)達とカラオケ行くけど。映はどうする?」

「私はいいよ、もう予定があるんだ」

「そっか。じゃあ、また明日!ばいばい」

「ばいばい」


  明日は数学Ⅱと物理の二教科。翠の得意分野だからだろうか。先程の千詰まった表情は身を潜め、余裕そうな空気を感じる。また、実際に翠は高得点を獲ることも映るは知っていた。

 試験期間は試験終了し次第生徒たちは帰宅する。学校側としては自宅学習を想定しているだろうが、実際は気分転換にと友人と遊ぶ予定を立てている生徒がチラホラ見受けられる。映もその生徒のうちの一人、既に午後の予定は決まっていた。勿論、試験勉強以外で。






 今朝も通った改札口、ひとつ違うのは向かう先だろうか。映は自宅がある方向とは真逆の方向へと歩みを進めていた。普段ならまだ昼前の時刻に制服を着ていれば浮いただろうが、この時期は多くの学校が期末試験がありあちらこちらと見える学生の姿に通行人からの変な視線を送られることは無い。


 何度か乗り換えを繰り返し、映が降りた駅には人ひとりいない無人駅。その代わりか、風は潮の香りを運び込む。映は香りとともに微かに聞こえる波の音に耳を澄ませた。人が少なく海が近いこの町を見つけたのは偶然だった。

 海風で髪を靡かせ線路に沿って歩きながら、鼓膜を海鳥の鳴き声で震わせるのが心地いい。

 首にかけたカメラを一度柔く撫でて、ひたすら海を目指す。途中潮と年季でさびれている駄菓子屋さんで買った棒アイスを齧りながら、映は空を自由に飛ぶ鳥たちを数えた。特に意味など無かった。


「...1,2,3,4,5...あー、あそこにもいる。6,7,8...」


 何気なく数え終えた映の目の前には青い海が太陽の光を反射して煌めいていた。とっくに食べ終わったアイスの棒を口に咥えながら、靴と靴下を脱ぐ。鞄の中に入っていたコンビニの袋にアイスの棒と共に靴と靴下も突っ込んだ。一瞬汚いと思ったがまぁいいか、と潔く諦めて砂を踏みしめる。


「冷た」


 海を少し離れたその位置で一度写真を撮ってから思いっ切り海まで走った。何度かスカートが捲れそうになるが、どうせ人は居ないしいいだろうと映は気にする素振りもせずに動き回る。

 満ち引きで流され広い海に戻っていく波の端に足を付けた。想像以上の冷たさが足から体温を奪っていく。映はそれでも海から出ずにそのまま波の形をなぞるように歩き始めた。歩きながら足元を眺めると、足の上を砂や小さな貝殻が通り過ぎていく。

 キラキラと通り過ぎる其れ等に見惚れて、カメラを構える。足の上を通り過ぎる小さなお宝たちや海の上を飛び回る鳥、空と海の境界線。周囲を囲うように聳え立つ木々は瑞々しく風に吹かれて揺れている。時折、大きな波がやって来ては映を海へ引きずり込もうとするが、そんな事には気を留めずにひたすらにこの世界を撮り続けた。


 砂とともに動いているような感覚を感じながら、撮影がひと段落した映はふと顔を上げた。先程まで誰も居なかった砂浜に人影が見える。白色の何かが風に吹かれて靡く様子が見えた。暫く人影を眺めていると、相手方も気付いたのかこちらに足を進めてきていた。

 流石に凝視してしまったかと自身の不躾を反省しながら、映は相手の動向を眺めた。


「こんにちは」


 ゆっくりとこちらへやってきた彼女はただそれだけ告げて映の瞳に映りこんだ。玉を転がすような声とは彼女の声のことを言うのだろう。そう考えながら、在り来りの挨拶を向けられた映は声を主を見つめる。

 とても、美しい人だった。濡れ羽色の長い髪と白いガウンが風に吹かれ揺れるその様子が脳裏に焼き付くようだ。この美しい人を撮りたい、と自身の欲が何処からか湧き上がるのを映は感じる。じくじくとした熱が胸で蟠った。


 目の前の美に魅入って思い耽っていたが、彼女が小首を傾げたのが目に入り我に返った。反応を返さなければ。声を掛けられたが知り合いだろうか。しかし、全く記憶にない。なんと答えようか。映は呆然としながら思考を巡らした。


「こんにちは」


 散々迷った末。

 ただそれだけ、同じものを返した。






 波打ち際を二人で歩いていた。


 ― 桑原くわはら 美絵みえ


 あの後、この彼女はそう名乗ると映の隣に並んだ。

 そうして、言葉を交わすことなく隣同士で歩く。友達ともいえない距離で爽やかにさざめく海を二人は無表情といえるような顔で歩いていた。傍から見たらなんと奇妙な事か。

 映は隣でふらふらと楽しげに揺れながら歩く美絵を髪の隙間からチラリと盗み見る。健康的な肌には、風と共に飛んできた水飛沫と汗によって微かに水気を含んだ髪の毛が張り付いている。横から見える顔は整然としていて、瞬くたびに睫毛が頬に影を落としていた。


 全く喋らないでいるのに沈黙を感じないのは、周囲の自然の音のおかげだろう。静かでいる二人の周りは音で溢れかえっていた。


「あの」

「ねぇ」


 いい加減に何か喋ろうかと出した声が重なった。思わずお互い顔を見合わせて瞬く。自然と二人の歩みが止まり、足に波が押し寄せる。冷たい海の水が足にぶつかり水飛沫が膝にまで掛かるが、それには気にも掛けずに二人は愉快気に微笑んだ。美絵が目線で映に先を促すと、少し困ったような顔をして映は口を開いた。


「大したことではないのだけれど、一つお願いがあって」

「お願い」

「そう、お願いです」

「ねぇ、そのお願いってなあに?」


 首を傾げ下から映を覗き込んだ美絵は、そう言って笑った。美絵が動く度、無意識に目が彼女を追う。一挙一動に惑わされるとはこの事か。彼女の上がった口角を見つめながら映は思った。映は美絵の睫毛が上下に動くさまを見つめながら口を開く。


「被写体になってほしくて」

「被写体に?」

「はい、次の写真コンクールに出す写真の」

「そう。私もね、お願いがあるの」

「なんですか」

「モデルになってほしいの。私の描く絵の」


 思ってもみなかった美絵の返しに思わず映はかすかに口を開けて固まる。端正だが冷たい印象を持たれる顔立ちをした映のぽかんとした顔が可愛らしくて、美絵ふふっと優しげに笑った。そんな美絵に映は目尻を赤く染め、目線をずらす。それでも、居心地は悪くなくて。再び顔を合わせて空気に振動を伝える。


「お揃いですね」


 映は自身の口の端が微かに上がっているのを何処か可笑しく感じながら、そう一言述べて美絵の反応をじっと待つ。

 美絵は少し目を見開くと、そのまま柔く微笑んだ。


「そうね」


 そう呟きを落とし、美絵は映の手を握った。お互い潮風と共に飛ばされた飛沫によってか、手は湿っていた。言葉は要らない。見つめ合えば何故か分かった。




 嗚呼、私に恋に落ちた



 お互いに恋に落ちて恋に落とした。胸を焦がす甘い想いは、なんと愉快なこと。お互いの目に映る恋情と愉悦に笑いが止まらなかった。




 こんにちはで落ちる恋。









 朝のホームルーム前の教室は何時も騒然としている。あちらこちらで仲の良い者同士が集まっていた。後ろのドアから入ってきた映はそんな様子を横目に席に着く。

 いつも通りの朝、特別変わらないクラスメイト。変わったのは自分。一週間前の美絵との浅瀬が忘れられない。恋をすると世界が鮮やかになるというのは本当だったのか。ぼんやりと映はそんな事を頭の中で考える。


「映、聞いてる?」

「うん、翠の彼氏が猫を飼い始めたって話でしょ」

「何だー、ちゃんと聞いてるじゃん。そうならそうと、反応してよー」


 ごめんと謝りながら笑みを浮かべる映を前の席に座る翠は怪訝そうに眺める。普段の映はこちらの一方的などうでもいい話に対して、苦笑いであるが反応を返してくれる。しかし、この頃様子が可笑しい。話はしっかりと聞いている。が、何処か上の空なのだ。大きな猫目を細めて空ばかりみている。翠はきつく見える容姿と性格を持つせいで冷たいと思われがちな友人が大好きだ。何故なら、本当はとっても優しく誰よりも綺麗な世界を持つ子だと知っているから。だから、最近の映が心配だった。


「ねぇ、何かあったの」


 この問いかけは何度目だろうか。少なくとも片手の指の数ほどは繰り返している。何度問いかけても答えは返ってこない。返ってくるのは曖昧な笑みだけ。それは、何かがあったと肯定しているようなもので、翠は静かに瞼を落とした。


 もう既に何かがあったのなら、せめてこの不器用で優しい友人が悲しまないことを願って。


結構気に入っている作品なので、続きを書きたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ