初めて見回りで会った少年
18歳、高校3年の二ノ宮綾と、
13歳。中1の相沢翔太は心の匂いがわかる”心匂”の持ち主。
二人は、他の能力者達を精神的に助けるために近所を見回りに行った。そこで出会った少年は……?
「ほら、あそこ」
隣町に来た翔太たちは、喧騒とは遠く離れた住宅街。
工事は、小さな店の2階のベランダに看板を付けている。
その場所の下で立ち止まる翔太。
「なに? 」
「あの小さな男の子、何かに脅えてる」
「能力者? 」
「多分……」
綾は、物音に気を取られて上を見る。
「あ! 危ない! 」
「わっ! 」
重い、看板という名の悪魔が落ちてきた。
翔太は身構えるだけで動けない。
綾はとっさに翔太を押し倒して助けようとするが、飛び込んだ距離が短く脚が下敷きになるかもしれないと思った。
(あ〜あ、やっちゃったかな? )
「あ……れ? 」
綾は驚きの声をあげる。下敷きになってない。
「お姉ちゃん、あの子! 」
綾は、さっきの少年を見ると、走って逃げていく。
「あの子、さっき僕たちの飛び込む距離を伸ばしてくれた! 追って! 」
「わかった」
男の子は、嫌われる恐怖から逃げる。
しかし、子供の足だから綾に追いつかれた。
「待って」
男の子は恐怖に駆られ、つまずきそうになるところを、綾は手を握り助けた。
もし、時間の流れを操れるなら、とっくに隠れてるはず。
しかし、走る時に違和感や風景の流れはなかった。
ならば、力を使えないか、使いたくないか、だ。
綾は警戒されないように微笑んで言った。
「助けてくれてありがとう。なんか、お礼したいな」
男の子は、少しおっかなびっくりしながらも、抵抗を止める。
「私、綾。二ノ宮綾。君は?」
「え……? 偶然? 僕、二ノ宮健悟」
今度は綾がびっくりする。
「偶然だね! なんか嬉しいな」
「嬉しい? 」
「うん! 仲間って感じするでしょ? 」
綾は後ろ手に手を組んで小躍りする。
しかし健悟は、うつむく。
「僕、能力者だよ。物質浮遊の……怖くないの? 」
綾は健悟の顔を覗いて笑う
「私は今、とっても嬉しいよ! 新しい友達できそうで! 」
健悟は目を見開く。
「友達? 僕が? 」
「うん! 」
綾が満面の笑みを浮かべると、健悟はポロポロ涙を流す。。。
二人の間に風が吹く。
綾は何も言わず、健悟を抱きしめる。
「綾さん……僕……僕……」
「うん……」
「こんな力いらなくて……」
「うん……」
「何も悪いことしてないのに、怖がられて……」
「うん……」
「僕、いらない子なのかな?って思ってたけど、綾さんのこと助けられて良かった」
「うん、ありがとう」
「綾さんも、ありがとう」
「ん? 」
「綾さんにも、助けられた。ホントはね、そろそろ終わりにしようかなって思ってた」
「終わり? 」
「そう、終わり」
終わり。のどに絡みつくような言葉。それは、恐ろしい想像だ。そう、想像のハズだ。笑って聞こう。なんのことか、笑って聞こう。
「終わりって……」
次の言葉が出ない。のどの奥にへばりついて離れない。
「シヌッテコト」
シヌ……死ぬってこと?
空気が、重い。呼吸するたび、重い空気が肺に入り、吐き出せない。コワイ……怖い……
「怖いの? 」
聞き慣れた声に振り向く。翔太だ。
「誰? 」
健悟は怪訝そうに突然の来訪者を見やる。
と、同時に綾にしがみつく手を離し、綾を強く突き飛ばす。
「やっぱり怖いの? 」
「違っ……翔太のバカ! 健悟に誤解されたじゃん! 」
「誤解? 」
健悟と翔太は、ハモった。
「違うよ! 私は死なれたら……って思ったら怖くて」
綾は目を回して弁解する。
もはや一瞬のミスも許されぬF1選手のような大量の汗とドーパミン放出。見ていて面白い。
「ふふっ……。ありがと、綾さん」
健悟は、胸に手を置いて目に涙を浮かべる。
「僕、相沢翔太。君は? 」
翔太は健悟に手を差し出し問う。
「二ノ宮健悟。綾さんとお揃い」
健悟は、泣き笑いに変わって手を握り返す。
「泣いてやんの」
翔太はからかったつもりのようだが、綾は本当に翔太の頭をどついた。
「バカ」
「痛て! 」
「子供の前だと、子供に戻るのね」
綾は、的確な指摘をしたらしく、翔太はばつが悪そうに答えた。
「僕の能力、心匂は人の心の匂いを感じとる。相手が子供の匂いだと、子供に戻るんだ。能力者の精神年齢は高いから、普段は大人なんだよ。な? 」
翔太は健悟にウィンクする。同意を求めるポーズらしい。
「うん……大人に嫌われて勉強に力入れたり、運動したり、極端ではあるよ」
綾は小首を傾げる。
「大人に嫌われるとなんで勉強するの? 反抗なら、しなきゃいいじゃん」
翔太はわざとらしくバカにした空気を吐く。
「大人に好かれたいんだよ。お姉ちゃんも小学生の頃、100点のテスト親に見せたでしょ? 」
「そっか……私勉強しないからわかんない」
「ふふっ」
健悟は、突然吹き出した。
「あ! 今、私をバカにしたでしょ」
「だって実際バカじゃん。健悟が笑っても無理ないよ。スマイル無料ならぬ、バカ無料って感じ」
「アハハッ!ごめん、綾さんが……というより、二人が漫才師みたいで」
お腹を抱えて笑う健悟。
それを見てブーとする翔太と綾。二人は夜まで話した。
再会を誓った翔太たちは、危うく数少ない終電のバスに乗り、各々の街へと帰った。
運命の歯車は、今回り始めたばかりだ。