作戦
前話までのあらすじ――
大学2年生の俺(浦野淳平)の自宅に突然現れた見知らぬ女、黒水美登里が舞い込んでくる。
黒水美登里が『純子であった』記憶をたどり、彼女の独白が始まる。
3ヶ月前の出来事――池田は言葉巧みに純子を遊園地に誘い出す。
純子は『24番目の観覧車』に池田と二人で乗り、黒水美登里の身体と入れ替わったという。
目の前の女の正体が純子と理解した俺は、あふれる感情を抑えきれずに彼女と結ばれるのであった。
これは純子との行為なのだ。浮気ではない。
しかし、俺は不覚にも黒水美登里との初めての体験を楽しんでいたのかもしれない。
不倫や浮気のたまらなくどきどきするという感覚とはこういうものなのだろうか。
一息ついた俺はソファベッドに寝そべりながら、ぼんやり天井を見上げている。純子は俺の胸にあごを乗せ、幸せそうな顔で俺を見てくる。
俺は純子の頭を優しくなでる。黒水美登里のストレートの黒髪は、よく手入れをされていてさらさらして気持ちがよかった。
やがて、純子は話の続きを始める――
倉木との不倫関係はやがて終わりを告げることなる。妻に浮気がばれたのだ。
倉木は他支店への転属となり、倉木と黒水美登里との関係は終わりを告げた。
純子はその別れが『契約』に違反していないかどうかが不安であった。あの暗闇に戻され、二度とこの世界に戻ってこれないのではないかと……
しかし、その純子の心配は杞憂であった。
彼女は晴れて自由の身となったのだ。
それからというもの、純子は俺のところへ何度も足を運んだという。
しかし、いざ俺の姿を見ると足がすくんで動けなくなった。変わり果てた自分の姿を俺に晒すことが不安だったのだろう。
そんなある日、彼女に転機が訪れる。それは今から2週間前のことだった。
彼女が勤めるショップに池田哲広と二瓶純子が仲良く手をつないでやってきたのだ。自分の体を乗っ取った女が、自分を『24番目の観覧車』の罠にかけた男といちゃついている。自分の身体を使って……。その姿を見て彼女は激しく動揺し、やがて憎悪の感情がこみ上げてくる。
――どうにかして自分の身体を取り戻したい――
彼女がそう考えるのも道理であった。
池田はスマートフォンの機種変更のために来店していた。純子はその対応中にある作戦を思いついたという。
知り合いの動画配信サイトの制作者が若いカップルのモデルを探しているから出演してみないかともちかけたのだ。
すると『純子』は気乗りではなかったものの、池田はその話に飛びついた。この機会に有名人の仲間入りにとでも思ったのだろうか。
そこからの純子の行動は早かった。
動画配信者に手当たり次第に連絡を取り『24番目の観覧車』の検証動画の制作をもちかけた。するとすぐに興味を示した動画配信者が現れたという。さらには廃園後の裏野ドリームランドは次の事業計画が固まるまでの当面の間はテレビ撮影用に施設の貸し出しを行っているということも分かり、打ち合わせはとんとん拍子に進んでいったという。
彼女の考えた計画は次の通りだ。
・14時、裏野ドリームランドにて動画撮影スタッフとの事前の待ち合わせ。
・15時、出演者の池田と『純子』と顔合わせ及び打ち合わせ。
・16時、撮影開始。二人を乗せたゴンドラが動き出す。
・ドアを閉める直前、俺と純子もゴンドラへ乗り込む。
・後は野となれ山となれ……うまくすれば純子と『純子』が入れ替わることができるかもしれない。そんな無鉄砲な計画――
「ちょ、ちょっと待って! そんなに都合よく入れ替わりとかできるものなのか?」
「うーん、それは分からないけれど……やってみる価値はあると思うの!」
純子は上体を起こして、右手の拳を握ってみせた。
25歳の黒水美登里の姿で可愛らしいポーズをとる彼女に少々の違和感を感じた俺は、何とかして元の身体に戻してやりたいという気持ちが高まってきた。
「分かった。じゃあ、俺は何をすればいい? 何でもするから言ってくれ!」
「淳君ありがとうー! じゃあ…………」
純子から俺のなすべきことについて説明を聞いている最中、俺の心の中にもう一つの違和感を感じさせるものがつっかえていた――
その日から俺と純子は作戦実行に向けて動き出す。
俺は純子の指示に従って、久しぶりにテニスサークルに顔を出し、池田に接触する。池田は突然の俺の登場に戸惑っていたが、奴と『純子』との間を邪魔するつもりはないことを伝えるとほっとした表情を浮かべた。
本物の純子は黒水美登里の中にいるんだ。この俺が偽物の『純子』に未練を感じる道理はない。
俺は池田と『純子』が出演する予定の動画撮影会にスタッフとして同行することを伝えた。池田は訝しげな表情になった。その様子を見た俺は、心につかえていた違和感の正体を突き止めた。
どうして池田は『24番目の観覧車』の動画撮影の話に乗ってきたのだろう?
こいつは、俺の純子を欺いて観覧車に乗せ、俺と純子から『純子の体』を奪った張本人だ。池田にとって『24番目の観覧車』はいわば黒歴史のはず。それなのに今回の撮影話に乗ってきたのはどういうことなんだろう……
若干の不安を残しつつ、作戦当日の夜がやってきた――




