契約
前話までのあらすじ――
大学2年生の俺(浦野淳平)の自宅に突然現れた見知らぬ女、黒水美登里が舞い込んでくる。
彼女は自分のことを俺の元カノの純子だと言い張る。
俺と純子とは既に3ヶ月前に別れている。
同じサークル仲間のイケメン野郎・池田と付き合うからと一方的にフラれたのだ。
黒水美登里が『純子であった』記憶をたどり、彼女の独白が始まる。
3ヶ月前の出来事――池田は言葉巧みに純子を遊園地に誘い出す。
純子は『24番目の観覧車』に池田と二人で乗り込んでしまう。
観覧車が最高点に達したとき、純子の意識が遠のき、彼女の身体は何者かに乗っ取られ、暗闇に吸い込まれていく。暗闇の中から脱出する唯一の方法。それは別の女性の体と乗っ取ること。
それを知った純子は中年男性と乗り込んできた別の女性の身体に入り込んでいった。
女性の名前は黒水美登里、25歳独身、大手携帯電話会社の社員。
相手の男性は倉木敏夫、42歳既婚。同じ営業所に勤める営業課長。
倉木は黒水美登里に対して恋愛感情を抱いている。つまりは不倫対象として黒水美登里にモーションをかけている――一連の情報が黒水美登里の記憶から純子に流れ込んできて、純子はすべてを察する。
「そちらへ移動してもよろしいですか?」
純子は黒水の唇を動かしそう言った。心の中で黒水本人に謝罪する。しかしもう後戻りはできない。
「ああ、もちろん。おいで美登里……」
黒縁めがねをかけ、整髪料のにおいをぷんぷんさせた中年男、倉木が答えた。
歯並びが悪く、笑い顔にさわやかさのかけらもない、そんな男の胸に純子は顔を埋める。そして、潤んだ瞳で倉木を見上げる。
二人は唇を重ね、倉木は黒水美登里の身体を力強く抱きしめた。
互いに求め合う身体と身体。
そうしているうちに、純子の心は絶頂を迎える――
その瞬間、純子の脳裏に何かのお告げか警告のような言葉が浮かんできた。
今、この瞬間から自分は黒水美登里として生きていかなければならないこと。
これまでの人生は前世の記憶として引き継がれるが、戻ることは叶わないこと。
前世の自分と接触してはならないこと。
入れ替わりを相手に悟られてはならないこと。
誓いを破ったものは元の暗闇に戻され、次の入れ替わりの機会はなくなること。
それは神のお告げか、はたまた悪魔の契約か――
それからというもの、純子は黒水美登里としての生活をすることになる。幸いにして黒水本人と入れ替わる際に、過去の記憶も受け継いでいたので、生活する上で困ることは少なかったらしい。
上司の倉木との仲も、『契約』に背かない程度につきあいを続けた。倉木は週末の度に休日出勤と妻に嘘をつき、黒水美登里との大人の付き合いを楽しんでいた。毎回彼はホテルに誘い、純子も仕方なく応じていた――
「だからね……私、汚れちゃったの。他の男の人と何度も何度も寝ちゃったの。だから……私……淳君にこうして会いに来る資格もない女なの……」
黒水美登里は……いや、純子はソファーに座ったまま頭を垂れ、涙をぽろぽろ床に落としながら泣き始める。
俺は慌てて純子の隣に座り直し、純子の頭にそっと手を乗せて、
「そんなことないよ、純子が俺に会いに来てくれて、俺はうれしいよ。初めは戸惑ったけれど……もう大丈夫だ。事情は分かったから……」
そう答え、タオルを差し出してやる。
……あ、そのタオル……汗ふき用に貸していたタオルだった。まあいいか……
純子はタオルで涙を拭きながら、
「淳君……こんな私を許してくれるの?」
「許すも何も……純子は善かれと思った道をがんばって歩いてきたんだろ? 俺はそんな純子のことが大好きだから」
「淳君――――!」
純子は俺に抱きついてくる。俺も抱きしめ返す。
黒水美登里の体は見た目以上に豊満な身体付きをしている。
純子を抱きしめていると、俺の首筋に熱い吐息がぶつかってくる。
純子は俺を見上げ、俺は黒水美登里のふっくらとした唇に吸い寄せられていく。
互いの身体を求め合うように、俺たちは結ばれた。




