乖離
前話までのあらすじ――
大学2年生の俺(浦野淳平)の自宅に突然現れた見知らぬ女、黒水美登里が舞い込んでくる。
彼女は自分のことを俺の元カノの純子だと言い張る。
俺と純子とは既に3ヶ月前に別れている。
同じサークル仲間のイケメン野郎・池田と付き合うからと一方的にフラれたのだ。
黒水美登里が『純子であった』記憶をたどり、彼女の独白が始まる。
3ヶ月前の出来事――池田は言葉巧みに純子を遊園地に誘い出す。
純子は『24番目の観覧車』に池田と二人で乗り込んでしまう。
純子の運命やいかに?
純子の心配をよそに、ゴンドラの中で池田はぼんやりと外の景色を眺めていた。
彼女はもちろん何かを期待していたわけではない。しかし、池田のことだから自分の隣に座ろうとするぐらいのことは覚悟していたのだが……
池田は彼女の斜向かいにおとなしく座り、窓の外を眺めているのだ。
沈黙の時間。
ジェットコースターの走行音と乗客の楽しそうな悲鳴が聞こえてくる。
ほぼジェットコースターの最上部と同じ高さ。
この高さまでくると、裏野ドリームランドの全景が見渡せる。
山間部の高台に作られた遊園地は、この空間だけがまるで別世界のようにも見える。
園内放送のやわらかな音楽が次第に遠ざかっていく。
8割ほどの高さまでゴンドラが回転していた。
「僕さ……うわさ話とか迷信とか……あまり信じないタイプなんだよね」
突然、池田がしゃべり始めた。
「うわさ話?」
「そう……24番目の観覧車の話。純子は知らなかっただろう?」
「えっ!? なにそれ? どんなうわさ話なの?」
「僕もここに来るまでは信じていなかったけどさ……どうやら本物らしいね……あのうわさは……ああ、今日はなんていい日なんだろう!」
池田は腕を左右に広げて、満足そうな笑顔を見せた。
「な、何なの? 24番目の観覧車って……私たちが今乗っている観覧車のことなの? ねえ、ちゃんと説明してよ!」
「説明するも何も……僕だってこれから何が起きるのかは知らないよ。しかし僕らにとって素敵な時間が訪れることは確かなんだ!」
「――――っ!」
純子は身の危険を感じて身構えようとするが、視界がぼやけてゴンドラの壁面に手をついてもたれかかる。
ニヤついた池田の顔が二重になって見えていた。
「大丈夫かい、純子。調子が悪そうだね……キミに何が起こっているんだい?」
言葉では心配しているように見せているが、池田はその様子を見て楽しんでいる。
純子は悪態でも吐いてやろうと口を動かすが、声にならない。
その代わりに彼女の口から飛び出した言葉は――
「ねえ池田君、そっちに行ってもいい?」
「ああ、もちろんだよ。さあ、おいで……純子」
両手を広げて池田が誘い、純子は池田の隣に腰掛ける。
二人は見つめ合い、純子は身体を寄せていく。
池田は純子の背中に手を回す。
純子がゆっくりと目を閉じてあごを上げる。
池田のくちびるのぬくもりが純子のくちびるに伝わってくる。
純子は甘い吐息を漏らし、そのわずかな隙間から池田の舌が進入してくる。
純子の舌もそれを受け入れ、二人は絡み合っていく。
純子の全身がじんわりと高まっていくにつれ、純子の精神は乖離していく。
これまでに経験したことのない感覚……
自分の精神とは無関係に身体が反応していた。
官能が頂上を目指していくそのとき――
『交代の時間よ! あなたにも幸せな恋が訪れますように!』
女の声がした。初めて聞くその声は、純子の脳に直接届いていた――
次の瞬間、純子の心と体は離れ、ゴンドラの中には池田と絡み合う純子の身体だけが残っていた。