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逃避

前話までのあらすじ――


大学2年生の俺(浦野淳平)の自宅に突然現れた見知らぬ女。

彼女は自分のことを俺の元カノの二瓶純子だと言い張る。

彼女は池田と『24番の観覧車』に乗っていた。

その観覧車は片思いの相手と乗ると結ばれるというウワサが広まっていた。


今回は3ヶ月前の『俺』が純子にフラれた時の回想シーンから始まります。

 6畳ほどの空間に壁一面に個人用ロッカーや荷物を置く棚が置かれ、中央には大きなテーブルを置いただけの質素な部屋。それが俺達が所属するテニスサークルの部室だ。


 純子に呼び出された俺は部室のドアを開ける。すると待っていたのはサークル仲間――180センチの長身、鼻筋が通ったほりの深い顔立ち、いわゆるイケメン男の池田哲広だった。彼はテーブルに腰をかけ、腕組みをして俺を見つめていた。

 俺と彼は学部は違うのでそれほど親しい間柄ではないが、純子とは同じ学部だからか、仲よさそうに話しているところを見かけていた。社交的な性格の純子のことだから、特に気に留めてはいなかったのだが……いや、それは違う……俺は真実を知ることから逃げ回っていたのかも知れない……


「よお浦野、一方的に呼び出したりしてすまん。お前はこの時間は空いていると聞いていたのでな……」

「えっ……俺は純子に呼ばれて来たんだけれど……えっ……?」


 動揺している自分を悟られないように隠しつつ、俺は純子を見やる。純子は奥のロッカーにもたれ掛かり、俺と視線を合わせようとしない。

 まだ4月だというのに今日はやけに暑いな……俺の額から汗がにじんでいた。


「実はお前にどうしても伝えておかなければならないことがあってな……おい純子!」


 池田は純子を呼び寄せる。

 やめろ! 純子は俺の彼女だ! 俺の前で呼び捨てにするな!  

 そんな俺の心の叫びをあざ笑うかのように池田は余裕の表情を見せつけている。 


「僕たち正式に付き合うことになったんだ。だから浦野、お前にはもう純子に関わって欲しくないんだ。とは言っても、僕ら3人はサークル仲間だろう? これからも顔を合わせないわけにはいかないから、この際きっちりと話し合っておく必要があると思ってね」

「ごめんなさい、淳君! 私……あなたが嫌いになったわけじゃないの……でも……1年間付き合ってみて分かったの。あなたには私なんかじゃなくてもっと他に素敵な女の子に出会って欲しいの!」

「じつはさ、ここのところ純子はずっと悩んでいたんだよ。お前と付き合っていても退屈なだけだってさ……でも純子は優しい子だからなかなか別れを言い出さなかったんだよな。お前も男だったら引き際を――」


 池田の言葉を遮るように俺は部室を飛び出した。

 逃げて逃げて逃げまくった。

 それ以来サークルに顔を出すこともやめ、純子と池田がその後どうなかったかも知らない。受け入れたくなかったんだ――現実を!



 そして今日も俺は逃げる――



 駅前のコーヒーショップを出た俺は黒水美登里の追跡を振り切って全速力で家に逃げ帰っていた。その距離はおよそ1キロメートル。テニスサークルを辞めて3ヶ月、運動不足の気味の俺の身体は悲鳴を上げていた。


『ピンボーン……』


 呼び鈴が鳴った。玄関ドアの向こう側に人がいる。その相手を俺は知っている。

 しかし、俺が玄関に入ってから2分も経っていないというのに、あの女はもう追いついたというのか? 


 俺は居留守を決め込むことにした。もうあの女の狂言に付き合ってやる義理はない。

 俺は息を潜めやり過ごそうとするが『ゼーゼー、ハーハー』と荒い息づかいは止められない。俺の心臓はまだまだ充分な酸素の供給を必要としていた。


『ピンポーン、ピンポーン……ピンピンピンピンポーン!』


 あの女――! 近所迷惑になるだろうがぁぁぁ! 

 ここは住宅密集地。ご近所の目がうるさい地域なのに!

 挙げ句の果てには、女はドアをドンドン叩き始めた。

 堪忍袋の緒が切れた俺は、ドアを勢いよく開き、一喝してやろうと思ったのだが……


 ゼーゼー、ハーハーと荒ぶる息づかいの黒水美登里が今にも倒れそうな様子だったので怒鳴ることができなかった。白い肩出しのシャツに薄紫色の半袖カーディガンを羽織った彼女は、雨にでも降られたのかと思うぐらいに汗でびっしょり濡れていた。そんな状態でありながら、


「やっと開けてくれたね淳君、ありがとう!」


 と言って、満面の笑みを浮かべた。

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