エピローグ
網戸にとまるアブラゼミのけたたましい鳴き声で目が覚めた。
連日の熱帯夜で窓を開けっぱなしで寝ていたことが招いた不運……
今朝も寝起きは最悪の気分だ。
この暑さに加え、もともと枕が変わるとよく眠れない体質なのだろう、この体は。
俺はけだるい身体を引きずるように洗面所に向かう。
洗面所の鏡の前で歯を磨きながら身なりを整えていく。
髪、伸びたな……面倒だからズバッと短髪にしてしまいたい。
しかし、この髪型は変えないで欲しいと言われているからな……
池田本人のこだわりなのだろう。
それにしても……
「相変わらずイケメン顔だなぁ、おい……」
俺は鏡に写る池田の顔を見て、そうつぶやく。
洗面台のわきに置いたスマートフォンが小刻みに振動する。
純子からのメッセージだ。
手短にいつもの場所で待ち合わせをしようという内容のコメントを送信――
すぐに返事が来る。
キラキラ輝く感じの絵文字を多用したメッセージ。
要約すると『オッケー』という内容だ。
あの事件で負傷した左腹部のけがの治療のために1ヶ月ほど入院していたので、こういう日常の他愛もないメッセージ交換ですら大切なものに思える。
それに加えて、なんといっても今日は――
半年ぶりの純子とのデートなのだ!
着替えを済ませて持ち物をデイパックに詰め込んでいく。
池田の部屋の配置もここ数日でようやく掴めてきた感じだ。
玄関前の大きな鏡に自分の姿を写し、お出かけ前の身なり点検だ。
よし、バッチリ決まっているぜ!
俺は意気揚々と玄関のドアを開ける。
その瞬間、ふと一月前の、あの日の出来事を思い出す――
しかし玄関先には、誰もいなかった。
一瞬、また見知らぬ女が立っていたらどうしようかと想像してしまったが……
そんな体験は二度と御免だ。
俺の精神が保たない。
池田のキザ野郎の真似をして俺はキザに玄関ドアの鍵を閉める。
キザな鍵の閉め方が想像できないって?
俺にだって分からないよぉー。
とにかく池田はキザな奴なのだ。
何でもキザをつけて表現すれば何とかなるだろう。
純子との待ち合わせ場所へ向かう最中、スマートフォンが着信を知らせた。
俺はズボンのポケットからキザな感じでスマートフォンを取り出す。
池田本人からのメッセージだ。
『純子を泣かせるようなことをしたらコロス』
はぁ? お前は何様のつもりだ?
まあいい。
俺も返信してやる。
『黒水美登里によろしく言っといてくれ(ハート)』
すると、数秒後に着信。
『わかった。今面会に向かっている所だから言っておくよ(ハート)』
恐っ!
あいつ、俺の身体を使って黒水美登里と縒りを戻す気らしい。
あいつには警察の聴取にあたって再三、黒水美登里に不利になることは言わないで欲しいと頼まれたものな。その甲斐あって殺人未遂では起訴されない可能性があるらしい。俺としてはもう一生会いたくない女だけれど……恋愛って複雑なものなんだな。
俺と池田は身体が入れ替わってしまったせいで、家も家族もそして生活環境もそっくり入れ替わっての生活を余儀なくされている。
外から見ると本人に『なりすまし』て生活をしていることになる。
それがどのくらい大変なことか、この1ヶ月で身にしみて分かってきた。
本来理系の俺が、大学では経済を学んでいる。
家族に昔の話題を振られても適当に誤魔化さなければ怪しまれる。
友人らしき人物から声をかけられても、愛想笑いでしか答えられない。
この入れ替わりがいつまで続くのかは俺たちには分からない。
もしかしたら一生このままかも知れないし、何かのきっかけで元に戻るかも知れない。
分からない以上はじたばたしても仕方がない。
いつ戻っても良いように、またずっとこのままだとしても困らないように、俺と池田は互いに協力する同盟を結んだんだ。
名付けて男同盟。
あれ?
今すれ違った女子高生の2人が俺をチラ見していったけど……
あ、そうか。俺、イケメンなんだったぁー!
さわやかにニコっと笑いかけてあげると「キャッ」とか言われた。
以前の俺だったら「ぎぁぁぁ」って逃げられたかも……
まあ過去の話はもういい。
これからは前を向いて歩いて行くと決めたのだから。
最後までお読みいただきありがとうございました。
初めてのホラー作品なので、「これが本当にホラーだと思っているのか?」という読者様からのツッコミの声が聞こえてきますが私の空耳でしょうか?
お読みいただいただけでも感謝でいっぱいなのですが、感想や評価も入れていただけると嬉しいです。
ありがとうございました(^^)/