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終結

 池田の脇から大量に血が流れ出ている。痛みを堪えて(うめ)く池田に純子が泣きながら声をかけている。


 やばいやばいやばい!

 最悪の状況だ――!


 黒水美登里は血糊の付いたナイフを両手で抱えるように持ったまま、ぶつぶつ何かを言い始めた。


「哲君が全部いけないんだよ。だってそうでしょう? 私は哲君が困らないように何でもやってあげたよ? 哲君が欲しいって言った物は何でも買ってあげたし、哲君がしたいって言ったときは私は何でもしてあげた。私の心も体もみんな哲君のものなんだよ? 今日の動画撮影のお金も私が全部出したんだから……ねえ、その邪魔な女はもう要らないでしょう? 哲君を幸せにできるのは私だけなんだから……ねえ、そうでしょう?」


 黒水美登里が髪をゆらりと揺らしながら、苦しがる池田に向けて一方的に語りかける。すると池田は荒い息を吐きながら、


「あ、あんたが……今日の……件も仕組んだのか……はぁ、はぁ……しかし、僕らが申し込まなかったら……こんなことにもならずに済んだのか……純子がその募集動画を偶然見たから……うっ……」


 池田は痛みを堪えてうずくまる。それを心配そうに支える純子が、

「私は池田君から動画撮影を申し込みたいというメッセージを見て、いいよと答えたんだけれど……あれ? 違ったかな……?」

 と、声を震わしながら言った。


「そーれーはぁー、うふふ……私が哲君のスマートフォンでぇー、哲君の代わりにぃ、そのメッセージを泥棒猫さんに送信したからですぅ……うふふふ……哲君の寝顔を見に行ったついでにねぇ……うふふふふ」


 黒水美登里がくいっと首を左に傾けて言った。

 切れ長の目が限界まで見開いている。

 口角をつり上げ、白い歯が不気味に光っていた。


 もうダメだ!

 この女はいかれている。

 池田の第一声『この女はストーカーだ』の意味がようやく分かった。

 このままでは俺たち全員が殺されるかもしれない。


 くっ――! 俺の身体よ、動けぇぇぇ――!

 もう逃げている場合じゃないんだぁぁぁ――!!


 黒水美登里はナイフを握り直し、再び純子に襲いかかろうと体勢を整えている。

 俺は――

 黒水の右肩を右手で掴み、続いて彼女の背後から左手を腹部を抱えるように回す。


「淳君は私の味方でしょう? なんで邪魔をするのよぉぉぉ!?」

 黒水美登里が俺に向かって叫んだ。

「もうやめるんだ黒水さん! 純子を殺しても池田は帰ってこないんだ!」

「あなたも私を裏切るのねぇぇぇ、許さない――!」


 黒水は左手にナイフを持ち替え、俺の顔面を目がけて刺してくる。

 寸前の所で俺は彼女の左腕を右手で握り、防御する。

 すると黒水は俺の方に上体くるっと向けて、俺の右肩に噛みついた。

「うぉぉぉぉぉー!」

 俺は痛みに耐えかねて、左手で黒水の顔面を押し返すが、彼女の左腕を押さえていた右手も離してしまう。

 自由になった黒水は、斜め切りをするようにナイフを振り下ろす。


「うわぁぁぁぁー!」


 俺は咄嗟に左腕で顔をガードしたため、手首から肘にかけてナイフでスパッと切られる。およそ深さ2センチぐらいか。致命傷ではないが鮮血が飛び散るには充分な深傷を負った。


 既に24番ゴンドラ内部は池田と俺の返り血でゾンビ映画のワンシーンさながらの様子を呈していた。外から見ると相当ゆらゆらと揺れて、異様な光景となっているだろう。

 

 黒水美登里は池田に寄り添っている純子に狙いを戻し、

「あなたそこで何をしているのぉ……早く逝っちゃいなさいよぉぉぉ!」

 純子にナイフが迫る。


 ――っく、動けぇぇぇ――、俺の足ぃぃぃ――!


 俺は両腕を黒水の背中から腰に回してタックルする。

 俺よりも深傷を負っている池田も加勢する。

 すると、何を思ったか黒川が、


「哲君――、邪魔をしないでよぉぉぉー!」

 

 そう叫びながら、池田の背中にナイフを突き刺そうとする。


「やめてぇぇぇー!」


 純子が立ち上がり、黒水のナイフを持つ手にしがみつく。

 しかし純子の腕力では気が狂ったように暴れる黒水美登里の腕力には敵わない。

 純子が黒水の肘鉄をもらい悲鳴を上げて壁面に背中と後頭部をぶつける。


「死になさいよぉぉぉ、この泥棒猫ぉぉぉ――!!!」


 黒水はナイフを純子の胸に向けて突進する。

 黒水の胴体を押さえ込んでいた池田の腕の力はすでに力尽きていた。

 俺は――

 一瞬反応が遅れ――

 懸命に腕を伸ばすが――

 届かない!


『ズシン!』


 純子の胸にナイフの切っ先が突き刺さる寸前に、ゴンドラが大きく揺れた。

 ゴンドラが頂上に到達したとき、突き上げるような振動が襲ってきたのだ。

 ゴンドラ内では黒水美登里の体が横に大きく振られ、彼女はゴンドラの壁面に手をつき身体を支えようとする。しかし付着していた血糊でぬるっと滑って床にあごを打ち付ける。


 俺はまるで当事者ではなくなったような感覚でその様子を見ていた。

 一瞬、意識が遠ざかり視界が暗転するも、すぐに元に戻った。

 次の瞬間、俺の身体に痛みが走る。

 俺はいつの間にか脇腹を刺されていたらしい。


 黒水がむくりと起き上がる。

 純子にねらいを定め、襲いかかろうとするのを、俺が必死に止めている。

 運動音痴であるはずの俺が、意外にも俊敏な動きで黒水の動きを封じ込め、彼女の首筋を手刀で叩いて気絶させた。


 勝負は一瞬のうちに決着した――


『キュィィィ――』

 ゴンドラのドアが開かれる音がする。

「一体何があったんですか? うわぁー、何なんだこれはぁぁぁー!」

 チーフの声が聞こえる。

「おい、救急車をすぐ呼べ! あと、警察も!」

 これはカメラマンの人の声だ。

「カ、カメラを回せ! この様子も撮っておけ!」

「はぁー!? そんな場合じゃないでしょう! スポンサーが血を流して倒れているんですよ」

 撮影スタッフが揉めているようだ。


 しかしそんなことはどうでもいい。

 俺たちは少しでも早くこのゴンドラから抜け出したいんだ!

 俺は池田の右腕に首を入れ、傷ついた池田の体を運び出す。

 

 金属製のスロープを一歩歩くたびに脇腹から刺すような痛みが走る。

 池田の左脇から大量の血が流れ出ているはず。そこを泣きながら純子が押さえている。彼女の手は池田の血で真っ赤に濡れていることだろう。


「く、黒川さん、起き上がってはいけませんよ。あなた怪我をしているんじゃないんですか?」 

 背後から、撮影スタッフの声が聞こえる。

 大丈夫ですよ。黒水美登里は気絶しているだけですから。

 俺はのんびりと、まるで当事者ではないような気持ちで聞いていた。


「く、黒水さん! そのナイフ、どこへ持って行かれるんですか!?」


 スタッフの声が緊迫した様子に変わった。


 俺たち3人が後ろを振り向くと、黒水美登里が右手にナイフを持ったまま立っていた。そして首を左に傾けてニヤリと笑い、


「哲くーん、私を置いてどこいくのぉー? またその女をお部屋に連れ込んじゃっていろんなことをするのぉー? 私……何度も何度も……そんなところを見せられて……もう……耐えられないからぁぁぁ!」


 そう叫んだ黒水美登里はナイフを両手に持ち替え、自らの首元に当てる。


「やめろぉぉぉぉぉー!」


 俺が――いや、俺の身体が黒水美登里の元へ飛び出し、ナイフの刃の部分を握った。

 手から血がぼたぼたと出てくるが、俺に痛みはない。

 俺の身体は黒水からナイフを奪い取り、呆然と立ちつくす彼女のことを抱きしめ、

「美登里……ごめん……もう苦しませないから……僕が悪かった……ごめん……」

 そう言いながら涙を流した。

 その言葉を聞いた黒水美登里の目からも涙がこぼれ、二人はずっと抱き合っていた。


 俺の意識が朦朧(もうろう)としてきた。

 大量の血液が流れ出たことによるショック症状なのだろう。

 なんてこった……俺、死ぬのかなあ……

 純子は何とかして支えようとしてくれるが、男の身体は支えきれない。

 俺はその場に仰向けに倒れ込む。

「池田君、しっかりしてぇぇぇー、ねえ、池田君死なないで! お願いだからぁぁぁ」

 純子が泣き叫びながら俺の身体を揺さぶっている。

  

 ――ああ、そういうことか――


 黒水美登里の『24番目の観覧車』の話はあながち嘘ばかりではなかった。

 入れ替わるのが男というパターンも当然あっていいもんな。

 男女平等の社会だものな。


 救急車のサイレンの音が聞こえる。


 俺は助かるんだろうか。


 もし、助かったなら……


 俺は……


 これからも純子を愛せるだろうか。


 それが気がかりだった。 


あと1話続きます。 次回の最終回をお楽しみに。

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