台本
「今回我々は裏野ドリームランドへ来ています。ここは今年の春、惜しまれながらも廃園となりましたが、『24番目の観覧車』と言えば多くの人が思い出すことでしょう。そう、それがこの観覧車なのです!」
番組ナビゲーター役のチーフが空に手をかざすと、カメラは観覧車の全景を捉えるようにパンアップする。3秒間静止後、ゆっくりとパンダウンすると、従業員に扮する俺がチーフの隣に笑顔で立っている。
「では、開園当時に観覧車を担当されていた方にお話を伺ってみましょう。『24番目の観覧車』のうわさがたってから、お客さんの反応はどうでしたか?」
チーフが俺にマイクを向けてくる。
俺は打ち合わせ通りに笑顔を作ったままで台本通りに答える。
「はい、当初は24番ゴンドラを指定して乗りに来るお客さんがちらほらといたぐらいだったのですが、1週間も経たないうちに大盛況となりまして、24番ゴンドラ専用の入口を設けさせていただきました」
「そうですかー、それで『24番目の観覧車』に乗った人たちの反応はどうでしたか?」
「はい、降りてくるお客様は皆さん笑顔で楽しそうにしていました」
「なるほどー、私も当時付き合っていた彼女と乗ってみたかったですねー。おっとこれは失言でした、はっはっはー」
チーフは台本にはないアドリブを入れてきたので俺は戸惑ったが、とりあえず愛想笑いを浮かべておいた。
「さて、今回はなんと、番組の資金力にものを言わせて、うわさの『24番の観覧車』をもう一度動かしてみようという企画をお届けします。今回我々の企画に協力してくれるお二人を紹介しまーす!」
チーフが左手を差し出して池田と『純子』を迎え入れる。
二人も打ち合わせ通りの動きで頭を下げながらカメラの前に登場する。
「こちらのお二人はなんと、共にN大学の経済学部の2年生なんですよね。お二人の出会いはやはり大学の授業でとか?」
「実は僕たち、同じサークル仲間なんですよ。それで僕の方から彼女に声をかけて……」
「おー、青春してるじゃないですかー! で、彼女はそれで付き合おうと?」
「はい、実は前から彼のこと格好いいなと思っていたので……」
「かぁー、訊いた私がバカでしたぁー。うらやましいねこんちくしょー!」
ここまでは台本通り。
『純子』が俺のことを気にしてチラ見してくるのが気がかりだが。
しかし今更勘付いても偽物純子にもう逃げ道はないぞ。
ぜったいにその身体を取り戻してやる!
「では、今回の実験に参加してくれるのは、お二人の仲をもっと進展させたいと?」
チーフが池田にマイクを向ける。
池田は『純子』の顔をちらっと見てから、
「はい、僕はこう見えて奥手な方なので、思い切って挑戦してみようかと……」
ウソつけ! お前ほど手が早い奴はいないだろ。
「おおー、言いますね-。では、彼女さんの方は?」
「はい、私も引っ込み思案な女の子なので……彼ともっと仲良くなりたいなと……」
人目をはばからずべたべたしまくっているお前が言うな! 自分のことを女の子って言うな! 早く身体を返せ!
「うほぉー、いいですねー。爆発しろって感じですねー。では早速『24番目の観覧車』の実験スタートです!」
チーフがそう宣言すると、カメラが操作盤の前にいる遊園地スタッフに切り替わる。
パチンとスイッチが押されると、モーターがうなりだして観覧車が回り出す。
俺は池田と『純子』を乗り場まで誘導する。
鉄製の階段を上る。
カン、カン、カン……
3人の足音が鳴り響く。
撮影スタッフは地上で待機している。
もちろんカメラはズームで撮影中だ。
「なあ浦野……撮影が終わったら少し3人で話をしないか? お前、僕と純子のことで何か誤解をしているみたいだからさ」
池田が俺に話しかけてきた。
俺は何も答えない。
今更何を言っても遅いのさ。
もう作戦の火蓋は切って落とされたのだ。
乗り場には操作盤のイスに座った遊園地スタッフがいる。
そのスタッフの陰に隠れるように、純子が待機している。
なぜ純子はそこまでして隠れているのかが不思議でならない。
20番のゴンドラが通過。
つづいて21番……22番……23番……
そして、24番のゴンドラが降りてきた――