セインセイズの場合4
母親の仇を前にして、セインセイズは何も出来ずにいた。
セインセイズは、男……ヴァンソンと、ルイーズを睨み続けていた。
ルイーズは、ヴァンソンに組み敷かれたセインセイズを見ながら、自分のことを、聞いてもいないというのに勝手にしゃべっていた。
「私、貴方の母親のような女が大嫌いなのです。人を見下し、平民の癖に大きな顔をしている人が。でも、私に暴力を振るいながらも、その権力を使い、暴力の事実を隠蔽していた母親よりは全然マシですけどねっ!!」
ルイーズは、嫌悪感を隠そうともせずそう言った。
確かに母親からの暴力は許せなかっただろう。
だが、何故セインセイズの母親を殺めたのだろう。
だから、セインセイズは問うた。
「何故、僕の母親を殺めた?」
そう問うと、ルイーズは飛びっきりの笑顔でこう言った。
「何故?貴方のことが好きだったからですよ。好きな相手に女がつくのを許せる訳がないでしょう?それに、私はあの人が嫌いでしたから。私が命令して殺させました。ヴァンソンに。彼は彼女に深い恨みを持っていましたから。母親を殺めた時もそうでした。母親のことを誰よりも恋い慕っていた召使に母親を殺めさせましたから。だから、だから。私は汚れていない!私は誰よりも貴方に相応しい女です!」
セインセイズは呆気にとられた。
ただそれだけの理由で母親は殺されたのか。
この女の狂った恋心によって。
確かにセインセイズはルイーズが初恋だった。
だが、汚れ仕事に身をやつしたセインセイズには、もう恋などどうでも良かった。
この女を殺そう。
そう思った。
セインセイズは服の中から暗器を取り出し、ヴァンソンに向かって投げる。
至近距離から投げられた暗器にヴァンソンは反応出来なかった。
セインセイズは、暗器によって体制を崩したヴァンソンの手の内から脱出した。
そして、ヴァンソンを瞬時に拘束する。
ヴァンソンが無力化されたというのに、ルイーズは笑顔だった。
それが不気味だった。
ルイーズに近づき、拘束する。
そして、助けを求められないように舌を切る。
だが、笑顔だった。
恐ろしかった。
セインセイズは錯乱し、ルイーズを滅多刺しにした。
そして、念動力を使いルイーズを回転させながら空中から床に落とす。
そうしている間にヴァンソンの拘束が緩まり、ヴァンソンはセインセイズに向かって、拾った暗器を振り下ろす。
セインセイズはヴァンソンに気付かなかった。
セインセイズは目の前の、人では無い何かの事でいっぱいだった。
ヴァンソンによってセインセイズは致命傷を負う。
セインセイズは力を振り絞り、念動力を使う。
セインセイズからは見えなかったが、何かが倒れる音が聞こえた。
ヴァンソンへの復讐は完璧には成せなかった。
セインセイズの心残りはそれだけだった。
ルイーズは物言わぬ死体になり、あの恐ろしい笑いも消えた。
セインセイズは膝から崩れ落ちる。
セインセイズは自分が死にゆくのだと分かった。
ヴァンソンへの復讐を終えていない!
まだ死ねない!と思った。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!!!!
狂いそうになる程の叫びだった気がする。
そんな願いも虚しく散った。
セインセイズの意識は闇に沈んだ。
***……何処かで
其処は真っ暗だった。
セインセイズは魂だけの状態であった。
母親の魂が癒着した歪な魂。
歪を取り除くため、力は働く。
だが、セインセイズは魂で抵抗した。
生前の執着で。
だが、魂は引き離された。
セインセイズは魂に執着し続けた。
永遠のような時間の中、執着し続け、執着し続け、執着し続け、執着し続け、そして、セインセイズは地獄に至った。