匂いに包まれて、思いを告げよう
彼女、柊にとって、この出会いは偶然でも何でもないが、如月にとっては偶然かも知れない。2人の間柄は幼馴染、気心も知れる程度の付き合いはあったが、如月が親の仕事の関係で都会へ引っ越してから、疎遠になっていた。柊は伝えたい気持ちも伝えられず、ずるずると中高と引きずり、ある日、如月の親族から彼がどこの大学を志望しているか知った。
気持ちに引きずられて惰性で学生生活をしていた柊に必要だったのは、死に物狂いの勉強が必要だった。その大学の学科の中で、比較的入りやすい所を選んでギリギリに入学できたのは、彼女の両親の喜びようから考えてなかなかの奇跡だったのだろう。
さて、そこからもまた彼女には大変だった。何せその学業についていくのがやっとで時間が取れず、学科が違うこともあるが、更に言えば数年も会っていない如月の要旨は想像もできていなかった。だから、会えたのは運がいいということだろう。
「柊もこの大学に来てくれたんだねー」
のほほんとした彼が、そう言ったのも無理はないだろう。如月は柊が想像とはちょっと違った成長をしていた。いつものんびりと優しい彼は、どこかクールな見た目になっていた。カッコいい、と口に出すのは彼女は恥ずかしさを感じたのを覚えていたが、中身が変わらないことにはホッとしていた。
それからしばらく、友人としての付き合いが始まった。最初はよそよそしかったが、そもそも田舎の自然を一緒に走り回った仲だ。元に戻るのは、そう時間はかからなかった。
そんな2人は、如月の家でチョコづくりに励んでいる。経緯は数日前に彼の家へ初めて招かれた際、そういう器具や茶葉が集まっているのを見て、柊は驚いた。
「女子力なんてあげてどうするのさ」
馬鹿にしている訳ではないのはわかったようで、好きなものだ、必要なんだと力説され、じゃあ今度一緒に作ろうかと誘われたからだ。柊が断る理由は1つもなかった。
チョコづくりなら、中学校時代に他の女友達のを手伝ったことがあるから。なんて考えていたのだが、彼の趣味はその域を超えている。それこそパティシエでも目指しているのかと思えるぐらいの技量。はっきりいって、柊はチョコを混ぜたぐらいしか記憶にない。
「ふっふー、僕の実力をわかってもらいたかったからね」
彼女がこれしかやってないと申し訳なさそうに言うと、自信満々に彼は答えて。
「でも。教えてほしかったら教えるよ? 柊なら構わない」
真面目な顔で更に付け加えるものだから、考えておくとそっぽを向いてちょっと赤くなった顔を隠した。
それからの時間は楽しいものだった。柊はほとんど見ているだけだったが、彼が楽しそうに作業をしているところを見たり話したりするだけで満足しそうになる。
チョコが固まるまでの間、如月が淹れたアプリコットオレンジと言われるティーを柊は彼と楽しむ。なんだかお店にいるみたい、と言うと嬉しいなと彼は返して。
「このお茶が一番好きなんだ。チョコにも個人的に合うし、この匂いが漂う店を持てたら楽しそう」
「ははは、そうなったら通ってあげるよ」
本当にそうなったら、お客としてではなくて。そこまで妄想して頭の中で払う。そして何もなかったように、会話を続けた。彼がちょっと不思議そうな顔をするのが、気になった。
出来上がったチョコを、おかわりした同じお茶と一緒に楽しむ。お店がやれたらなぁという彼の言葉は、素人考えでできそうなぐらいの味に思えたのは、如月が作ったからという思いがあるかもしれない。だから、そろそろ聞かないといけない。
「ねぇ、誰かと付き合ってたりする?」
「いないよー」
思いに釣り合わない返答でも、いないのならそれに越したことはない。
「でも、気になってる人はいる」
時が止まった感覚、動き出して胸をわしづかみにされる感覚。気のせいだと如月が思っても、動悸が高まるのは間違いなかった。
「へ、へぇ」
我ながら素っ頓狂な声だと思う。何かあるのは丸わかりだ、それでも、つくろおうとするのは、思いが必要以上に大きくなりすぎた。
「如月は?」
「あ、あはは。同じく、気になる人はね…」
違うと心が叫ぶ。伝えなきゃいけないのに、育んだ思いに肥大化したプライドが言わせない。その戸惑いに気づかないのか、ふーんと彼はつまらなさそうにする。
「てっきり覚えてると思ったんだけどなー」
何をという、言葉は出せなかった。ゆっくりと如月はこちらに近づいて、口づけをした。チョコが混じる、甘いキス。
「てっきり、大学に入学したのも、お菓子作りしてるのも、なんでかわかってると思ったんだけど」
「え、え?」
「如月が言ったんじゃないか。大きくなったら今の大学行こうとか、お菓子のお店やりたいって。だから頑張ったのに」
記憶が戻る。思いで腐らせてたはずのそれが、綺麗に戻ってきた。言っていた、よくよく考えれば彼の親族が彼女にそれを教えた時も、自分はそこにいかないのかと不思議そうにしていた。
「思い出した?」
「う、うん。ごめん。でも、ずっと、如月は好きだったよ…。嘘じゃないよ」
後悔と嬉しさと申し訳なさ、複雑に感情が入り混じって、柊の涙があふれた。それをみて、如月は、柊は泣き虫だなーと笑いながら、ティッシュを差し出してくる。
「僕も大好きだよ」
その言葉で柊はすべてが報われた気がした。もしかしたら、チョコとお茶の匂いで酔いしれてるだけかもしれない。でも、その先に見えたビジョンは、その匂いが香るお店で、2人でお店を切り盛りしている姿だった。
フリーワンライ企画さんの第129回に参加いたしました。利用した題はこちらです。
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