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騎士団結成 2 ―不思議な少女―



 シルヴィアが幼少期の幼馴染、ギルバートと十年ぶりの再会を果たしたそのまもなく。

 シルヴィアは宿の受付の端のソファで、膝を抱えてむくれていた。


 感動の再会に感動しすぎて、ギルバートの名前を聞いて胸に込み上げてくるものを抑えている内にギルバートは爽やかな顔をして「それでは」と言って路地から去っていった。


 慌てて追いかけるも、ギルバートは人ごみに紛れ姿が無くなっていた。

 シルヴィアも人ごみに混ざりしばらく探し回ったが、到底見つけることはできなかった。


 日が暮れるまで街を探し回っていたが見つけることは叶わず、すごすごと宿へと戻ってきて、絶賛落ち込み中であった。


「ん? うおお! シルヴィア殿!何してんだ、こんなとこで丸くなって!」


 宿の部屋で眠っていたのか、眠そうな顔をしてギムレットがむくれてるシルヴィアを見て驚き問いかける。


「別になんでもありません!」


 シルヴィアはふてくされるようにそっぽを向いた。

 目の端には涙が見える。


 ギムレットは驚愕した。

 ギムレットは王宮騎士団の中隊長でシルヴィアのことは入隊の頃から知っていた。


 とてつもない美人で、とてつもない実力を持つ少女が入団したと当時から話題だった。

 入隊後の活躍はめざましく、めきめきと騎士団の中でも頭角を現してきた。

 しかも実力を鼻にかけるわけでもなく、真面目で、目上の人間には敬意を払い、同期や下の者にも彼女を嫌う人間はいなかった。

 そしてその少女は入団わずか三年で大剣闘舞にて第四位という華々しい結果を残した。


 ギムレットは隊こそ違うものの、彼女の活躍は耳に入っていた。

 強く、清い女性。

 それがシルヴィアの印象、だった。


 しかし目の前にいる彼女は自分が思っていた人物とはかけ離れていた。

 まるで癇癪を起こした子供のようだった。


「……何でもないこたぁないだろ。んなガキみたい縮こまってよ」


 ギムレットはシルヴィアその座るソファに付かず離れずの距離で腰掛けた。


「何があったんだよ? 話してみろよ。案外話してみると、どうでも良くなるもんだぜ」


 そう言って歯を見せて笑いかけた。

 シルヴィアはそこで気を使われてると気付き、子供っぽく落ち込んでいることが急に恥ずかしくなった。


「実は……」


 落ち込んでいるところに優しくされたことに気を許したのか、シルヴィアは全てをギムレットに話した。


 十年前、自分には同い年の幼馴染がいたこと。

 十年前の『宣戦』で死んだと思っていたこと。

 実は生きていて先程十年ぶりに再会したこと。

 しかし、自分の名を明かせぬまま離れ離れになってしまい、探しても見つからなかったこと。


 少し昔を思い出し、少し怒ってみたり、落ち込んだり、でもやっぱり嬉しかったということ。

 全て話した。


 ギムレットの言ったとおり、話してみてかなり気が楽になった気がした。


「そおかい、まさかそんなことがなぁ。まるで作り話みたいだけどな」


 話を聞いたギムレットは感嘆するように息を吐き、ソファに背を預ける。


「はい、私も今でも信じられません。十年間全く関わり合いもなかったのに、いきなりこんな場所で再開するなんて……。でも何なんでしょうね、再開したことに嬉しすぎて声も出せなかったなんて、自分の間抜けさが嫌になります……」


 話しながらシルヴィアは俯いた。

 銀色の髪でよく見えなかったが、ギムレットには泣いているように見えた。


「向こうも私のことに全く気づいてなかったですし、少しくらい覚えてくれててもいいですよね?」


 なんだか愚痴のようにもなってきていた。

 抱えたものを話したことによって、十年溜め込んでた思いも一緒に吐露しているのだろう。


「でも、もういいんです。生きていることがわかっただけでも、それだけで満足です。いつかまた会えるかもしれませんし、その時にはちゃんと名前を言えるようにします」

「いいこたぁないだろ」


 シルヴィアが明らかに無理しているのは見ていてわかった。


 本当なら今すぐにでも探しに行きたい気持ちはあるだろう。

 しかしギムレットも、シルヴィアが女王の勅命を投げ捨てて私事に走るような性格ではないことはわかっているつもりだった。


 それでもシルヴィアが、今までは強く勇ましく凛然とした雰囲気の彼女がここまで疲弊するようなことは、どう考えても放っておいていい事態ではない。


「まだ、そんな時間も経ってねぇ。こんな時間によその街に移動するようなことはないだろ。まだこの街に居る可能性は高いぜ」

「でも、女王陛下の命令で来てるのに、個人的な事で動くのは……」

「それに、そのギルバートって奴、何人もいる男を一人でノしちまったんだろ? だったらシルヴィア殿のつくる騎士団の仲間にぴったりじゃねぇか」

「え?」

「話に聞いた感じじゃ実力に申し分はねぇし、『黒い逆十字』に故郷を壊されたっていう行動原理もある。人材としてはこれ以上ないと思うぜ」

「そう、か……。そういうことですね」


 シルヴィアもギムレットの言い分に合点がいったというふうに頷いていた。


「あんたは、十年ぶりにあった幼馴染に会いにいくんじゃねぇ、騎士団員の勧誘に行くんだ。これなら面目も立つだろ?」

「はい! そうですね! そういうことなら是非もありません! 早速探しに行きましょう!」

「はあ? 今からか?」

「はい、この時間なら夕食にどこかの飲食店に居るかもしれません! この街ならそう多くもないでしょう!」


 先程のメソメソしていた姿はどこへやら、シルヴィアは意気揚々と立ち上がり宿の入口へ向かった。


「ギムレットさんも手伝ってください! これは任務ですからっ!」

「へいへい、合点承知……」


 ギムレットがため息混じりに立ち上がりシルヴィアの後に従う。


――やれやれ。しっかりしてると思ってたが、案外ガキだな……。


「きゃあ!」


 先走って宿を出たシルヴィアが出先で軽い悲鳴を上げた。


「何だ? どうした!」


 急いで外に出たギムレットが見たものは、道端に倒れている年端もいかない少女とその横に心配そうに駆け寄るシルヴィアだった。


「どうしたの? ケガない?」


 先程の浮き立つ思いなどどこかへ行ってしまい,目の前の異常事態に飛びつくシルヴィア。

 少女を抱き抱え何度も呼びかけた。


「うう……」


 少女は呻くような声を出した。あまり顔色が良くない。


「おいおい、こんな時間にこんなガキがなんでここに……?」

「そんなことより、ギムレットさん! 早く医者を呼んでください!」

「ま、まって……」


 シルヴィアが切羽詰った声を出すと少女は小さな手を差し伸べシルヴィアの髪に触れた。


「……! 大丈夫? 痛いとこない?」


 シルヴィアが少女に問いかけた瞬間、腹の虫が盛大に鳴る音が響く。

 それを聞いてシルヴィアもギムレットも目を点にした。


「へ、へへ……。さらさら、つやつやの、ぎんぱちゅ……」


 黒髪の少女が謎のセリフを吐き恍惚とした表情を浮かべた。


「とりあえず、そこの酒場に行くか」

「そうですね」


 二人は恐ろしい程淡々とした声でそう言った。



       *



「んっっっはあああ! 生き返ったあああ! うえ〜ん、死ぬかと思ったよぉ〜!」


 黒髪の少女を昼間に食事を取った酒場に連れてありったけの食事を出したところ、

 少女はマナーも女らしさもへったくれもないといった風に喰い散らかしていた。


 挙げ句の果てにはジョッキになみなみと注がれたジュースを一気飲みし「ぷっは〜!この一杯のために生きてるっ!」といった晩酌のオヤジのような言葉まで発した。


 この姿にはシルヴィアもギムレットも絶句していた。


「え、ええっと……。とりあえず元気になってよかった。あはは」

「そう、だな。うん、よかった。は、はは、ははは」

「ホントだよ〜! おねーさんたちのおかげだよ〜! ほんっとにありがと!」


 そう言う少女は年相応の可愛らしい笑顔を浮かべた。

 その笑顔を見ていたらシルヴィアはどうでもよくなってきた。


「でも、なんであんな所に? お父さんとかお母さんは?」

「え、そんなのいないよ?」

「え! ご、ごめんね! そんな辛いこと聞いて……!」

「あはははは! おねーさん優しいー!何か好きになってきちゃった、おねーさんのこと!」

「えぇ……」


 無神経なことを聞いたと後悔しているシルヴィアに、少女はそれがどうしたと言わんばかりの反応をしてくる。

 全く予想できない少女の反応にシルヴィアは混乱しっぱなしだった。


「あのよぉ、嬢ちゃん。父ちゃん、母ちゃんがいなくても保護者がいるだろ。ほら、一緒に暮らしてる人とか……」


 シルヴィアが困惑してしまったことを見かねてギムレットが助け舟を出すように少女に質問した。


「う〜ん、そうなんだよね。見事に離れ離れになっちゃってさー。そうなんですかーって感じだよ、まったくさー!」


 ギムレットのフォローも虚しく、少女は相変わらず一方通行の会話をしていた。

 しかし、言葉の端々から少女は保護者とはぐれてしまい、所持金もなく行き倒れていたのだろうという結論が二人の中で出た。


「とにかく、名前を教えてくれないかな? 保護者の方を探すのにも必要だし」

「あ、うん!あたしの名前はヒカリ! えーっと……」

「あ、私はシルヴィア。シルヴィア・ヴァレンタインって言うの。こちらはギムレット・ティガー。よろしくね、ヒカリちゃん」

「そっか〜、うん! よろしくね、しーちゃん!」

「し、しーちゃん!?」


 出会って一時間も経っていない内に『しーちゃん』という砕けた呼ばれ方をされたシルヴィアは衝撃を受けた。

 しかし、幼い子供にそのように砕けた呼ばれ方をされると、懐かれたみたいで少し嬉しくなって、嫌とは言えなかった。


「そっちのガチムチのおじさんはギムレットって言うんだ〜。確かになんか、こう、ぎむれっとーって感じだね!」

「おい、適当なこと言うんじゃねぇ。あとなんだ、がちむちって」


 こうして二人は謎の少女ヒカリの調子にまんまと乗せられてしまい、話が大いに脱線してしまったことに気がついていなかった。



「へぇ〜そっか〜、仲間集めか〜。しーちゃんすごいねー、まだ若いのに」

「う、ううん。そんなことないよ? てゆうかヒカリちゃんの方が全然若いけど……」


 ヒカリが食事を終えてから少し経った頃、ヒカリは何故かシルヴィアの膝の上に座り足をフラフラさせていた。


「何だこの状況……」


 ギムレットは呆れて、会話の中から早々に抜け出し、夕食を食らっていた。

 いつしかヒカリから、シルヴィアたちは何者か、この辺りの人にしては綺麗な服装をしているということを聞かれ、女王の勅命のことは伏せつつ仲間集めと地方調査の事をペラペラと喋っていた。


 ギムレットも最初は、何を気軽に話しているんだと思ったが。


――まぁ……、ガキだしいいか。


 とそんな風に気に留めることもなく昼間食べたステーキと同じ肉を黙々と口に入れていた。


「ところで、そろそろ保護者の人を探さないと。ヒカリちゃんはこの街に住んでるの?」

「ううん! 住んでないよ! あたしは根無し草だからね!」


 ヒカリはどこかで聞いたような言葉を使って親指を立てた。


「そ、そう。じゃあ旅をしてるのかな? 一緒に旅してる人は?」

「うーん。それが、この街に着いた途端迷子になっちゃったんだよね。もう、しっかり付いてきなさいっていつも言ってるのに!」


 ヒカリはシルヴィアの膝の上で両手をブンブン振り回しながら怒り心頭といった風だ。


「そう、じゃあやっぱり探さないとね」

「でもでも、あの子もおバカさんじゃないから、いろいろあたしのことを探し回ってると思うよ?

 どっちかって言うと、あんまりあたしがうろちょろするよりここで待ってたほうがいいと思うの」


 ヒカリの提案にシルヴィアもなるほどと相槌を打つ。

 こんなに自由奔放な子と一緒に旅をしているような人物だ。

 おそらく気苦労が絶えないだろうし、このような事態も一度や二度ではないだろう。


 だったら、お互いを知っているヒカリの言う通りにすることが一番最善の手なのだろう。


「そうだね。じゃあ私も一緒に待っててあげるね」

「ありがとー! しーちゃん大好き!」


 しかしと、シルヴィアは心の中でため息を吐く。

 ギルバートを探しに出ようと息巻いてたところにこのようなトラブルが舞い込んでくるとは。


「……でもごめんね、しーちゃん? あたしのせいでこんなことになっちゃって。やんなきゃいけないことあるんでしょ?」


 ヒカリは顔をシルヴィアの方に上げて、申し訳なさそうに謝ってくる。


 シルヴィアは心を見透かされたような気になって一瞬どきりとしたが、しかし例えどんな状況だろうとシルヴィアがヒカリを放っておくようなことはない。

 ギルバートは確かにずっと気になってはいるが、保護者と離れてしまった幼い少女を置いて優先するべきことではないのだから。


 大丈夫、明日の朝早くにでも探せばいいのだと、自分に言い聞かせていた。


「いいの。ヒカリちゃんは私のことなんて気にしないで、一緒に旅してる人と会えることだけ考えてて?」


 そう言ってヒカリのお腹辺りに手を回し、優しく抱きしめた。


――そうよ、この子は明るく振舞ってるけど、不安じゃないはずないんだから。私が守ってあげないと……。


「うん……、ありがとー」


 またもシルヴィアの心中を察したのか、ヒカリは空気を読むように優しくお礼を言った。

 二人が和やかな雰囲気に包まれたのを見て、ギムレットも釣られて口が緩む。と、そんな時に入口の方がバタバタと騒がしくなる。


「おい! ジェラルドだ! 奴らが来るぞ!」


 そう叫んだ男が酒場に入ってきた途端、店の中の雰囲気が一気に冷え上がった。


「な、なんでこんな時期にっ!」

「今期の税金は払っただろ!」

「ざっけんなよ! 今日は給料日だってのに!」


 店の中の客、特にこの街の住人であろう者たちから悲痛な声が上がってくる。


「なんだなんだ? おい、店主。急に何だ」

「ああ、旦那! 早く逃げな! すまんね、せっかくの夕食を邪魔して……」


 何事かと探ろうと店主に聞くギムレットだったが、店主は終始慌てて要領を得なかった。


「どうしたんでしょう?」

「わかんねぇ。なんだってんだ、店ん中で喧嘩が起きても通常営業だったってのによぉ」

「おいゴラァ! ごちゃごちゃうるっせんだよぉ!」


 状況を掴めず困惑していたシルヴィアたちに追い討ちをかけるように、入口から男の怒号が響いた。

 入口には、酒場の男たちとは人種の違う粗暴な面々が押し入ってくる。


 その中の、最初に怒号を発し、先頭をずかずかと歩く人物をシルヴィアは覚えていた。


「あの男、昼間の……」


 昼間、シルヴィアが偶然入り込んだ路地にいた男。

 女性に乱暴しようとして、シルヴィアがと目に入った数人の暴漢の内の一人。

 ギルバートに脅され、すごすごと逃げ帰ったその男だ。


「昼間って、例のチンピラか?」


 男はギルバートに脅された時の怯え方とは打って変わって尊大な態度で酒場を闊歩する。

 とそこで、まじまじと見ていたシルヴィアと男の目が合う。


「いやがったな! ボス! コイツです、ボス! 俺らに楯突いた奴の味方です!」


 まるで同じ年の子供のイタズラを報告するようなはしゃいだ様子で男が叫ぶ。

 それと同時に禿げ頭の大男が店内に入ってくる。


 禿げ頭が入ってくるなり、店内の客が一斉に黙りだす。

 ものの数秒で店内から音が消える。


「へっへっへ、あの男はいねぇみたいだが……。まぁいい、すぐに出てくんだろ」


 男はボスと呼ばれた男が現れたら、さらに調子に乗りだした。

 下品な顔をシルヴィアに近づけ、笑いが隠せないといったふうだ。


「俺はこの街を仕切ってるジェラルドってもんだ。……お前らがウチの手下どもに手ェ出したんだって?」


 店の客たちが言っていたジェラルドとはこの禿げ頭のことらしい。

 さっきまでの慌てぶりを見るに、かなり彼らはこのジェラルドという男を畏怖の念を抱いているらしい。


「そうなんでさぁ、ボス! 早いとここいつらに俺らの力ってやつ見せつけちゃってくださいよー!」


 そう言った次の瞬間、男は吹っ飛んだ。


 あまりの速さに、男は何が起こったかわからなかっただろう。

 男はジェラルドに拳を顔面に喰らい、血で赤い線を引きながらカウンターに突っ込んだ。


「ごちゃごちゃうるせぇな、勘違い野郎が。誰が貴様なんぞのために動くかってんだ」


 ジェラルドがそう言った途端、客の全員が悲鳴を上げて逃げ出した。

 我先にと、前にいる人間を突き飛ばし狭い入口や窓から死に物狂いで逃げ出す。


 ジェラルド本人はそんな周りの様子も気にせず、男を殴った拳を労わるように撫でた。


「なぁ、お嬢ちゃん。別に俺はあのグズが殺されよーが何されよーが、どうでもいいんだよ。ただ聞くに、お嬢ちゃんのツレが“俺”に楯突いたって言うじゃねーの。そりゃあダメだ。そりゃあほっとけねぇよ」


 シルヴィアはジェラルドの動きが見えていた。

 ただ殴っただけではない、ジェラルドが殴った瞬間に拳の色がうっすら黒くなったのを確認した。


 間違いなく魔法だ。


 土系統の魔法で、自分の肌を硬質化させる『鋼鉄鱗(シェル)』という魔法だ。

 あの僅かな時間で魔法を発動し、男が反応する暇もなく拳を叩き込んだのだ。

 かなりの使い手だ。ボスと呼ばれるだけあるとシルヴィアは判断した。


「なにー?しーちゃん暗いよー!」


 シルヴィアの胸の中で顔をうずめたヒカリが喚き出す。


 ジェラルドが男を殴った瞬間、ヒカリに危害が及ばないように、そして子供にショッキングな光景を見せまいとシルヴィアが咄嗟にかばったのだ。

 シルヴィアが口を開こうとする前に、ギムレットがシルヴィアとジェラルドの間に割って入り込んだ。


「おっと、放って置けねぇんならどうするんだ? 答えによっちゃ見過ごせねえぜ?」

「……なんだ、貴様?」

「この人のツレさ」

「そうか、貴様に用はない。消えろ」

「そう言うなって、そんな穏やかじゃねぇツラしたやつを置いて下がれねェって。話なら俺が聞いてやる」

「……俺は消えろって言ったよな?」

「あ?」


 ギムレットが何かを言いかけた瞬間、シルヴィアはギムレットが爆発したように見えた。

 そしてそのままギムレットの背中が迫り、ヒカリもろとも店の壁まで三人は吹っ飛ばされた。


「おごぁっ!」

「きゃああ!」

「あ〜れ〜」


 三者三様のうめき声を上げて床に叩きつけられる。


「ギムレットさん! 大丈夫ですか?」

「いってぇえええ! この野郎! いきなり何しやがんだ!」


 思った以上にギムレットはピンピンしておりシルヴィアは安心した。

 急いでヒカリの方も見てみるが、ヒカリも目を回してるだけで怪我はないようだ。


「俺に何度も同じこと言わせんじゃねぇよ。あぁイライラするぜ……」


 今度はジェラルドはこちらに向けた掌から煙を上げていた。


「シルヴィア殿、気ィつけろ。大した威力じゃねえが、あいつ火系統の魔法も使いやがる」

「二系統使いですか……」


 魔法とは大きく分けて四種類ある。火・水・土・空の四系統だ。

 他にも多種多様な魔法はあるが基本はこの四種類だ。


 そして、人間は大体自分が使える魔法、自分が得意とする系統というものがあり、それは一人につき一系統と言われているくらいだ。

 稀に複数の系統を扱える者はいるが、二つの系統を同じレベルで発揮するのはかなりのレアだ。


 大体の人間が一つの系統を集中的に伸ばす。

 そうでないと共倒れになってしまうからだ。


 しかし、目の前のジェラルドは威力は低くても、実戦で使えるくらいの威力の魔法を二系統使った。


「おい、俺を無視すんなよ。お前ら」


 ジェラルドが顎で合図すると、入口からジェラルドの手下たちが湧いて出てきた。


「女は適当に痛めつけて服ひん剥け、人質にする。男とガキはバラせ」

「「「おおっ!」」」


 十数人の男たちは、壁に追いやられているシルヴィアたちを取り囲む。

 その手には剣や戦斧を持つ者もいた。


「野郎ぉ……!」

「ギムレットさん。ここでヒカリちゃんを見ていてください」


 ギムレットの下敷きになっていたシルヴィアはするりと抜け出し、服のホコリを払いながらそう言った。

 そして腰に差していた剣を鞘に収めたまま、構える。


「ここは私が片付けます」


 剣を鞘に収めたまま構えたことがおかしかったのか、周りの男たちがひっひと笑い出す。


「おいおい、嬢ちゃん無理すんなよ。剣もロクに使えねぇのによ。

 知ってるか? 剣は鞘っていうカバーから抜かねーと意味ねーんだよ」


 ある男がそう言ったと同時に周りから大爆笑が上がる。

 シルヴィアはその笑いの渦を気にも留めず、それどころか哀れむむように微笑んだ。


「ええ、知ってますよ? ただ、女王陛下から授かったこの『宝剣』に貴方たちのような薄汚い血を吸わせるのが耐え難いだけです。それに」


 そこで一度言葉を切って、優しい顔で微笑む。


「こうした方が、丁度いいハンデになるでしょう?」

「ほざけぇえええ!」


 その叫びを合図に男たちがシルヴィアに突撃していく。


 シルヴィアは迎え撃つどころか押し寄せる大群に突撃していく。

 シルヴィアの正面にいた男がシルヴィアを横薙に切り払おうとした瞬間、シルヴィアは踏み切って前方宙返りで派手にかわし、切り払った男の後ろにいた数人を、空中にいる間に剣を一閃振り抜く。周りの男たちをひと振りで吹き飛ばし、華麗に着地した。


 一瞬何が起こったのか解らなかった男たちは少し固まり、我に返って再度襲いかかってくる。

 シルヴィアは着地した低い体勢のまま、男たちの僅かな隙間を風が吹き通るようにすり抜けていく。


 通り過ぎざまに、男たちが遅れて倒れていく。

 全員腹部や喉をピンポイントに突かれ、痛みを感じるまもなく気絶していった。


「何なんだよ、このアマあああ!」


 まるで風そのものと戦っているような錯覚になっていく男たちは、

 どんどん錯乱し、訳も分からないまま一人、また一人と倒されていった。


「相変わらずとんでもねぇ……」


 シルヴィアの剣技に感嘆しつつ、ギムレットは立ち上がり、シルヴィアが巻き起こす戦渦へと突入していく。


「女が戦ってるのに、のんびりしてらんねぇよなあ!」


 そうギムレットは自分を鼓舞し、腰に収めていたナックルガードを装着する。


「おらおらぁ、ガキに見蕩れてんじゃねぇぞ!」


 そう言いながら大振りの右ストレートを男に叩き込み、打ち抜く。

 後ろの数人を巻き込み、店の反対側の壁まで吹っ飛ばす。


「ギムレットさん。無理しなくていいんですよ?」

「バカ言え! まだ介護してもらうような歳じゃねぇよ!」


 二人は言い合いながら背中合わせになった。その様子をジェラルドはひどく不愉快そうに見つけていた。


「グズどもが、手こずりやがって……。おいそこの」

「ひっ! へ、へい!」


 ジェラルドは近くにいた適当な男を呼び、ある指令を出す。

 そんなことをしている間にシルヴィアたちはジェラルドの手下の半分を戦闘不能に追いやる。


「なんでぇ、どいつもこいつも大したことねぇな」

「ジェラルドという男以外は、所詮烏合の衆といったところでしょう」


 二人は準備運動にもならないと言った風に息を吐く。

 周りの男たちはその態度にいらだちを覚えるも、事実二人にかすり傷すら与えられず、二人を囲むように立ち竦んでいた。


「おいおいおい、お前ら。なに雁首揃えてつっ立ってんだ、いいからとっととやれよ」


 ジェラルドがどうでもよさそうに男たちに呼びかける。

 その言葉に男たちは身体をびくりと震わせるがそれでも動くものはいない。

 シルヴィアたちと実力とジェラルドの恐怖に板挟みになっているようだった。


「どいつもこいつも……。ああ、もういい。お前らに期待しねぇよ」

「んだあの野郎。テメェは何もしねぇでよ」


 ジェラルドの自分勝手な言い分に、ギムレットは吐き捨てるように行った。


「黙れ、でくのぼう。これを見ろ」


 そう言ったジェラルドの手には気を失ったヒカリが握られていた。

 ヒカリの細い首が、ジェラルドの巨大な手の親指と人差し指で固定され、まるで瓶を片手で持ち上げているような所作でシルヴィアたちに突き出す。


「ヒカリちゃん!」

「あ゛っ! やべっ!」


 ギムレットは忘れてたと言わんばかりに口をあんぐりと開けていた。


 シルヴィアに任されておいて、その場にほっぽり出してきてしまっていたのだ。

 それを抜け目なく気づいていたジェラルドは、状況が悪くなったと判断し、先程手下に連れてくるように言っていた。


「武器を捨てて手を上げろ。抵抗するなよ、このガキの首へし折るぞ」


 シルヴィアは苦虫を噛み締めるような顔をするが、ジェラルドの言うように剣を手の届かないところまで放り手を挙げた。

 ギムレットも舌打ちをしながらナックルガードを投げ捨てた。


「だよなぁ。手ぇ出せねぇよなぁ。貴様らどうせ騎士かなにかだろ? お忍びでこの街に偵察に来たってところだろ? 舐めた真似しやがって。だが名誉ある騎士様なら、善良な市民。それもこんな幼気なガキ一匹の命も見捨てねぇんだろ? すげぇよなぁ。立派だよなぁ。立派すぎて吐き気がする」


 ジェラルドの言葉に二人は歯噛みした。


 確かに二人にとってはヒカリは今日会った見ず知らずの他人。

 自分の命が危ぶまれるこの状況で相手の要求を素直に飲むほどの存在ではない。


 しかし、ここで子供一人を見捨てるような人間は王宮騎士団の中には一人もいない。

 シルヴィアたちにとってこれ以外の手段はなかった。


「ようやく大人しくなったな。最初からそうしてればいいんだ」


 周りの男たちはこれでもかというほど下品な笑い顔を浮かべ二人ににじみ寄る。


「どうすんだ、シルヴィア殿」

「どうするもこうするも、ヒカリちゃんがあんな状態で下手に動けません」

「マジかよ……」


 二人は小声で話し合ってはみるが、有効な手立てがあるわけもなかった。


「お前らみてぇな奴らが出るわ、部下は使えねぇわ。今日は厄日だぜ」


 ジェラルドはヒカリを掴んだ手をそのままにシルヴァアたちに近づく。

 勝手な言い分を撒き散らすジェラルドにシルヴィアは不快感を抱き、強い視線で睨みつける。


「なんだその眼は? 気に入らねえ。おい女、そこで脱げ」

「は……?」


 ジェラルドの言葉に周りの男たちはとうとう堪えきれず笑い出す者もいた。


「二度とそんな反抗的な態度できないように、ぐちゃぐちゃに犯してやる。ツレの男にもいい見せしめになるだろ。なぁ?」


 シルヴィアはいい加減吐きそうになる。

 どうしたら人間ここまで醜悪な発想ができるのだと。同じ心を持つ人間だと思いたくなかった。


「なんだ? 性懲りもなく抵抗するのか? いいから脱げよ、おい。これ以上俺をイラつかせんじゃねえよ」

「それはこっちのセリフだ……」


 ジェラルドの言葉をかき消すような、冷たく重い音が酒場の入口から響く。

 聞き覚えのある声にシルヴィアが振り向く。


 入口には、昼間の剣幕以上のギラギラした雰囲気を放つギルバートがいた。


「『黒い逆十字』というのは流石だな。俺の神経に触ることをいとも簡単にしてくれる」

「ボ、ボス! コイツです! 昼間、ボスに楯突いた男は!」

「ほぅ……」


 男たちの中に、昼間あの場所に居たのであろう者から報告の声が上がる。それに合わせて周囲がざわめき出す。


「あなたは昼間会いましたね。その節はどうも」

「えっ! ああ、はい!」


 突然話しかけられたシルヴィアは驚きと、覚えてもらっていた喜びで変な声を出す。

 シルヴィアは本来なら飛び上がって喜びたいところだが、ヒカリが人質に取られ気が気でなく、どうしたらいいかわからなくなっていた。


「ムニャムニャ……」


 シルヴィアが軽く混乱してた所に、ざわめきで目を覚ましたヒカリが場違いな寝ぼけ声を出して目を覚ました。


「んー。うるさいなぁ……。あ、ギルくんだ」

「えっ?」


 目覚めたヒカリの口からギルバートの愛称らしき名詞が飛び出し、シルヴィアはヒカリに向き直る。


「まったく……。何をしているんだ、ヒカリ」

「えええっ!」


 ギルバートの口からもため息混じりにヒカリの名が出る。

 こんな偶然があるのだろうか。

 自分の探し人と、ヒカリの待ち人がまさかの同一人物だった。



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