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希望の黎明 10 ―これから歩む道―



 リカルドが立ち向かった倉庫の事件から半月ほどが経った。

 事件の動向は気になったが、疲労でどうしても体が動かなくて知りようがなかったのと、医師から絶対安静と言い含められ病院のベッドの上から動けずにいた。

 そして何より、事件の翌日にリカルドの母が弱った体を引きずってリカルドの見舞いに来たことがかなり堪えた。

 見舞いに来た母はベッドに横たわったリカルドに寄り添い、命に別状がないことを聞くと安堵の涙を流した。

 その姿が、十年前に父が死んだと知った時の母と重なり見ていられなかった。

 しかしあの倉庫での決意は本物であり、決して後悔はしたくないと思っていた。

 細い体を揺らして泣く母にリカルドはずっと謝り続けていた。


 ――母さん、ゴメン。でももう、決めたんだ。自分に嘘つかないって。


 リカルドはそう思いながらある決意をしていた。しかし泣き崩れる母を見ているとすぐには言い出せなかった。

 けれど必ず言わなくてはならない。きっとそれは“義務”なのだから。

 そしている内に時が経ち、リカルドの体調は完全に回復し、折れた腕すら支えがあればほとんど痛みもない状態まで来ていた。


「そんなこと、普通ありえないんだけどねぇ……」


 あまりに早すぎるリカルドの回復ぶりに、医師は苦笑混じりでそう言っていた。


「そういうものなんですかね?」

「そうだよ。ふつう、骨がくっつくまで何ヶ月もかかるんだよ? まあ、遅いよりは全然いいんだけどね」


 最終的には医師もそう言ってリカルドの肩を叩いた。


「もう何日か様子を見たら退院しようか。君くらいの年だと床に伏してたほうが体に悪そうだ」

「はい。ありがとうございます」

「お礼は早いよ。じゃあまたあとで」


 医師はそう言ってリカルドの病室を出ていく。するといつぞやのように入れ替わりで賑やかを具現化したような少女が病室に入ってくる。


「やっほー! りっくん、げんきー?」

「あ、ヒカリ! 久しぶり!」


 勢いよくリカルドのベッドに飛び込んできたヒカリを見てリカルドも明るく迎えた。


「わあー。顔色大分良くなったね。もう大丈夫?」

「うん。右腕の骨折以外はもう大丈夫。先生も何日かしたら退院していいって」

「ほんと? よかったー!」


 そんなふうに屈託なく笑うヒカリを見るとこちらまで笑顔になった。


「よ。相変わらずタフだな、もうそこまで回復したのかよ」

「あ、ロキさん」


 ヒカリに構っている間にいつの間にか小脇に包みを抱えたロキがベッドの傍らに来ていた。そちらも相変わらず気怠そうな雰囲気を纏っていて、それが逆に安心できた。


「あの様子じゃ一ヶ月は身動きできねーと思ったが」

「ははは……。まあ昔から身体だけは丈夫でしたから」

「聞いたよ。で、今日は一応報告に来たんだ」


 そう言ってロキは、足で離れたところにある椅子をベッドに寄せて座った。


「報告? ってあの倉庫のことですか?」

「ああ。あの倉庫で捕まえた盗賊どもは、思ってたとおり『黒い逆十字』の連中で、主に武器やら食糧を調達するチームだったらしい。けどま、捕まえた下っ端連中じゃ詳しいことは何もわからなかった。後の処理は所轄の騎士団に任せて俺は帰ることにする」

「そうですか……」

「お前が落ち込むことじゃねえよ。むしろお前のおかげでこっちは楽できたんだ。ありがとよ」

「いえ、俺は全然……」


 ロキの言葉に謙遜するリカルドに、わざとらしくため息を吐いてヒカリはリカルドの頭を撫でた。


「もー、りっくん。若いうちは褒められたら素直に喜んでおいたほうが可愛がられるんだよ? りっくんは頑張ったんだから!」

「いや、ヒカリに若いうちはとは言われたくないんだけど……」

「とにかくだ。俺らは帰るが、リック。お前はどうする?」

「どう、って?」

「そのまんまの意味だよ。俺たちは首都に戻ってこれからも『逆十字』も連中を追うつもりだ。で、お前はこれからどう生きる? 今まで通り、母ちゃん守るためにここで生きてくか?」


 ロキの言いたいことの真意は理解できなかったが、リカルドはずっと心に決めていたことを口に出した。


「俺は弱い人を守りたいです。けど、ずっと俺は自分もその『弱い人』だと思ってました。そんな弱い俺が誰かを守れるのかって」

「だからせめてテメェの母ちゃんだけは守ろうってか?」

「はい。でも、それじゃダメだってわかりました。守りたいならそれだけの力を持ってなきゃいけない。そして、持ってないなら掴みとらなきゃ。自分の手で」


 リカルドは右手を強く握りそれをじっと見ていた。そしてふと顔を上げてロキを見た。


「俺、騎士団に入ろうと思います。ずっと俺は、ロキさんの言ったとおり逃げる道ばかり探してました。でももう、そんなのはやめます。相変わらず魔素の扱いはまだまだだけど、もっともっと努力して、誰にも負けない騎士になります」

「そうか。それでいいんだな」

「はい。前に父が言ってたんです。出来る事があれば、それをする義務がその人にはあるって。俺は『誰かを守りたい』って想いを成し遂げることが俺自身の義務だって思いました」


 少しこじつけ臭いかもしれないが、そう決めたらもう迷いはなかった。

 リカルドは十年ぶりに父の背中を追う覚悟を決めたのだ。


「なるほど……。どうやら説得する手間が省けたみたいだな。なあ、お嬢!」


 ロキがそう言って病室の外に向かってそう言うと。ドアが開いて銀髪の女性が顔を出した。


「え? 何? もう入っていいの?」

「話の流れでわかんだろうがよ。いいから入れって」

「何よ、いきなり部屋の外で待ってろとか言っておきながら今度はいいから入れって……」


 文句を言いながら入ってきたのは、銀色というより足跡のついていない新雪と言ったほうが適切なほど純粋でなめらかな髪を纏めた女性だった。

 顔つきは繊細で鋭く、それでいて慈愛のようなものも感じられた。そして何より、今まで見たことものない豊満な体つきを見てリカルドは言葉を失った。


「初めまして。リカルドさんね? 貴方のことはロキから聞いてるわ」

「え? あ、は。はい!はじめまして!」


 呆けていた時に話しかけられ、リカルドは声を裏返しながら返事をした。


「あー。りっくん、しーちゃんに見蕩れてたでしょー?」

「え、いや! ちがっ……!」

「いやー、わかる!わかるよー。しーちゃんカワイイもん! でもね、初めて会った女の人のおっぱいばっかみちゃ失礼だよ?」

「み、見てないよ! 変なこと言うなよ、ヒカリ!」

「見てないの!? それはそれで失礼だよ! あんな爆乳滅多に見れないんだよ! しーちゃんに謝んなさい! おっぱいから目を逸らしてすみませんって!」

「もうどうすればいいんだよっ!」


 本気かどうかはわからないが、十五歳の純情をからかうヒカリに、顔を真っ赤にしながらリカルドは否定し叫んだ。


「二人共! 病院ではお静かに!」

「うっ! はい……。すみません」

「はーい。ごめんなさーい」


 騒ぐ二人を銀髪の女性が叱り、何とか静かになった。


「ったく。ヒカリちゃんがいると話が一向に進まねーな……」

「別にあたしは邪魔しよーとはしてないんだよ? 無意識無意識」

「より質が悪いじゃねえか」


 また話が脱線しそうになるところを銀髪の女性がおほんと咳払いをして話しを締めた。


「えー……。とにかく自己紹介からしましょう。改めてはじめまして。私、ブリティア王国女王直轄、対『黒い逆十字』対策部隊『薔薇ノ心臓団(ローゼンハーツ)』団長。シルヴィア・ヴァレンタインと申します。よろしくお願いします」

「へっ……? ローゼン……?」


 予想だにしない言葉だ飛び出し、リカルドはまたしても上ずった声を出した。

 『薔薇ノ心臓団(ローゼンハーツ)

 おそらく今のブリティア国内で知らないものはいないだろう。

 女王の鶴の一声で結成された、『黒い逆十字』を殲滅するための特別組織。

 その一員どころか、団長が騎士ですらないリカルドの目の前にいる。それも屈強な戦士や老齢な魔術師というわけではなく、見た目はロキと同い年くらいで、とても美しく、ガラスで造られた華のような女性が団長というのだからとても信じられなかった。


「ほ、本当に……? 『薔薇ノ心臓団』……?」

「ええ、そうですが……? もしかして……。ロキ、あなた言ってなかったの?」

「あー。そーいやーいってなかったっけなぁー」


 シルヴィアの責めるような問いかけに、ロキは白々しくそう言った。

 これはもう疑いようもなくわざと言っていなかったのだと理解した。


「あなたね、こんな大事なこと事前に何も言ってなかったの?」

「んなケンケンすんなって。いわゆる一つのサプライズってやつよ」

「そうそう。こういうのはいきなり言ったほうが驚き倍増なんだよ、しーちゃん」

「別に驚かせようってことじゃないのよ?」


 シルヴィアがうろたえながらロキを責めても、ロキもヒカリもそれが狙いだったと言わんばかりに笑っていた。


「もしかして、あなたのことも言ってないの?」

「あなたのって……。もしかしてロキさんも……?」

「ああ。俺も『薔薇ノ心臓団』だ。ヨロシク」


 リカルドの動揺もよそにロキは親指を立てて雑に明かした。

 もはやリカルドは理解の範疇を越え、完全に思考が停止してしまった。

 身じろき一つしなくなったリカルドにシルヴィアがおそるおそる声を掛けた。


「あの……。大丈夫ですか?」

「あ、はい……。ちょっと混乱してるっていうか……」

「わかります。私も彼のいい加減さには常々あきれ果ててますから……」


 幸か不幸かロキの企みによってリカルドとシルヴィアのあいだで親近感のようなものが生まれてしまった。


「話を戻しましょう。リカルドさん、シナロア第二十三倉庫での『黒い逆十字』鎮圧のお手伝い感謝致します。あなたのおかげで被害も最小限で収まりました」

「いえ、俺はただ必死だったっていうか……」

「その必死さで救われた人もいますよ。その証拠に『逆十字』と繋がりのあった倉庫の管理主任リード・スミスはあなたの言葉に諭されたと言っています」

「主任が……?」

「はい。あたなに叱責され考えを改めたと言っています。違法ではありますが十分減刑対象になります」

「そうですか……。よかった……」


 倉庫の管理主任の処分が軽くなったと知り、リカルドは心の底から安堵した。

 実際、管理主任のこれからのことが一番リカルドは気がかりだったため、最悪のことにはならないとわかり肩の荷が降りた気分になった。


「そんなことはあとで言えばいいだろ。いいから本題いけよ」

「本題……?」


 話の腰を折りまくるロキが苛立ったふうにそういった。しかしこれ以上の本題が何かあるのだろうかとリカルドは首をかしげた。


「まったく……。リカルドさん。あなたは現在、例の倉庫で働いていることになってますね?」

「はい」

「聞くところによると、あの倉庫は一度営業停止にするそうです。仕事先が無くなってしまいましたね」

「そっか……。でもいいんです。俺、やらなくちゃならないことがあるんで」

「ええ、聞いてました。だから単刀直入に言います。リカルドさん。あなた、私たちの仲間になりませんか?」

「……へ?」


 三度、リカルドは声を裏返した。

 私たちの。仲間になる。

 これがどう言う意味か、本気でわからなかった。

 そんなリカルドがおかしかったのか、シルヴィアは少し笑った。それはロキやヒカリが浮かべているものと同じ笑顔だった。


「リカルド・オーウェンズさん。あなたを『薔薇ノ心臓団(ローゼンハーツ)』の一員として迎えたいと思います。出来ればこの場で答えを聞きたいのですが……?」


 シルヴィアの言葉を聞き、リカルドはちゃんと意味を理解する前に答えを口から出していた。


「はい! 是非お願いします!」

「やったー! りっくんが仲間になったー!」


 リカルドが強い言葉で受け入れたとたん、ヒカリがリカルドに近づいた。


「いたたたた! ヒカリ、腕、痛い痛い!」


 二人の微笑ましい様子を見てシルヴィアは声を漏らすように笑った。そしてロキの方はリカルドの答えを受けてずっと小脇に抱えていた包みをリカルドに放り投げた。


「就職祝いだ。やるよ」

「あ、どうも。なんですか、これ?」

「開けてみろ。これを手に入れんのにえれぇ手間かかったぜ」


 ロキの言う通り、リカルドは片手でもたつきながらも包みを広げた。

 そこには決意の象徴とも呼べる、琥珀色の短剣があった。


「これ……」

「『アンバー』。誰も使いこなせなかったために、博物館で埃かぶってた魔剣だ。倉庫の後処理の報酬としてかっぱらってきたんだ」

「ちょっ! あんた本気? これがもし本物の『アンバー』だとしたら……!」

「だとしたらじゃねぇよ。ホンモンだよ」

「バカじゃないの!? これは立派な!?」

「知らねーよ。爺さんがいいって言ったんだからいいだろ」

「あの……、ロキさん。ホントにいいんですか?」

「いいんだよ。ありがたくもらっとけ」


 いい加減な言い方でそう言うロキにしばらくシルヴィアが小言を言っていたが、もうリカルドは聞いていなかった。

 この『アンバー』がどういうものかは知らない。けれど、これがあればなんでもできるような気がしていた。


「よかったね、りっくん」

「うん。……あれ? そういえば、ヒカリって何者なの? 流石にヒカリは『薔薇ノ心臓団』ってわけじゃないでしょ?」


 リカルドの問いかけにヒカリは考え込んでいたが、しばらくすると人差し指を口元に当て、ウインクしながら笑った。


「ナイショ」


 そんな仕草が可愛くて、なんだかどうでも良くなり。


「そっか」


 それだけいってリカルドは考えないことにした。

 ただ、その代わりに考えなければならないことが出来てしまった。

 母に、自分が聞けたことをどう伝えるか。

 ロキとシルヴィアの言い争いを聞き流しながら、リカルドは気が重くなっていた。


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