希望の黎明 8 ―なぜわたしをみすてたのですか―
倉庫の騒ぎに遅れて駆けつけたブリティア西方騎士軍たちから離れた木立の中、黒椀を失い、満身創痍のデイヴィスが木々に寄りかかりながら倉庫から離れていた。
――まさか、あんなガキに負けるとはな……。
そもそもデイヴィスは戦闘向きではない。
闘気は一応纏えるが、武闘派に比べればお情け程度でしかない。あくまでデイヴィスは盗賊の統治であったり、『組織』の資金繰りが本来の仕事だった。
その為の部下であったし、その為の義手『ファフニール』だった。
大金を払ってスカーディアの技術者から買い取った新型兵器だったが、まさかああも簡単に壊れるものだとは思わなかった。
いや。惜しむらくはやはり『アンバー』だ。あれはやはり噂以上の力を秘めていた。
しかし今のデイヴィスは、もう『アンバー』をどうにか取り戻そうとは思わなかった。
それ以上にリカルドに会いたくなかった。
――腹が立つ。何も知らないガキがいきがりやがって。
あの『アンバー』の輝きは純粋に素晴らしかった。
太陽の光に似たあれは過去の自分を思い出させた。
理不尽を嫌悪し、悪を憎んでいたあの頃の無知な自分を。
「クソッ! 余計なことを思い出させやがって!」
やっとわかった。どうしてここまでリカルドを嫌悪するのか。
なんてことはない。ただ、過去の自分を見て苛立っていたのだ。
しかし、そう理解すると自分の気持ちの整理は容易だった。デイヴィスは気持ちを落ち着けたあと、シニカルに笑う。
「まあいい。せいぜい苦しむがいいさ。自分の認識がどれだけ愚かで間違っているってことをな」
あの無知な少年のように、デイヴィスも立ち止まることはできない。
自分の信じた、崇拝した信念に基づき行動するのみだと。
「いい気になってんじゃねえよ、クズ野郎」
背後から誰かから話しかけられた。
そう理解したと同時に、乾いた破裂音が響き、デイヴィスは膝を折った。
「あ……? んだ、こりゃ……」
足に力が入らない。視線を降ろすと、自身の上着が紅く染まっていく。
左の脇腹から広がるそれが血だと理解すると、途端に激痛に襲われた。
「こいつは……、銃か」
「正解。ご褒美にもう一発喰らっとけ」
言葉とともにもう一度、破裂音が響く。
銃弾は右の太腿を貫き、デイヴィスは前のめりに倒れた。
「起きろ。こんな程度でくたばりゃしねえだろ」
背後から放たれる冷えた鉄より冷たい声に向かってデイヴィスは必死に顔を向ける。
そこにはリカルドより少し年上の、無造作に伸びたくすんだ金髪をなびかせる人相の悪い男がいた。
「ご機嫌よう。『薔薇ノ心臓』のロキさんだ。テメェを牢獄にブチ込むために来てやったぜ」
巫山戯た言葉とは裏腹に、殺意を惜しげもなく撒き散らしてロキはデイヴィスにそう言い放った。
「『薔薇ノ心臓』? ハッ、操り人形の女王の犬か。こんな僻地までくるとは熱心だな」
デイヴィスの皮肉を引き金にまた新たに破裂音が鳴った。
今度は左足の膝を打ち抜かれ、デイヴィスはとうとう絶叫を上げた。もう逃げることは出来ない。
「そういう『逆十字』も流石だな。どんだけ這いつくばっても口は減らねぇ。そのくせテメェらのことは一言も喋らねぇ。ったくウザってぇったらねぇぜ」
痛みに耐えながらデイヴィスはロキを見る。
ロキの手に握られている銃を見て怪訝な思いになる。
――なんだ。あれは本当に、“拳銃”か?
デイヴィスが目の当たりにしたのは、ロキはその手に握る、黒い塊だった。
形状は確かに銃に似ている。しかしデイヴィスが知っている銃は火薬を着火させるために火打石を用いるフリントロック式。あるいは近年スカーディアが開発させたばかりの、弾に火薬を詰めて打ち出す雷管式の回転式の拳銃くらいだった。
しかしロキが持つものはフリントロック式のように火打石の撃鉄も、回転式拳銃のようなシリンダーもない、凹凸の少ないシンプルなものだった。
配色が黒い色な分、唯の銃の形をした鉄の塊と言われても頷けるほどだった。
デイヴィスの視線に気づいていないのか、ロキはデイヴィスから視線を外し倉庫がある方向に顔を向けた。
「あいつ。別に期待はしちゃいなかったが……。大金星だぜ」
「あのガキ……。お前らの仲間か?」
「ん? いや、あいつはなんの力もねえ唯の一般市民だよ。つまり、お前は唯のガキに負けてんだよ。ざまあねえな」
ロキの最大限見下した発言を受けてもデイヴィスは余裕を失わなかった。
「ああ、そうだな。しょせん俺はデスクワークが主のビジネスマンだよ。相手の土俵に乗ったのが間違いだった。さあ、俺を捕まえてどうする? 金稼ぎ手伝ってやろうか?」
デイヴィスの決して虚勢とも思えない発言を受けてロキの表情は消えた。
一歩、また一歩とデイヴィスに近づき眉間に黒い拳銃を突きつける。
「悪いが金なんざいくらでも引っ張れるんだよ。お前ら小銭稼ぎが得意な奴と違ってな。んなことぁどうでもいい。テメェにはまず答えてもらうことがあんだよ」
眼前に銃を突きつけられても笑みを崩さないデイヴィスに向かって、ロキは囁くようにこう言った。
「お前は、“信奉者”か?」
信奉者。ロキから出たその言葉を聞いた瞬間、デイヴィスの貼り付けたような笑みが消えた。
数秒表情が消え、少ししたらまた笑みを浮かべた。
「くくく……。クハハハハハ……。なるほど、唯の烏合の衆って訳じゃないらしい。にしても、ずいぶんおしゃべりな同胞に会ったな。いやその言葉を吐いたってことは同胞にすらなれなかったんだろうなぁ……」
今までとは違う、全てを嘲笑うようにデイヴィスが心の底から面白そうに言葉を吐き出す。
それを見て、今度はロキの表情が消えた。そして同じように笑みを、とても正義の味方とは思えないような歪んだ笑みを浮かべた。
「当たりだ……。ここまで来んのに半年かかったぜ」
そう言ってロキはデイヴィスの眉間に銃口を押し付け顔を近づける。
「テメェは大事な重要参考人って奴だ。フルコースを用意してやるから覚悟しろよ」
「ヒッ! ヒャハハハハハハハハハハ! フルコースぅ? それは辛いのか? 苦しいのか? 悪いがそんなのは俺たちにとっちゃ屁でもねぇ! この世界ほどの拷問は存在しねぇからなぁ!」
デイヴィスはまるで魂が入れ替わったかのように高らかに笑い、口から泡を吹きながらまくし立てる。
「古臭い戒律! 非合理的な迷信! 差別! 格差! この世界は長い間寄せ集まった歪みが飽和してる! それに気づかず無関心に生きている人間どもも同罪だ!」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。テメェは悲劇の代弁者のつもりか? どいつもそんなの理解して乗り越えてんだよ。独り善がりの妄言垂れながしてんじゃねぇ」
「代弁? 独りよがり? じゃあ貴様は言えるか? その他大勢のために! 自分の保身のために身代わりにされて! 目の前でたった一人の妹を犯されて同じことを言えるか!」
デイヴィスの言葉はいつしか怒りに染まり、喉が裂け、血の泡を吹きながら叫んだ。
しかし、ロキは何も変わらなかった。
「知るかよ。結局テメェはテメェの不幸に耐え兼ねてお仲間作ろうとしてるだけじゃねぇか。どっちにしろ迷惑なんだよ」
感情移入はせず、立ち位置は変わらず、ロキはそう吐き捨てた。
「聞きたくもねぇ不幸自慢は尋問官にでも言うんだな」
「……ククク。残念だがそうはならん。我々は修正を望む高貴な意志の下集まる信奉者なり! 世界は終焉を迎え、我らが導師が新世界へと誘わん! 新たなる世界に栄光あれ! 黒い逆十字よ永遠なれ!」
今度こそ気が触れたようにデイヴィスは天を仰ぎ叫んだ。聖書の一節のように高らかに、誇り高く宣誓した。
「えりえりれまさばくたに」
デイヴィスはそういった。
ロキはなんのことかわからなかった。
りかいすることはできなかった。といただすまえにデイヴィスはシんだから。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
おおよそにんげんがはっするとはおもえないおとをのどからだしてデイヴィスはとけた。
にくがぶすぶすとおとをたててどすぐろいえきたいにかわった。
ロキはあまりのあくしゅうにはなをうででふさいだ。
デイヴィスはすぐにこえをださなくなった。のどごときたないえきたいになってとけたから。
ロキはみつづけた。ひとがくさっていくようすを。
ロキはめをそむけなかった。シタイがホネだけになっていくようすを。
すべておわった。どすぐろいうみにまっさらなホネだけのこった。
デイヴィスのズガイコツのふたつのあながロキをじっとみていた。




