希望の黎明 6 ―その手に太陽を―
盗賊たち、つまりは『黒い逆十字』たちはシナロアの倉庫で着々と荷物を運び出していた。倉庫の中の食糧、消耗品。果ては魔道具といったものまで根こそぎ運び出そうとしていた。
その作業も終わりに差し掛かり、『黒い逆十字』の男たちは一人の男の周りに集まっていた。
黒い髪を油で丁寧に後ろに撫でつけた男。名をデイヴィスという。厳しくも鋭い眼差しは奥深い知性を感じさせた。
こんな場所で、こんな野蛮な男達に囲まれていなければ、政治家や役人と言われた方が似合うような人物であった。
そんなデイヴィスの前にこの倉庫の責任者である管理主任はとても責任者とは思えない佇まいでいた。
「お、おい。こんな悠長に構えてていいのか? 早くここから離れないと……」
管理主任は今まで『黒い逆十字』に手を貸し、数々の汚職に手を染めてきたにも関わらず、いざ自分の管理している倉庫に堂々と立ち入られると、居心地が悪くて仕方がなかった。だから一刻も早くこの場から立ち去りたくて執拗にデイヴィスたちを急かしたが、当のデイヴィスらは管理主任の話を聞こうともしなかった。
「デイヴィスさん、これ以上は運びきれません。ここいらが潮時かと……」
「ああ、そうだな」
部下の言葉に頷くとデイヴィスはゆっくりと腰を上げ管理主任の方へと向いた。
「さて。荷物の運び出しも終わった。後は最期の仕上げだけだ」
「し、仕上げ? これ以上何をするって言うんだ?」
管理主任が怯えるように聞くが、デイヴィスはもちろん周りの男たちもなにも答えない。そして管理主任の周りを囲み、にじみ寄ってくる。
「なんだ? なんのつもりだ?」
「あんたのおかげで荷物の運び出しもスムーズに終わった。さらにシナロアの輸送ルートまで頂けてありがたく思う。だから、あんたにはこれから先の不安と苦痛を取り払ってやろう」
デイヴィスは終始淡々と語ったが、管理主任は追い込まれるような圧力を感じた。この先とても良い事が起こるとは思えない不穏な気配がした。
後ろにまで男たちに囲まれているとわかっていても、管理主任はすぐにでも逃げ出そうと後退りをしたが、足がもつれて尻もちをついた。
「お、おい! どういうつもりなんだ! 私の安全は約束してくれるんだろ!?」
「そう思っていたんだがな。しかし、どう考えてもあんたがこの先、不安も危険も無く過ごせる算段がつかない。あんたみたいに気弱で鈍臭い奴が、俺と共に裏の世界を渡り合えるとも思えない」
デイヴィスが話をしている中、管理主任を取り囲む男たちはナイフや棍棒といった武器を取り出す。
「辻書きはこうだ。あんたは休日返上で倉庫で仕事をしている時に、運悪く強盗がこの倉庫に押し入ってきた。管理主任としてここを守らなければならないあんたは当然抵抗した。しかし複数の盗賊相手に太刀打ちできず、名誉ある死をここで迎えた」
管理主任はデイヴィスの言うストーリーを聞いてようやく自分の未来を確信した。
一瞬で体中に脂汗をかき、呼吸が荒くなる。何とか生き延びようとするが、思考が全く働かない。
「う、うそだ……。やめてくれ! 頼む、命だけは……!」
惨めに命乞いをする管理主任を見て、取り囲む男たちは嘲笑したが、デイヴィスだけは氷のような表情を変えなかった。
「命だけは? 命だけ残してどうする。お前みたいな役立たずを今まで生かしてやったんだ。泣いて感謝してもらいたいくらいだ」
デイヴィスの言葉で男たちは声を上げて笑う。そんな笑い声はもはや管理主任の耳に入らず、人ごとのように聞いていた。
そしてその様子すらも他人事のように冷めた眼でデイヴィスは眺め、独り言のようにしゃべりだす。
「今の世の中は能力がモノを言う。感情論も、理想も、石炭カスより役に立たない。今の世界を回すのはシステムだ。いかに効率的か、いかに合理的かを追求しなければならない。使えない部品は廃棄されるべきなんだ」
デイヴィスはそれだけ言って管理主任から背を向けた。それを合図に男たちは動き出す。
そろそろ撤退だな。そう考えるデイヴィスの背後から何かが弾けるような轟音が発せられた。
「うわあああ!」
「木箱が倒れやがったぞ!」
男たちが騒ぎ出す方を見ると、高く積み上がっていた空の木箱がドミノ倒しのように連鎖的に崩れだしていた。
「どういうことだ!? 誰かいじったのか!?」
「俺たちの訳がねえだろ! 誰が居るぞ!」
男たちが騒ぎ出す中でうずくまって難を逃れようとしていた管理主任の腕を誰かの手が掴んだ。
「ひい! や、やめてくれぇ!」
「主任! 早く立ち上がって! 逃げましょう!」
顔を腕で守っていた管理主任はすぐにはわからなかったが、聞き覚えのある声にはっとして顔を上げた。視線の先にはもちろん見覚えのある顔。この倉庫で一番若くて、それでいて一番真面目と言える少年、リカルドがいた。
「空の木箱を倒しました! 今ならこの混乱に乗じて逃げられます!」
「リ、リカルドくん!? どうして君がここに?」
「今はいいから! とにかく外へ!」
リカルドは管理主任を引っ張り、裏口から逃げようと扉まで一直線に駆け抜けた。
あと少しで裏口の扉に差し掛かるといったその時、背後からリカルドが倒した木箱の一つが飛んできてリカルドたちの足を止めた。
「くっ!」
「ひぃいい!」
何とか直撃は避けたが、立ち止まった隙にデイヴィスの部下たちがリカルドたちを取り囲む。
「フン。どんな怪力野郎かと思ったら、唯のガキじゃねえか」
取り囲んだ男たちの奥からデイヴィスがゆっくりと近づいてくる。
「何者だ、小僧」
「俺はここの従業員だ。お前たち、この倉庫で何をしているんだ?」
「そうか。今日は休日なのに仕事熱心だな」
「質問に答えろ!」
質問をはぐらかそうとしているデイヴィスに向かってリカルドは怒鳴りつけたが、デイヴィスは興味なさげな視線を送るだけだった。
「わかりきったことを聞くな、時間の無駄だ。会話は簡潔に、無駄は省くべきだ」
「やっぱり、お前らが最近ウチの荷物を盗ってる奴らだったんだな」
「その通り。だからそれを知ったお前はその管理主任と共に消えてもらう。休日くらい家に居ればいいものを」
デイヴィスは片手を上げ、男たちに合図を送ろうとした。それを見てリカルドは管理主任を庇うように男たちに立ち向かった。
「小僧、なぜその男を庇う?」
「当然だろ! 何を言ってるんだ!」
「知らないようなら教えてやろう。その男はな、ここの責任者でありながら俺たちに配送ルートを流し窃盗の片棒を担いでいたんだ。小僧が守るだけの価値がある人間じゃない」
デイヴィスの言葉に管理主任は頭の血が一気に引いた思いだった。覚悟はしていても、いざ自分の部下に己の過ちを露呈されるととてつもない罪悪感に苛まれた。
特に、リカルドのように誠実で真面目な少年に知られることは、筋違いだとしても避けたかった。
「……やっぱり、主任が関わってたんですね」
リカルドの落胆した声で管理主任はまるで死刑宣告されたような気持ちになったが、そのあとすぐリカルドが「でも」と言葉と続ける。
「それでも、俺が主任を見捨てる理由にはならない。知り合いが殺されそうになってるのに、黙って見てることなんてできない」
「馬鹿か、貴様は」
終始無感情を貫いてきたデイヴィスは、ここで初めて苛立ちをあらわにした表情と声色を出した。
「そうして余計なことに首を突っ込んで、場を掻き回して、それでどうなる? 絶望的な状況が覆るとでも思ってるのか? 身体を張っても、それには命をかけるだけの価値などない」
「そんなこと、お前が決めるな! 人の命をなんだと思ってるんだ!」
デイヴィスの言に反抗して叫ぶリカルドのことを簡単にあしらうように、デイヴィスは鼻を鳴らした。
「悪いが、お前と討論をするつもりはない」
デイヴィスは続けて「やれ」と短く周囲の男たちに指示した。男たちはお互いに頷き合い言葉もなくリカルドに襲いかかった。
本当にもうダメだと思った管理主任は、目を逸らし、頭を抱えてうずくまった。
それに対して、リカルドは冷静なものだった。冷静に目の前の状況を観察していた。
不思議な気分だった。
今までイメージの中では何度も敵や魔獣と戦ってきたが、こんな風に命を取り合いの場面など一度としてなかった。
しかし、リカルドは多少の恐怖はあっても、身体を硬直させるほどではなかった。適度な恐怖は頭を冴えさせ、小刻みに震える身体は妙に熱かった。
リカルドの目の前の男が棍棒を振りおろそうとする。リカルドは防御するわけでも避けるわけでも無く、襲いかかる男に向かって突進した。
「げうっ……!」
取り押さえるわけでもなく、ただ闇雲に突進したリカルドは、男の腹部に頭突きをするように激突した。しかしそれだけでぶつかった男は低い叫び声を上げ、たったの一撃で昏倒した。
とっさのことに気を取られた他の男たちはつい足を止めた。止めてしまった。その隙にリカルドは手当たり次第、手近な男に殴りかかった。
とても喧嘩慣れしてるとは言えない殴り方でリカルドは男たちに襲いかかる。拳には腰が入っておらず、殴った勢いでリカルドは殴り飛ばした男と共に地面に転がる。
リカルドを取り囲む男たちは、腐っても盗賊を生業にしている。荒事はしょっちゅうで誰もが喧嘩に自信のある者たちだった。
ところがどうだ。自分よりも若く、虫も殺せなさそうな少年が放つ情けない拳の一振りで仲間が一人、また一人と地面に伏していく。
誰かが棍棒を振り下ろそうとも、リカルドは難なく避け反撃してくる。誰かが斧で切りつけようと、柄を掴まれ防御されてしまう。
盗賊たちは当然のように闘気を使っている。それは油断をしていない訳でも、いち早くリカルドを始末しようとしているわけでもない。
闘気を使わないとリカルドの動きについていけないからだ。
男たちは闘気を込めた渾身の一撃をリカルドに食らわせようとするが、あろう事かリカルドは片手でそれを防ぎ、踏ん張りのきかない蹴りで簡単に蹴飛ばされた。
不思議だった。男たちの動きが遅すぎる。
まるで自分より幼い子供たち相手に囲まれてじゃれ合っているような錯覚にさえリカルドは陥っていた。
倉庫に突入するという時、ヒカリに手を掴まれた後から体が異様に熱い。そして身体が羽毛になってしまったかのように軽い。
どうしてこんなにも盗賊たちが弱いのだろうか。一撃、たったの一撃で屈強な男たちが気を失っていく。
まるで自分が物語に出てくるような剣士や戦士になったような気分だった。
リカルドが無意識のうちに笑っていた。
――これなら。勝てる!
その様子を離れたところからデイヴィスが見つめていた。
部下の男たちがゆっくりと、しかし確実に制圧されている様子を見て冷静な眼差しをリカルドに注いでいた。
「ふむ……」
デイヴィスはなにか納得したように声を出した。そしておもむろに悠然と足を振り上げ――
「小僧。ずいぶん厚い闘気を纏ってるな」
デイヴィスは小さな羽虫を観察するように、リカルドに接近しそう言った。
「っ! うわあ!」
今まで視界にすら入っていなかったデイヴィスが眼前に現れ、リカルドは混乱しながらも咄嗟に腕をデイヴィスに振るった。
だがデイヴィスは簡単にそれを受け止め、リカルドの細腕を掴んだ。
捕まった。そうリカルドが認識した瞬間、視界の左端から黒い何かが襲来する。
リカルドは咄嗟に左腕で防御した。しかし黒い何かが左腕に当たった瞬間、黒いそれから爆発音が響いた。
「ぐっ! あああああ!」
凄まじい勢いで吹き飛ばされたリカルドは叫び声を上げながら倉庫の中を転がる。
焦げ臭さと爆発の反響が残る倉庫の中で、リカルドは左腕を抑えてのたうちまわった。
「あああああ! 腕があ!」
「リ、リカルド君!」
管理主任の声もリカルドには耳に入らなかった。防御した二の腕は紫色に腫れ上がり、あらぬ方向に曲がっていた。
「その程度で済んだか……」
リカルドの苦悶の声を聞き流しデイヴィスは興味なさげにそう言った。
デイヴィスの右腕は漆黒の鉄甲に覆われ、鉄甲の肘部分から太い金属の筒が排出された。
「俺の部下どもはその辺のゴロツキとは違う。どいつも素人に遅れを取るような連中じゃないんだがな」
悶絶するリカルドのことは気にもせず、コートの中から別の金属の筒を腕に装填しながらデイヴィスは言った。
「今の攻撃をその程度で済むんなら、やはりかなりの闘気を纏っているようだ。それも俺の部下を赤子の手を捻るくらいの力を待つほどの」
喋りながらゆっくりと近づいてくるデイヴィスに気づき、脳にまで響くような激痛を堪えリカルドは睨んだ。
痛みのせいで全身が震えながらもリカルドは立ち上がり、デイヴィスに立ち向かった。
「もう立ち上がるか。そのままうずくまっていれば楽になれたものを」
リカルドの勇姿を見てもデイヴィスは冷静に、冷淡にあしらう。それとは対称的にデイヴィスの右腕から凄まじい量の蒸気が噴出される。
リカルドは無意識にデイヴィスの黒腕がヤバい物だと理解した。どういうものかはわからないが、あれの攻撃をくらってはいけない。
リカルドは近くに落ちていた大きい木板を拾った。頼りないがこれでも盾の代わりにとして使えると思い、木板をデイヴィスに向けリカルドは突進した。
「無駄な足掻きを……」
デイヴィスは心底呆れたような口ぶりで右腕を構えた。近づいてくるリカルドにタイミングを合わせ、薄っぺらい木板に向かい拳を振るう。
そして、先程と同じく爆発音が轟く。案の定、木板はあっさりと砕け散りリカルドは直撃は避けたが、身体はいとも簡単に宙を舞う。
未だ運び出されていない荷物の山に突っ込み、リカルドは崩れた荷物に埋まった。その様子を見ながらデイヴィスは先ほどと同じように右肘から金属の筒を排出させる。
流石に終わったかとデイヴィスを含めたその場の全員が思ったが、間を置かずリカルドは荷物の山から這い出た。その眼差しはいっこうに衰えてはいない。
「悪あがきを……。どうしてそこまでやろうとする。お前にはどうもできん」
「そんなの……、お前が決めることじゃない……」
全身を打ちのめされ、息も絶え絶えになりながらもリカルドは強気にそう言った。もともとリカルドはロキが言っていた増援が来るまでの時間稼ぎのつもりだったが、今のリカルドにはその考えはほとんど残ってはいない。ただどうしてもデイヴィスのことが許せなかった。
「お前みたいに人を道具みたいに言う奴は……、絶対認めない……」
「またそれか。理想論・感情論を俺に語るな。根性で何とかなると本気で思っている奴は吐き気がする。よく現状を見てみろ。お前は俺に指一本触れられない。俺の攻撃をまともに受けることも回避することもできない」
デイヴィスの言葉にリカルドは唇を噛み締めた。確かにデイヴィスの黒腕から放たれる攻撃は驚異だった。凄まじい威力に、初動の速さ。どれをとってもヒカリによって力を増したリカルドには太刀打ちできるものではなかった。
それでも、と眼に力を込めると、デイヴィスは追い討ちをかけるような言葉を放つ。
「言っておくが、俺はお前とは違って闘気なんぞほとんど使っていない。全てこの『魔導式駆動義手』の力だけだ。そもそも、俺は闘気の才能はない。部下の奴らの十分の一も使えん」
リカルドはその言葉に衝撃を受けた。あれほどの力が闘気でも、ましてや魔法でもないことに。そして、相手は自分と同じく闘気が苦手といことに。それでもあれほどの戦闘能力を有していたことに。
「今や、根性や努力でどうにかなる時代じゃない。この腕はスカーディアで開発された最新型で、火薬と蒸気機関だけの力で魔獣すら駆逐できるシロモノだ。わかるか? もはや人間は魔法なんて不確定なもので戦う必要はない。これから世界を回すのはシステム、テクノロジーだ。カビの生えた魔法体系はもう無用の長物だ」
感情論を語るなと言いつつもデイヴィスは感情的にリカルドに言い放つ。デイヴィスの言うことのほとんどは理解できないが、自分が絶望的状況だということはよくわかった。
それでも。リカルドは立ち上がることをやめない。
もう諦めることは諦めたのだから。立ち向かうと決めたのだから。
しかし、意志に身体は付いてきてはくれず、足から力が不意に抜け、もたれかかるように荷物の山に倒れ込んだ。
デイヴィスはそんなリカルドの姿が腹立たしくて仕方がなかった。
どうしてそこまでして立ち上がるのか。どうしてそこまで諦めないのか。
苛立つデイヴィスは目線の先にあるものを見て、打って変わりさも愉快そうに口の端を歪めた。
「どうだ? 脆弱な生身ではなく、お前も道具に頼ってみろ」
その言葉に釣られて、リカルドは自身の足元に何かが光ったのを感じた。
目を下に向けると、そこには琥珀色の短剣が転がっていた。
「そんなちっぽけでも、無いよりはマシだろう。気にするな。俺も武器を使っているんだ、お前が武器を使うことに文句はない。だからといって俺に敵うかは疑問だがな」
挑発するように言い放ったデイヴィスに対抗するように力強く見返し、リカルドは琥珀色の短剣を掴んだ。
「デイヴィスさん。それは……」
「いい。構うな」
無事だったデイヴィスの部下は琥珀色の短剣、『アンバー』の存在を知ってるため、デイヴィスに進言するが、デイヴィスはすぐにそれを打ち消す。
「リカルドくん! ダメだ、それは……!」
遠目から見ている管理主任も『アンバー』の存在をもちろん知っている。だからこそリカルドを止めるため叫んだ。
『アンバー』は大戦時代から存在する強力な力を秘めていると言われる魔剣だ。何故そんな不確定な言い方になるのか。それは、『アンバー』は固有能力を発動させるために所有者の魔素を大量に消費するため、使いこなせた者が今まで誰ひとりとしていなかったからだ。
一度目にすれば逸らすこともできない程の美しさを伴いながら、触れれば持ち主の魔素を根こそぎ奪うだけの驚異を持っている。
そんなことは微塵も知らないリカルドは『アンバー』を構え、デイヴィスに立ち向かう。
それを見てデイヴィスは表情を変えずに、内心息を吐いた。つまらない幕引きだが、これ以上時間を使うわけにもいかない。『アンバー』によって魔素欠乏を起こせば、もう気合や根性でどうにかなる問題ではなくなる。
周りの人間の思惑は知らずに『アンバー』を構えるリカルドは妙な高揚感に浸っていた。
掴んだ瞬間に力が吸われる感覚があったが、それ以上に『アンバー』からは心を奮い立たせるなにかを感じさせた。
自分の心臓の鼓動だけが聞こえる。
リカルドは目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。
――頼む、俺にあいつを倒せるだけの力を……。
今まで散々くじけてきた、散々諦めてきた。
――理不尽に抗うだけの力を、暴力に打ちのめされる人を守れるだけの力をくれ!
しかしもう、それすらも全部諦めて立ち上がると決めた。
――もう、何もしないで目をそらすのは嫌だ!
決意と共に、リカルドは『アンバー』に精一杯の力と魔素を込めた。
その瞬間、薄暗い倉庫の中に小さな太陽が灯った――。




