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希望の黎明 2 ―怪しい二人―

 


 リカルドは村とは逆方向にある少し大きな町に来た。大きいとはいっても、この辺りでというだけで、徒歩で一、二時間歩き回るだけで町の全てを踏破出来てしまえる程度の大きさだ。

 リカルドは町の中のとある建物の前に来て扉を叩く。


「ごめんください。シナロアの配達です」


 ややあって扉から肥満体型の男が出てくる。男はリカルドの姿を見ると気前のいい笑顔を向けた。


「おう、ご苦労さん。いつも悪いな」


「いえ、仕事ですから。食材とお酒です、ポールさん」


 リカルドはこの町の料理店に食材の配達をしに来たのだ。シナロアの倉庫はこの町とリカルドの住む村の丁度真ん中ほどにあるため、大概はリカルドが配達をしている。


「では、確認お願いします。豚肉と、卵と、樽の麦酒です」


「うんうん、まちがいなしっと。ありがとさん。これ代金な」


「はい、確かに。いつもありがとうございます」


「いやいや。そりゃこっちの台詞だって。リカルドは若いのにこんなキツイ仕事愚痴も言わずにやってるんだからな。立派なもんだ」


「さっきも言いましたけど、仕事ですから。文句なんて言ってられませんよ」


「それが立派なんだって。この先の肉屋のせがれもシナロアの倉庫で働いてたが、ひと月も経たずに音を上げて辞めたって言ってたぜ?」


「確かにキツイのは否定しませんけど……」


 リカルドはポールの言葉に苦笑いしながら答えた。事実シナロアの仕事は体力的にかなり厳しい。倉庫で働いているほとんどは屈強な身体の者たちばかりで、リカルドと同じ年の少年は一人としていない。

 それでもリカルドは働き続けるのは手頃な稼ぎ口としてはそこくらいしかないというのもある。そして何より、リカルドからしたらシナロアの仕事は、正直大したことはない。


「それにしても、リカルド。お前、大丈夫か? 今日もとんでもない量の荷物積んでるが……」


「そうですか? 別に大した事ないですよ。今日はむしろいつもより少ないくらいですし」


 リカルドは今日引いてきた荷台を見てそう言った。荷台には木箱と樽が山のように積んであり、大の大人も尻込みするくらいの量であることは明白だった。


「そ、そうか……。相変わらず馬鹿力だよな……」


 ポールはリカルドが放った信じられない言葉に顔を引きつらせて笑った。リカルド本人としては本当に無理をしてるわけでもないのでポールがそこまで言うのかがわからなかった。


「じゃあそろそろ次の配達に行きます。今後ともご贔屓に」


「ああ、待ってくれリカルド。近頃この町に柄の悪い連中を見かけるんだが、そのこと知ってるか?」


 ポールはリカルドを呼び止め、突然そう言った。リカルドは心当たりがなく頭を傾げた。


「柄が悪いって……。チンピラか何かですか……?」


「まあ、見た目はそうなんだが、別段悪さをするってわけじゃないんだよ。俺の店にもこの辺じゃ見ない怪しい奴が集まってコソコソ話ししてんだよ。気味が悪いったらありゃしねえ」


 ポールは肩をすくめ身震いをした。表情もあからさまに嫌悪感に満ちている。


「まさかとは思うが、『黒い逆十字』なんじゃねえかって気が気じゃねえんだよ……」


 『黒い逆十字』。ポールが放ったその言葉に、リカルドの心がさざめきだった。


「そんな……。こんな田舎にですか?」


「いや、だからこそだって。あの『宣戦』だって襲われたとこは田舎ばっかだったし、いつ『逆十字』が来るかわかったもんじゃねえんだって」


 『黒い逆十字』が突如として行った全世界に対する宣戦布告。俗に言う『血の宣戦』が起こったのは十年前。リカルドはその時はまだ五歳だった。


 しかし、世界でどれほどの悪虐非道が成されたかは当時からリカルドは感じていた。当時の人々の恐怖、絶望は幼いリカルドに感情に直接打撃を与えた。

 そしてその恐怖は、十年経った今でも世界中の人々の心にへばりついている。河底にへばりつくヘドロのように、醜悪に、悪臭を伴って。


「でも、大丈夫ですよ。町には警察も保安官もいますし。いざとなったら『薔薇ノ心臓団(ローゼンハーツ)』とかが『黒い逆十字』をやっつけてくれますよ」


 リカルドはわざと明るくそう言ったが、それに対してポールは大きくため息を吐いた。


「あのなぁ、リカルド。警官やら保安官やらが『逆十字』に勝てるわけないだろ。そんでもって、そのローゼンなんちゃらだって結局女王様のボディーガードだろ? 実際この半年間で何かしてくれたかよ?」


 ポールの言い分に何も言い返せず、リカルドは言い淀んだ。確かにポールの言う通り、戦闘訓練もしていない警察・保安官が『黒い逆十字』に勝てるなど誰も期待していない。


 そして二人が言った『薔薇ノ心臓団(ローゼンハーツ)』。これはブリティア王国女王が対『黒い逆十字』の為に設立した女王直下の私兵団のことだ。しかし、この組織も設立・公表されてから半年が経った現在、未だに明確な成果を挙げられていない。


 公表当初は天下七皇、『暴皇』の加入という情報も相まってそれなりに注目されていたが、なんの結果も出せていない状況に、国民のほとんどは関心を失っていた。


「だからリカルドもあてにならない連中に期待しないで気をつけろよ。『逆十字』だろうとなかろうと。関わったっていいことなんてないんだからな」


「わかってますよ。俺に何かできるわけでもないですし」


 リカルドはポールの忠告に感謝の言葉を返し、荷台を引いてポールから離れていった。

 時折、リカルドは振り返り、未だリカルドを見送るポールに手を振りながらゆっくりと荷台を引いて行く。

 ようやくリカルドの姿が見えなくなってポールは大きく息を吐いた。


「関わるなって言ったところで、無駄かもしれないけどな」



 ポールと別れたリカルドは同じように町中の店や個人に荷物を配達して回った。他所でもポールのように世間話をしたため、全ての荷物を配達し終える頃には昼を回っていた。


 リカルドは倉庫に戻る前に昼食をとることにした。配達先のパン屋から、出来立てのバケットをもらい、途中で野菜とハムを買い簡単なサンドイッチして食べようとしたのだ。

 どこか腰を落ち着ける場所を探しているそんな時だった。ふらふらと歩き回っていると表通りからそれた、路地の奥にぽつんと出来た空間から声が聞こえた。


 リカルドは特に何を思ったわけでもなく、その声の方へと近づく。何やら揉めているような声色だった。リカルドは少し歩調を強めた。


「謝って! あーやーまーってー!」


「うるせぇな。なに言ってんだが、このガキンチョは」


 狭い路地の先では、長い黒髪の少女が柄の悪いくすんだ金髪の青年に食ってかかっていた。状況はわからなかったが、柄の悪い青年は黒髪の少女をあからさまに見下し苛立ちを募らせているのは明白だった。


「そんな風に悪ぶってなんになるの!? そんなんだから町中で女の人にぶつかっただけで逃げられるんだよ!」


「このクソガキっ……!」


 青年が少女に向かって手を伸ばす。リカルドは話す会話の内容も聞かず青年に向かい叫ぶ。。


「やめてください! 何をしているんですか!」


 リカルドの静止の言葉に青年は肩を震わせた。


「んだ、急に?」


「その子から離れてください」


 リカルドは青年と少女の間に割り込み、少女に伸ばした青年の手を掴む。

 青年はリカルドを見るとうんざりとした表情で息を吐いた。


「いや、お前には関係ねぇから。余計な首突っ込むんじゃ……」


 青年はそう言いながらリカルドの手を振り払おうとしたが、掴んだ手はびくともしなかった。


「知りません。こんな小さな子に手を上げるなんて恥ずかしくないんですか?」


 リカルドは怒りのこもった視線を青年に向ける。しかし青年はそれに怯むことなく冷めた眼で見下した。


「……その手を離せ。怪我したくねぇだろ」


「じゃあ、この子に謝ってください。よくわかりませんが、貴方はこの子に何か非道いことしたんですよね?」


「だから……、よくわかんねぇんならしゃしゃってくんじゃねぇよ!」


 我慢の限界だったのか、青年は声を荒げながら掴まれた腕をそのまま乱暴に引いた。突然のことでバランスを崩したリカルドだったが、それを合図にするように青年に掴みかかろうとした。その時だった。


「やめて! 私の為に争わないで!」


「ちょっ! ええ!?」


 後ろにかばうようにしていた少女が突然そう言いながらリカルドの足にしがみついた。そのせいでリカルドは盛大にバランスを崩した。

 青年の腕を掴み、片足を完全に固定されたため、リカルドはなんの抵抗も支えもなく路地の壁に思い切り頭をぶつけた。


 当たり所が悪く、リカルドは一撃で気を失いその場に倒れ伏した。

 あっという間の出来事に青年は目を見張り唖然としていた。


「……何してんだよ、ヒカリちゃん」


「いやあ……。どうしよっか、ロキ坊?」


 二人の途方にくれたような声はリカルドには届かなかった。



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