中央議会 ―ありふれた希望―
閑話です。
ブリティア王国の首都は大きな河に挟まれる形で存在している。
その大きな河のおかげで敵国からは攻めづらい立地になっており、ブリティアが長い間他国に侵略されず今もなお栄華を誇り続ける理由の一つになっている。
その河の畔に他の建物とは一線を画す格式高い宮殿が存在する。
そこは大昔の貴族の宮殿であり、大戦時代では河のそばから敵国の情勢を監視していた要塞でもあった。
そして大戦が終了した現在、その宮殿は改暦から発足した中央議会の議事堂として役立っている。
今日もその議事堂の一室にて、選び抜かれた議員たちが険しい顔を付き合わせて会議を行っていた。
「それにしても。女王陛下のお戯れも大概にして欲しい……。我々の何の相談もなく女王直下の私設部隊の設立などと……」
ブリティア王国は女王が事実上頂点に君臨しているが、実際の政治は全てこの中央議会が執り行っている。
それは改暦後にその時代の王が、大戦時代の圧政を恥じこれからは国民一人一人の意見を尊重すべきという方針の下に設立された。
「全くだ! そもそも王宮騎士団の志願兵制度にも疑問を抱かざるを得ない! あれのせいで伝統と格式のある騎士団が一気に低俗な輩の集まりになってしまったのだ!」
中央議会には百余名の人間が議員登録されている。
しかしこの部屋では十人程度の人間しかいない。
中央議会は両院制を採用しており、一般選挙で選出された下院議員と世襲貴族や任命貴族からなる上院議員によって構成されている。
基本的に条例・法律の制定や改定を下院議員が会議にて話し合い、その草案を上院議員が過誤がないかを話し合うという形になっている。
これによって多様で多角的な意見を取り入れることができ、それを別の立ち位置にいる人間が見ることによってそれが現実的かつ機能不全を起こさないかを精査することができる。というものだ。
「し、しかし……。それによって我が国の軍事力が底上げされたのは事実であり……」
「そんなものはただの結果論だ! 本来であれば才能ある貴族から選出された者たちで高め合えば事足りたのだ!」
しかし両院制という形をとって上院下院で分けているのは、中産階級の人間が政に口を出すのが気に食わない貴族に対してのおためごかしだという意見もある。
そしてそれを証明するように、上院議員達はこうしてひっそりと彼らだけで会議を行っている。
このことは決して表には公表されない。
「ですが、王宮騎士団所属シルヴィア・ヴァレンタインの報告によると、ザナル殲滅戦においてその猛威を知らしめた『暴皇』を手懐けたとか……」
「そ、それこそ話にならないというものだ! もし『暴皇』が反旗を翻したらどうする! 奴は国軍一つ相手にできるような輩なのだぞ!?」
「しかし、話を聞くに『暴皇』はあのライザックの息子という話……。あの男は主君、ひいては国に対して忠義の厚い男だった。ならばこちら側に取り込むことも可能では……?」
「そうだ! それにシルヴィア・ヴァレンタインはロナウド・ヴァレンタインの妹。ならば我々の側の人間だと言える!」
「だから信用できんのだ! ロナウド・ヴァレンタインは旧ロイフォード領の領主の家系でありながら、自ら下院選挙に出るような痴れ者だ! その妹も大義だ正義だと夢見がちな少女そのものだ! お前たちはそれを知った上で言っているのかっ!?」
上院議員たちが唾を飛ばしながら舌戦を繰り広げている中、一人黙したまま議員たちの話を聞いていた男が口を開く。
「皆さん」
たった一言。それだけでその場から音が消えた。
青筋を立ててまくし立てていた議員は首を絞められたように押し黙り、冷や汗をかきながら意見を出していた議員はさらに脂汗まで出して口をつぐんだ。
「議長殿……?」
一言喋り何も言わない議長と呼ばれた男を不審がり、誰かがそう呟く。
「仰る意見はよくわかりました。施設部隊の設立。天下七皇『暴皇』の存在。皆さんそれぞれの思いは痛いほど感じます。しかし我が国の国力を俯瞰してみれば不安を禁じえない。先述された志願兵制度導入により兵士の数は増えど、未だ『黒い逆十字』に有効な手立ては見いだせていない。さらに『暴皇』の登場により『樹皇』ことフンボルト・ガルガンシア氏が現役を退かれたことは大きな痛手となっております。『聖皇』はいても彼は王宮騎士団団長としてやるべきことが多すぎる」
議長と呼ばれた男の言葉に議員たちは沈痛な面持ちで視線を落とす。
その言葉は事実であり、だからこそ議員たちは日々低下する軍事力をなんとかすべく切羽詰った表情で会議をし続けてきたのだ。
「だからこそ、新しき皇。『暴皇』ギルバート・デイウォーカーを我が国へ引き入れるべきだと考えるのです。彼の存在は確かに驚異です。だからこそ、その存在を他国に知らしめればこれ以上の抑止力はありません。いくら女王直下とはいえ、ブリティアの名のもと剣を振るうのであれば我々の言葉を無視することはできません。もし我々では手に負えなければ、シルヴィア・ヴァレンタインを使って飼い殺しにすることもできる。それだけの価値が『暴皇』、天下七皇にはあると思うのです」
いつしか議員たちの目は全て議長に向いていた。
力強く、安心感のあるその声は一癖も二癖もある上院議員たちをいやがおうにも納得させてしまう。
結局、議員たちは議長がそう言うならと暗黙のうちに了承した。
「皆さん不安はあるでしょうが、ここは賭けてみましょう。かの『暴皇』が、世界に光明をもたらさんとする勇者であると……」
議長のその言葉を締めに会議は終了した。
そして議員たちは示し合わせたようにそそくさと会議室を後にした。
そして最後に残された議長はゆっくりと息を吐き椅子から立ち上がった。
窓辺に近づき、横を流れる川を挟んで広がるブリティアの首都を眺めた。
「お疲れ様です、議長。執務室に紅茶を用意させました」
「ああ、ありがとう。もらおうか」
後ろから語りかける秘書に優しくそう労うと議長は振り返り会議室をあとにする。
「しかし意外でした。最期の言葉」
「何がかね?」
「いえ。まさか議長から『勇者』という言葉が出てくるとは……」
秘書の女性がおかしそうに微笑みそう言うと、議長は「おかしいかね?」と言いながら秘書に振り返った。
「こう見えて、昔はよく冒険小説をよく読んだものだ。特に勇者の一団が魔王を討伐するものをね」
「まさか。ご冗談も程々になさってください、バイス議長」
バイス。そう呼ばれた男。中央議会総議長バイス・ミューゼル・グローリアス候は笑い声を堪えられない秘書に心外とばかりに言葉を向ける。
「いいや、本当さ。昔から好きなのだよ。正義の心を持つ勇者が世界を救う。そんなどこにでもあるありふれた物語がね……」




