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どんづまりの街 24 ―踏まれた華は―



 広場にてギルバートが暴徒たち相手に大立ち回りを演じていたほぼ同時期、ホァンが根城にしているアパートに数人の影が近づいていた。

 影たちはホーキンスの指示により別行動をとっていた暴徒たちだった。


 現在スモッドで起きているこの騒動は、ホーキンスによる麻薬市場のテストの後始末であると同時に目の上のたんこぶのロキを亡き者にするためだけの騒動だった。


 ホーキンスはやると決めたら徹底的に策を詰める性分だった。その性格もあり現在シナロアカンパニーを統べるブロンズによりこの街を一任されたというのもある。それが大きな采配ミスであるとは当時ブロンズは思いもしなかったことだが。


 手始めにロキが体を休めるのに使う喫茶店上の部屋の襲撃。もちろんその程度で終われば良いのだが、ホーキンスもそこまで簡単に事が済むとは思えなかった。

 そのため大人数による街の襲撃。ロキは戦闘能力がほとんどないことは事前に知っていたため、街の後始末と共に済ませてしまう手筈だった。


 しかし、万が一にでもこれで生き延びてしまったら。

 小賢しいロキのことだ。どうにかこうにか生き延びるかもしれない。


 そのために、ホーキンスは人質を用意することにした。

 この街で懇意にしている町医者ホァン。そしてホーキンスとロキが対立する要因となった少女エルナ。この二人を盾にすればもう結果は決まったようなものだ。


 本来ならここまでする必要もないのかもしれない。

 しかしホーキンスはそれを良しとはしない。

 この街の全てを終わらせると決めたのだから。


 数人の暴徒たちはアパートの正面入口に固まっていた。

 このアパートはホァンがまるごと買い占めた建物らしく、五階建てのアパートからは全く生気が感じられないゴーストビルとなっていた。


 暴徒たちは立て付けの悪いドアを蹴破り階段を昇る。


 一階。二階。三階。


 暗く短調な階段を昇り、頭がクラクラしながらも暴徒たちはホァンが診療所を構えている四階を目指した。


 少し息を荒立てた暴徒たちは四階を示す文字がある階層までやってきた。

 息を整え、暴徒たちは顔を見合わせ頷く。


 診療所の部屋は事前に伝えられていた。暴徒たちは真っ直ぐにその部屋に向かう。

 何の前置きもなく診療所であるはずの扉を蹴破り、暴徒たちが部屋になだれ込む。


 そして、暴徒たちは眩い閃光と肌を焼く熱に包まれた――。



       *



 遠い広場の喧騒が静かな診療所の中まで届く。それをホァンは煙草を吸いながら面倒くさそうな表情で聞いていた。

 そして不意に、頭上から喧騒をかき消す重い爆発音が轟いた。


 爆発音は一発でおさまり、その衝撃で天井から埃がぱらぱらと振り落ちてきた。煩わしそうな表情を浮かべホァンは天井を見上げた。


「あの馬鹿め。五階(・・)ごと吹き飛ばす気か……?」

「ハッハッハ、ならこのアパートは四階建てになっちまうな」


 ホァンの誰に言ったかわからない悪態に部屋の隅に座っていたドンがけらけらと笑いそう返した。


「冗談言うな。ロキの奴め、こっちまで巻き込まれたらどうするつもりだ」

「ロキに限ってそんなポカはやらかさんだろう。エルナの嬢ちゃんもいるんだ」


 ドンの宥める声をホァンは忌々しそうに「わかってる」と応えた。


 先程の爆発はホァンたちを確保しようとこのアパートに侵入してきた暴徒たちで間違いない。しかし暴徒たちは、ホァンは四階にいると認識しているにも関わらず、何故か五階に突入しロキが仕掛けたであろうトラップにかかってしまったのだ。


 それはこのアパートに仕掛けられていたとある魔法に起因していた。

 もともと必要以上の人付き合いを嫌っていたホァンは余り人がいない地区の寂れたアパートをまるごと買取り、アパート全てを我がものとした。

 そして余計な客、行きずりの旅人の癖に街の娼婦を連れ込むような面倒な客を門前払いするために簡単な幻惑魔法を施した。


 それは『階段を昇ってくる人間に四階の存在を気付かなくしてしまう』というものだった。


 階段というものは単調ゆえに昇り降りしているうちに今自分がどの階にいるのかわからなくなってしまうということがしばしば発生する。それを利用した幻惑魔法だ。


 暗く目印もない階段を昇っているうちにじわじわと魔法に侵され、目的地である四階をあっと言う間に無視して昇ってしまう。そして五階に到着するとこれみよがしに四階を示す文字を見て簡単に騙されてしまう。


 四階にホァンと呼ばれる医者がいると聞いたものはやっとの思いで来てみればそこはもぬけの殻。大体の人間はそれで諦めてしまう。


 しかしそんなことでは人が寄り付かず、ホァンも商売が成り立たない。常連の客など信頼を置ける相手に対しては診療所に向かう唯一の道を教えていた。


 それは『非常階段から昇ってくる』。これだけだった。

 幻惑魔法を仕掛けたのはあくまで正面入口から昇る階段だけで非常階段には何の仕掛けもなかった。

 しかし非常階段はアパートの裏手にあり、階段そのものは吹きさらしのため劣化が激しくとてもではないが、わざわざそこから昇ろうという気すら起きなかった。


 だからこそホァンはその思い込みを利用した。現に今までその穴を突き、初見でこの診療所まで来れた者はいない。

 たった一人、憎たらしい男を除いては。


「しかし、ここまでロキの予想通りとはな。まるで未来が見えているようだ」

「ふざけるな。もし未来が見えているなら、そもそもこんな状況にすらなってないだろう。今のこの街の現状はロキの甘さ故だ」

「相変わらず厳しいな、ホァンは」

「馬鹿な。至極真っ当な意見だ」


 譲るつもりのないホァンの言い方にドンは肩を竦めた。

「まぁいいさ。だが、人にはそれぞれ出来ることと出来ないことがある。あいつはあいつの出来ることを十分にしているとは思わんか?」

「知ったことか」


 突き放すように言うホァンをよそにドンはわざとらしく声を出しながら立ち上がり入口に向かう。


「行くのか?」

「ああ。儂も儂の出来ることをやらんとな」


 ホァンの言葉に振り返ることもなくドンはそう言い残し部屋を後にした。


「出来ること、か……」


 ホァンはドンの言い残した言葉に嘲笑するように鼻を鳴らした。その後ゆっくりと椅子から腰を上げた。

 自分も出来ることをするかと胸中で呟きながら部屋を出る。向かう先はエルナが休んでいる部屋だ。

 あれ程の爆発音だ、心身が弱っている時には毒だろうと一応気を利かせホァンは様子を見に向かう。


 しかしこれほどまで事態が大事になるとはホァンは思いもしなかった。

 発端はロキがこの街に来たこと。いや、ロキがエルナを連れてこの診療所に来たことだ。それがどうしてこの街の存続の危機にまで膨れあがるのか。ホァンは理解ができなかった。


 しかし本当に理解しがたいのは、ホァン自身が問題の渦中に巻き込まれていることだ。

 本来だったらこういった面倒事は意地でも避ける性分のはずだった。


 ただの成り行きか。それとも情が移ったか。


 馬鹿らしい。それこそ自分らしくないとホァンはそんな思いを一笑に付した。

 そうこう考えているうちにエルナの部屋に着く。軽くノックをして部屋に入った。


「起きているか、エルナ。今の音は……」


 言い切る前にホァンは部屋の違和感に戦慄する。

 まるで人が居るとは思えない静寂。

 しかし当然だった。エルナが居るはずの部屋には。エルナが休んでいるはずのベッドは、もぬけの殻だったから。


「……どいつもこいつもっ!」



       *



 あちこちで様々な音が響く。大人数がひしめく喧騒。断末魔のような悲鳴。ついさっきには大きな爆発音も聞こえた。

 街灯も設置されていない路地をエルナは弱々しい足取りで進んでいた。


 たまにどうして自分がこんなところにいるのかわからなくなる。

 目を閉じれば醜悪な記憶が、それとは真逆の柔らかなぬくもりがエルナに行き来する。


 もうあんな地獄に戻りたくない。

 しかし今のままでは戻らないまでも先に進むことすらできない。


 いつしかエルナは過去に囚われる恐怖と共に、取り残されることの絶望を感じるようになっていた。

 それと同時にロキやシルヴィアの持つ強さに憧れるようになった。


 ロキのように自分の理想を掴み取るような強さを。

 シルヴィアにように他人を包み込める強さを。


 これがそれに繋がることになるかは解らない。しかしじっともしていられない。ここで立ち止まったら、一生自分はこの街に縛られ続けるという漠然とした不安に駆られエルナは街に飛び出していた。


 大丈夫。きっと何か出来る。

 今までロキに魔法を習ってきたのはこのためだ。

 エルナは自分に言い聞かせ足を伸ばす。


 人は己の現状についつい悲観的になってしまう生き物だ。

 しかしだからこそ幸福を望む。理不尽な現実を抜け出そうと努力する。

 エルナの行動は、想いは当たり前のことだ。人間だったら誰でも思うこと。


 ただ、それが全て思い通りにいく訳がないといのも厳然たる事実である。


「よお、お嬢ちゃん。一人でどこ行くんだい?」


 聞き覚えのある声に心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けエルナはその場に固まる。

 見てはいけない。そう思いつつもエルナはその声のした方を見る。見てしまう。


「ボスは流石だな。まるで未来が見えてるみたいだ。あの爆発じゃどうせ医者の確保はダメになっちまったんだろうな」


 愚痴をこぼしながら現れたのはホーキンスの側近の大男だった。

 ホーキンスがいるところには必ず横に立ち、ホーキンスの暴力を請け負う男だ。


 その男は常にホーキンスと共に居ると思われているが、街でシナロアに対して反抗意識を持つものを人知れず排除していく謎の多い存在だった。

 例えホーキンスがその場に居なくともどこかでこの大男が聞き耳を立てている。

 スモッドの住民がシナロアに対して陰口も叩けないのはこの男がいるからでもあった。


「まあいいさ。まさか自分からのこのこ人質に来てくれるなんてな。手間が省けたぜ」


 大男が醜悪な笑みを浮かべるとエルナは全身の血が温度を失う感覚に陥った。


 足が震える。うまく呼吸ができない。

 先日のように我を忘れて取り乱すようなことがなかったが、先程までの強い決意は簡単に吹き飛んでしまった。


「ハッ! 何だよブルブル震えちゃって、汚ねぇ子猫みたいだな」


 下卑た表情と言葉に背筋が凍る。

 同じだ。昔自分を穢した男たちが自分に手を出す前の顔と。


 逃げろ逃げろとエルナは自分自身に叫び続ける。


「そんな顔すんなよ。まるで弱いものイジメしてるみたいで、楽しくなるじゃねぇか」


 男の顔がはっきりと見えたとき、エルナの体が恐怖で震えた。しかしそれでようやく体が動き踵を返して走り去ろうとしたがもう遅かった。


「逃げられると思ってんのかよ、ああ!?」


 嬉々と苛立ちが混じったような声を出し男はエルナの顔を殴った。

 鼻辺りをこする程度の当たりだったが、闘気がなくとも圧倒的な膂力をもつ男の腕がエルナの体を軽く吹き飛ばす。


 頭がぐわんぐわんと周り視界がおぼつかない。

 顔面に鈍い激痛が響き、ぼたぼたと血がとめどなく流れた。


――怖い。


 久しぶりに思い出した。自分が取るに足らない扱いをされることを。

 理不尽に蹂躙され、心をえぐり取られるような恐怖を。


 立ち上がろうとしても結局足に力が入らず蹲っていると男はお構いなしにエルナに跨る。


「あんま貧相なカラダにゃ興味無ぇが……。ヘヘッ、その顔は唆るな」


 エルナの細い腕を掴み硬い地面に組み伏す。男が何を考えているかエルナには嫌というほどわかってしまう。


「いや! いやあ、離してっ! いやあああ!」


 もはや強い意思を保つことなどできず、エルナは懸命に男の腕を振りほどこうと泣き喚きながら暴れるがその行為は男の嗜虐心をくすぐるだけだった。


「うるせぇな、大人しくしろよ。まぁこれから嫌でも大人しくなるだろうがな」


 必死に暴れながらもエルナの思考は現実から離れ、まるで他人事のように思考していた。


 ああ、結局こうなのか。自分の決意などこんなに簡単に崩れ落ちてしまうものなのか。

 どんなに手を伸ばされようと、どんなに慰められようと。自分は結局のところ卑しい男の勇ものでしかないのか。


「いい気味だぜ。あの生意気なロキの野郎。お前が犯されたところ見たらどんな顔すんだろうなぁ」


 もはや笑えてくる。今の自分はロキを打ちのめすだけの道具だと。自分が汚されるのは、ただのついでなのだと男は言う。


――ふざけんな!


 貧相なカラダ? 道具?

 黙って聞いていれば勝手なことばかり言うな。


 エルナは執拗なまでに打ちのめされ、とうとう我慢の限界に達した。


 何故こんな奴に犯されなければならない。

 何故こんな奴に自分が絶望しなければならない。

 何故こんな奴に、自分の大切な人を貶められなければならない。


 エルナは未だ震える腕を死に物狂いで動かしなんとか片腕だけ男の拘束から脱する。

 さっきまでの虐げられる者の眼ではなく、決意を新たに立ち向かう者の眼で男を見据える。


 渾身の力と想いを込め、エルナは解放された手を男の顔に押し付けた。


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