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どんづまりの街 21 ―叛逆の旗手―



 最初に異変に気がついたのは路地裏で息をひそめる浮浪者たちだった。

 ここ数日、スモッドでは色んなことが起きている。荒事はしょっちゅうだが、連日立て続けに殺人が起こることなどほとんどなかった。


 スモッドの住民皆が口に出さずとも理解していた。全てはシナロアカンパニーに起因しているということを。

 しかし理解しているからなんだというのか。住人たちはシナロアに命を握られていると同時に、最低限の身の安全だけが保証されている。


 余計なことをしてそれから外れることだけは避けたかった。

 住民たちに出来るのは不安を押し殺し、路地のどん詰りで身を縮めていることしかなかった。己の命が危機にさらされるまで。


「――――!!!」


 聞こえてきたのは叫び声だった。

 まさに断末魔の叫びと呼ぶにふさわしいその声は、薄い微睡みに覆われていた浮浪者たちを一気に覚醒させた。


 流石に知らぬ存ぜぬを貫けはしなかった。浮浪者たちは無用心にも叫び声が轟いた方へと足を向けてしまう。

 今朝の殺人現場に群がっていたようにスモッドの住民は自分に及ぶ危機は全力で避けるが、他人に及ぶ危機は面白おかしく騒ぎ立てる。

 路地にうろつく浮浪者たちは面白半分の気持ちで路地を進む。それが己が最も忌諱していたことに近づいているとも知らずに。


 路地を叫び声だけを頼りに進み行き着いたのは中心部に繋がる大通りだった。そこは夜にもかかわらず煌々と灯りが揺れていた。しかしそれは常夜灯の明かりでのなんでもなく、誰ともわからない者たちが放った魔法の炎だった。


 闇雲に放たれた炎は建物に衝突し、そこから蜂の巣をつついたように中の人間が一目散に飛び出してくる。それを狙って待ち構えていた暴徒たちが手にした武器で嬲っていく。


 あまりにも現実離れした光景にその場面を見ていた者全員が唖然として立ち竦んでいた。

 まるで終末を描いた絵画を見ているような凄惨な光景だった。しかし目の前の出来事は決して絵ではない。現実に起こっていることだ。それを証明するように周囲に悲鳴が木霊するなか立ち尽くす住民に容赦なく凶刃が迫る。それが眼前に迫っても自分自身の命が脅かされていると理解できない者から理不尽に襲われ硬い石畳に倒れる。


 ようやく現実に引き戻された者たちがようやく逃げ出す。

 日々を抜け殻のように無気力に過ごしてきた時とは思えないような必死で我武者羅な形相で路地を駆け抜けた。


 途中で幼い子供が助けを乞うように泣き叫んでいたが、逃げ惑う浮浪者たちはそんな子供を蹴飛ばしながら逃げた。

 お前に構っている余裕はない。言葉にしなくてもそう言っているかのような雰囲気を撒き散らしながら浮浪者は逃げる。


 何故こんなことになったのだろうか。


 浮浪者は危機的状況に陥りながら頭の片隅でそう考えた。

 正直、真っ当な生き方ができると期待はしていなかった。それでも最悪を避けるため色んなものから逃げてきた。現実も繋がりも、仕事も家族も諦めてきた。

 もうこれだけ諦めたのだからこれ以上なにも奪わないでくれと懇願するように。


 しかしそんなことなどお構いなしに住民たちはなすすべもなく蹂躙される。

 一人の浮浪者が息も絶え絶えになりながら逃げ惑うもそこら中に蔓延る暴徒に道を阻まれる。


 もうダメだ。

 浮浪者は唯ひとつだけ残された命すらとうとう諦めようとした。


 ――その時、浮浪者の視界に清廉なほどの銀色が流れた。

 それが流れた途端目の前に居た暴徒、そして自分を追っていた暴徒すらも瞬く間に地に付した。


 自分の横を風のようにすり抜け暴徒を鎮圧したのは星の光のような髪を翻し、スモッドの街にはそぐわない清潔な身なりをした女性だった。

 見るものが見ればどこぞの貴族の令嬢と呼べるその女性の手には鞘に収められたままの一振りの剣が握れていた。


 どうにもこの街の背景には不釣り合いだったが、暴徒たちが放った炎を背に凛然と立つその女性を浮浪者はまるで救世主のように思えた。先程まで命を諦めかけていたことなど忘れ女性に魅入っていた。


 そんな浮浪者に声をかけることもなく女性は煌々と燃え上がる中心部へと走っていく。

 中心部には今もなお暴力を振りまく暴徒たちがいる。

 それに向かって女性は怯むこともなく立ち向かう。

 暴徒たちは自分たちの役目も忘れ地上を滑る流星に目を奪われる。

 まるで踊るように暴徒たちの間を縫い、女性は剣を振るう。


 一人、また一人と女性は暴徒たちを制圧しあっと言う間に女性の周りには気絶した暴徒たちの山ができた。

 それを見ていた街の住民たちは逃げることも忘れ女性を見る。


 突如として現れた暴徒。それに理解が及ばすただ蹂躙されるだけだった彼らはまるで天から使われた戦乙女を女性の姿に重ねた。


「た、助かった……!」

「誰か知らんが、さっさと奴らをぶっ殺してくれ!」

「そうだ!これ以上俺たちの街を滅茶苦茶にさせないでくれ!」


 誰かがそう声高らかに叫ぶと周りも同調し、女性の周囲には女性を鼓舞する声、懇願する声が上がった。


 その声はだんだんと大きくなり歓声のように膨れ上がった。

 女性を押しつぶさんとばかりに大衆の声は大きくなる。

 そして――


「黙りなさい!!!」


 女性は大衆の声をそれ以上の大声で塗りつぶした。


「一体何様だというのですか! 余所者に街を荒らされ、余所者に助けられ! あまつさえその余所者に自分では何もせず己の命を乞うというのですか!? 恥を知りなさい!」


 女性は憤っていた。

 街を蹂躙する暴徒たちに。

 もちろんそうだ。自分の故郷の再現とばかりに街をあらす暴徒たちに憤慨していた。


 しかしそれ以上に女性が許せなかったのは、街の住民たちだった。

 この街に来た時からこの街の人間たちに不満を募らせていた。

 自分のありとあらゆるものを捨てて、諦めて。自分以外の人間はまるでゴミのようになんの関心も持たない。そんな人間たちに女性はうんざりしていた。


「ここは貴方たちの街でしょう!? 脅かされているのは貴方たちの命でしょう!? でしたら人任せにせずに自分で何とかしようとは思わないのですか!?」


 女性は世界を正すと決めた。

 しかしそれは自分ひとりでなんとか出来ることでは無い。そんなことは解ったいた。

 それに必要なのは自分以外の人間ひとりひとりの意識の変革が必要だと。


「そ、そんなこと言われたって……」

「俺たちに何ができるってんだよ……」


 周囲からはそんな自暴自棄とも女性に対する非難ともとれる声が聞こえた。


「何をいうのですか! 貴方たちは一人ではないじゃないですか!? 周りを見てください、こんなにも多くの人間がいるのですよ!? 全員で立ち向かえば理不尽に命を散らされることはないのです! 自由を求めるのであれば自分で勝ち取りなさい! 変化を求めるのであれば自分で変えてみせなさい!」


 女性は大声で理想を語る。

 人の心に宿る善性を信じて他人に強要する。


 その傲慢なまでの正義を、彼女は押し付ける。


「畏れる事はありません! ここからは私が貴方たちを導きます!」


 女性はそう言って、これまで何があっても抜くことをしなかった鞘から剣を抜いた。

 幅広のロングソードの腹には薔薇と茨の刻印。

 ブリティア王国王家の刻印が刻まれた剣を女性は掲げた。


「私について来てください! ブリティア王国女王陛下の名の下に貴方たちを解放します!」


 女性の声に場が静まるが、程なくしてどこからともなく声が上がる。

 それを追うように次々と声が上がる。一つ一つは小さなものだったがそれが集まり一つの大きな決意の声と化した。


 人というのは人同士が集まると、行動や態度、思想までが周りに伝播し、まるで集団でありながら一人の個人のように意識が統合されていく。

 スモッド住民たちは先程まで暴徒たちの驚異により恐怖によって支配されていた。しかしたった一人の女性の言葉で住民たちは奮起した。

 女性の正義心にあてられ、集団は叛逆の意識へと変革した。


 周囲から立ち上る決意の咆哮を聞き、銀髪の麗騎士シルヴィア・ヴァレンタインは覚悟を秘めた眼差しを街に向けた。



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