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どんづまりの街 20 ―もし死んだら―



 スモッドに夜が訪れるのは早い。

 中心部辺りはほとんど人通りはなくなり、代わりに娼館街の方の賑わいが増す。しかし連日の騒ぎで出歩くものも少なく、スモッドはいつになく言いようのない不安と恐怖に包まれていた。


 そんな中、暗い街中を蠢く影がいくつも存在していた。

 影たちはバラバラに動き回り目的地は定まっていないように見えるが、その足取りは明確に一つの場所に向かっていた。


 二番街。本来であれば古い食事屋や喫茶店。そして格安のアパートがあるだけの区画。

 そんなスモッドの中ではやや平均的な身分の者たちが住む場所に影たちは向かっていた。空き巣狙いの物取りにしては人数が多く、皆殺伐とした雰囲気を醸し出していた。


 そんな影たちは既に閉まっているとある喫茶店を囲むように集まっていた。

 そこはこの街ではある程度有名な便利屋が部屋を間借りしていると言われる喫茶店だった。

 その便利屋はこの街に住む者としては珍しく魔法に精通し、スモッドを牛耳るシナロアカンパニーの幹部すらも一目置く存在だと言われていた。


 そんなこの街では異質とも言える人物の根城としている場所に影たちは集う。そしてその中の数人が喫茶店の横の階段を駆け上がる。階段を上がった先に扉は一つしかない。


 扉の前で影たちはそれぞれ剣を携え、部屋へと突入するタイミングを伺う。

 全員が頷き合い、一人が扉を乱暴に蹴り破る。それと同時に影たちが部屋の中になだれ込む。皆血走らした目をぎょろぎょろと巡らせた。


――誰もいない……?


 部屋の中の全員の意思がそう符合した時、指を鳴らしたような乾いた音が響いた。

 影たちの意識はそこで途切れる――。



 喫茶店の二階に突入した者たちを待つ影たちは、いつまで経っても戻る気配のない状況に焦燥感を感じ始めていた。

 いくらなんでも時間がかかり過ぎている。

 目的を達成することは五分もいらない作業だ。もし対象が不在なら、それはそれでもっと時間はかからない。

 明らかに異変が起こっていると影たちが思い始め、それぞれがざわめきだした。


「何が起こっている……?」

「知るか……。誰か様子を見て来い」

「その必要はない」


 木々がさざめくような声々に混じり、やけにはっきりと、そして断定的な言葉が周囲に響いた。

 その声の主はいつの間にか影たちの中心に紛れ、暗い路地でも強い光を跳ね返す紅い瞳が周囲をその場に釘付けにした。

「お前たちは、ここで大人しくしてもらう」

 紅い眼の男は腰に差した細い剣の柄に手を伸ばしそう言った。



「お嬢! そっち終わったか?」

「ええ。ギムレットさんは?」

「問題ねぇ。言われた通りやったぜ」


 喫茶店からやや離れた路地でシルヴィアとギムレットは肩で息をしながらそう報告し合った。


「よーしよしよし! お父さんもしーちゃんもよくやったぞ! 褒めてつかわす!」


 そしてギムレットに肩車されたままヒカリは鼻息を荒くしてそう言った。


「けどよぉ、ヒカリ。お前とロキに言われた通りよくわかんねぇ模様が書かれたカードをここいらの区画に貼り付けただけだぜ? それがなんだってんだ?」


 そう言いながらギムレットはポケットに入っていた余りの札を取り出す。そこには円形に纏められた幾何学模様の図形、それを取り囲むように意味のわからない言葉のようなもので埋め尽くされていた。


「何って、最初にいったでしょー?ロキ坊の部屋に来たワルモノを逃がさないためにその魔法陣で囲っちゃうって」

「いやだからそれの意味がわからねぇって言ってるんだよ……」


 話が一向に前に進まない状況にギムレットはヒカリを担いだまま辟易とした。


「その魔法陣には幻惑魔法の術式が記されてんだ。それを決まった法則で配置すれば指定した領域内から出ることができなくなるってこった」


 ギムレットの疑問に答えたのは路地の奥から現れたロキだった。

 しかしギムレットはロキの言葉にいまいち信用できず、訝しげに札を見つめた。


「オッサンよぉ。ブリティアにも『迷いの森』の一つくらいあんだろ?要はそれの再現だ」


 『迷いの森』。

 それは世界中に点在する魔術特異点の名称の一つである。

 その土地の地質、魔素が満ちた空気の流れや淀み、特別に魔素を多く含んだ単一物質。そういった様々な要素から成り立ち、いくつもの偶然が重なって出来たものが魔術特異点だ。


 その中の一つ『迷いの森』とは、定められた場所に立ち入ったものを指定された区域から“出ようとする意識を奪う”効果を持つ。

 それは道を歩いていて、なんとなく片側の道を避けたり。近道にも関わらずなんとなく薄暗いからという理由で遠ざけたりすることにも似ている。


 魔素構造が単純なため、『迷いの森』の都市伝説は世界中にいくつも報告されている。場所によっては『神隠し』など呼び方が少々変わることもある。


「けど、思いのほか早く相手は動き出したわね。ボボさんが殺されてから一日も経たずに刺客を送ってくるなんて」

「そんだけ俺が邪魔になったってことだろ。思えばボボの死体をあのまま残したもの、俺がホーキンスを疑っているかどうかの事実確認に使ったんだろうぜ。だから野次馬でごった返している中わざわざ俺の前に出てきやがったんだ、あの野郎」

「なによそれ、どうかしてるわ。人の命をなんだと思ってるのよ」


 シルヴィアはそう言いながら握った拳をわなわなと震わせる。表情も怒りで歪んでいた。


――潔癖だな……。


 ロキはそんな様子のシルヴィアを見てそう思った。自分に甘ちゃんだと抜かした本人が一番甘いではないかと。

 しかし、それは何の間違いでもない。正しいのはシルヴィアの方なのだ。


「そうだ。命を己の私利私欲の為に簡単に奪ってはいけない。当たり前のことだ」


 まるでロキの考えに同調するように路地の奥からギルバートが肩を鳴らしながら現れた。


「よお、ギル。もう終わったのかよ」

「ああ。全員ただ逃げ回るだけだったからな。お前一人を殺すだけだと思っていたような奴らだ。命を掛ける覚悟もなかったんだろう。そういえば、お前の部屋に入っていった奴らはその後出てこなかったが、いいのか?」

「ああ、俺が居ない時に部屋に入ったら『感電領域(スタンフィールド)』が発動するように仕掛けといたからな。一人残らずノビてんだろ」


 ロキの言い方ではおそらく常時その魔法が設置されていたのだろう。もし害意のない一般人は入ってきたらどうするのだとギムレットは思ったが、場の空気を読んでその言葉を飲み込んだ。


――昨日無理矢理部屋に入らなくて良かったな……。


「だが、まあ。これでほぼ確定だな。シナロアはクロで、それに気付いた俺を殺そうとしてきた」


 ロキが確認をするようにそう言い、場の雰囲気が張り詰めた。


「けど、強引ね。話し合いも何もないじゃない」

「どうせホーキンスにとっちゃ俺は仕事の上のただの障害でしかねぇんだよ。淡々とトラブル排除して、さていつも通りの仕事に戻りますかってこった」

「本当に最低ね。上っ面でも付き合いのあるロキの命も簡単に奪おうとするなんて」


 未だに怒りが収まらず様子でシルヴィアはロキと話す。そんな二人を面食らったようにヒカリが眺めていた。

 それに気づいたシルヴィアがギムレットを見上げヒカリに問いかける。


「どうしたの、ヒカリちゃん? そんな驚いた顔して……」

「ん? いやぁ、ロキ坊としーちゃんいつの間にそんな仲良くなったのかなぁって。さん付けしてないし、タメ口だし」

「え? あ、いや! 別にそんな……!」


 ヒカリにそう指摘された途端シルヴィアは顔を上気させ、しどろもどろになった。

 要領を得ないシルヴィアを見てため息をついたロキがヒカリに話しかける。


「俺から頼んだんだよ。ヒカリちゃん知ってんだろ? 俺が敬語嫌ェなこと」

「そ、そうよヒカリちゃん。私はロキに頼まれたからであって。それに! 私設兵団のリーダーとして示しをつけなくっちゃいけないしね?」

「なに慌ててんだよ、お嬢。みっともねぇな。もしかして俺に惚れてんのか?」

「はぁあああ!? そんなわけないでしょ! 何言ってるのよ!」

「悪いけど俺、お嬢全っ然タイプじゃねぇんだよなぁ……。そのエロい身体付きは好きなんだけど、もっとこう落ち着いた女が好みなんだよな」

「最ッ低! こんな時に何言ってるのよ! しかも何でフラれたみたいになってるの!? フザケないでよ!」


 ロキの言葉にシルヴィアは先程とは違った意味で顔を赤くし憤慨した。しかし怒りの矛先を向けられているロキはただうるさいと言わんばかりに顔を歪めるだけだった。


 しばらくそうして一方的にシルヴィアがロキに不満をぶちまけていたが、流石に見かねたギムレットが二人の間に割って入った。


「おいおい、そのへんにしとけってお嬢。そんなこと言ってる場合でもないだろ?」

「うぅ……。それはそうですけど……」


 ギムレットの言うことはもっともで、それはシルヴィア自身よくわかっていることだった。しかし当のロキは終始どうでもよさそうで、まるで自分は悪くないと言わんばかりの態度だったことが余計にシルヴィアは腹立たしかった。


 そうやってむくれているとギムレットがシルヴィアに近づき耳元で囁いた。


「そんなムキになってると本気でギルバートに勘違いされちまうぜ? マジで惚れてんじゃねぇかってな」

 ギムレットのその言葉にシルヴィアはびくんと肩を震わせた。


「ななな何を仰ってらっしゃるのですか?別にギルは関係ないですよ?」


 明らかに意識したようなその態度にギムレットはつい笑いが漏れそうになり、口元を手で隠した。


「もー、お父さんったら意地悪だなぁ。ダメだよしーちゃんからかっちゃ」

「んー? んなことねぇって」


 ギムレットの肩で諭すようにそういうヒカリだったが、ヒカリも同じようにだらしなく口元を緩ませていた。

 そんな先程までの張り詰めた雰囲気とは打って変わって和やかな空気になっている面々をよそに、その輪から外れたギルバートは何かを察知したように街の中心の方へと視線を向けていた。


「あんだよ、ギル。どうかしたか?」


 その様子に気付いたロキがギルバートに問いかける。

 ギルバートはそれでも視線を街から外さなかった。


「……妙な予感がする。まだ何かが起きるような」


 ギルバートが感じていたのはこの街に蠢く“何か”だった。

 それは魔素のうねりであったり、息を潜めた人間が這い回る気配であったり。そう言った五感で感じる違和感だった。


 ギルバートのその様子を感じ取ったロキは何かを考えるように頭を掻いた。

 ホーキンスは今朝の一件からロキが邪魔だと判断し、今こうして刺客を向けてきた。


 しかし、と考える。シルヴィアが言う通りこのやり方は確かに強引だった。

 こうしてロキの寝床にしている喫茶店を強襲して、さて終わりとあのホーキンスが果たして考えるだろうか。


 ロキはこの街に根付いておよそ二年が経った。仕事やホーキンスの依頼の都合上ロキは多くの人間に関わってきた。

 ロキはあまり興味がなかったが、この街ではロキはシナロアに次いで影響力を持つ人物という認識が街中に浸透していた。


 恨みを買われてはいても、短絡的に報復しようとは誰も思わない。それでもなおロキをピンポイントに狙う必要があるのだろうか。


 人知れずロキだけが始末されることは、街中に不信感をばらまくだけだ。

 本当に自分を始末してそれで終わりだと、あのホーキンスが思うだろうか。


 ロキがそう思考していると、不穏な空気を感じていたギルバートが確信を得たように態度を変えた。


「おい、何か聞こえないか?」

「あ? そうか?」


 ギルバートはそう言うがロキには何も聞こえない。いつもと変わらない夜の静けさだった。


「確かに……。何か雄叫びのようなものが……」

「何かブッ壊れる音もしなかったか?」


 ロキの反応に対してシルヴィアとギムレットはギルバートに同調した。

 闘気を扱うものは身体能力が上がるだけでなく五感も鋭敏化する。闘気での戦いに慣れた者は平時においても感覚器官のみを強化する者は多い。特にずっと一人で戦い続けたギルバートや王宮騎士団の騎士の二人は五感を強化することは、目を凝らしたり耳を澄ませる位の感覚で扱える。


 そんなことは潜在魔素がほとんどないロキには到底理解できるものではなかった。

 確かな答えを出す前にギルバートは視線を送り続けていた街の中心に向けて走り出した。


「オイッ、ギル!」


 呼び止めるように声を荒げ、続くようにロキが走り出した。

 シルヴィアとギムレットも間髪いれずに後に続いた。


 ギルバートは後に続く者たちのことは考えもせず走る。不可解な音はそれに連れどんどん大きくなる。

 中心部に繋がる路地を走り抜け街灯の淡い光が照らす中心部に突入する。


 真っ先に目に入ったのは、街灯に当てられた鮮血が飛び散る様だった。

 中心部には先程ギルバートが鎮圧した暴徒たちのような出で立ちの男たちが暴れまわる様だった。


 それは惨劇だった。


 抜き身の殺意を振り回し、逃げ惑う街の住民たちを蹂躙する。

 悪意を具現化したような魔法が街の外面を剥がしていく。


 ギルバートの中で悍ましい記憶が想起される。

 あの日、自分がまだ何も出来ない子供だった頃。自分が大好きだったものを一つ残らず焼き尽くされたあの日を。


 ギルバートは自分がある感情に侵食されていくのを感じていた。

 血よりも赤く、熱い。

 夜よりも暗く、深い。

 その感情の名を判然とする前にギルバートの体は動いた。


 住民に凶刃を向け、その命を絶とうとする暴徒を勢いのまま拳で殴り飛ばし、その周囲の暴徒を群れる害虫を撥ね除けるように素手で圧倒した。


 突如現れたそれに、暴徒たちは己のやっていることを一瞬忘れ魅入った。

 視界に入った途端、それは己に向かってその狂気を振り回す。

 小さな嵐と見間違えるそれはあっと言う間に暴徒の意識を奪う。


 ギルバートが混乱の渦中に飛び込んでから数分と経ってはいない。しかし既に中心部では黒い嵐と化したギルバートによって完全に空気が覆された。


 暴徒たちは何が起こったかわからない。ただ自分たちは街を滅茶苦茶にできればそれでよかった。

 しかし目の前のそれはなんだ。

 人の形をしているそれは獣と呼んだほうが納得できた。

 腰に差した剣も抜かず、数で優っているはずの暴徒を木の葉のごとく舞い上がらせる。


「怯むんじゃねぇ! 全員でかかれ!」


 暴徒の中の誰かがそう叫ぶ。その言葉に頬を叩かれたように暴徒たちはギルバートに飛びかかる。

 瞬間、流れ星のような銀色の軌跡が暴徒たちの間を縫った。


 ギルバートとは対照的に、まるで踊るように混乱の中を駆けるそれはギルバートに迫る暴徒を鎮圧した。


「シルヴィア……」


 暴徒を蹴散らし、ギルバートの背後に控えるように構えたシルヴィアをギルバートは呼んだ。

 ギルバートと同じく突然現れて周囲の注目を集めたシルヴィアを遅れて中心部に到着したギムレットが感嘆のこもった声を出した。


「流石『天の河(ミルキーウェイ)』……」


 ギムレットの呟いたシルヴィアの二つ名は届くこともなく、ギルバートとシルヴィアを取り巻いていた暴徒たちは恐れおののく様に二人から遠ざかる。


 反射的にそれらを追おうとギルバートが動き出そうとした時――。


「ギルバート!」


 叱責するような声でシルヴィアが叫び、ギルバートは弾かれたようにシルヴィアの方へ向き直った。

 それと同時にシルヴィアは両手でギルバートの顔を掴み、自分の顔に近づけた。


「ギルバート。貴方は“何”? 何者であるつもりなの?」


 責めるような口ぶりで問われたギルバートは目を見開いたあと、呼吸を落ち着けシルヴィアを見つめ返した。


「俺は、貴方の“剣”。ブリティアの騎士です」


 強い眼差しでそう言うギルバートに満足したように手を離し、その手を腰に当てて豊満な胸を張った。


「もうっ! 私が見てないとすぐそうなんだから!」

「申し訳ない……」


 いつもの調子で非難するシルヴィアにギルバートは素直に謝罪した。


「何イチャついてんだよオメーら……」


 かなり遅れて現れたロキがそんなやり取りをしている二人を見て呆れた表情でそう言った。


「べ、別にイチャついてなんか……!」

「へいへい。……だがまぁ、こんなことになってるとはな」


 シルヴィアの抗議の声を片手でいなし、ロキは悲鳴が聞こえる中心部を見つめた。


「それにしても、何でこの街が攻められてんだよ! 訳がわからねぇ!」

「そんなもんホーキンスの仕業に決まってんだろ」


 状況が理解できず混乱しているギムレットにロキはさも当たり前のように答えた。


「あの野郎、俺を殺して終いどころじゃねぇ。この街そのものを(しま)いにするつもりらしいな」

「だからそれが意味分かんねぇんだって! そもそもこの街はそのホーキンスって奴の拠点だろ? 何で自分の城を自分で落とさなくちゃならねぇんだ?」

「ホーキンスはこの街でヤクを流行らせたのは、もっと大きな市場を見据えて、どう流せば効率よく金を稼げるかっつーテストをしてたんだ。で、そのモデルとしてこの街は役割を終えたんだ。テメェの目障りな俺を殺るついでにこの街ごと消して証拠ごと綺麗さっぱり掃除するつもりなんだろうぜ」


 その清々しいほど自分勝手な行動にもはや口を出す者はいなかった。

 しかし、全員の思いはそこで一つになった。


 これ以上、ホーキンスの好きにさせはしない。


「ギル、悪ぃが街の方は頼むぜ。ホーキンスの野郎、俺一人を始末できなくてもこのゴタゴタに乗じて殺るつもりだったんだろうな。だがこの街にギルが来たのがあいつの最大の誤算だ。俺は裏道から一番街のホーキンスのビルに向かう。油断してふんぞり返ってるあいつに目に物見せてやるぜ」


 ロキはそう言って自分の拳を空いた片方の手の手のひらに打ち付けた。


「わかった。だが、お前一人で大丈夫か?」

「たりめーだ。どんだけ俺がこの街で過ごしてきたと思ってんだ。誰にもバレずに行けるっつーの。ギルこそ、もし俺の見てねぇとこでくたばりやがったらぶっ殺すかんな!」


 そう言い残してロキは踵を返し走り去ろうとした、が。


「……ちょっと待て、なんだ今のセリフは?」

「っるせぇなあ! 言葉の綾だろうがよ! いちいち突っかかってくるんじゃねえよボケ!」


 ロキが最後に吐き捨てたセリフを何故か看過せずに飛び止めてまでギルバートは問いただした。


「言葉としておかしいだろう? くたばっているなら既に死んでいるはずだ。それでどうやって殺せると言うんだ?」

「ほんっっとに融通が利かねぇな、この岩石頭がッ! そういうのはノリで受け取って勝手に消化しろや!

テメェ状況わかってんのか?」


 ロキの言っていることは滅茶苦茶だが、こんな状況で言い争うことではないことは確かだった。実際シルヴィアとギムレットもロキの言葉には多少引っかかったが、時は一刻を争う状況だ。本来だったらロキの言うようにその場の流してしまうはずだった。


「もう……! こんな時に何やってるのよ……」

「まあまあしーちゃん。二人は昔っからこうだから」


 苛立ちながら呟いたシルヴィアにヒカリはあくまでいつも通りにたしなめた。

 そんなヒカリを担ぎながらもギムレットは「コイツも大概だな……」と呟いた。


「いいか? よく考えてみろ。もしこんな所で志半ばで死んで『逆十字』も潰せなかったら、この俺に殺されるんだぞ? いや、もうそんな細けぇこたぁいい! 死んだら、俺に、殺されるんだぞ? どうだ、腹立つだろ?」


 もはや支離滅裂の極とも言える言葉を堂々と言い放ちロキはギルバートに眼球を突かんばかりに人差し指を近づけた。


 そして当の本人のギルバートはロキに言われたことを想像しているのか怪訝そうに思案顔になった。するとみるみるうちにシルヴィアも見たことがないような不機嫌に歪んだ表情を浮かべた。


「……何故かはわからんが、確かに不愉快だ」


 不機嫌な表情のままギルバートはそう言った。そしてその言葉を表すように未だに自分の顔を指すロキの指を押しのけた。


「だろうが! わかったら黙って雑魚狩りでもしてろやボケッ!」


 とどまることを知らないロキの暴言にもはやシルヴィアもギムレットも言葉をかける気力もなかった。


 ただ、ギルバートだけは不意に歪んだ顔をいつもの無表情に戻したと思いきや、今もなお悲鳴が木霊する街中であどけない少年のような微笑みをこぼした。


「それなら、俺も貴様がもしこんな所で野垂れ死んだとしたら、改めて俺が殺してやる」

「……上等だ、コラ」


 ロキはその言葉にシニカルな笑みを返した。


 そして、ロキは前触れもなく拳を目線の高さに掲げた。

 ギルバートはその意図を直様汲み取り、口元に笑みを残したまま同じように拳を掲げた。


「じゃあ、約束だぜ?」

「いいだろう。お互い、死んだら……」

「ぶっ殺す!」


 ロキが低く威圧的に声を上げ、二人は掲げた拳を、この街で再開した時のように叩き割らんばかりの勢いで突き合った。

 骨がぶつかり合う鈍い音が響き、ギルバートとロキは何を言うわけでもなく拳を離しお互いに背を向け歩みだした。


 もうこれ以上言葉はいらない。二人は己の為すべきことを為すため、ギルバートは喧騒に向けて、ロキは路地の闇の中へ向かっていった。



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