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どんづまりの街 14 ―最悪の出会い―



 スモッドにごくわずかしかいない医者のうちの一人、ホァンは忌々しげなため息とともに煙草の煙を吐く。


 ホァンは、確か自分の故郷リェンファより東の土地ジパングでは周期的に己に災厄が回ってくる年のことを厄年と呼ばれるということを思い出した。

 もしそうならそれはいつになるのだろうと、鼻で笑っていながら待っていたホァンだった。


 そしてそれは割とあっけなくやってきた。

 ホァンの目の前には裸に男物の上着を被せられた女とその女に上着をかぶせたであろう男が女を抱えて立っていた。


「……どうやってここまで来れたかはこの際聞かん。何の用だ?」


 ホァンは初対面の相手だろうと構わず、高圧的な態度で男にそう聞いた。

 男はその言葉に苛立つこともなく。否、既に限界まで憤った雰囲気を放っていた。


 そしてホァンの問いを無視するように言葉を発した。


「オイ。あんたは医者か?」


 そうじゃなかったら何だというのか。ホァンは意味のわからない男の問いに眉をしかめる。


 あまり大きく看板を出しているわけではないが、ホァンは確かに医者として生計を立てている。ホァンに訪ねてくるということは医者に用事があるということだろう。

 何をわざわざ問う必要があるというのか。


「一体この街は何なんだよ。俺はこの数時間医者を探して這いずり回ってるっつうのに、誰一人としてまともな医者がいやしねぇ……」


 男は張り詰めた糸を切らさないように慎重に言葉を紡ぐ。

 その糸はおそらく己自身の癇癪の糸だろう。男は必死に自分の感情を押さえている。


 ホァンはふと男が抱える女に目を向ける。

 男の上着では隠しきれずはみ出る女の四肢は傷だらけで、おそらく服の一切を身に付けていないのであろうと判断できた。


「その女はなんだ?」

「見りゃわかんだろ、患者だよ。もう一度聞くぞ、あんたは医者か? 医者ならとっととこいつを治せ」


 ホァンが意図する答えを返さない返事と礼儀を知らない物言いにさらに苛立ちが募る。


「この女はお前の女か?」

「それに何の意味があるんだ?」

「ふん……、やはりな。多方、娼館から逃げてきた娼婦かなにかだろう? そしてたまたま通りがかった貴様が抱え込んできたといったところか」

「わかるんならとっとと治療しろコラ! 苦しんでんの見えんだろオイ!」


 ホァンの淡々とした言い方にとうとう我慢の限界を迎えた男は声を荒げる。しかしホァンはそれに全く動じることはない。


「貴様のその言い方だと、他の医者にも診せたな? で、どうせ追い返されたのだろう?」

「知らねぇな。俺はここに来るまで医者と呼べるような奴には一人として出会わなかったぜ」

「それはどうしてか教えてやろう。それはその女が娼婦だからだ。この街に娼婦が何人いると思っている? ちゃんと扉を叩いて訪ねてきたならともかく、そのへんで倒れていた野良猫のような娼婦を助けてなんになる。金も出せず、そしてどうせまた同じ(てつ)を踏む。そんな奴を助けたところで金と労力の無駄だ。他の医者はなにもまちっがっておらん」


 ホァンは当たり前のことをつらつらと目の前の男に言ってのけた。

 しかし、それで目の前の男が素直に聞き入れることはないだろう。


「テメェもさっきまでの奴らと同じこと言うんだな。今まで何人か医者って呼ばれてる連中のところへ言ったが全員同じことぬかしやがった。腹たったからそいつら全員の鼻頭(はなっかしら)へし折ってきてやったぜ」


 そういうことかとホァンは辟易とする。別に知り合いでもないが、その医者たちにホァンは心の中で労いの言葉を送る。


「いいからぐちゃぐちゃ能書き垂れてねぇでとっとと治せっつってんだろ! テメェがわけわかんねぇ戯言いってる間に何人救えると思ってんだ! 金は俺が払う! それで問題ねぇだろ!」

「貴様は何もわかっちゃいない。確かに貴様が金を払い。俺が治療すればその場しのぎにはなるだろう。だが、それからはどうする? この女はどうせ娼館に戻ってまた同じように逃げ出す。そしてまたお前が助けるか? それに、この街に似たような娼婦が何人いると思っている。そいつら全員助けられると思ってるのか? 出来るわけがない。所詮、貴様がやってることなど独り善がりの自己満足でしかない」


 ホァンがそう言うと男は黙った。己の目をそらしていた本心を突かれ狼狽しているのだろうと思った。

 動かない男をさっさと出て行くように言おうとしたその時。


「自己満足の何がいけねぇんだよ」


 男はかすかな声でそう言った。


「馬鹿らしいぜ。人間、自己満足省いたら何が残るんだよ。仕事も趣味も、メシも寝床も、どう生きるか死ぬかもテメェの自己満足だろ。そうだ、俺はテメェの自己満足のためにこの女助けんだよ。この女はな、確かに助けてっつったんだよ。それを見逃して生きてけるほど都合よくできてねぇんだよ俺は」


 男は叫ぶようにそう言った。その怒りはホァンに向けてか、それとももっと大きな何かに向けてなのかはわからない。


「あんたはどうなんだよ。こんな街で、ただ金稼ぐためだけに医者やってんのかよ? 目の前に助けを求めてる患者がいて、あんたの中の医者の魂は何とも思わねぇのかよ!」


 今度こそ男はホァンに怒りを向けた。

 ホァンは、ただ煙を吐き男から目を逸らした。


「……話にならん」

「野郎、待ちやが……!」

「何をしている、とっととその女を診察台に乗せろ」


 一瞬何を言っているかわからず男は立ち尽くし言葉を失った。


「診てやるから診察台に乗せろ。ここで暴れられたらかなわん。安心しろ、診察代はたっぷりふんだくってやる」


 忌々しげな視線を男に送りながらホァンはそう言った。


「……最初っからそうしろってんだ!」


 遅れて男は部屋の奥に駆け込んだ。

 これが、街医者ホァンとこの日初めてスモッドに足を踏み入れた男ロキとの出会いだった。



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