どんづまりの街 9 ―この街の成り立ち―
ロキたちはホァンの住む古いアパート、その一室で息を落ち着かせていた。
疲れのせいか、誰も口を開くものはいなかった。
間が持たず手持ち無沙汰にしていたシルヴィアだったが、何を喋ればいいかも分からず結局押し黙っていたままだった。
ヒカリだけはロキに向け心配そうな視線を送っていたが、ロキはそれに気づかず憔悴しきった様子で項垂れていた。
すると、部屋の扉が緩慢に開く。
現れたのはホァンだった。
「まったく、気を抜くとこれだ……」
ホァンはそれだけ呟くと懐からタバコを取り出し、狭い部屋でもお構いなしに火をつけた。
「先生、エルナは?」
「鎮静剤が効いてる。とりあえずは大丈夫だろう」
ロキの質問にぞんざいに答えると溜息と一緒に紫煙を口から吐き出す。
「そうか……」
ロキはそれ以上何も聞かず俯いた。
あれからは本当に大変だった。
突然悲鳴をあげ暴れまわるエルナを抱えロキたちは、ジュリィの遺体をドンに任せてホァンの診療所に駆け込んだ。
実際にはエルナを抱えて運んだのはロキだけだったし、一番街からここまで来るにはそれほど距離もかからなかった。
そして何故か入口からではなく、何時金具が外れるかもわからない錆だらけの非常階段を使って四階まで昇ってきたが、それも疲れる要因ではなかった。
シルヴィアたちがシナロアのビルに行こうという話になってから状況の変化についていけなかった。
エルナの友人であろうジュリィと言われる人物との言い争い、麻薬の存在。その次にはジュリィの死。
挙げ句の果てにはエルナのパニック。
一度にいろんなことが起こりすぎた。
この事を全て許容できるほど、シルヴィアに精神的な余裕は流石になかった。
それはギルバートやギムレットもそうだった。
しかし、ロキだけはそれとは違った心境でこの場にいた。
「ところで、こいつらはなんだ?」
場の雰囲気をものともせずホァンは苛立ったように言った。
「あ、申し訳ありません、挨拶が遅れて。私はシルヴィアといいます。私たちはたまたまこの街に立ち寄った者です」
「何故たまたま立ち寄った奴がここに居ると言っている」
「よせ、先生。こいつらは、俺のダチだ。別にあんたに危害を加えるような連中じゃねぇよ」
終始シルヴィアたちに訝しげな視線を送っていたホァンにロキはそう言ってフォローした。
ホァンは「そうか」と短く返したが、相変わらず警戒心を持つように距離を保っていた。
「ロキ、もういいだろう。今の状況を話せ」
相変わらず前後の流れも関係なく、ギルバートはさっき路地でロキに向けた質問を再度口にした。
ロキはそれに対して口を開かなかった。
まるで苦虫を噛み潰したような面持ちを浮かべ、周囲からの視線から逃げるように床を見る。
「ロキ坊……、大丈夫?」
そんなロキにヒカリは労わるように声をかけてロキの服の裾を握った。
ロキはヒカリに応えるかのように困ったような笑顔を浮かべてヒカリの頭を乱暴に撫でた。
しかしそれは強がりにしか見えなかった。
「まずは、そうだな。この街は普通の街じゃねぇ。それはわかるな?」
突然、脈絡のない話しを始めたロキだったが、とりあえずそこにいる全員は話しの腰を折ることもなく無言で頷いてみせた。
この街は普通じゃない。それはいま改めて言われるまでもない。
街の住人の半分以上を亜人種が占め、そのほとんどがまともとは言えない生活を送っている。
今更何を、とも言わずロキの続きの言葉の続きを待つ。
「んなことは見りゃ解ることだが、それ以上にこの街は面倒な問題を抱えてんだ」
ロキは一旦息をついてから話し出す。
*
スモッド。そもそもこの街は出来上がってからまだ七、八十年程と、街としての歴史は非常に浅い。
この街はスカーディアが他国へ侵略する際に敵国との途中に設けられた帝国軍兵士への待機や宿泊、そして療養を目的とした街だった。
スカーディアはもちろん周辺属領国から安く買った人間をこの街に住まわせ、兵士への食事の提供。宿屋を建て、そこで従業員として労働させた。
そして、主に亜人種たちは兵士たちの慰み者としてこの街へと連れてこられた。
長く続く大陸戦争でこのスモッドに長期滞在することが多かった兵士たちは娯楽もまともになかった。
敗戦国の奴隷、そして国の片隅で細々と暮らしていた亜人種の女性を従軍売春婦として使ったのだ。
奴隷はもちろん逆らうことはできず、そしてスカーディアの属領内に暮らす亜人種たちは部族の女を提供することを条件に国での部族の安住を約束されたため、亜人種の部族たちは断腸の思いで若い女性を国に提供した。
この街に娼館が多いのはそういった理由からだ。この街に暮らすほとんどは大戦時代兵士によって産まされた子供たちの末裔だ。
それはボボでありジュリィであり、そしてエルナもそうだ。
そんな歪な成り立ちがあってこの街は出来上がった。
しかしこれはあくまで街の成り立ちであって、現状の問題ではない。
今を語るにはシナロアカンパニーの存在は切っても切り離せない。
大陸戦争が終結し改暦した後、スカーディア帝国軍に置き去りにされた者たちが街に骨を埋め、宿屋や娼館といったようなものを作り出した。
しかし帝国軍のような強大な抑止力があるわけでもなく、大きな都市から離れた陸の孤島とも言える場所はならず者にとっては住みよい場所となってしまった。
宿屋はほとんど金のかからない休憩所。娼館は都合の良い女を抱ける売春窟と成り果てていた。
そんな時に帝国軍の代わりにこの街に抑止力としてシナロアカンパニーが参入した。
スモッドは大陸戦争で帝国軍の宿泊にも使われていた分、他国の主要都市からすると丁度いい場所に位置していた。
そのため大陸鉄道などの交通の便が行き届きにくい場所に向けての物流の中間地点に非常に都合が良かった。
それに目をつけたシナロアカンパニー先代社長シルバ・シナロアがスモッド掌握に乗り出した。
シルバは金の力にものを言わせ、傭兵ギルドで雇った剣士や魔法使いを使って無理矢理スモッドを掌握し、街にシナロアの支社を作った。
支社にはシナロアカンパニー専用倉庫と事務所を置き、商品の保管と管理をできるようにした。
そしてシナロアが次に手をつけたのはスモッドの歓楽街だった。
街に散在する宿屋や娼館の権利を根こそぎ買い、スモッドの歓楽街そのものを手中に収めた。
それによりスモッドに腰を据えていたならず者は一転としてスモッドから足早に去っていく羽目になった。
こうしてスモッドは大戦時代以来の平穏が取り戻された。
自分たちに降り注ぐ理不尽を振り払ったシナロアに街の住人たちは感謝の念を送る――ことはなかった。
先代社長シルバ・シナロアは徹底した合理主義者だった。
この街は仕事の都合上掌握したほうが手っ取り早いと判断しただけで、住民たちが救われようと野垂れ死のうと知ったことではなかった。
ならず者たちを掃討したことだって自分たちの支社に危害が及ぶのを許さないためだった。
現にシナロアは住人たちに対してそれ以上の慈悲を与えることはなかったし、それどころか街の宿屋・娼館はもちろん道具屋、料理屋、さらには行商人たちにまでにみかじめ料を請求した。
これ以上ならず者たちの被害を受けないためにシナロアが用心棒となるための金だ。
それを毎月。一人につき月稼いだ金からその月生きていくのにギリギリの金だけを残して。
しかしそれは強制ではない。
ただ払わなければ、いつの間にか店と店主はこの街からひっそりと姿を消すだけだ。
なぜそうなるかは、わざわざ言うまでもない。
しかし金さえ払えば身の安全だけは保証されるのだ。
街の住民たちは不満も漏らさず、シナロアに金を払い日々慎ましく生きていた。
生活は苦しいが、以前に比べればまし――。
スモッドの住民たちは諦めてシナロアに支配されることを選んだ。
彼らは諦めることだけは得意だった。




