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どんづまりの街 7 ―日常の影―



 シルヴィアはスモッドの街の雑踏の中を歩いていた。

 見ず知らずの相手とシルヴィアの肩どうしが当たり咄嗟に謝ろうとしたが、既に相手は声をかけるには遠い場所へと歩いていた。


 スモッドの街はそれほど大きくはない。

 しかし今歩いているスモッド中心部辺りには市場があったり、数字で分けられた街を渡るのにちょうどいいため常にここは人でごった返している。


 中心部の賑わいだけで言えばここはブリティアの首都並みとも言える。

 だが明らかに違うのは街を行く人々の面持ちだ。


 誰も彼も顔に生気がこもっておらず、どこか虚ろな表情をしている。

 これほど人がいるのに、誰も他人のことを見ていない。


 それはこの街に来た時から感じていたことだった。


 シルヴィアら余所者が来たとしても、誰もが無関心な視線を送ってくる。

 ある意味、否定的な眼で見られるより精神的にくるものがある。


 聞けばこの街はよその国や街で生きていけない者。

 どこかの誰かに“物”として売られた人間。

 そして現実から逃げ続け、最終的に行く場がなくなったものがたどり着く街なのだそうだ。


 社会から『不要』の烙印を押されたものがたどり着く街。

 それがスモッド。

 どんづまりの街


 しばらくして考えるのをやめたシルヴィアは前を向く。

 先頭にはエルナが先導していた。


 エルナはこの人ごみの中でも慣れた様子で先に進んでいく。

 なぜシルヴィアたちが今スモッドの街中を歩いているのかは、ボボの怪我の治療を終えたところまで遡る。


       *


「ねーねー。ところでなんでそんなにボロボロだったの?」


 シルヴィアとギムレットがロキの能力に驚いている中、ヒカリは当初の疑問に立ち返るようにボボにそう聞いた。


「あ、これっすか? シナロアの連中にやられたんすよー。ったく、アイツら自分らが金持ってるからって調子乗ってるんすよ!」


 ボボはそう言ってその場で地団駄を踏んだ。

 ヒカリは事情も理解していないのに「ホントひどいねー」とボボに同調していた。


「ちょっとボボ。そんなこと言わなくていいのよ」


 エルナはボボの頭を叩きながらそう言った。

 ただその言葉が単純に注意するというより、必要のないことを言うなという気持ちのこもったやや真剣味のある言葉だった。


「シナロア? シナロアとは貿易会社のシナロア・カンパニーのことですか?」


 ボボの発したシナロアという言葉に反応しそう言ったのはギルバートだった。


「し、知ってるんですか? あいつらのこと……」

「ええ、それはもちろん」


 シナロア・カンパニーとはスモッドの街どころか、世界中にその名を轟かす貿易・物流会社のことだ。


 約五十年ほど前、大陸戦争が終結し四大国が和平条約を結んだことによって実現した大陸鉄道は、開業当初は単純に人を乗せる旅客列車だった。

 それを物資の運搬にいち早く着目し、大陸鉄道と契約し世界中の物資に留まらず文化や知識まで数多くの『商品』を世界中に届けた。


 それにより富と権力を手に入れたシナロアは世界中の貿易商、行商人たちを抱え小国から四大国にまでパイプを伸ばした。


 それをたった一代でやってのけたのが、最初は一行商人だったゴルド・シナロアだ。

 現在はゴルドの孫ブロンズ・シナロアがトップに立ち、名実ともに物流王として君臨していた。


「まあ、ここまで旅してきただけで嫌でも目につくからなぁ、シナロアの名前は」

「そうですね。最近では簡単な荷物の配達にも手を出してきてますから、子供でも知ってますよね」


 ギルバートの返答にギムレットとシルヴィアがそう同調した。

 実際、大陸鉄道に乗る時も貨物車両にシナロアの名前がこれみよがしに描かれているために旅行者にとっては「またシナロアか」と言われるほどなのだ。


「あ……そっか、そうですよね」


 そんなことは当たり前のこと。

 しかしエルナは何故かギルバートたちの反応に安堵したようにそう言った。


「ですが、そうならなぜ奴らが暴力行為を行うのですか?」


 エルナの言葉をとりあえず置いておき、ギルバートは当初の疑問に立ち返った。

 その質問に答えたのは、被害者であるボボだった。


「あー、今日は目があったからだと思うっす」

「は……?」


 しかしボボは到底理由とは思えないことを口に出した。


「いや、俺も目が会った瞬間。あ、ヤベッ! って思いましたもん。それで覚悟できて殴られても悲鳴上げなかったからこんなんで済んだんすよ」


 そのままボボは意味のわからないことを延々と喋っていた。


 目が合った?

 こんなもんで済んだ?


 その場にいるシルヴィアたち全員が理解の範疇を超えた状況に硬直していた。


「おい、意味分かんねぇよ。目が合ったから殴られた? そんなバカみてぇな理由で腕の骨まで折られてんのか?」


 ギムレットが怒りを孕んだ声でボボにそう聞き返すが、当の本人は戸惑うように眉を寄せるだけだった。


「え、いや普通っすよ? この街じゃ亜人はそこら辺の虫と同んなじ扱いっすから。ホント人じゃないんすから」


 そんなことをボボは淡々と言う。


「でも実際ラッキーすよ俺は。怪我してもこうやってエルナさんに直してもらえるっすもん」


 周りの思いも知らずボボはあっけらかんと言う。

 本当に先程まで腕の骨が折れていたことを忘れてしまったかのように。


「何がラッキーなことですか!」


 そう叫んだのはシルヴィアだった。その表情は苛烈なほど怒りに満ちていた。


「人じゃない? そんなわけがないでしょう! 貴方は今ここに生きている人間です! それを他人が勝手に決めていいことじゃありません!」


 シルヴィアの怒号にボボは困惑したように押し黙る。

 今まで言われたことがない言葉に圧倒された。

 さらにその言葉に釣られてエルナまで唖然とした面持ちだった。


「そのシナロアの人間はどこにいますか?」

「え?」


 突然の話題の転換にボボはつい聞き返すように疑問の声を出した。


「貴方に怪我を負わせたそのシナロアの人間はどこにいますか?」

「おい、お嬢。まさかわざわざ出向く気か? そりゃあ流石にお節介じゃねぇのか? それに俺たちはロキを待っているんだろ?」

「ロキさんはいつ戻るかわからないとエルナさんも言っていたので後でいいでしょう。それにこの事態はお節介で済ませてはいいとは思えません。私たちはこれから世界を救うんです。目の前の人一人救えずに何を救えますか?」


 シルヴィアの世界を救うという言葉にボボは疑問に感じたがその場の雰囲気でそれを聞き返すことはできなかった。


 しばらく静寂が店内に広がったが、ギルバートが何も言わず椅子から立ち上がりシルヴィアのもとへ向かう。


「やはり、貴女について来て正解だった」


 そう、声は小さいが力強い声で言った。


 その様子を見てギムレットは頭を書きながらため息を吐く。

 しかしながら呆れながらもどこか嬉しそうでもあった。それこそ子供のワガママに振り回されるのをどこか嬉しそうにしている親のようだった。


「しゃあねぇ。このまま店で待ってても埒があかねぇ。いっちょ慈善活動でもしますかねぇ」


 ギムレットも立ち上がりシルヴィアのもとへ向かう。二人が自分のもとへ来てシルヴィアが確認するように頷く。


「とは言っても、直接実力行使とも行きません。まずは相手の本拠地へ行って様子を観ます。必要とあれば評議会への報告もしますが」

「それがいいだろうな。実態も見ねぇで手を出すわけにもいかねぇからな」


 どんどん話が先に進む様子に呆然としていたエルナとボボだったが、我に返ったボボが慌てて声を出す。


「いやいやいや! 流石にロキさんのお客さんにそんなことさせらんねーっすよ! それに、ホラ! 俺が怪我すんのしょっちゅうっすから! 今更怪我しなくなってもどうってことねーっす!」

「では、また怪我したいんですか?」

「は? い、いや……そりゃ嫌っすけど……」

「じゃあいいじゃないですか。それに今思えば貴方にロキさんのもとに案内してくれた謝礼を渡してませんでした。遅ればせながらこれを報酬とすればお節介というわけでもないでしょう?」


 シルヴィアはそう言ってボボにウインクを返した。


 あまりにも可愛らしい仕草にボボは意味のない言葉を吐きながらしどろもどろとしていた。

 そしてずっとそんな様子を見ていたヒカリがボボの肩に手を置いた。


「うんうん。しーちゃんたちに任せておけばなーんも心配ないから!」

「でも……」

「それに、ホラ。余計なお世話はヒーローの本質だって言うじゃない!」

「いや、初めて聞いたっす……」


 意気揚々と親指を立てるヒカリに流石のボボも戸惑いがちだった。

 しかし諦めたように息を吐くといつもの彼のように表情が明るくなる。


「でもそっすね! ロキさんにも仕事したらちゃんと報酬をもらえって言われてますから! 確かにもううんざりしてたんすよ、あいつら!」

「わかりました。では改めてシナロアの人たちが居るところへ案内してくださいますか?」

「はい、了解っす!」


 そう元気よく返事をするボボだったが、それを見てようやく正気に戻ったようにエルナが静止する。


「ちょ、ダメよ! あんたまた怪我しに行くようなもんじゃない」

「エルナさん、でも……」

「大丈夫。私が案内するから」

「えっ! な、何言ってんすか! そんなんもっとダメっすよ!」


 ボボはエルナの言葉に逼迫した声で反論した。


 別に場所さえわかればシルヴィアとしては誰でも良かった。

 だがエルナが言うようにボボに案内をさせてまた危ない目に合わせるわけにもいかなかった。


 しかし、それはシルヴィアたちがいればほぼ問題はないと言える。

 それでも危険があるのならそれを避けるに越したことはない。


 エルナさえよければ、と思ったがボボの慌て方は普通ではない。


 未だエルナに反対していたボボだったが、エルナも譲る様子はなかった。

 ボボの言葉を冷静に首を振って流した。


「あいつらのビルまで行かなきゃ大丈夫よ。私だって無理するつもりはないわよ」

「エルナさんは無理するとかそんなんじゃないっすよ! だって……」

「いいの! 私だっていつまでも守られてるだけはいや。シルヴィアさんみたいに強く生きたいの」


 エルナの言うことはシルヴィアたちには理解できたなかった。

 しかし話の端々から深刻そうな理由があることはわかった。


「エルナさん、なんだったら場所を教えてくださるだけでいいんです。そうしたら私たちが勝手に行くだけなので」

「いえ、案内させてください。シナロアの所有するビルは一番街にあります。……ただ案内できるのは一番街まででいいですか? ビルはあそこで一番大きいのですぐわかると思うので……」

「ええ、それはもちろん……」


 言葉の内容はただ道案内をするというだけだったが、エルナはまるで断崖を飛び降りるかのような覚悟すら感じられた。


 そうにもそんなエルナが気にかかったが、事情も知らずに邪推すろこともないだろうとシルヴィアはエルナの言うことを了承した。


「では、行きましょう……」


 初めて見たエルナの陰のようなものに不穏な思いが去来したが、シルヴィアはあえてそれを無視した。


 エルナの覚悟を信じて。


 それが大きな間違いだったことも知らずに。


       *


 エルナの先導によりシルヴィアたちは一番街と呼ばれる場所へと向かう。そこへと向かうに連れて少しづつではあるが人が少なくなっていくようにも感じる。

 さらに言えば、少なくなっていく人々もどんどんと様変わりしてくる。


 今までは旅で立ち寄った者や行商人も目立っていたが、今では本来の街の住人と思われる人々が多くなる。


 ボロボロの服を来た浮浪者のような男。

 人の往来する道で着るには薄手すぎる服を着た女。


 おそらくは一番街と呼ばれる場所はこの街の根幹に関わる場所なのだろう。

 そう思いながら歩いていると不意にエルナは立ち止まった。


 突然立ち止まったため危うくぶつかりそうになる。


「エルナさん……?」

「すみません……」


 何故かエルナは謝罪の言葉を漏らす。

 その背中は僅かに震えてるように見えた。


「ここから先が、一番街になります。あとは道なりに進めばシナロアのビルに着きます」


 まくし立てるようにエルナはそう言いシルヴィアに向き直った。


「ごめんなさい。私、あんまりここから先に行きたくなくて……」


 困ったような笑顔を向けエルナはそう言った。


 おおよそ検討はついていたが、やはりこの先にエルナにとって何かがあるのか。

 いや、あったのか。


 しかしそれは聞く必要のないことだった。


「ええ、ありがとうございました。ここからは私たちで大丈夫です。エルナさんは戻ってください」

「ありがとねー、えるえるー」

「そうだ、ヒカリちゃんもエルナさんと一緒に戻ってて。ここから危ないわ」

「えー! 大丈夫だよー!」


 シルヴィアの気遣う言葉にヒカリは両手を振り回して抗議していたが、エルナはシルヴィアの言葉に従うように頷いた。


「そうですね。ヒカリちゃん行こ? さっきのお店で一緒にジュース飲んで待ってよ?」

「むー……。つまんないけど、いっか。これを期にえるえるをあたしの虜にしてあげるんだからね!」

「あはは、もう虜だよ?」


 そんな風に言いながら二人は手をつないだ。


「じゃあ、お店で待ってます」

「まったねー! ギル君、しーちゃんを悪い奴からちゃんと守ってあげるんだよ!」

「ヒカリに言われなくてもそのつもりだ。誰だろうとシルヴィアには指一本触れさせない」


 ギルバートの力強い言葉に蚊帳の外のエルナが「うわぁ……」と感嘆のこもった声を出す。


「ギル、いいから! と、とにかくまた後でお伺いします」


 シルヴィアの言葉に頷くとエルナは振り返り来た道を戻ろうとする。

 しかしその拍子に路地裏から飛び出してきた人物にぶつかってしまう。


「あ……すみま……」

(いった)いな! どこ見て歩いてんだよ!」


 エルナが謝罪の言葉を言い切らないうちにぶつかった相手は大声でがなり立てる。


 それを見たシルヴィアは突然のことで面食らってしまう。

 しかし言われた本人のエルナは驚いてはいたが、怒鳴られたこととは少し違った戸惑い交じりの表情だった。


「ジュリィ……?」

「エル、ナ……? なんで君がここに?」


 ぶつかってきたのはエルナ、そしてロキの友人である小道具屋のジュリィだった。

 ジュリィはエルナの顔を見るなり狼狽したように二歩三歩と後ずさった。


「それはこっちのセリフよ……。あんた一番街でなにを……?」

「いや、エルナの方こそだろ! 君はここにいちゃいけないんだよ? わかってんの?」


 エルナに対抗するようにジュリィはエルナに問い詰める。

 しかしかなり錯乱したように目を血走らせている。


「えるえる? ともだち?」


 それを全く意に介さずヒカリはいつものように無邪気に聞き返す。

 しかしエルナはヒカリに構う余裕はなかったようだ。


「わかってるわよ。ここには案内できただけ」

「何もわかってない! ロキがどんな思いでエルナをここから遠ざけてたかわかんないだろ!」


 まるで顔同士がぶつかってしまうのではないかというほどジュリィはエルナに肉迫する。


「ジュリィ、あんた変よ? あんたそんなに声出すような人じゃなかったでしょ? それに目のクマもすごいし……。体調悪いの?」


 それは遠巻きに見ていたシルヴィアもうっすら感じていた。


 おそらくエルナの知り合いであろうジュリィと呼ばれる人物。

 彼の人となりは知らないが、エルナに問い詰める彼の様子はどこかおかしい。


 それは彼が取り乱してることではなく、エルナの言うとおり目を血走らせ、目の下に彫り込んだかのように濃いクマを残し、ただ叫んでいるだけとしてはおかしいほど息切れをしている。


「そうやって、人のことばっかり……! 君は……!」


 そう言ってまた一歩ジュリィはエルナに近づく。

 その拍子にジュリィの懐から何から滑り落ちる。


 落ちたのは薄い紙が折りたたまれたものがいくつか。

 それが落ちた衝撃で開き中に入っていた白い粉末が飛び散る。


「っ!」


 しっかりとそれを周りの者たちが確認する前にジュリィは飛びつくように落ちた紙に覆いかぶさる。


「それ、まやく?」


 あどけない声に反応しジュリィはうずくまった姿勢のまま上を見上げる。


 声を出したのはヒカリだった。

 ヒカリはいつもの無邪気な表情とは打って変わった、辛辣なほど冷たい顔をしていた。


「麻薬……? ジュリィ、それ本物?」


 ジュリィは答えなかった。代わりに切羽詰った表情で顔を背けた。

 それは肯定しているということに違わぬ仕草だった。


「あんた、何してんの……? それがどんなものかこの街に住んでるなら嫌でもわかるでしょ?そんなものに縋らないと生きていけないほどなの?」


 エルナは悲愴感に満ちた表情でジュリィを問いただした。


「ロキからだって言われてたでしょ? 間違ってもそれに手を出すなって……。あんたそれを……」

「うるさいっ! エルナが、エルナには言われたくない!」


 ジュリィがそう叫んだ瞬間、エルナは希望を打ち砕かれたような表情になる。

 それに合わせ体から力が抜けたように後ずさる。


 言ってから自分の言葉の意味に気づいたかのようなジュリィは一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに紙をかき集め逃げ出そうとする。


「あ、ちょっと……!」


 つい、逃げ出すジュリィに声を掛けるシルヴィアだったが、ジュリィは制止の声を無視し駆け出す。

 だが、それはジュリィが来た路地から伸びた手によって掴まれ叶わなかった。


「どこ行くんだ、オイ」


 どこかで聞いた声がした途端ジュリィの身体は地面に叩きつけられた。


「やっと捕まえたぞ、ジュリィテメェ……」


 そういいジュリィを組み伏したのはロキだった。


 ロキは怒りと悲哀の混じった表情でジュリィを見下ろしていた。


「本っ当、勘弁しろよマジで。目ェつけてた売人の取引現場にダチがノコノコ出てきた俺の気持ちわかるかよ、ああ?」

「ロキさん? どうしてここに?」


 突然のロキの登場に状況が理解できないシルヴィアはついそう問いかけた。

 訝しげに顔を上げるロキはさらに眉を曲げる。


「……なんでここにお前らがいるんだよ?」

「それはこっちのセリフだ」


 ロキの言葉に答えながらギルバートはロキに近づく。


「どこに行ったかと思えばこんなとこにいたのか」

「んだよ、昨日の今日でまたお前かよギル。顔も見たくねぇんじゃなかったのか?」

「当たり前だ。だが俺の感情は今はどうだっていいんだ」

「はぁ? お前何言ってんだ?」


 ギルバートに疑問の視線を送っているとジュリィを押さえつけている腕の力がつい抜けてしまう。

 その隙にジュリィはもがいてロキの腕をすり抜けもう一度逃げ出そうとする。


「待てっつってんだろが!」


 その声に合わせロキはジュリィの服の襟を掴む。

 そして無理やり振り向かせたジュリィの顔面を殴りつけた。


 うめき声をあげ、紙をばら撒きながらジュリィは転げ回った。


「おい、俺言ったよな? 長生きしたくても早死にしたくても、クスリには手ェ出すなってよ。俺同じこと言うの嫌ェなんだよ……」


 侮蔑の視線を送りながらロキはジュリィに吐き捨てるように言った。

 そして散らばった紙を拾い集める。


 それをみたジュリィは慌ててロキの足に縋り付く。


「ゴメン! 悪かった、僕が悪かったよ! つい魔が差したんだ。店の経営が思うようにいかないし。シナロアの連中からの圧力だって辛かった。ほんの少しだけのつもりだったんだよ」


 ジュリィのその言葉はまるで命乞いをしているかのような切実さがあった。


「だったらこれで手ェ引け。今回だけは目ェ瞑ってやる」

「うんうん! わかった、そうする! もう今後一切クスリなんて手を出さない、誓うよ! だから、だから今だけはそれくれよ! ねぇ頼むよ、もう辛くて辛くて仕方がないんだ……」

「馬鹿か! 何も分かってねぇじゃねぇか! こんなもん何の役にも立たねぇよ。気が楽になるのは一瞬だ。どうせすぐ際限なくなる」


 ロキの言葉にジュリィは苛立ったようにうめき声を上げる。

 まるでわがままを言っても聞く耳を持たない親に癇癪を起こしている子供のようだった。


「なんでだよっ! 僕がこんなに辛い思いしてんのになんでくれないんだよ! 友達だろ!? 友達がこんなに辛い思いしてるのに見捨てるのかよ!」


 いつしかジュリィは半狂乱になってその場でのた打ち回る。


 その様子を見ていた面々は言葉を失いそれを見ているだけだった。

 しかしエルナだけは周りと違った面持ちでジュリィを見ていた。


 いつもは朗らかで気のいい友人がこれほどまでに変わり果てた姿を見せたことに動揺していた。


 あまりの衝撃に口元を押さえて狼狽する。

 ヒカリとつないだままの手が無意識に力を込めてしまう。


「ジュリィ……」


 つい口をついて出たエルナの言葉にロキが途端に反応する。


「エルナ……? なんでお前までここにいるんだよ……」


 ロキは先ほどジュリィが言ったようにエルナがここにいる事を咎めた。


「どいつもこいつも、同じこと言わすなっつってんだろ! 今すぐここから離れろ!」


 凄まじい剣幕でロキは叫んだ。

 その言葉にエルナは体をびくりと震わした。


「でも……」

「でももクソあるか! とっとと消えろ!」

「ちょっとロキ坊! えるえるは親切でここまで案内してくれたんだよ? そんな言い方無いじゃん!」


 ロキの高圧的な言葉に我慢できなくなったヒカリはいつもの調子でロキを非難した。

 ヒカリの存在に気づき多少雰囲気が軟化したロキだったが、未だに差し迫った思いは残っていた。


「ヒカリちゃん……、悪ぃけど黙っててくれや。これはエルナの問題だ、ヒカリちゃんには関係ねぇ」


 ロキがそう言い終わるか終わらないかという時にジュリィがロキに体当たりを食らわした。

 しかし変な体勢から繰り出した体当たりに威力はなくロキは少しよろめいただけだったが、その隙にジュリィは駆け出す。


「ジュリィ! てめぇ待てコラ!」


 もちろんそれでは止まらずジュリィは路地に逃げ帰っていく。


「クソッ! ……おい、ギル! 悪ぃジュリィを、あいつを追ってくれ!」


 ロキは少なくとも自分より足に自信があるであろうギルバートに助力を求めた。


「ロキ、一体どういう……」


 状況が掴めずそう聞き返したギルバートだったが、ロキのその表情はそれどころではないと言っていた。


「頼むっ……、ダチなんだよ……!」


 その痛ましいまでの雰囲気にギルバートはすぐに考えるのをやめた。


「わかった」


 それだけ言ってギルバートは駆けた。

 ジュリィが潜り込んだ路地裏に風が吹くようなスピードで滑り込んでいく。


 それに続いてロキも路地裏の奥へと走り出す。


 いつもの間にか置いていかれたシルヴィアだったが、このまま放っておくわけにもいかず、ギムレットと視線を合わせひとつ頷いてからロキたちの後を追った。


 最終的にその場に残ったのはエルナとヒカリだけになった。

 エルナはロキに言われたことがまだ後を引いているのか顔を伏せたままだった。


「えるえる……」


 ヒカリが心配そうにエルナに声を掛ける。

 声は届いているかわからない。


 しかし不意に顔をあげ、ロキたちが消えていった路地に視線を送る。


「ヒカリちゃん、ごめんね。私行くわ」


 エルナは怯えとほんの少しだけ覚悟を決めたような強い眼差しをしていた。


「……うん」


 ヒカリはそれだけ言って繋いだ手をぎゅっと握り返す。

 自分がついていると励ますように。

 決意を新たにエルナは路地裏へと足を踏み出す。


 路地の奥は暗く、底がないように思えた。



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