どんづまりの街 4 ―こんにちわ、暗黒街―
大陸鉄道を乗り継ぎ、乗合馬車と徒歩をはさんでシルヴィアたちがスモッドに到着したのはロキと出会う三日前だった。
ヒカリの導きによりスモッドまでの道程は穏やかそのものだった。
しかしいざスモッドに到着し、「ロキ坊は、この街にいるっ……!」とやたら芝居がかった台詞でヒカリが言ってから困難の始まりだった
「ホント? ようやくね……」
慣れない汽車と馬車の移動はシルヴィアとギムレットには辛かったらしくロキがいる街に着きヒカリの言葉に心から安堵した。
「ああ、流石に疲れたな。体ガタガタだぜ」
そう言うギムレットは大きな体をゴキゴキと鳴らしながら伸ばした。
「もー、お父さんったら情けないんだからー。運動不足なんじゃない?」
「おい、本当に娘が父親を説教するときみたいなことを言うな。なんか凹むだろ」
まだ女房もいねぇのにとぼやくギムレットを無視してシルヴィアはヒカリに質問する。
「よし、じゃあこのままロキさんの所に行きましょうか。ヒカリちゃんロキさんはどこにいるの?」
「わかんない!」
あまりにも元気に答えられたため、シルヴィアを含めその場の全員が固まり数秒の静寂が訪れた。
「おい冗談きついぜ、ヒカリ……。ここまで来てそれはねぇだろ」
顔を引きつらせながらギムレットはヒカリの頭に手を置いた。
それは幼い少女を諭すようなものでなく、これ以上自分を疲れさせるなと言う強迫的な意味があってのことだった。
その証拠にギムレットのこめかみの血管がはち切れそうに痙攣していた。
「しょうがないじゃん、わかんないものはわかんないんだもん! こんなに人がいっぱいいる街じゃ、ロキ坊の気配なんてまぎれちゃってわけわかんないもん!」
ギムレットの苛立ちを知ってか知らずか、ヒカリはシルヴィアがよくやるように頬を膨らませてそっぽを向いた。
「ねぇ、ギル? どうゆうこと?」
「確かに、ヒカリは一度会った人間なら死んでいない限りどの方角に居るかわかるといったが、あまり近づきすぎると本人が言うには一緒にいようが少し離れていようが同じような感覚になるらしい。さらに周りに人が大勢居れば雑多な気配に紛れて判断がつかなくなるらしい」
もはやここまで来ると逆に都合が良すぎる能力だった。
実は適当に理由をでっち上げているのではないかとすらシルヴィアは思った。
しかしそうなると、ギルバートと再会した街でヒカリが迷子になっていたことに理由がつかない。
本当にヒカリの言う力が完璧ならそもそも迷子になるはずもない。
そもそもギルバートがこんな荒唐無稽なことを、冗談として言うはずがない。
ロキを探すためにわざわざ国外まで出て、土地勘もない異国の街へと来たのだ。
それがここまで来て、実は嘘でしたと言われたら笑い話にもならない。
この十年間で多少は変わっても、根っこの部分では変わらない。
それは共に行動してきたこの数日感でもよくわかった。
彼は人に悪意を向けるような嘘をついたりはしない。
「そうよ、この街にいるってわかっただけでも収穫です。ヒカリちゃんを責めるのはやめましょう」
「うぅ〜。しーちゃんやさしい〜……」
わざとらしくヒカリは涙声でシルヴィアに抱きついた。ヒカリもよほどシルヴィアの抱き心地が気に入ったようだ。
「まぁ、ここまで来ちまったんだ。信じて探してみるっきゃねえか。どっちにしろ手ぶらじゃ帰れねぇぞ!」
ギムレットはため息をつきながら意を決したように腰に手を当てて言った。
「とりあえず聞き込みをしましょう。四に……いえ、皆で手分けして探せばすぐ見つかります!」
流石にヒカリを頭数に入れられず、人数をぼやかした。
スモッドはそこまで大きな街では無いためすぐに見つかるだろう。
シルヴィアだけでなくその場の皆が同じく思っていた。
しかしそれは大きな間違いだったことをすぐに思い知らされる羽目になった。
*
シルヴィアたちがスモッドに到着し早二日が経過していた。
ある日は手分けして、ある日は四人で固まってロキについての情報収集を行っていたが誰ひとり有力な情報にたどり着けずにいた。
それどころか街の住人に話を聞こうとしただけで、ある者はそそくさと逃げ出したり、ある者は情報料と称して法外な値段を要求してきたり、それでいてその情報は「ロキは三番街にはいない」だっだり、「ロキは若い男だ」等とおよそ搜索の手がかりにならない情報ばかり寄越してきた。
そんな役に立たない情報一つ一つにいちいち情報料を求めようとする街の住人たちにギムレットは何度も手を出しそうになり、その度にシルヴィアが宥めるということを繰り返していた。
そんなことを繰り返すうちに二日が経ち、シルヴィアたちは街のとあるホテルで顔を突き合わしうなだれていた。
「はぁ、この二日で収穫一切無しですか……」
「全くストレス溜まるぜ、この街の連中」
「もー! しーちゃんもお父さんも情けないぞー!」
意気消沈としている二人に対し、ヒカリが硬いベッドの上で地団駄を踏んでいた。
「そんなこと言ってもなぁヒカリ。この街の奴らまともに話を聞く気がねぇんだ、しょうがねぇだろ」
ギムレットは最初のうちは「お父さん」という呼び方に難色を示していたが、何度注意しても一向に直そうとしないことと、ヒカリは一度気に入った渾名は意地でも呼び続けるということをギルバートから聞き、ほぼ諦めるようになった。
「買い物一つだって、とんでもねぇ額要求してくるしよぉ……」
「こういった郊外の街では相場もわからない旅人が多いので、足元を見て来ることが多いんです。毅然としていれば店の人も調子に乗ることはありません」
露天で買った干し肉をちびちびと齧りながらいじけているギムレットにギルバートは慰めるようにそう言った。
旅をしてきた期間が長いせいか、ギルバートのこういった言葉には説得力があった。
事実、この街に来るまでも大陸鉄道の乗り換えや、乗合馬車の都合のいい乗り継ぎ方等、ヒカリのナビケーションを別にしてもギルバートが居たおかげでスムーズに来れたといっても過言ではない。
もしシルヴィアとギムレットの二人だけだったらこの街に着くのももっと遅かっただろうし、移動費でかなりの浪費していただろう。
そう考えたら、これぐらいの出費でむしろ丁度いいのかもしれないとギムレットは無理矢理思い込むようにした。
「あ、お父さんあたしにもちょーだい」
ギムレットの承諾を得る前にヒカリは紙袋に手を突っ込み、小さな手いっぱいに干し肉を掴み、満面の笑みを浮かべていた。
「そもそもこの街の人は薄情だねー。しーちゃんみたいにこーんな可愛い子がお願いしてるのに、だーれも教えてくんないんだもん!」
そう言ってヒカリはシルヴィアの胸へと飛び込んだ。
ヒカリは道中でも事あるごとにシルヴィアに飛びつきこれでもかというほど甘えている。
シルヴィアの方も最初こそ戸惑っていたが、今ではシルヴィアの中の母性が覚醒したのか、まるで聖母のようにヒカリを抱き慈しむようになっていた。
「こうなったら、しーちゃんのこのおっぱいで誘ったら一発でイけるんじゃない?」
「ええっ! ちょっとそれは……!」
ヒカリの提案にシルヴィアは顔を一瞬にして紅潮させ慌てふためいた。
「えぇ〜。こんなおっきいおっぱいなのに〜。ほらほら。こ〜んなやらかいんだよぉ?」
「ぁあんっ!ちょっとヒカリちゃっ……」
幼気な少女の顔などどこへやら、まるで中年の下心丸出しのオヤジのような顔をしながらヒカリがシルヴィアの胸を揉みしだく。
突然の刺激にシルヴィアは艷やかな声を上げてしまう。
無理やり振りほどくこともできず、ヒカリにされるがままになってしまった。
ギムレットは突然始まったヒカリによる愛撫にいたたまれなくなり顔を背けた。
「ヒカリ、いい加減にしろ」
ヒカリとシルヴィアの微笑ましいとも言える戯れに、ギルバートはいつもより一層険しい顔をして言葉を発した。
「シルヴィアは俺たちのリーダーだ。リーダーにそんなことをさせるわけにはいかない。そもそもシルヴィアを身売りするような真似は俺が絶対にさせない」
多少怒気を含んだ声にその場が一瞬静まり返った。
しかしヒカリはため息を一つついた。
「んもー、冗談に決まってんじゃん。相変わらずギル君ったら冗談通じないんだからー」
そう言ってヒカリはシルヴィアの頭を大事そうに抱いた。
「そもそもしーちゃんの身体はあたしのモノなんだから! そこら辺の変態おじさんに渡すもんですか!」
小さな体で堂々と言い張るヒカリに「べ、別にヒカリちゃんのものでもないんだけどな……」と抗議の声を漏らすシルヴィアだったが、当然のようにヒカリの耳には入っていなかった。
「冗談でも言って良いことと悪いことがある。お前はその場の勢いで喋りすぎだ」
「はいはーい。気をつけまーす」
ヒカリに頭を撫でられながらシルヴィアはギルバートの方を見る。
ギルバートはそんなことをするくらいなら自分が力ずくで聞き出すという発言をギムレットに宥められていた。
もちろんヒカリが本気でシルヴィアを身売りさせようと考えていたわけではないことはシルヴィア本人もわかっていた。
しかしギルバートの先程の剣幕は冗談だとか言うことを除いても凄まじいものがあった。
十年ぶりに再開したギルバートは昔とあまり変わらない。
少々抜けた部分も多くなっているような気がするが、さほど大きな変化はない。
ただ、『黒い逆十字』に関する発言、そして先程の仲間に危害が及ぶような発言が出た途端、人格が変わったかのように言葉や雰囲気が尖る。
しかしそれは、シルヴィアはわかるような気がした。
十年前の『黒い宣戦』。
あれによってシルヴィアは多くのものを無くした。
自分が生まれ育った故郷。
大好きな両親。
領主の娘ということを関係なく優しく、親しく接してくれた街の住民。
それらをいっぺんに奪われた恐怖と絶望は、今でもシルヴィアの心を蝕んでいる。
それはギルバートも同じはずだ。
きっと彼はまた失うのが怖いのだろう。
自分がそうであるように。
だから必死になる。
だから怒りをあらわにする。
「ギル……」
「ん?」
「大丈夫、ありがとね」
「ああ」
それを聞いたギルバートは落ち着き始めた興奮は完全に冷めたのか、腕を組み直して目を伏せた。
どれだけ不器用なんだろうか。シルヴィアは内心で苦笑した。
「さーてとぉ! 不甲斐ない諸君のためにあたしが一肌脱いじゃおうかな!」
ひとしきりシルヴィアを愛でたヒカリがベッドに立ち、未発達な胸を精一杯張って鼻息を荒くした。
「ろくに脱ぐもんもねぇガキが何言ってんだか……」
「なーにを言ってるんだお父さん! このあたしのスキル『魔性』を使えばこの街の男一人残らずメロメロよん!」
腰をくねらせ、口に指を当てて目配せする姿はそれは可愛らしいものだったが、果たしてそこに魔性が込められているかは甚だ疑問だった。
「とにかく! 明日にはロキ坊を見つけるからね!」
*
「ロキさんっすか? はい、知ってますよ!」
「「うそぉっ!」」
ヒカリが堂々と決意表明をした翌日、街中で身に付いた浅黒い肌の少年にヒカリが声をかけロキの名を訪ねたら、
これまでの苦労を嘲笑うように少年はロキを知っていると言い出した。
これにはまるで予想もしていなかったシルヴィアとギムレットは声を揃えて驚いた。
「ほ、本当ですか? 本当にロキという人のことを知ってるんですね?」
「お、おおっふ。まぁ、はい。うへへ……」
シルヴィアが興奮気味に詰め寄ると、少年は目線を尋常じゃないほど泳がせ俯いてしまった。
「ね、ね。君、名前は?」
「あ、ボボっす」
少年に名前を訪ねたヒカリはボボと名乗った少年の手を両手で握り、目を潤ませて少年を見た。
「あのね、あたし達ね、ロキって人にどうしても会いたいの。
あたしたちをそこに連れてって、お願い……」
昨夜シルヴィアの体をゲスな顔をしてまさぐった少女とは思えないくらい、可憐で切実な面持ちで、物語に出てくる薄幸の美少女のようだった。
ギムレットは、ヒカリの本性を知らない初対面ならおそらく自分も悪いようにはしなかっただろうと思いながら、この子供のどこにそんな演技力を隠し持っていたんだと素直に関心してしまった。
「ま、任せてください! このスモッドの特急配達人ボボがあんたをロキさんまでお届けしますっす!」
そんなヒカリの演技にすっかり騙された少年は意気揚々と駆け出した。
「イエーイ! どうだ見たかー!」
少年が後ろを向いた瞬間、ヒカリはいつもの屈託のない笑みを浮かべピースサインを送ってきた。
あながち魔性とやらも馬鹿にできないなとギムレットはため息混じりに思った。
*
そして時間は進み、喫茶店の入口にてボボに連れられてやってきたヒカリたちとロキが対面していた。
正確にはギルバートとロキがお互いに視線を交わしていた。
「ギル……?」
一歩前に出てロキの名を口にしたギルバートにシルヴィアが声をかけるがギルバートは何も答えない。
「あれ? ロキ、知ってるの?」
同じくカウンターの椅子から腰を上げたエルナは突然の訪問者の名を口にしたロキを呼んだが、同じく答えない。
エルナがさらに声をかけようとするがその前にロキはギルバートに向かい歩みだす。
それに応えるようにギルバートも歩を進める。
無言のままお互いが近づきもう少しで手が届きそうになる距離に達し頃、不意にお互いが拳を振り上げた。
「ちょっと……!」
シルヴィアの静止の声も間に合わず二人の拳が着き合わされる。
骨同士がぶつかる鈍い音が昼下がりの店内に響く。
拳を突き合わせたままの二人は突然ニヤリと笑ったと思ったら、拳を解き離し手を固く握った。
「久しぶりじゃねぇか、ギル! 何年ぶりだよオイ!」
「お前が日数を忘れるはずないだろう、ロキ」
「いンだよ、んなこたァ! こうゆうのは決まり文句ってのがあるだろ! にしても相変わらずスカした面ァしてんな!」
「お前こそ、間の抜けた顔はそのままだ。お前じゃなくてもはっきり覚えてるぞ」
ギルバートの言葉に「言いやがったな!」と抗議しながら、首に腕を回して反対の手でギルバートの胸を小突く。
まるで少年のような笑みを浮かべるロキに対し、ギルバートは呆れるような表情をしつつもどこか嬉しそうだった。
その二人の様子に衝撃を受けたのはエルナだった。
エルナは長くはないが、そこそこのロキとの付き合いだった。
これまでロキのいろんな表情を見てきたが、ここまで心の底から笑った顔を見たことがなかった。
「ロキ。その人達、知り合い……?」
「おう、ダチだ! 数年前に偶然会って、一緒に旅してたんだよ!」
「確か、お前が行き倒れてたところを助けたんだったな」
「余計なこと言うなギル、テメコラ! つうかオメェ、ヒカリちゃんどうした?」
まくし立てるように喋った後にロキは辺りを見回す。
今度はシルヴィアが疑問に思う。
ロキが口にしたヒカリは今自分の腕にぶら下がり遊んでいる。
目の前にいる少女をロキは視界に入っていないようだった。
かと言って冗談でいっている様子でもなかった。
「んもー、ロキ坊ったらあたしのこと忘れちゃったの? 記憶力がいいのが取り柄じゃなかったの?」
ヒカリの言葉に「ああ?」と低い声を鳴らし、ロキはヒカリに近づきふっくらしたヒカリの頬をつまんだ。
「おいガキンチョ、適当なこと言うんじゃねぇぞ。ヒカリちゃんってのはなぁ、テメェみてぇな貧相な体じゃなくて、大人の色気溢れる超絶美人なお姉さまなんだよ。お前みたいなチビがヒカリちゃんを名乗るなんざ二十年はえぇんだよ」
「おいおい、そんなに褒めんなよ……デヘヘ」
およそ子供相手に向けるものとも思えない高圧的な態度に対して、
ヒカリはなぜか頬を摘ままれたまま、身をよじらせわざとらしく頭を掻き照れてみせた。
「ロキ、間違いなくその子供が今のヒカリだ」
「ギル、テメェまで何寝ぼけたこと言ってんだよ」
「もー、聞き分けない子だね……。何言ったら信用する? 初めて出会ったとき行き倒れてるロキ坊の頭ツンツンしたこと? 珍しい魔法教えようとして魔法陣暴発させてまっくろくろすけになったこと? それとも、夜中こっそりエッチなお店言ってお金足りなくておめおめ帰ってきたこと?」
「……あ?」
「でも良かったよねー、前払い制のお店でさ。そうじゃなかったらロキ坊身ぐるみはがされてポイってされてたよ? でも……ブフフッ! あの時のロキ坊の顔ときたらケッサクー!」
「はあ? な、なんでそんなこと……!」
ヒカリの言葉を聞いたロキの顔は蒼白で、一歩二歩と後ずさった。
その様子を面白そうに眺めていたヒカリは唇に人差し指を当てていたずらっぽく微笑んだ。
「やっぱり、まだまだ“坊や”だね、ロキ坊」
間違いない。ロキは確信した。
今自分の目の前にいる少女は、間違いなく昔ともに旅をした女性、ヒカリだと。




