世界の車窓から 1 ―大陸鉄道―
ロキを探すために、ギルバートたちは大陸鉄道の駅がある街へ来ていた。
大陸鉄道は、約五十年前の大陸戦争が終結した後、世界の覇権を取った西のブリティア、北のスカーディア、東のリェンファ、そして南のエトルリアの四大国によって作られた、大陸を大きい円を描くように作られた環状鉄道だ。
大陸鉄道は和平条約を結んだ四大国の親交の証であると共に、世界中に四大国の資源を運ぶため、物流の要としての機能もある。
この鉄道でブリティアは調度品や文化、スカーディアは武力と先進技術、リェンファは教育と医学・薬学、エトルリアは魔法と信仰を世界中へと広めた。
もちろん大陸鉄道は人々の移動手段、観光の足としても大きな役割を果たしている。
ギルバートたちもロキが居るであろう場所と移動するため、大陸鉄道の駅がある街へと赴いていた。
「うひょー!久々の汽車だー!」
街に到着するやいなや、ヒカリは元気いっぱいに駆け回っていた。
「おい、ヒカリ! あんま遠くに行くんじゃねぇぞ! ……それにしても大陸鉄道か。これを使うのは初めてだな」
「ギルは乗ったことあるの?」
「ああ、大陸鉄道はただ乗るだけなら金を使わなくて済むからな」
大陸鉄道は四大国の共同運営のため、乗車するだけなら料金はかなり安い。
しかし食事や寝台車両の使用、物資の運搬等の各種サービスは民間の業者委託のため、別に料金が発生する。
「世界中を旅するのにはうってつけってわけだな」
「あっ! ねーねー、あそこにワッフル売ってる! 買ってよ〜買ってよ〜!」
駅前の広場にワッフルを売っている屋台を見つけたヒカリがギムレットの手を引いて強請っていた。
焼きたてのワッフルの芳ばしい香りと、間に挟まれたシロップ香りがシルヴィアらの鼻腔をくすぐる。
「なんで俺が買うんだよ。お前の保護者はギルバートだろ?」
「お願い〜、お父さ〜ん! いい子にするから〜!」
「やめろ! お前が俺に言うと冗談に聞こえなくなるだろ!」
ヒカリとギムレットの漫才により、周囲からやや白い目を向けられていることに気づいたシルヴィアは、二人の間を割り仲裁に入る。
「もう、騒がないでください。ヒカリちゃん、私が買ってあげるわ。一緒に行きましょう」
「わーい! しーちゃん大好きー!」
両手を挙げ万歳するように喜び、シルヴィアの手を引いて屋台へと向かった。
この時シルヴィアはヒカリにワッフルを買うことを口実にして、自分も嗅覚を通して脳を刺激してやまないスイーツを手に入れようと画策していた。
本人は計画的犯行だと思い込んでいるようだが、ヒカリに手を引かれながらもだらし無い顔を貼り付けて屋台に向かうシルヴィアを見れば、誰もが彼女の思惑を察してしまうだろう。
「うわぁ……! 見て見て! 甘くて美味しそーなのがいっぱいだよ!」
「そうね。ヒカリちゃん、どれがいい?」
和気あいあいとワッフルの品定めをする二人を見て、ギムレットが呆れるようにため息を吐く。
「まったく、お嬢まで暢気なもんだぜ」
「甘いものというものは女性を惑わす魔力がありますからね。急ぐ旅ではないようですから、いいじゃないですか」
ギムレットの小言に、ギルバートは嗜める気持ちと労わる気持ちを織り交ぜた言葉を投げかける。
「お前さんは、紳士的だな……」
「それに、ここで無理に我慢させると不機嫌を引きずられて面倒なので、適度に相手の要望には答えたほうがいいんです」
「なるほど、随分説得力がある言葉だな」
あの自由奔放を絵に書いたような少女と共に旅をしてきたギルバートだ。
さぞ苦労が耐えなかったんだろうなと、ギムレットは心の中でギルバートに対して同情の念を抱いた。
しかし、とギムレットは思う。
本当にあの少女の言う事を間に受けて良いものなのだろうかと。
「あのよぉ、ギルバート。こう言っちゃあなんだが、ヒカリの言うことは信じられるのかよ?」
「そのことでしたら問題ありません。あんなでも能力のことに関しては信頼できます」
――本当かよ……。
ギルバートの言葉は明らかな確信が込められていたが、ギムレットはどうにも半信半疑だった。
それもそのはずだ。
数日前ブライストンにて、ロキという人物を探すに当たり、彼の居場所の手がかりについてシルヴィアとギムレットが二人に問うてみた際にヒカリの口から飛び出た言葉はこうだ。
「えーっとね……。ずーっと真っ直ぐあっち! 距離はわからないけど間違いなくあっちだね!」
なんの脈絡もなくあさっての方向に指をさし、未発達な胸を精一杯張って得意満面な笑みを浮かべた。
反応に困ってしまった二人は助けを求めるようにギルバートへと視線を向ける。
「そうか。なら地図を見ておおよその検討をつけてみるか」
しかしながら、ギルバートはヒカリの言うことを間に受けて自身が所持していた世界地図と羅針盤を引っ張り出して思案顔になっていた。
「ちょ、ちょっと待てよ。いきなりあっちだとか言われても、んなこと飲み込めねぇっていうか」
「そうよ、ちゃんと説明して。なんの根拠があってそんな……」
訳も分からない状況でシルヴィアとギムレットは慌てて説明を求めた。だがギルバートは特に表情を変えることもなくシルヴィアたちに目を向けた。
「ああ。ヒカリは一度会ったことある人なら、生きてさえいればどの方角にいるかわかるんです。流石に距離まではわからりませんが、ヒカリが指差した方角に真っ直ぐ行けば間違いなくロキは居ます」
シルヴィアたちは絶句した。
ギルバートは自分の自己紹介をするように、淡々と荒唐無稽なことを語った。
この世にはありとあらゆる魔法が存在するし、実際人探しをする魔法も存在するが、この慎ましさを家の玄関に置き忘れてきたような少女はそれを空を見て天気を予測するようにできるというのだ。
いきなり信じろという方がどうかしている。
ところがギルバートはそんな二人をよそに、ヒカリが指差した方角にそって羅針盤を合わせ、地図と羅針盤の二つに視線を交互させる。
ギムレットは直前までの酒のアルコールと相まって頭痛に襲われ、シルヴィアは呆気に取られながらギルバートとヒカリの会話を聞いていた。
シルヴィアは完全に信じたわけではなかった。
しかしたとえ十年ぶりにあったとはいえ、幼馴染のギルバートはこんな真顔で冗談を言えるような人物でないことも理解していた。
そもそも手掛かりどころか、仲間にする人物の宛があるわけでもないシルヴィアは信じるか信じないかを選択出来る立場ではなかった。
「わ、わかりました、そこに向かいましょう! ロキさんに会いに!」
こうして旅のリーダーであるシルヴィアの鶴の一声により、ヒカリの示した方角に向けて行軍することとなった。
ヒカリが示した方角はブリティアを出て、東に少し向かってスカーディアとぶつかる方角を示していた。
そこへ向かうにはちょうど大陸鉄道を経由すれば直線距離を進むより時間が短縮できるということで、一行はブライストンから一番近い大陸鉄道の駅があるマーゲートへとやってきた。
しかし大陸鉄道も日に何本も発着するわけではないため、ワッフルを買ってきたシルヴィアたちと共に広場の落ち着ける場所で次の汽車を待つことにした。
「結局、ヒカリは一体なんなんだ? 今更だけど、考えてみたら変だぜ? 一度会ったことある奴の場所がわかるわ、ジェラルドの拘束をあっさり解かれるわ」
ギムレットは広場の片隅の植え込みの縁に腰掛けて頭を抱える。
「ホントに今更だねぇ。でもね、この世には知らなくていいことがいっぱいあるんだよ……」
悩みの種自らがギムレットの肩に手を置いて慰める。
必要以上に悲哀の表情を作っていたが、口の周りにワッフルのクリームでベタベタにしていたので全く締まらなかった。
「ほら、ヒカリちゃん。口がベトベトよ」
もはやヒカリの母親のようになってしまったシルヴィアは、ハンカチでヒカリの口の周りのクリームを拭き上げる。
ヒカリは「むー」と言いながら従順にシルヴィアのハンカチに顔を預ける。
女性陣に頼るのは無駄だと判断したギムレットはギルバートに直接問いかけることにした。
「なぁ、ギルバート。ヒカリは一体何者なんだ? そもそもヒカリとはどうやって出会ったんだ?」
「ヒカリについては本当に知らなくていいことです。そもそも説明のしようがないので」
今までは慇懃に接してきたギルバートとは打って変わって、取り付く島もないほどぴしゃりとした態度だった。
「ただ、ヒカリに出会ったのは十年前の『血の宣戦』の時です。シルヴィアから聞いていると思いますが、俺の故郷は『逆十字』の被害に遭い壊滅しました。その時にヒカリに助けられて、俺はアイツから魔法や戦い方、生き残る術を学びました」
「マジかよ、あのガキンチョにねぇ……。いや、待て。待て待て待て! 『宣戦』は十年前だぞ! ヒカリはどう見たって、いいとこ六つか七つ位の歳だろ!」
『黒い逆十字』が行った、世界的同時多発虐殺事件。通称『血の宣戦』。
ギムレットが言った通りこれは十年前の事件であり、どう考えてもヒカリが生まれる前の事件だ。
とは言っても、ヒカリの年齢を聞いたわけではない。
もしかしたら見た目以上に、子供っぽい性格のせいで若く見えてるだけかもしれない。
しかしそうだったとしても、十年前に同じく子供だったであろうギルバートを助け出し、魔法を教える等考えられることではなかったのだが。
「ああ、ヒカリは今は子供の姿ですが、見た目通りの年齢ではありません。俺が出会った頃は今の俺位の年齢だったので。ヒカリが子供の姿になったのはここ数年の話です」
「……?」
――は?
ギムレットは耳を疑う。
短い付き合いでもギルバートが真面目な性格で、冗談を軽々しく言う人物でないことはよくわかっていた。
しかし、先程のギルバートの発言を事実として、そうやすやすと飲み込めることができなかった。
長い思考の末にギムレットは、僥倖を得たと言わんばかりに膝を打った。
「そうか……。なるほど! そうゆう設定か!」
「せってい? いえ、そうでは……」
いい加減現実に目を向けることに疲れたギムレットは、適当な理由をでっち上げて自分を誤魔化すことにした。
「ハッハッハ! ったくよぉ、年上をからかうもんじゃねぇぞ!」
一気に上機嫌になったギムレットは大笑いしながらギルバートの背中をバシバシ叩き出した。
「もー、お父さーん。現実から目を背けちゃダメだよー」
「だから、お父さんって呼ぶんじゃねぇ!」




