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シャーロット ―家族の絆―

間話。本編に関係はありません。



 図書館の窓から西日が差し込む。長い間読書をしていた私の目に痛みが走る。


「もうこんな時間だったんだ……」


 全然気がつかなかった。

 今日は大学の講義が午前中だけで、お昼ご飯を食べてから、ちょっと友達とおしゃべりをしてからここに来たから五時間くらいここにいたんだ。

 そういえば肩が少し凝っちゃった。


「シャーロットさん。こんな時間まで調べものですか?」

「あ、教授。いえ、今日はただ本を読んでいただけです」


 いつの間にか後ろに立っていた、魔法印章術の教授が声をかけてきた。


「そうだったんですか。随分と熱心に読まれていたのでてっきり……」

「あはは……そうですか?」

「ええ、あまりにも集中していたのでなかなか声をかけられませんでしたよ?」


 そうだったんだ。ちょっと恥ずかしい。


「すみません。集中しちゃうと周りが見えなくなるみたいで。お姉ちゃんにもよく言われるんです」

「おお、王国騎士団のシルヴィアさんですね。彼女が学園にいた頃が懐かしいですよ」


 あ、そうか。教授はこの王立大学の他にも聖ブリティア学園にも授業を行っているからお姉ちゃんのことも知ってるんだ。


「彼女のことはよく覚えています。

 とても真面目で成績も優秀。剣の腕はもちろん、魔法の才能もありましたが、

 まさか大剣闘舞で入賞するまでの剣の腕前になるとは……」


 教授は感嘆するように息を吐いた。


 それはそうだもん。お姉ちゃんはすごいんだから。


「もちろんあなたもですよ、シャーロットさん。

 先日の印章術の考察論文とても興味深かったです。

 私はとても優秀な教え子を持ちました」

「あははは……」


 そんな面と向かって褒められたら恥ずかしいよ、もう……。


「お二人共、とても真面目で努力家です。さすが姉妹ですね」

「といっても、本当の姉妹じゃないんですけどね……」


 そう、私はお姉ちゃんと、シルヴィア・ヴァレンタインとは血が繋がってはいない。


 私の名前はシャーロット・デイウォーカー。

 お姉ちゃんとは、十年前までは全くの赤の他人だった。


 全てを変えたのは、十年前に起きたあの惨劇。『血の宣戦』だ。


 今でもたまに夢に見る。

 『黒い逆十字』と呼ばれる人たちによる大量虐殺。


 あの日、私は『血の宣戦』によって滅ぼされた街にいた。

 たまたま私は当時その街を治めていたヴァレンタイン様の家にいて、お姉ちゃんと一緒にお屋敷の地下で隠れていたから難を逃れた。


 まぶたを閉じればあの時の記憶がまざまざと思い起こされる。

 怖くて怖くてお姉ちゃんにしがみついてわんわん泣いていた。


 お姉ちゃんも怖かったはずなのに、ずっと私に「大丈夫」って声をかけ続けてくれた。

 それからまた日の光を見たのは『血の宣戦』から数日たった後らしい。

 何日も地下室でうずくまってたら空腹と脱水症状で気を失っていた。

 目が覚めたら病院のベッドの上だった。


 結局、私の生まれ故郷はみんな燃えて無くなっちゃったらしい。

 私が生まれ育った家も、大好きなお父様もお母様も。

 そして兄様も……。


 何もかも燃えて無くなっちゃった私のことは、お姉ちゃんのお兄様であるロナウド・ヴァレンタイン様が引き取ってくれた。


 ロナウド様は、もともとこのブリティア王国の首都で政治学の勉強をなさっていたため無事だった。

 ゆくゆくは父の後を継いで領民に豊かな暮らしをさせてあげたいといっていたらしい。それなのに故郷があんなことになっちゃうなんてロナウド様も辛かったと思う。

 ロナウド様は今、『血の宣戦』で被害を受けた場所の復興に向けて中央議会議員として辣腕を振るっている。

 本当にロナウド様とお姉ちゃんには感謝してもしきれない。


 今ではそう思えるけど、昔の私はそれどころじゃなかった。

 一日中泣いて、お父様お母様の名前を叫んでいた。

 そんな私をお姉ちゃんはずっと抱きしめてくれた。


――大丈夫だから。私が付いていてあげるから。


 私が泣きじゃくってばかりでも、そうやってずっと励ましてくれた。

 お姉ちゃんだって辛いはずなのに。私のことばっかり考えてくれた。


 それから私はロナウド様の妹ということになってこの首都に暮らし始めた。


 最初にファミリーネームもデイウォーカーからヴァレンタインに変えないかと言われたけど、私は拒否した。


 もうこの名前を持ってるのは私だけだから。

 この家名だけが失った家族との絆だから。


      *


 教授との話が終わって、私は中心街にあるアパートに帰ってきた。

 ここはお姉ちゃんと二人で暮らしてる。


 これからは一人で歩いていかなくちゃいけないってお姉ちゃんの言葉で私とお姉ちゃんの二人の力だけで生活してる。

 主に収入源をお姉ちゃんに頼ってるから、私は身の回りの家事担当だ。

 最初はいろいろ失敗ばっかりだったけど、今はお料理するのもお掃除も好きでやってる。


「ただいまー……」


 返事はない。

 いつもお姉ちゃんは帰りが遅い。

 王宮騎士団といっても剣の鍛錬だけじゃなくて、首都の治安維持報告とかいろいろ事務仕事があって大変だって言ってた。


 なんかイメージと違うな騎士様って。

 父様もこんな感じだったのかな。


 父様は家に仕事は絶対に持ち込まなかったからわからない。

 それに、どっちにしても、しばらくはお姉ちゃんは家に帰ってこない。


 なんでも女王陛下の勅命で国中を回ってるらしい。

 すごいなぁ。お姉ちゃんまだ二十歳なのに女王陛下から直接お願いされるなんて。


 お姉ちゃんは張り切ってたけど、なんだか心配。

 お姉ちゃんは、「全然平気!頼られてるんだから期待には応えないと!」って張り切ってるけど……。


 でも私にはわかる。お姉ちゃんは言うほどそんなに強くない。

 剣士としての力はすごいのかもしれないけど、お姉ちゃんだって普通の女の子なんだ。


 昔、泣いてる私のことをずっと励ましてくれたけど、お姉ちゃんは一人になってから誰にも知られないところでひっそり泣くんだ。

 そんなお姉ちゃんを見てたら、泣いてばっかりいられないよ。


 軽く夕食の準備をしていたら電話のベルの音が響く。

 電話なんて高級品お姉ちゃん王宮騎士団じゃなきゃ到底手が出せない代物だ。

 まぁ掛かってくるのもお姉ちゃん関連だけだけど。


「はい。こちらヴァレンタインです。只今シルヴィアは外出中で……」

「あ!シャル?私よ!」

「何だ、お姉ちゃんか……」


 びっくりした。大体電話の相手は王宮騎士団の偉い人とかだから余計に構えちゃった。


「ええとね、元気? そっちは変わりない?」

「大丈夫だよ。どうしたのそんなに慌てて……」

「えっとね、シャルに報告があるの! 落ち着いて聞いてね!」

「もう、お姉ちゃんが落ち着いてよ。なに?」

「あのね、あのね……」


 お姉ちゃんの声は少し掠れて泣いてるみたいだった。

 その理由はすぐわかった。


 世界で一人だけだと思ってた名前は、実は二人だったみたい。



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