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騎士団結成 4 ―闇を超えて―



 ギルバートがジェラルド以下その部下たちを制圧し、ギムレットが保安官を連れてきてからはトントン拍子に事が進んだ。

 ジェラルドを始めとした自称『黒い逆十字』の面々は一人残らず保安官たちによって捉えられた。


 初め、ジェラルドを倒したと聞いた保安官たちは声を上げて驚いていた。


 ジェラルドらはあからさまな略奪行為こそ行わないが、街の住民から税金と証して金品を巻き上げていたことを保安官らは知っていた。

 もちろん最初のうちはそのようなことが許される訳はなく、保安官たちはジェラルドらを拘束しようとした。


 しかしジェラルドは保安官たちが束になっても敵う相手ではなく、いとも容易く返り討ちに合う。

 さらにジェラルドらは保安官らに命を保証する代わりに自分たちがしていることを見過ごすこと、応援を寄越すことを禁じた。


 保安官たちはブライストンで生まれ育ったものはほとんどで、街には家族、友人、恋人もいた。

 それを人質に取られてしまい、保安官たちはいいなりにならざるを得なかった。


 そんなこともあり、街の治安は悪くなる一方でも保安官たちは己の無力さに苛まれながら指をくわえて見ていることしか出来なかった。


 そんな中でこの事件だった。

 保安官たちはジェラルドからの開放による歓喜と共に、ジェラルドらに支配されていた事への不甲斐なさに打ちひしがれていた。


 シルヴィアは後に、この事を包み隠さず王宮騎士団及び中央議会に報告した。

 仕方のない状況だったが、だからといって仕方ないで済ますわけにも行かない。

 今後このような事態にならないよう、対策の立案と配置を求めた。


 街はというと、翌日の朝から街を挙げての大騒ぎとなっていた。

 誰もが大喜びで酒を飲み、歌を歌い、ダンスを踊っていた。

 やはりジェラルドの支配は恐怖でしかなかったのだ。


 街の住人は街を救ったシルヴィアたちにただただ感謝し続けた。

 シルヴィアのことを王国騎士団だと知ってからは、「国は我々を見捨てていなかった!」「女王陛下が寄越した英雄だ!」と泣いて喜ぶものもいた。


 ギムレットに至っては、住人たちに乗せられて酒を浴びるように飲んでいた。

 そして何故かギムレットの肩にはヒカリが肩車されており、一緒になって大騒ぎしていた。


「ちょっと、ギムレットさん! ヒカリちゃんにお酒飲ませないでくださいね!」

「だぁーいじょうーぶだって! ハッハ〜、お嬢は真面目だね〜。なあヒカリ!」

「本当だにぇ〜! ウッへへ〜イ! でもぉ〜そこがまたかぁわいいんだなぁ〜!」


 間違いなく大丈夫ではなかった。

 ギムレットは完全に出来上がっていて、ヒカリも呂律が回っていない喋り方だった。


「ダメだこの人たち、早く何とかしないと……」


 事の重大さに、生唾を飲んで戦慄するシルヴィアだった。


 それとは別の場所で、やたらと黄色い声援が上がるのが聞こえる。


「じゃあ〜、ギルバート様がジェラルドを倒したんですね?」

「本っ当にありがとうございます〜! あいつらすっごく怖くて〜! いつ乱暴されるかわからなくて〜!」

「ああ、はい……」


 声援の場所にシルヴィアが目を向けると、そこには若い女性に囲まれたギルバートの姿があった。

 女性たちのほとんどが、うっとりとした眼差しでギルバートを見据え、ギルバートの一挙手一投足に酔いしれていた。


「本当にギルバート様は私たちの英雄です!」

「やめてください、そんな良いものではありません。ただ、奴らが非道な行いをしていたからそれを正した。それだけです」


 ギルバートがそう言った瞬間、割れんばかりの歓声が上がった。

 中には卒倒する女性もいた。


 その渦中にいるギルバート本人は本気で戸惑っていた。

 女性たちは何をこんなに興奮しているんだと言った風にオロオロしていた。


 そんな様子を遠巻きに見ていたシルヴィアはもちろん面白くなかった。

 過去最大に頬を膨らませてその様子を見ていた。


――何よ! 何が『ギルバート様』よ! ギルの顔目当てのくせに色目使って!


 そんな風に普段の自分なら考えられないような悪態を心の中で叫びまくるシルヴィアだった。


「じゃあじゃあ! もっと詳しく教えてください!」

「そうです! あっちで一緒にお酒飲みながら……」

「あーー!っと、ちょっとスミマセン! まだ事後処理が終わってなくてー!」


 腕を掴まれどこかへ連れて行かれそうになるギルバートを見て、シルヴィアは咄嗟に大声を上げて止めにかかる。


「皆さん申し訳ありません! ほら! ギルも来て!」

「あ、はい」


 ギルバートの腕を掴む女性たちを引き剥がすようにシルヴィアはギルバートを連れ去った。

 そして街の喧騒からも抜け出し、事件の合った酒場の隣り、つまりシルヴィアたちが泊まる宿屋の前まで逃げてきた。


――どうしよう、なんとなく逃げてきちゃったけど。不自然過ぎだよね? ギルにも勘違いされちゃ……。


「シルヴィア様、ありがとうございます。助かりました」

「え?」


 まさかの感謝の言葉がギルバートから飛び出し、シルヴィアは驚いて振り返る。


「すみません。ああいうのはどうも苦手で……。かと言って振り払うこともできなくて困っていたんです」


 ギルバートは申し訳なさそうに目線を下げた。

 どうやら女性に囲まれて困惑している自分を助け出してくれたと本気で思い込んでいるようだった。


「え? あ、うん! そう! そうよ! もう、ギルったら情けないんだから!」


 別方向の勘違いをしていることをいいことに、シルヴィアは腰に手を当ててふんぞり返った。


「はい、仰る通りです」


 見た目に似合わず、子供のような振る舞いのシルヴィアにギルバートは微笑み、その笑顔にまたしてもシルヴィアは胸が高鳴る。


――ああ、本当にギルだ……。本当に生きてたんだ……


 ギルバートの昔を思い出す表情にシルヴィアは感極まってしまい、涙が滲む。


 昨夜の事件の後、シルヴィアがギルの名を呼んですぐに、シルヴィアも自身の名を明かした。

 十年ぶりに幼馴染の名前を聞いたギルバートは目を見開き、反芻するようにシルヴィアの名を呟いた。


 その後も「そうか……」とだけ呟いただけだったが、ギルバートのその表情は何か憑き物が落ちたような安堵した表情だった。

 多くを語らず、態度にも明らかにしていなかったが、ギルバートも心からシルヴィアの生存を喜んでいた。


「どうかされましたか、シルヴィア様?」

「ううん……。何でもないの」


 突然俯いて目を擦りだしたシルヴィアを心配そうに覗き込むギルバート。

 やはり心優しいままの性格でそれについても安心する。


 ただ、ある程度安心したら今度は不満がふつふつと湧き上がってきた。

 ギルバートはシルヴィアの名前を聞いた途端に名前に『様』を付け、まるで使用人のような態度でシルヴィアに接してきた。


 一度そう思ってしまってはシルヴィアは気になってしょうがなくなってしまう。

 十年前も同じような態度だということを覚えていたため、避けられていたり、壁を作られているわけでもないことはわたっていたが、昨夜のギルバートとヒカリの関係を見て正直羨ましいと思ってしまい、その反動で余計に不満が募るばかりだった。


「体調が優れないなら座りますか、シルヴィア様?」


 決して腰の低い態度を崩さないギルバートに対して、シルヴィアはただ頬を膨らませるだけだった。


「……ねぇ、ギル。昔した約束って覚えてる?」

「はい? 約束……?」


 本気で心当たりがなさそうなギルバートは口に手を当て考え込むような姿勢をとった。

 その考え込む物憂げな表情はただシルヴィアをときめかせるだけだったのだが、ギルバートはそんなことは知る由もなかった。


「すみません、なにせ十年前のことなので」

「もうっ! その敬語! やめてって言ったでしょ! あと『様』付け!」

「ああ、そういえばそんなことが……。懐かしいですね」


 思い出したのかぱあっと表情が明るくなるギルバートだがその反応が余計に腹立たしくなる。

 その様子を感じ取ったのかギルバートは宥めるように弁明する。


「も、申し訳ありません! なにせ十年ぶりだったので……。それにこういった言葉遣いの方が慣れてるといいますか……」

「申し訳ないって思ってるんなら変える努力をしてよー! ギルの敬語って壁作られてるみたいで嫌なの!」

「はい! ああ、いや、……わかった。わかったから、落ち着け。シ、シルヴィア……」


 今にも泣き出しそうなシルヴィアを見て、ギルバートは慌てて口調を直した。

 しかし、一度火が点いてしまったシルヴィアはどんどん口から不満を垂れ流し始めた。


「何よ! 不器用なのは相変わらずね! そもそも生きてたんなら、連絡を寄越すとかすればいいじゃない。あの『宣戦』でずっと死んじゃったかと思ってたんだから……」

「いや、俺もシルヴィアが生きてたとは思ってなくてな。そもそもどこに連絡すればいいのか……」

「それに……。私はギルのこと見てすぐにピンと来たのに、ギルは私のこと名前を聞くまで全く解らなかったの? 私ってそんなに印象薄かった……?」


 そのことに関してはシルヴィア自身怖くて聞きづらいということもあったが、勢いに任せて聞いておきたかった。


「いや、そんなことはない。シルヴィアは領主様の一人娘で俺の大事な幼馴染だ。それに、親以外で俺を叱ってくれたのはシルヴィアだけだったからな」

「ギル……」

「それに、昔の記憶の女の子がこんなに美人になっているなんて思いもしなかったからな」

「……は?」


 突然の褒め言葉にシルヴィアは変な声を出し、一瞬にして顔を真っ赤に染めた。

 昔のギルは、あまり多くを語らないし、こんなふうに直接的に相手を褒めるようなことを言う男でなかった。まるで予想していなかった言葉にシルヴィアの頭は真っ白になってしまった。


「な、ななな?」

「いや、十年前のシルヴィアはまるで人形のように可愛らしかったのに、今のシルヴィアは、なんていうか清純というか、透明感あるような感じで凄く綺麗だ。そりゃあわからないさ」

「きっ、きれっ? えっ、ちょ!」


 ギルバートは真っ直ぐシルヴィアの目を見て言った。その顔は少しも恥じらう気持ちはなかった。

 つまりギルバートはただ本心を語っているだけだ。本心でシルヴィアが美人だということを本人に伝えた。


 それをシルヴィアはひと目で理解し、本心で言われているということが余計に気恥かしくなる。とてもギルバートの顔を見れなかった。


「今まで世界中を放浪してきたが、こんなに美しい人はなかなかいなかったからな。とてもじゃないが同一人物だとは思いつかなかった」

「ちょ……やめ……」

「綺麗になったな、シルヴィア」

「う、うう……。うぎゃーーーーー!」


 行き場のない羞恥心を、シルヴィアは叫んで発散するしかなかった。



       *



「大丈夫か、シルヴィア?」

「見るな、ばか」

「じゃあ、何か飲み物もらって……」

「ここにいろよ」

「俺はどうすればいいんだ……」


 シルヴィアがギルバートによる褒め殺しにより、見事にオーバーキルされたため、宿の受付横のソファに昨夜と全く同じ座り方で自分の殻に閉じこもっていた。


 そんなシルヴィアの気持ちを微塵も理解していないギルバートは、話しかけることも、逃げ出すこともできずにシルヴィアの横に腰掛けていた。


「とにかく、生きていてくれて嬉しいよ、シルヴィア」


 逃げ出すこともできないギルバートは、シルヴィアの横でポツポツと言葉を連ねた。


「十年前の『血の宣戦』で俺は故郷が蹂躙されるのを目の当たりにした。さらに父様と母様の無残な死体も目にした。この十年間、俺は『逆十字』に対しての怒りだけで生きてきたようなものだった。もう、守りたいものも無かったからな。騎士たるもの何かを護るために剣を振るえ。父様がよく言っていた言葉だ。国や主、土地や財産、家族に友人、恋人。何でもいい。でも俺にはそれがなかった。それこそ昨日シルヴィアに言われた獣のような生き方だった。でも、シルヴィアがまた正してくれた。俺に騎士としての誇りを思い出させてくれた。本当にありがとう」


 ギルバートのそれは心の底からの感謝の言葉だった。

 そして、もう二度と大切なものを失わないとする強い誓いの言葉だった。


 その言葉をシルヴィアは抱えた膝に顔を埋めながら黙って聞いていた。のだが、


――バ、バッカじゃないのぉーーー!?何それ? なんでそんな恥ずかしいこと呼吸みたいに当たり前のように言ってるの?わざと? 私を辱めて楽しんでるの? そんなこと言われたんじゃ顔も見れないじゃないーーー!


 実際は、ギルの告白まがいのセリフに内心悶え苦しんでいただけだった。


 さっきの褒め殺しの件も鑑みて、ギルバートに他意はなく、素直にシルヴィアが生きていて嬉しいと言っているだけ、遠まわしにシルヴィアを元の主従関係に戻った言っているだけなのだろう。


――そう! そうよ! ギルは何も私のことを特別な存在だって思ってるわけじゃないわよ! そんなこ、恋人だとか、そんな気持ちはこれっぽっちも思ってないんでしょうね! へーんだ、わかってますよー! どうせ、友人とか幼馴染とかそこら辺の立ち位置なんでしょ!


 そんな風に自分で自分を言い聞かせて、心に傷を負わせながらもとにかく自分の精神の安定に努めた。


「……シルヴィア大丈夫か? やっぱり少し横になって……」

「いいわよ! 私も昔みたいに守られるばっかりじゃないんだから! こう見えても私は大剣闘舞で入賞する程度には強くなったんだから!」


 シルヴィアは心の中でやけくそになってしまった勢いのままギルバートに怒鳴ってしまったが、どうせならしおらしくしてギルバートの言葉に身を任せれば良いのではと、自分の素直になれなさに自分で呆れてしまった。


「大剣闘舞……。すごいな。確か国中の剣士が集まる武道大会だろう?懐かしいな、俺も昔はその大会に憧れていたんだ。そんな大会で入賞なんて、頑張ったんだな」


 もちろんそんな気持ちを毛ほども理解していないギルバートは、シルヴィアとは真逆の、素直な賛辞を送った。シルヴィアが自暴自棄になって突き放すように言った自分に対して、純粋に答えたギルバートに罪悪感が生まれてしまう。


「でも、昨夜の話にも出てきたが。大剣闘舞に出場するってことは騎士になったんだろう? それなのに何でこんな田舎の炭坑の街にいるんだ? 観光するような場所じゃないだろう?」

「そう! その事なんだけど!」


 ギルバートの何気ない質問に、待ってましたとばかりに話を切り出した。


 昨夜、ギムレットと共に考えた作戦だ。

 シルヴィアはこれまでの経緯を全て話した。

 女王に個人的に『黒い逆十字』に対抗すべく、施設兵団を発足したこと。

 その代表にシルヴィアが選ばれたこと。

 それにつき自分が信じられる者を仲間として集めることの任を受けたこと。

 ついでに国中を回って『黒い逆十字』から受けた被害とその影響の調査をしていたこと。

 旅の途中でこの街に立ち寄り、偶然ギルバートに再会したこと。

 そして、ギルバートを私設兵団へと誘うつもりであったことを話した。


「ねぇ、どう? ギルも『逆十字』がこれ以上好き勝手するのは見てられないでしょ? もちろん怒りとか憎しみで剣を振るって欲しいんじゃないの。何の罪もない人たちを『逆十字』の被害から守るためにも。昨日のギルの実力なら絶対に『逆十字』に対抗できると思うわ」


 シルヴィアの熱い説得に、ギルバートは顔を伏せたまま聞いていた。その表情は何を考えているかわからない。

 自分に出来ることがあるならと協力してくれるかもしれない。

 またはわざわざ協力する義理はないと無碍にされるかもしれない。

 どのような答えでも受け入れようとシルヴィアは固唾を飲んでギルバートの言葉を待った。


「……俺は」

「いーんじゃない? ギル君、協力してあげれば」

「うきゃあ!」


 ギルバートが何かを言いかけたとき二人の間にヒカリが突然割って入り、シルヴィアは驚きの声を上げた。


「ヒ、ヒカリちゃん。いつの間に……?」

「んー? ちょっと前からねー。しーちゃんがギル君をしせつへーだんってのに誘ってるのはわかったよ」


 先程のギムレットの肩に乗ってお祭り騒ぎをしている時の調子とは違う、初めて見るヒカリの真面目な顔だった。


「ギル君はさ、今までずぅーっと一人で戦ってきたよね? でもそろそろ限界じゃない? これからも一人で世界中歩き回って、『黒い逆十字』を虱潰しにしていくつもり? でもそれじゃ何年かかるかな? 十年? 二十年? もっとかかるかもよ? ギル君もうっすらわかってるんじゃない?このままじゃ埒があかないこと」


 ヒカリは冷たいくらいの無表情でそう言った。

 まるでギルバートを追い込むように、追い詰めるように、責めるように。


 昨夜の無邪気で年相応の可愛らしさなど微塵も感じさせない。

 まるで別人になったかのような変貌だ。


 ギルバートは何も言い返さない。

 何も言い返さず睨むようにヒカリを見返していた。


 しかし突然ヒカリはいつもの無邪気な笑顔を取り戻し、シルヴィアの胸へと飛び込んだ。


「だったらしーちゃんたちを“りよう”しちゃおうよ! しーちゃんの創るしせつへーだんは女王様のモノなんでしょ? だったらかなり自由に動き回れるよ! ね。しーちゃん?」

「う、うん。基本的には女王陛下の意思に基づく行動ってことだから、行動の制限は無いにも等しいし、国の議会から『逆十字』の情報も降りてくるから、奴らの動きをかなり知ることができると思う。……えと、つまり、女王陛下も付いてるし、『逆十字』を無くすには凄くいいと思うの!」

「だって!」


 ヒカリに突然振られて困惑しつつも、シルヴィアは私設兵団の宣伝を行った。

 その様子をただじっと見ていたギルバートはしばらくした後、短いため息をついた。


「確かにヒカリの言う通りだ。このままじゃ不毛もいいところだ。自分のやっていることに行き詰まりを感じていたのも事実だ。それでも俺は立ち止まることはできなかった。奴らを放っておくことはできなかった。」


 そこで一旦区切り、ギルバートは改めてシルヴィアに向き直って真剣な目つきでシルヴィアを見た。

 その眼差しに心奪われそうになるも、シルヴィアはぐっと堪えて真正面から見返した


「その誘い、ありがたく受けさせてもらう。俺の力でよかったら、いくらでもブリティアのために振るおう」


 ギルバートは胸に手を当て、軽く頭を下げた。ただ表情だけは優しく柔らかいものだった。


「……はい。改めてよろしくお願いします。ギルバート・デイウォーカー」


 ギルバートの誠意に対して、シルヴィアも誠意を持って答えた。

 いつもの親しみを込めた略称でなく、ギルバートを誇りある騎士として扱い、フルネームで呼ぶ。


 しかし言い終わってから無性に恥ずかしくなってしまったシルヴィアは、膝に座るヒカリをギルバートに押し付け立ち上がる。


「よ、よーし! このことをすぐに報告しなくちゃ! ちょっと電話借りてくるわね! い、いそげー!」


 まるで突風が吹き抜けるように逃げ出したシルヴィアを残された二人は呆けた顔で見送った。


「あはははは! やっぱりしーちゃん面白―い!」

「ああ。本当に昔から変わらないな」


 ヒカリの心から愉快そうな笑い声に賛同するようにギルバートは優しく微笑んでそう言った。


「てゆーかーギル君。あんな可愛い幼馴染いたんなら教えてよー。ずるいぞー独り占めは」

「独り占めもなにもシルヴィアさ……。シルヴィアは誰かに独占される人じゃない。それに十年前に死んだと思ってたからな……」

「そっか……。よかったね、また会えて」

「ああ、本当に。昔から可愛らしかったがあんな美人になってるなんて思わなかったな」

「おやぁ? ギル君、随分としーちゃんのこと褒めるねぇ?」

「女性は素直に褒めろと散々言ってきたのはヒカリだろう? 今更何を言ってるんだ?」

「あれ? そんな感じなの? しーちゃんのことなんとも思ってないの?」

「そんなわけ無いだろう。今まで俺のことを想って叱ってくれたのはシルヴィアだけだからな。しかも俺にもう一度、騎士としての誇りを取り戻させてくれた。感謝してもしきれない」


 ギルバートは一点の曇りもない瞳でそう言い切った。

 間違いなく本心からの言葉で、そこには純粋な感謝と敬意の気持ちしかなかった。


「うわー……。しーちゃん、ドンマーイ……」

「どん……? 何だって?」

「もうっ! ギル君は魔法や剣術の前に乙女心を学びんしゃい!」

「いや、こと乙女心に関しては、お前と十年過ごして諦めることにしたんだ」


 ギルバートの膝の上でぎゃあぎゃあと騒ぐヒカリをギルバートは冷めた表情で流す。

 もはやその扱いは達人の域だった。


「こんちくしょうめ! そんな子に育てた覚えはないぞ!」

「残念ながら、これがお前の十年間の育て方の賜物だ。お前は教育の才能ないよ」


 ぞんざいな返答に憤っているヒカリに呆れたギルバートが世間話のように話題を変えて来る。


「それより、お前が乗り気になるとは思わなかったがな」

「何が? 施設兵団のこと?」

「確かに一人では限界だった。しかし組織に交わることを避けると言ったのもお前だぞ? どんな心境の変化だ? 何を企んでる?」

「企むって、そんな悪の親玉じゃないんだから……。私が言ったのはチンピラの寄せ集めみたいな組織には関わらないよーにしよーってことだよ? 世界四大国のブリティア王国の女王直属の私設兵団とかは次元が違うもん」


 ヒカリはとぼけるような口調で、「つーん」と言いながらそっぽを向いた。

 その様子を見てギルバートも諦めたようにため息をついた。


「ギル君はさ、もっといっぱいロキ坊みたいな友達作った方がいいよ。一人じゃ辛い時も悲しい時もどうしたらいいかわからないし、楽しい時とか嬉しい時、一緒に笑ってくれる人がいるとすごい安心するんだよ?」

「何だ、いつもの説教か?」

「ううん、お願い。ね、ギル君。もう一人で頑張らなくても良いんだよ?」


 十年間共に居続けたギルバートでも見たことのないヒカリの切実な“お願い”に言い返すことができなかった。

 それよりも、ヒカリのその言葉で何故か、ギルバートは安心してしまったのだ。


「そうか……、そうだな」

「あれ……、二人共どうしたの? 何かあった?」


 宿のカウンターから電話を借り、戻って来たシルヴィアが、二人の物憂げな雰囲気に疑問を持ち問いかけた。


「あのねー、しーちゃん! ギル君ったら、乙女心がわからないどーしようもない奴なんだよー」


 誤魔化すようにわざとらしいくらい明るく振る舞いシルヴィアの胸にヒカリが飛び込んだ。

 もうすっかりシルヴィアの胸がお気に入りになってしまったらしい。


「ふふ、ホントよ。ギルは昔っからそうなの。甲斐性なしのロクデナシなんだから」

「そーねー、そこにクズとウスノロをプラスしていーよ」

「酷い言われようだな……」


 何故かしたり顔でギルバートを卑下し始めたシルヴィアに同調するヒカリ。

 悲しくもこの場にギルバートの味方になるものはいなかった。


「そうだ、このことをギムレットさんにも説明しないと。ギル、一緒に来て」


 ヒカリを抱いたまま、シルヴィアは宿の出口へと向かった。


「ギル、早く!」

「ギル君やーい、行っくよ〜」


 既に入口まで来ているシルヴィアと抱えられたままのヒカリがギルバートを呼ぶ。


「ああ、今行く」



       *



「おお〜! そうか説得成功したんだな! よかったよかった!」


 街の宴に混じって大騒ぎをしていたギムレットを宴の喧騒から無理矢理連れて落ち着ける場所までやってきた。


 ギムレットはあれだけ酒を飲みながらも意識はしっかり保ち、ギルバートがシルヴィアの仲間になったことを聞いた。


「お前さんがギルバートか。話はお嬢から聞いてるぜ。俺はギムレットってんだ。よろしくな」

「はい。改めましてギルバート・デイウォーカーです。よろしくお願いします、ギムレットさん」


 礼儀正しく頭を下げるギルバートに、ギムレットは大笑いする。


「ハッハッハ! んな畏まんなよ! 気楽にいこうぜ!」


 笑いながらギムレットはギルバートの肩をバシバシと叩く。


「しっかし、思ってた以上に色男だな! これならお嬢がお気に入りになるわけだな!」

「ちょー! 何言ってるんですか、ギムレットさん!」

「おぐぉ!」


 酔ってるせいで口が軽くなったのか、余計なことを言い出したギムレットにシルヴィアが横腹に拳を突き入れる。

 完全に油断していたギムレットはうめき声を上げてしゃがみこんだ。


「ち、違うのよギル! 別にあたしはギルの顔とかで選んだんじゃないのよ! ギルの顔なんて全然興味ないんだから!」

「ああ、シルヴィアは俺の実力で選んだんだよな。俺を騎士として信頼してくれて本当に嬉しいよ」


 慌てて言い繕うシルヴィアに、ギルバートは驚く程真っ直ぐな瞳で見返す。

 ギルバートの言葉に、少しでもそんなことを考えた自分の浅ましさと、ギルバートの顔に興味ないと言われ何のダメージも受けていないギルバートに少しだけ苛立ちを覚えた。


「いてて、痛ぅ〜。酔い覚めるぜ……。まあなんでもいいや。とにかく歓迎するぜ、ギルバート」

「はい。ところで、ギムレットさんも私設兵団の構成員ということですか?」

「いや、俺は違うんだ。俺は女王陛下と騎士団長に命じられてお嬢の護衛を任されてんだ。期間限定のボディーガードさ」

「そうなんですか。残念ですね……、貴方みたいな方と一緒に戦えるというのはとても心強かったのですが……」

「おお……」


 ギルバートが哀愁を込めて顔を伏せる様子を見て、ギムレットは感嘆を漏らす。

 一つ一つの挙動が、同性のギムレットでさえ気を引いてしまうものだった。


「なんつーか、恐ろしい奴だよ。お前さんは……」

「うーん、あたしもまさかここまで成長するとはね……」


 呟くギムレットに、いつの間にかギムレットの横に来ていたヒカリがため息混じりに答えた。


「何だ。お前のせいか、ヒカリ?」

「いやぁ、ギル君のあれは天性のものだよ」

「まじかよ……」

「もう! そんなことはいいから、これからのことを話しますよ!」


 雑談を始めたギムレットとヒカリに、シルヴィアは怒り心頭に呼びかける。


「これからってもなぁ。ギルバートが仲間になったってんなら、もう旅は終わりだろ?」

「たった二人で何ができるっていうんですか! まだ仲間は必要です」

「まだ友達探しするの。しーちゃん?」

「と、友達ってわけじゃないんだけど。うん、そうね。『黒い逆十字』に対抗できる力を持っていて、『逆十字』を倒したいっていう強い気持ちを持っている人、そんな人が必要なの……」

「つってもよぉ、そんな都合のいい人間いるかぁ?」

「いますよ」


 シルヴィアとギムレットが悩んでいるところに、ギルバートが場違いに能天気な声を出す。


「強くて、『黒い逆十字』を潰したいと思っている人間なら、知ってます」

「あ、ロキ坊のこと?」

「「ロキボウ?」」


 ギルバートの想像する人物に合点がいったヒカリがある人物の名を呼ぶ。ギルバートもそれに頷いた。

 残された二人は声を揃えてその人物の名を呼ぶ。


「そうだね、あの子なら絶対力になってくれるよ!」

「誰なの? そのロキボウさんって?」

「ロキ坊っていうのは名前じゃない。正しい名前はロキだ」

「わ、わかってるわよ!」


 真面目に返すギルバートに向かって、ギムレットにしたように鉄拳を繰り出すが、ギルバートは華麗に避けた。


「それで? ロキってのはどんな奴だ?」

「数年前、旅していた時に偶然出会った男です」


 続けざまにギルバートに拳を連打するシルヴィアの攻撃を避けながら、涼しげな表情でギムレットの質問に答える。


「あいつは、魔法の知識や技術に秀でいて、『逆十字』を無くしたいと願っている。これ以上の人材はいません」

「そうそう、あの子にはいざとなったら力になってもらうからねって言ってあるから!」


 ギルバートの言葉を遮り、ヒカリが親指を立てた手をギムレットに突き出す。


「へぇ、じゃあ高名な魔導師の方なのね」


 しばらくしてギルバートへの攻撃を諦めたシルヴィアが訪ねてくる。


「いや、あいつはそんな大層なものじゃない。俺たちと同じ放浪の魔法使いだ」

「そうは言ってもそれなりに優秀な奴なんだろ?」


 ギムレットの問いに対し、ギルバートもヒカリも首を傾げていた。

 概ね間違ってはいないが、どうもしっくりこないといった様子だ。


「……違うのか?」

「いえ……、なんというか奴は、常識では測れないというか……」

「一言で言うと、頭がおかしい子だね」

「は?」

「頭が、おかしい?」


 突然のヒカリの揶揄と思しき発言に事情を知らない二人は、完全に思考が停止した。


「あ、いい意味でだよ?」


 言葉を失う二人にヒカリがカラカラと笑いながら意味不明な注釈を入れてくる。


「よぉーし! じゃあロキ坊を探しにいっきましょー!」


 呆気にとられるシルヴィアとギムレットを無視してヒカリが小さな拳を空に掲げて声を張り上げた。


――これからどうなるんだろう……。


 シルヴィアは幼馴染の再開の喜びも、胸に押し寄せる不安の波にさらわれていった。



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