騎士団結成 3 ―激昂の剣士―
「うおおおおお! なんじゃこりゃあああ!
なんかあたし、瓶ビールでカンパーイみたいなことになっちょるがな!」
自分の現状を理解したヒカリは相変わらず空気を読まない口調でジタバタしていた。
そんなヒカリを掴んでいるジェラルドは自分の手で鮮魚のようにはねているヒカリを、何だコイツみたいな眼で見ていた。
確かにそんな眼をしたくなる気持ちはわかるなと、ギムレットは内心頷いていた。
しかし、とも思う。
ギルバートが現れ、ヒカリが目を覚ました瞬間、この場を取り巻く雰囲気が一気に変貌してしまった。
「はっ……! この状況、まさかあたしったら人質にされちゃった系!?」
ヒカリの発言には誰も答えなかった。
というより答えられなかった。
自分の生命線を握られている状況で、ああも自由な発言をしていられる少女が正直気味が悪くて、シルヴィアらを含めたその場の全員が呆気にとられていた。
そんな中でもギルバートだけは調子を崩すことなくヒカリに話しかけた。
「街に着いたと同時に消えたと思ったら、どんな魔法使ったらそんな状態になるんだ?」
「いやぁ、流石のあたしでもこんなオモシロシチュを演出する能力はないよー」
「……おい、誰が漫才しろって言った、ええ? お前ら状況わかってんのか? お前らグズもだよ、何ぼさっとしてんだ。早いとこその優男ふんじばっちまえ」
ジェラルドの明らかに不機嫌な声を聞き我に返った男たちが、シルヴィアたちからギルバートに標的を変える。
「……何人か昼間見たな。性懲りもなく向かってくる度胸だけは賞賛しよう」
「お前ボスの手が見えねぇのか? そんなスカした態度とってる場合かよ?」
「貴様らこそ、随分と得意げだな。言っておくが、ヒカリは人質にする意味はないぞ」
ギルバートの耳を疑う発言にシルヴィアは驚愕する。
幼少期はあんなに純粋で、父親に似て不正を嫌う、騎士らしい性格の持ち主だったギルバートとは思えない言葉だった。
あまりの衝撃に、シルヴィアは頭の血がすーっと引いていく気すらした。
「ハッタリかましてんじゃねぇぞおおお!」
ギルバートの泰然自若とした態度に苛立った男が叫び、ギルバートに突撃する。
それにつられるように周囲も大きな波となって襲いかかる。
「……煩いっ!」
ギルバートが何かをつぶやいた瞬間、激しい破裂音と共に眩い閃光が広がる。
「きゃあ!」
「うおっ!」
突然の閃光にシルヴィアとギムレットはたまらず叫んだ。
閃光が収まった頃にはギルバートを囲む男たちは軒並み気絶し、死屍累々たる有様だった。
――今の……魔法?
もはやそれが魔法だったのかもわからない程、呆気ない出来事だった。
辛うじて影響外にいた男も、突然の事態に、腰を抜かす者すらいるようで、二度とギルバートに近づこうという者はいなかった。
常に高圧的な態度を取っていたジェラルドも、何が起こったかわからなかったのか、目を見開き絶句している。
ただジェラルドの目尻が細かく痙攣していた。
苛立ちが最高潮に達し、言葉も出ないだけなのかもしれない。
「おー! みごとみごと! さっすがあたしのギル君!」
呆然としつつも掴んだ首を離さないジェラルドの手の中で、ヒカリがパチパチと手を叩いてギルバートを称える。
「お前の物になった覚えはない。いい加減遊んでないで離れていろ、ヒカリ」
「はーい。てことで、離していーよ」
そう言いながら、ヒカリは自身の首を絞めるジェラルドの手を、ポンポンと子犬を諌めるような所作で叩いた。
ジェラルドはその合図に少しも逆らうことなく、ヒカリを離した。
「「は……!?」」
常軌を逸した光景に目を見開き、素っ頓狂な声を出す。
ジェラルドの手から逃れ、華麗に着地したヒカリは、真っ直ぐにシルヴィアのもとへ駆け寄り、シルヴィアの豊満な胸へと飛び込む。
「わーん、ごめんよしーちゃん! あたしがバカなばっかりにー!」
とりあえず受け止めたシルヴィアだったが、頭が理解しきれず「え? え?」と疑問符を浮かべるばかりだった。
「おい、ヒカリ。見ず知らずの他人に迷惑かけるな。いつも言ってるだろう」
「他人じゃないモーン! しーちゃんとあたしはもうマブだから!」
ヒカリはシルヴィアの胸に顔を埋めながら、やたら勝ち誇った顔をしていた。
さながら羨ましいだろうとでも言いたげな顔だ。
「おい……おいおいおいおいおい! 俺を無視すんじゃねぇよカス共ぉ!黙ってれば調子乗りやがって! 殺す! テメェら内臓引きずり出して、ぐちゃぐちゃに殺してやる!」
とうとうキレたジェラルドが、怒号をあげる。
これまでの何をしでかすかわからない雰囲気は消え去り、完全に獰猛な獣といった風情だ。
ジェラルドの様子を見て、ギムレットはその場に落としたナックルガードを再び手に嵌め、ガツンと拳を合わせた。
「へっ! 人質がいなくなったらこっちのもんだ!」
そう言ってギムレットはジェラルドに向かって駆け出す。
が、後ろからギムレットを上回る速さで風が吹き抜ける。
「おお! ギル君はやいっ!」
入口付近にいたはずのギルバートは既にジェラルドの目と鼻の先まで迫る。
それに反応し、咄嗟に拳を振り上げるジェラルドと、それに合わせ右手の拳で迎え撃つギルバート。
鈍い金属がぶつかるような音を響かせ、二人は反発した。
ジェラルドは先程自分の手下を殴り飛ばしたように『鋼鉄鱗』は発動させ、ギルバートも右手に黒い手甲を嵌めていた。
「おい! おま……」
「申し訳ありません。ただこいつには聞きたいことがあったんです」
食い気味でギムレットの抗議の声をかき消す。その声は切迫したものがあった。
「聞きたいこと……?」
ギムレットの疑問の声も無視し、一歩ジェラルドに歩み寄る。
「昼間、貴様の手下が自らを『黒い逆十字』と言った。そして貴様はこいつらのボスだという。つまりはお前は『黒い逆十字』の頭ということか?」
「『黒い逆十字』……? ああ、そうだ。そうだ、そうなんだよ! 俺は『逆十字』の頭目の一人だ! 俺は十年前の『宣戦』にも参加した!全員俺に恐怖した!俺に服従した! なのに何なんだよテメェらはよおおお!」
シルヴィアはジェラルドの言葉に驚愕する。
現在『黒い逆十字』を名乗る者は、『逆十字』の威光を借りたチンピラがほとんどだ。
実際の『逆十字』のメンバーと思しき者は不明とされ、未だ目的が明かされていない。
しかし、今自らの口から『黒い逆十字』のメンバー、そして『血の宣戦』に関与したことを発した。
奴を拘束すれば、貴重な情報を得られるかもしれない。
「なるほど……。よくわかった」
シルヴィアがそう考えていた時、地獄から響くような低い声をギルバートが発する。
「お前が『黒い逆十字』だというなら、俺がここで切り伏せる!」
叫んだギルバートは腰の左側に差していた細身の剣を逆手で抜き、抜ききったところでくるりと持ち替えた。
ギルバートが手にしている剣は、刀身が漆黒で片刃の剣だった。
鍔はなく、柄頭には朱色の飾り紐が付いていた。
「あああ! イライラするぜ! 何抵抗してんだ! 怯えろよ! ひれ伏せよぉ!」
叫びながらジェラルドの全身の肌が浅黒く変色していく。
程なく禿げ頭の頂点から、見えている肌全てが浅黒く変色した。
「全身を『鋼鉄鱗』で覆った……!?」
『鋼鉄鱗』は、原理は簡単だが、使いこなすとなったらなかなか奥が深い魔法だ。
自身の皮膚を硬化するという単純な魔法だが、硬度は術者の魔素コントロール次第で大きく変わる。
しかもコントロールをすればするほど、硬化できる部分の範囲は普通は小さくなる。
基礎魔法だが、術者によっては引っかき傷も守れないモノから、熟練の剣士の斬撃すら防げるモノにまで化ける魔法だ。
ジェラルドの体表を覆う『鋼鉄鱗』はおそらく生半可な攻撃では通らないだろう。
それに加えてジェラルドは闘気も纏っているのであろう、単純な力に『鋼鉄鱗』の硬度も加算さるのであれば凶悪な組み合わせだ。
「おい、兄ちゃん! 気ィつけろ! そいつ、デケェ図体の割に動きが早ぇぞ! おまけに『鋼鉄鱗』で体覆ってやがる!」
ギムレットも相手の危険度を察し、ジェラルドに相対するギルバートに呼びかけた。
「だいじょーぶだよ、おじさん。うちのギル君があんなのに遅れを取るわけないじゃない」
ギムレットの心配をよそに、またもヒカリがしたり顔で言ってくる。
そして未だにシルヴィアから離れようとしていなかった。
シルヴィアも本来なら剣を拾い、直様加勢に入りたかったのだが、どうしても甘えてくるヒカリを無理やり引き離せず今に至っていた。
そしてこちら側の会話を無視して、ジェラルドが雄叫びを上げながらギルバートに詰め寄る。
ギルバートの目の前まで来たジェラルドは、押しつぶすかのように手を振り下ろした。
それを難なく躱したギルバートは、瞬時に後ろへ回り込み剣を水平に振り抜くが、鋭い金属音が響くのみで刃が皮膚を断つまでにはいかなかった。
「……硬いな」
「ちょこまかとぉ!」
背後のギルバートに対し、ジェラルドは腰を軸に回転させ拳を振るう。
もちろんギルバートは平然と躱す。
「油断をしたつもりはないんだが、かなりの硬度だな」
「当たり前だァ! そんな棒っきれで俺の『鋼鉄鱗』が斬れるか!」
それからはジェラルドの怒涛の追撃が始まった。
ほとんどが拳を振り回すだけだが、その一撃一撃がとんでもない破壊力を持ち、酒場の床にいくつもの穴を開けていた。
「くそっ、防戦一方じゃねぇか! やっぱ俺も……」
「もー! おじさんはあわてんぼうかっ! よく見てみんさい!」
戦闘の様子を見て我慢ができなくなっていたギムレットに、ヒカリが釘を指す。
ギルバートはジェラルドの攻撃をすんでのところで躱し続けているように見えていたが、ジェラルドの拳の軌道を確実に読み、最小限の動きで躱していた。
時折距離をとって様子を伺うような行動をとる時も、呼吸は全く乱れていなかった。
「それにしても……。おい、ギル君! 何を遊んでいるのかね!」
ジェラルドの出方を探り続けていたギルバートにヒカリの方が先に我慢の限界を迎えたようだった。
「……別に遊んでいたわけじゃないんだが。まぁでも、もういいか」
ギルバートはバックステップでジェラルドから離れ、腰を低くし、両手で剣を持ち、ジェラルドを迎え撃つような構えを取った。
「クソッ! いい加減、ぶっ潰されろ!ガキが」
常に体中に『鋼鉄鱗』と闘気を纏い、全力で拳を振るい続けたジェラルドは息も絶え絶えといった様子だ。
当たり前だ。体中に魔素を張り巡らす闘気と、『鋼鉄鱗』を併用しているのだ。
普通だったら数分で魔素切れになってもおかしくない。
「もう貴様の実力はわかった。もう終わらせてやる」
「減らず口をぉ……。もう終わらせるのはこっちだ!」
ギルバートの言葉に挑発されたジェラルドが特攻を仕掛ける。それを冷静に待つギルバート。
「『焔の太刀・紅蓮』」
ギルバートが呟くと同時に黒い剣から炎が吹き出す。
そして掴みかかる様に迫るジェラルドの両手に向け燃え上がる剣が振られる。
瞬間、二本の大木が宙を舞った。
ジェラルドは尻餅をついて倒れ、その後方で二本の大木はドスンという音を出して落ちた。
尻餅をついたジェラルドは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてギルバートを見ていた。
そして、支配の象徴であった自慢の武器がなくなっていることに気づく。
ジェラルドの両腕が綺麗さっぱり無くなっていた。
後ろに落ちた大木はジェラルドの切られた腕だった。
「う、うおおおおお!」
痛みのせいなのか、自分のあるべきものが無くなったせいで気が動転したのか、ジェラルドは叫びだす。
「腕、俺の! 腕があああ!」
立ち上がろうとしても急に腕が無くなったためバランスが取れず、前のめりに倒れる。
支える腕が無いため、まるで芋虫のように這い蹲る。
完全に心を折られたジェラルドはうわごとのようにブツブツと呟きながら涎をなれ流している。
シルヴィアらはその光景に声も出せなくなった。
「無様な姿だな……」
見るも無残なジェラルドに対し、剣を突きつけるギルバート。
ジェラルドにギルバートの声は届いていないようだった。
「たす、たすけ……」
「貴様のような奴のせいでどれだけの人が犠牲になったと思ってる。死んで詫びろ」
剣を逆手に持ち替え、突き下ろすように左手を振り上げる。
「待ってください!」
ギルバートが剣を突き刺す寸前でシルヴィアが制止させる。
ギルバートは非難するような目でシルヴィアも見た。
ギルバートの見たことのない眼を見て、多少傷つくシルヴィアだったがそれでも強い眼差しで見返す。
いまだ抱きついているヒカリをそっと降ろし、ギルバートの元に近づく。
「この男は『血の宣戦』に関わっていたことを示唆しました。現在の『黒い逆十字』についての情報は、どんな小さなことでも欲しいところです。この男を王宮騎士団へ連行し尋問します」
「……こいつは何人もの人間を殺してきた男です。生かしておく価値がない」
「それでも利用価値はあります。もちろん、この男がしたことを許すつもりは毛頭ありません。残りの人生、命を掛けて贖わせます。でも、これから『黒い逆十字』の脅威を少しでも軽減させるためには耐えなければならないこともあります。……あなたが『黒い逆十字』に強い恨みがあるのはわかるけど。でも! 腹いせや八つ当たりで剣を振るっては、ただの獣じゃない! それじゃ、こいつらと何も変わらない! せっかくそんな力があるなら、世を正すために使ってよ! 誇りを捨てないで……。こいつらと同じにならないで……」
凄んだギルバートに対し、シルヴィアは切実な想いで迎え撃った。
叫びながらどんどんシルヴィアは顔を俯かせていた。
まるで泣きそうになるのを耐えるように。そんな顔を見られないように。
ギルバートの実力は素直に驚いた。
しかしそれ以上に、ギルバートの容赦のない態度に戦慄した。
そしてショックだった。
まるで復讐の鬼のような形相でジェラルドに剣を振り下ろすギルバートに当時の面影を重ねることができなかった。
ギルバートは少し面食らった表情をして、その後目を伏せた。
「……少し、昔を思い出しました」
「え?」
突然何かを喋りだしたギルバートに虚を突かれ、シルヴィアは顔を上げた。
「以前、幼馴染に自分が道を踏み外した時にそんな風に叱られたんです。俺は全く成長してなかったみたいです」
自嘲するように笑ったギルバートは剣をゆっくりと鞘に収めた。
「ありがとうございます。あなたのおかげで思い直せました」
ギルバートはそう言って恭しくシルヴィアに頭を垂れた。
その表情は昔のギルバートそのままだった。
「そ、そそそそんないいわよ! 謝らないで! 私こそわかったふうなこと……」
突然改まって礼を言われたシルヴィアは恥ずかしさと嬉しさで挙動不審になる。
「んー? どうした、シルヴィア殿?そんな慌てて?」
事情を大体知っているギムレットはニヤニヤ笑っていた。
「し、知りません! いいからギムレットさんは街の保安官を呼んできてください! この男を連行します!」
「へいへい。じゃあ、あとはごゆっくり」
「ギムレットさん!」
入口に向かいながらからかい混じりにそう言うギムレットに、シルヴィアは顔を真っ赤にして頬を膨らませて憤慨した。
「ふふ」
その様子を見てつい笑いを漏らすギルバート。
「むぅー。なによ、急に笑って……、」
「いえ、すみません。その表情、さっき話した幼馴染にそっくりで……」
「なんだいなんだいー! ギル君としーちゃんったらもういい感じかい? スミに置けないねー」
ギルバートとシルヴィアの会話に下品な顔をしながらヒカリが乱入してきた。
「違う、やめろ。この人に失礼だろう」
横槍を入れてきたヒカリにギルバートは冷めた表情で脳天に肘鉄を食らわせた。
ヒカリも「ぐえー」と間の抜けた声で唸っていた。よくやるやりとりなのだろうか。
――ううっ、そんな力強く否定しなくても……。
そんなことよりシルヴィアはヒカリのからかいに淡々と否定したギルバートの対応に軽い傷を負っていた。
「この人とは昼間たまたま知り合ったんだ。改めてありがとうございます。また会いましたね」
そう言ってギルバートは優しく微笑む。
その顔は成長しても紛れもなく、シルヴィアの幼馴染のギルバート・デイウォーカーだった。
「うん、うん……。また会えたね、ギル……」




