準備はいいか?
後半七分経過、各チーム獲得点数。
1位チーム風紀14点(内訳:相手選手4人撃破+相手球5個撃破=1点×4+2点×5)
2位チーム壇ノ浦12点(内訳:相手選手2人撃破+相手球5個撃破=1点×2+2点×5)
3位チーム九十九9点(内訳:相手選手3人撃破+相手球3個撃破=1点×3+2点×3)
4位チーム上妃2点(内訳:相手選手2人撃破=1点×2)
勝てる気がしない。
それが崩落した城館で戦う九十九の心理状態だった。
玲と勇美が味方と合流するために離脱したため、崩落してきた岩でほとんどのスペースが埋められたこの牢屋ステージには敵は一人しかいない。それなのに、劣勢を強いられているのだ。
九十九は眼前で大剣を構える少女に気圧されるように一歩、二歩と後退した。
しかし、牢屋には隠れる場所も逃げる場所もない。いや、正確に言うならば先程まではあった。が、こちらに大剣を向けている髪を真っ赤に染め上げた少女によって、散らかったままの玩具を手でどかすように、無数の崩落してきた岩が、それが偶然組み上がってできた天井が吹っ飛ばされてしまったのだ。
火山でも噴火したのかというくらい、桁違いの出力を誇る《心力》。
向かい合って立っているだけで殺されてしまいそうな威圧感。
仲間を離脱させたのは作戦や戦略などの類ではなく、余波に巻き込まれないようにするための避難誘導だったのではないかとさえ思えてしまう。
【……ジャスティン・アルドレイド】
大剣使いの少女の圧倒的な力に観客席が盛り上がる中、閑花のぽつりと呟いた声が九十九の耳に届く。
【はは、ボクも同じこと考えてたよ。昔、ジャスティンのファンだったんだよね】
【わたしたちくらいの世代だと一番人気があった選手ですからね】
「……神動さん、君はジャスティンの弟子だったりするのかな?」
あまりにも酷似した力に、かつての名選手と重ねてしまう。が、
「そんなわけあるか!!」
九十九は大蛇の剣の柄を振るった。もう周りを気にしなくてもいいため通常サイズに戻した大蛇が、不可視の《心力》を打ち消す巨大斬撃が赤髪の少女に迫る。
「無駄です」
しかし、大蛇は真正面から受け止められた。相手の《心力》が膨大過ぎて、打ち消し切れないのだ。
そして打ち消す前に力でねじ伏せられる。
大蛇を弾き上げて一気に距離を詰めてきた少女に、九十九は背中を向けて逃げ出した。が、少女の斬撃による余波で地面を転がされ、吹っ飛ばされ、端にどかされた岩壁にぶつかる。
全身を襲ったダメージが消化しきれない。直撃は避けているというのに、だ。
九十九は、ぴきりとヒビが入ったような音を聞いた。
何度復活したって勝てっこない。そう思ってしまったのだ。
都市中央からやや城館寄り北東にて。
「こうは、助かった!!」
民家の屋上を走りながら迫ってきた勇美から何とか逃げ切った玲は、勇美を吹っ飛ばして屋上に叩き付けた剛羽を拾い、巨人やレヴィアタンの影響をほとんど受けていない街中を軍用車で進んでいく。
「マイヤーズ、お疲れさん。戻れ」
手狭になった小型四輪駆動車にスペースをつくるため、人形一体を《心力》にして体内に戻した玲は一息付こうとした。が、
「来るぞ、守矢!!」「ッ!?」
瞬間、ボンネットに落下してきた漆治が、運転席にいたミックの首を撥ね飛ばした。
コントロールを失った軍用車は、派手な音を立てながら付近の民家に突っ込んでいく。
「げほっ、げほっ……守矢、大丈夫か?」
「な、なんとか……マイヤーズ、仕事の時間だ」
ギャレットとマイヤーズが大穴を開けられた壁際に身を滑らせ、外の様子を窺う。そして間もなく、敵を発見したのか銃撃を開始した。
「守矢、漆治の攻撃には気を付けろ。今のあいつは容赦ないぞ」
剛羽はつい先程までの戦闘を思い出したかのように呟く。
「あのデカイやつの個心技、肉体に直接ダメージを与えるんだっけ?」
「ああ……変身しててもまったく安心できない」
戦用復体は《心力》という超常から身を守るために人が自然と獲得した能力であると、学者たちの間では論じられているが、漆治の個心技《貫通攻撃》は変身中は異次元に格納されている肉体にダメージを与えられるのだ。例えば戦用復体の脚がもげたなら、それ相応のダメージが肉体にも及ぶのである。
そんな危険な能力をもった漆治の闘王学園時代の二つ名は《壊し屋》。本人の気性の荒さも相まって、ほとんどの選手が対戦することを避けていた。
誤って個心技を発動した状態で相手の首でも撥ねようものなら……考えるだけで、身の毛がよだつ話である。もっとも、漆治本人も個心技を使って他人を殺めようなどとは思ってないが。
とはいえ危険な能力であることは事実であるため、日本砕球協会からその個心技の使用を制限されている。
【達花、今どこだ?】
【……橋を、渡り終わった……はぁはぁ……ところだ】
その反応から、誠人がかなり疲弊していることはよく分かる。
美羽からの連絡では、猪勢との激闘でかなり《心力》を漏出しているという話だ。
援護は期待できない。いないものと考えたほうがいいだろう。
剛羽はギャレットとマイヤーズが踏ん張っている間に、今後の展開に頭を巡らせようとしたが、
「――後ろががら空きですよ」
背後の壁を突き破った緑鳥の大群が襲い掛かってくる。
剛羽と玲は軍用車を乗り捨てたまま、あぶり出されるように屋外に飛び出した。新たな戦場となるのは、噴水を中央に据えた小さな広場だ。
「……勢揃いだな」と、周囲を見渡しながら剛羽。
たった今飛び出してきた民家の屋上には屋久島と勇美が。
広場を挟んで反対側の民家の屋上には漆治が。
三人の選手に囲まれた剛羽は小刀二本を、玲は突撃銃を構える。
「守矢、準備はいいか?」
「できてるぜ……こういうときのために、あたしは今まで練習してきたんだからな」
玲は銃に添えた手に力を込める。各チームのエースたちを前にしても、彼女に気後れはない。
「点取るぞ!!」
「おう!!」
そして、一瞬の静寂を破るように、五人と人形二体が一斉に動き出した。




