入部試験、開始
剛羽たち「チーム閑花」を初めとする選手たちが円形闘技場に姿を現すと、フィールドを囲むすり鉢状の観客席から、観戦にきた生徒たちの大歓声が上がった。
他の四つの円形闘技場でも入部試験が同時並行で行われているというのに、席はほとんど埋まっている。
九十九学園砕球部は強豪だけあって、その入部試験ですら在校生たちからの注目度は高い。「砕球部入部試験」は入学式後に行われる新入生歓迎行事でもあるのだ。
既に北、南、西側の入場口前には相手チームが一列に並んでいた。
閑花は自身が率いる剛羽たちチームメイトを、急いで整列させる。
『お願いします!』
全チームが一礼しながら挨拶をすると、選手たちの目の前にある円を描くように配置された縁石を目印に、空間が青く発光し始めた。九十九学園の近くにある日本砕球連盟支部から、遠隔操作で《闘技場》を展開してもらったのだ。
『会場にお集まり頂いた皆さん、お待たせ致しました! 今年も九十九学園砕球部、春の入部試験の季節がやって参りましたよ! 実況は高等部一年、清森巴でお送りします! 今日も盛り上げていくぜ~~~~~~い!』
『うおぉああああああ!』
『ありがと~! ではでは、続いて試合解説を担当してくれる方の紹介! 本日、第一闘技場にお越し頂いたのは、チーム九十九顧問の洲桜慶太郎さんです!』
『…………』
『洲桜監督、見てください! すごい観客数ですよ!』
『ご……』
『ご? ごはんですか、まだ一五時ですよ?』
『五豪傑』
『あ、なるほど! 間違いなくそれがこの集客力の理由でしょうね。なんとこの球場で試験官を務めるのは、九十九学園が誇る五豪傑の皆さんです! くじ運が悪かった受験者諸君には心から同情します……が、これはチャンスでもあるから頑張れ、グッドラック! それでは洲桜監督、時間が余ったので砕球のルールを簡単に説明してください』
『むぅ……』
『簡単にと言われても難しいですよね。では僭越ながらこの清森が。ルールは簡単、砕球は三チームないし四チームで争われるバトルロワイアルで、得点を競い合うゲームです。点の取り方はシンプル、相手チームの球を壊したら一個につき二点、相手選手を倒すと一人につき一点です』
『砕球……相手の球と意思を砕く球技』
『正にそれです! 流石洲桜監督! お、《闘技場》の安全が確認されたみたいですね。さあさあ、お待たせいたしました! 超人たちによる血湧き肉躍る武の祭典、いよいよ開幕です! 今回のスタート方法はノーマル、チーム毎に固まった状態で始まります! それでは皆さん、ご唱和ください! 時間の都合上試合時間はいつもの半分、たった十分間の濃縮還元バトル、3、2、1――』
『――ブレイクアウトぉおおおおお!』
それを合図に全四チーム総勢二十名の選手たちが《闘技場》の外壁にできたぽっかりと開いた穴を潜る。今回はランダムで転送された位置から試合が始まるのではなく、東西南北に開いた穴から入場して試合が始まるのだ。
そして《闘技場》に入った剛羽たちの目に飛び込んできたのは……。
少し霧がかった一面の緑地。奇妙にうねった大木や、長いもので五十メートル以上の丈がある木々。静かに流れる濁った川水。どこからともかく聞こえてくる鳥の囀り。
フィールドの再現度の高さも手伝って、どこか遠い国に来たような感覚だ。
『今回のフィールドは密林! 密林です!』
『密林』
『はい、密林です! 視界や足場が悪い、敵の多いフィールドですね』
「それじゃあ、行ってきます!」
「点獲れよ」「耀ちゃん、ガンバりーよ!」「ファイトだぜ」「ふ、抜かるなよ」「神動先輩、いってらっしゃい!」
開始直後、チームメイトたちの声に後押しされ、耀が正面の方向に駆け出す。
彼女たち球砕手の役目は一刻も早く相手の球操手の位置を特定し、急襲、得点を上げること。
各チームの球砕手――戦闘狂とも呼ばれる選手たちが、狙った獲物に接近していく!
一方で、剛羽と誠人の二人は、開けた場所でこのステージでは比較的戦いやすいフィールド中央を目指して移動を開始していた。苔生した倒木や、地面を突き破って剥き出しになった木の根などに注意しながら走る。
動手。剛羽たちの担当するポジションの名前だ。
相手チームの動手たちとの中盤争い、要注意人物への徹底マーク、攻撃・守備陣への加勢等々、その職務は幅広い。
「達花、遅れるなよ」
「はぁはぁ……これ以上のペースは無理だ。蓮だけでも先に」
「この霧だ。ここで別れたら最悪合流できなくなるかもしれない」
剛羽はペースを落として誠人の隣を走る。
「すまない……蓮、神動を一人で行かせて本当によかったのか?」
「あいつが言い出したことだ。それにアピールするにはいい相手だろ。それに、球砕手ってのは一人で打開できてやっと一人前だ……ッ!? 早いな」
走行中の剛羽はそこで急ブレーキを掛けた。フィールド中央部まではまだ距離があったのだが――
「――来るぞ!」
「ひょぇえええええ!?」
瞬間、剛羽と誠人は左右に分かれるように跳んだ。
一瞬遅れて、二人の立っていたところに人間大の拳が二つ、祈りでも捧げるように手を組んだ状態で叩き付けられる。比喩ではなく、剛羽たちよりも大きいサイズの紫色の拳が飛んできたのだ。
その色から相手の《心力》が、基本四型の一つであり、瞬発力と持久力の両方に優れた紫型(タイプ=オールラウンダー)だと分かる。
(まずいな……ここは障害物が多過ぎる)
霧のせいで不意打ちへの反応も遅れる上に、大木の根や倒木などにうっかり足を取られかねない。結果的に誠人にペースを合わせて走っていたため、目的地に辿り着く前に襲撃されてしまった形だ。
「うわっ……!?」
上がった悲鳴は誠人のものだ。巨人の拳鎚を転がって避けたものの立ち上がるのが遅れたため、紫色の拳に捉えられ、ぐぐぐぐぐっと握り締められる。
「チャンス!」「チャーンス!」
そして今度は、誠人の救出に向かった剛羽を邪魔するように、二人の選手が躍り掛かってきた。
振り下ろされた得物をかわした剛羽は、一旦距離を取って相手を窺い見る。
二人とも二刀流で、くるくると山刀を手の中で遊ばせている。おそらく物質錬成が得意な緑型(タイプ=ビルド)だろう。
「俺は山縣剣人」
「その弟、山縣剣児」
「蓮剛羽、この日を待っていたぞ!」
「山王子中を県大会ベスト8に導いた実力――」
「――知らんッ!!」
いつの間にか山縣兄弟の背後に移動していた剛羽はズザーっと片足でブレーキを踏む。山縣兄弟の上半身が切断面からずるりと滑り落ち、間もなく二人の全身が爆砕。戦死判定が下された。
――チーム閑花、2得点(内訳:相手選手2人撃破=1点×2)
止まった時間の中で相手だけに動かれた――それが山縣兄弟の素直な感想だ。剛羽については《IKUSA》で研究してきたが、まったく対応できなかった。加速と減速を使い分けると聞いていたが、そういうレベルの話ではないようにすら感じられる。
剛羽は背後で起きた二つの小規模な爆発に目をくれず、誠人を握り潰そうとしている拳使いに向かって駆け出した。